16.災いの後
精霊樹が復活した日。カリュー領都は、突然の災害に襲われた。中央区の遺跡を震源とした地震は、領都に大きな爪痕を残してしまう。多くの建物が壊れ、立ち上る炎と煙。何より、住民が受けた精神的な衝撃は大きかった。
マリア邸一階の広間。マリア、ソラ、フォウと屋敷の使用人が集められていた。誰もが無言のまま、静かに時間が過ぎていく。
広間の扉を開いて、一人の女性が入って来た。
「マリア!」
「カティ。無事だったのね」
「ええ、私は大丈夫。でも、領都が大変な事に⋯⋯ここへ来る途中、多くの負傷者を見たの。急いで、助けに行かないと⋯⋯」
広間に、緊迫した空気が伝わった。
<カティ>
黄色のショートヘアー。大きな吊り目には、青い瞳。一見、丸い顔と小柄な体格から猫を連想させた。白のブラウス、青いハーフパンツを身に着け、活動的な印象を受ける。身長153センチ。
「そうね。救助に向かいましょう。お願い、フォウちゃんも力を貸して?」
「勿論です!」
マリアの言葉に、フォウは即答した。
広間を出ようとしたマリア達に。
「ちょっと待って!」
様子を見ていたソラが、声を上げる。
振り返ったカティは、ソラを睨み付けた。
「あなた。なに言ってるの⋯⋯」
カティの行動を、マリアの右手が制止する。
「シノブ。外の様子を教えてくれないか?」
「了解⋯⋯って、これは酷い。あちこち壊れてるし、火災も発生している。かなりの怪我人が出てるんじゃないかな⋯⋯」
「ここにいる人だけで、何とかなると思うか?」
「どうだろう⋯⋯焼け石に水、かな」
「それなら⋯⋯」
ソラは、ゆっくりとしたテンポで話を進める。
「この都市に、病院はありますか?」
「病院は、王都にしかないの。医療担当の魔道士が、中央区にいるはずよ」
マリアは即答した。
「ありがとうございます」
一礼したソラは、右手の指を三本立てた。
「やる事は三つ。事故現場から人を助け出す事。負傷した人を中央区へ運ぶ事。そして⋯⋯多くの協力者が必要です。人手が無ければ、この状況に対応できません。俺は、現場に向かいます」
落ち着いて話をするソラの行動が、その場の空気を変えていた。焦る気持ちは鎮まり、冷静さを取り戻したようだ。
言い切ったソラに、マリアは頷き。
「そうね⋯⋯ソラ君の案でいきましょう。私とフォウちゃんは、中央区へ。カティは、ソル様に協力を要請して。他のみんなは、ソラ君と現場に向かってちょうだい」
具体的な方針が決まり、士気も上がる。
ただ一人。カティだけが、ソラを睨み続けていた。
・・・
地震発生から一時間後。中央区の会議室に、主だった官吏が集まっていた。中央に置かれた大きな円卓には、青い官服の文官十人と黒い軍服の武官四人が座っている。入口の側には、白い制服を着た魔道士が立っていた。
武官達から声が上がる。
「ギルギス将軍が行方不明⋯⋯だから、そんな事は聞いていない。この非常時に、我々が動けない事が問題だと言っている!」
「文官長殿。ここにいる中隊長では、勝手に軍を動かせないのは承知している。だが、このまま黙って見ている事も出来ないでしょう」
文官長と呼ばれた人物は、自席で沈黙したまま。他の文官達も、口を閉ざしている。
武官の一人が、力を込めてテーブルを叩いた。
「話にならん!」
大声に驚いた文官達は、怯えたように下を向いてしまった。
「騒々しい。静かにしたまえ⋯⋯」
落ち着いた声を発して、一人の男性が会議室に入ってきた。
「私が、全権を預かろう」
「⋯⋯ソル様だ」
「ソル様であれば⋯⋯」
会議室にいた官吏達は、ざわめき立った。
「ソル・ド・リューの名において命じる!」
私語はピタリと止んで、視線がソルに集中する。
「第一、第二中隊。火災現場の鎮火に当たれ」
「了解!」
「第三、第四中隊。負傷者を救助し、中央区に搬送せよ」
「了解!」
「医療魔道士は、中央区正門で負傷者の対応を」
「はい」
「文官は、情報収集と状況報告」
「承知しました」
「人命救助を最重要とする。行動を開始せよ!」
令を受けた官吏達が、ようやく動き出した。
ソルの背後に、カティが歩み寄る。
「流石です。ソル様」
「マリアの指示が的確だったからね。私は、命令を出しただけだ」
「指示に関しては、その通りです⋯⋯」
カティは、嬉しそうに微笑んだ。
「ですが、ソル様の令であればこそ。士気も上がったのではないですか」
「私を褒めても、何も出ないよ⋯⋯それよりも、為すべきを為すとしよう」
「はい」
人命を第一とした中枢の判断と行動が、事態を好転させる。事故現場から人を助けている領軍の姿は、住民の心に変化をもたらせた。
「俺達⋯⋯見ているだけで、いいのか⋯⋯」
「⋯⋯こんな事で、ヘタレている場合じゃない!」
「私も、手伝います!」
人々の助け合う様子が共感を呼び、協力の輪が広がっていく。
その結果。負傷者700人以上、重傷者63人、行方不明者1人、死亡者0。
後に「カリューの奇跡」と呼ばれる出来事であった。
・・・
二日後の朝。ソラは、中央区の正門前に立っていた。左腰には、シノブが納められている。
「ソラ、見てみ。精霊樹って、すんごく立派だよね。あんなに大きな樹、見た事ないよ」
「だよな。どんだけデカイんだか」
「ねぇ。もっと近くで、見たいと思わない?」
「って言われてもなぁ。この門の先には、許可が無いと入れないし⋯⋯そうだ、フォウに頼んでみたらどうだ?」
「んーーっ。じゃあ、いいわぁ⋯⋯」
なんとも、残念そうな口調である。
中央区の敷地内からフォウが駆けてきた。
「はぁ⋯⋯お待たせしました」
早々に、シノブが声を掛ける。
「お疲れ様。で、なんだって?」
「もう、治療の手伝いは必要ないそうです。後は、医療魔道士の方が対応して下さると」
「ほほぉ。ここのスタッフは、なかなか優秀なんだろうねぇ⋯⋯」
「俺達の方も、終わったよ。領都の隅々まで、シノブが負傷者を探してくれたから」
「ほほぉ。私が、とっても優秀なんだろうねぇ⋯⋯」
ワザとらしく自慢をするシノブに、ソラとフォウは微笑んで見せた。
「まぁ、そうだな。シノブの活躍で、多くの人を助ける事ができた」
「二人共、頑張ったのですね⋯⋯」
「フォウだって、多くの怪我を治していたのでしょ。頑張ったね!」
思い掛けないシノブの言葉に、フォウは顔を赤らめた。
一呼吸置いて、ソラが問い掛ける。
「これから、どうしようか?」
「私⋯⋯行ってみたい所があります」
「んじゃ。私はフォウに一票ね」
「俺も⋯⋯って言うか、決まりだな⋯⋯」
何気無い会話をしながら、カリュー大通りに向かって歩き出した。
<カリュー大通り>
南の大門から中央区の正門へと続く、カリュー領都のメインストリート。道の両側には、多くの商店や飲食店が立ち並んでいた。
大通りの北口で、ソラとフォウは立ち止まる。二人が目にしたのは、壊れた建物の修理や片付けをしている人々であった。
「フォウ⋯⋯残念だけど、また今度にしようか?」
「そうですね⋯⋯」
「見つけたぞ、少年!」
突然、大きな声が響いた。
聞き覚えのある声に、ソラは振り返る。
「ああ、隊長さん」
黒い軍服の男性が、目の前に立っていた。
「私を覚えていたか。昨日は、いつの間にか姿が消えて⋯⋯それで、君を探していた」
「俺に、何か?」
「君の活躍が素晴らしかったのでね。単刀直入に言うと、軍に入らないか?」
「すみません。俺は、大切な旅の途中で⋯⋯」
「そうか、残念⋯⋯だが、礼くらいは言わせてくれ⋯⋯」
大きく息を吸い込んで、一段と大きな声を上げる。
「皆、聞いてくれ! この少年は、多くの人を救ってくれた恩人だ。彼の活躍を称えようじゃないか!」
言い終えた隊長は、満足そうな顔でソラを見詰める。
周囲からソラに視線が集まり、ざわめき出した。
「あの少年⋯⋯息子を助けてくれた⋯⋯」
「おーい。恩人が見つかったぞ。こっちだ!」
人々は声を掛け合い、次々と集まって来る。見る見るうちに、ソラの姿を覆い隠してしまった。
「えっ⋯⋯あっ⋯⋯はい⋯⋯」
四方八方から礼を言われるソラは、返事だけで手一杯のようだ。
街の人達から解放された後、ソラは道端に座り込んでしまった。
「はぁ、参った⋯⋯」
他人事のように、シノブが声を掛ける。
「いやぁ。えらい人気だったねぇ」
「あのなぁ。一応言っとくけど⋯⋯街の人達を助けた事に、感謝されたんだからな」
「わかってるわよ。んなこと⋯⋯今の私じゃ、事故現場に行く事も、ガレキから人を助ける事も⋯⋯何もできない」
「シノブが、負傷した人を探してくれた。だから、助ける事もできた⋯⋯だろ?」
「まあ、それでもね⋯⋯」
シノブは、哀しそうに答えた。
ソラの所に、フォウが駆けてきた。
「多くの人達が、ソラとシノブに感謝を⋯⋯凄いですね」
フォウの笑顔を見たソラは、ある事に気が付いた。
「あっ⋯⋯あの一言⋯⋯」
マリアの願いを「勿論です」と応えたフォウの一言。
(案外⋯⋯人を助ける切っ掛けなんて、小さい事なのかも知れない⋯⋯)
・・・
その頃。ソル、マリア、カティの三人は、崩壊したライン城に向かっていた。城の周囲には、立ち入り禁止のロープが張り巡らされている。
三人は、城の敷地へと入って行った。
マリアは、精霊樹を見上げる。
「近くで見ると、凄い迫力。カティも、そう思わない?」
「マリアは、平気なのね⋯⋯私は、全身の毛が逆立ってしまったわ。この樹⋯⋯気持ち悪いのよ」
「私が鈍感、って事?」
二人の前を歩いていたソルが、立ち止まり。
「いや、そうではないよ。マリアと言うより、人間という種が鈍いのであろう。ここは、精霊の濃度が尋常ではないからね」
「あらっ、そうですか⋯⋯」
不機嫌そうな顔で、ソルに視線を向ける。
「ここだな⋯⋯二人共、下がっていなさい」
ソルは、右手を前に出した。ふわりと冷たい空気が周囲に流れる。前方にある大きな壁が、一瞬にして凍り付き、バラバラと崩れてしまった。
「なっ⋯⋯」
驚いた二人が、短く声を上げる。
「ほんの小さな精霊魔法を使っただけで、この有様だ。これが『精霊の暴走』と呼ばれる現象⋯⋯力の加減を間違えれば、簡単に大事故が起こってしまう。非常に危険な状態だ」
「なるほど⋯⋯理解しました」
マリアの顔から余裕が消えていた。
ソルは、マリアに視線を向ける。
「正直⋯⋯この現象をどうにか出来るのは、サクヤだけだろう」
「バロックの森から呼び戻すしかないでしょうね。カティ⋯⋯」
「承知しました」
「私からも一つ⋯⋯王都へ戻り、陛下に進言を頼みたい。精霊樹の復活は、程なく諸国が知る事になるだろう。他国に対して、警戒が必要であると⋯⋯」
「承りました。では、失礼します」
カティは、速やかに行動を起こした。
「ソル様は、王都に戻らないのですか?」
「暫くは、カリューに滞在するつもりだ。領主がおらず、武官長も空席では、中枢が機能しないだろう。他にも、問題が山積している。それに⋯⋯」
「どうかしましたか?」
「リュー王国で起きた事件の結末が、精霊樹の復活だけなのか⋯⋯ギルギスの言葉が、どうにも気になる」
「まだ、何かあると⋯⋯」
「これが終わりではなく、始まりなのではないか⋯⋯そんな気がしてならない」
ソルは、静かに目を閉じた。
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