15.精霊の樹

 カリュー領都東区。マリア邸の一室に置かれたソファーには、ソル、マリア、ソラの三人が座っていた。ソラの左手には、シノブが握られている。


 ソファーの背もたれに体を預けて、ソルは切り出した。

「問題は、カリュー領都が狙われている理由⋯⋯目的が不明な点だろう」

「えっ、目的がわからないの?」

 シノブは、素直に問い掛けた。

「領都を孤立させ、領軍を分断した。その上で、何を企んでいるのか⋯⋯今ある情報だけでは、見えてこない」

「見方を変えれば、いいのかも⋯⋯」

「ソラ。どういう意味かな?」

「目的がなんであれ、領都を手薄にする必要があった⋯⋯なら、軍の情報に詳しい人物が関係しているかと。特に、ギルギス将軍の行動が鍵になりそうな⋯⋯」

 身を乗り出したソルは、マリアに視線を向ける。

「思い当たる事はないか?」

「そうね⋯⋯気になるのは、中央区にある古城かしら。地下には、古代の遺跡が眠っているそうよ。今は『不思議な現象が起こる』として、閉鎖されている⋯⋯閉鎖を指示したのが、ギルギス」

「なるほど。閉鎖した古城であれば、身を隠すには都合が良い。いや、もしかすると⋯⋯」

 ソルは、右腕を前に伸ばして、手の平を下に向けた。指先から流れ出したマテリアルが、テーブルの上に落ちる。まるで意思を持ったジェルの様に、マテリアルが変形していく。四角い二重の枠、中央にはオブジェが形成された。

 シノブが、素直な感想を言葉にする。

「これって、なんだろう⋯⋯迷路、それとも、ゲーム盤かなぁ」

「済まないな。造形力が無くて⋯⋯カリュー領都の模型なのだが⋯⋯」

 凹んだ表情を浮かべ、正解を言葉で伝えた。

 その上で、マリアが感想を述べる。

「まあ、そうですか。領都に見えなくも無いのだけれど⋯⋯ハッキリ言って、不恰好ですね。それに中央のキノコって⋯⋯」

 ソルは、返す言葉を失った。

「⋯⋯話を進めるとしよう。その昔、古城の場所には、巨大な精霊樹が立っていた」

「精霊樹ですか?」

「精霊樹って?」

 ソラの問い掛けに、シノブが被せていく。

「精霊樹は、この世界において特別な存在。大地を流れる龍脈に根を張り、ソールを吸い上げ、その葉から精霊を発生させる。龍脈と地上が接した場所、龍穴でしか生息できないと言われている。

 人類は、精霊樹の育つ土地から多くの恩恵を受けてきた。精霊を活用した魔法、精霊樹を素材とした魔道具、龍穴から得られるソール⋯⋯故に人が集まり、村から町へ、都市へと栄えていった」

 ソラは、不思議そうに首を傾げる。

「精霊樹ってのは、なんとなく⋯⋯だけど⋯⋯」

「そうだよね。今はもう、無いんでしょ」

 シノブも、同じ疑問を持ったようだ。

「精霊樹は、普通の植物ではないからね。人が考えるより、強い生命力を持っている。そして、この地は龍穴という特別な場所でもある⋯⋯貴重な情報が得られたよ。ありがとう」

「あらっ。感謝の言葉ですか?」

 微笑みながら、マリアは問い掛けた。

「私とて、礼くらいは言える⋯⋯」

 照れ臭そうに、ソルは横を向いてしまう。テーブルのマテリアルを片付けて、ゆっくりと立ち上がった。

「ところで、フォウの姿が見えないが」

「フォウちゃんは、ベットで眠っています」

 マリアの言葉に、ソルの顔色が変わった。

「⋯⋯予知を見たのか?」

 一瞬にして、ソラの警戒レベルが上がり。

「まさか。無理矢理に確認するとか、考えてませんよね?」

 強い口調で、ソルを諌めた。

「いや⋯⋯そんな事はしないよ⋯⋯」

 哀しい顔をして、ソルは部屋を出て行った。


「だあっ⋯⋯俺、めっちゃ疲れた」

 脱力したソラが、ソファーの背もたれに体を滑らせる。

 マリアは、ソラに視線を向けた。

「それにしても⋯⋯ソル様があんな反応をするなんて。あなた達、凄いわね」

「⋯⋯俺には、よく分かりません。そうなんですか?」

「ええ。あの方は、ご自分が不器用な事に気付いていないのよ。意図せず、人を遠ざけてしまう⋯⋯その理由がわからないのね」

 言い終えたマリアは、優しく微笑んでいた。


・・・


 中央区の古城。大きな扉が開いて、暗い室内に光が射し込んだ。

 ソルは、ゆっくりと城の中に入って行く。その頭上には、赤い妖精のサラが舞っていた。

「古びた外観に反して、内側は近代的だな」

「マスター。ここは⋯⋯」

「ライン城⋯⋯建国以前に造られた古い城だよ。この地下に、古代遺跡があるらしい」

「⋯⋯なんでしょう。精霊達がざわめいて、不気味な感じがします」

「不思議な現象が起こる、とマリアは言っていたが⋯⋯注意するとしよう」

 ソルは、城の奥へと歩を進めた。


<ライン城>

 白を基調とした石造建築。その形状は、城と言うよりも塔に近い。まるで四角い三段ケーキの様である。緩やかな階段の先、二段目の位置に入口があった。


 ソルは、薄暗い廊下を歩いていた。床に埋め込まれた照明が、非常灯のように通路を照らしている。

 ある扉の前で、ソルは立ち止まり。

「城の構造からして、この辺りに遺跡の入口がありそうだが⋯⋯」

 扉に向かって、ゆっくりと右手を伸ばしていく。あと数センチ。目に見えない結界が、ソルの右手を拒絶した。

 だが、ソルは止まらない。右手をジェル状のマテリアルで包み込み、その手で結界をこじ開けていく。限界を超えた結界が、ガラスの様に砕け散った。

「マスター⋯⋯無茶は、お控え下さい」

「あまり悠長な事もしていられない。それに⋯⋯」

「どうされましたか?」

「⋯⋯嫌な予感がする」

 扉の先には、下へ向かう階段が続いていた。

「行こうか⋯⋯」

 ソルは、ゆっくりと階段を下りて行った。


・・・


 マリア邸の一室。

「んっ⋯⋯」

 眠っていたフォウが、眉間にシワを寄せる。ゆっくりと右手を上げ、軽く空を掴んだ。

 マリアの両手が、フォウの右手を優しく包み込む。

 フォウは、静かに目を開けた。

「⋯⋯ここは?」

「安心なさい。私の屋敷よ」

「私⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」

 マリアは、ゆっくりと首を横に振り。

「気にしないで。あなたを助けるのは、当たり前なのよ」

 優しく微笑んで見せた。

 マリアの隣で、ソラが心配そうに立っている。

「⋯⋯ありがとう。マリア様、ソラ、シノブ」

 フォウは、順に視線を向けた。

「ほんと、良かったよ。フォウは、ゆっくり休んで⋯⋯って、マリア様の家なんだけどねっ」

「アハッ。シノブったら」

「いいのよ。暫くは、ここに滞在してちょうだい。歓迎するわ」

「マリア様ったら、器が大きいですねぇ」

「あらっ。私の器は、小さいかも知れないわよ。ソラ君は⋯⋯どうなるのかしら?」

 チラッとソラに視線を向けた。

「ええっ。俺だけ、ダメって!」

「冗談よ」

「もう、ビックリしたぁ⋯⋯」

 ソラが、オーバーにリアクションをして見せる。

「ぷっ⋯⋯」

 女性達が笑い出して、和やかな空気に包まれた。


 笑っていたフォウが、徐々に明るさを失っていく。

「あの⋯⋯私。不思議な予知を見ました⋯⋯広い草原と青い空。大地と大空を結ぶ、光の柱。そして、巨大な樹が現れて⋯⋯」

 言い終えたフォウが、小さく首を傾げた。

 ソラは、優しく問い掛ける。

「フォウ⋯⋯それは夢を見た、って訳でもないんだよね?」

「夢ではない、と思います。これまでの予知とは違い、とても抽象的で⋯⋯」

「とどのつまり。どんな意味があるのか、わかんないって事だよね」

 シノブの言葉に、フォウは小さく頷いた。

「巨大な樹って言うと⋯⋯俺は、あれを思い浮かべるんだけど」

「やっぱり。あれ、じゃない」

「あれ、って?」

「精霊樹!」

 ソラとシノブは、ハモリながら声を上げた。


・・・


 ソルが階段を下りて行くと、大きな扉に行き当たった。先行していたサラが、ふわりと空中で静止する。

「マスター⋯⋯」

「ああ⋯⋯どうやら、先客がいるようだ」

 扉は、微かに開いていた。ゆっくりと右手を伸ばして、軽く扉に触れる。触れただけの力で、扉が開いていく。

 扉の先は、大きな部屋になっていた。壁と天井には、魔法陣のような複雑な模様が描かれている。巨大樹の名残であろう切り株が、部屋の中央に納められていた。


 野太い声が、部屋の中に反響する。

「これは、ソル様。この様な所まで、御足労いただけるとは⋯⋯恐縮ですな」

 声の主は、切り株の前に立っていた。

「ギルギス⋯⋯」

 ソルの鋭い視線が、その大男に向けられる。


<ギルギス>

 白髪の角刈り。切れ長の目には、青い瞳。褐色の肌。筋肉質で大柄な体格からして、武人の風格を感じさせる。黒い軍服を身に着けて、腰には短剣を装備していた。身長198センチ。


「カリュー領の武官長であるお前が、こんな所で何をしている。余程、暇を持て余していたのだな」

「ガハハハ。その遠回しな物言い。儂を疑っているではないか」

「当然であろう。軍の動向を把握し、金銭で盗賊を雇える人物は、領内でも限られている。まして、黒商人を利用するなど⋯⋯」

「ほぉ。黒商人まで辿り着きましたか。だが真相までは、ご存知ないようだ」

「認めるのだな⋯⋯それにしては、随分と落ち着いている」

「儂の性格はご存知でしょう⋯⋯これが最後の忠義⋯⋯」

 ギルギスは、右手に持っていた拳大の魔道石を頭上に掲げた。

「はああああっ!」

 気合いと共に、ギルギスの全身が青く光り始める。魔道石にソールを注ぎ込み、その体から光が失われていく。まるで、魔道石に生命力を吸い取られる様に。

「⋯⋯ソル様。ここから、離れて下され⋯⋯ガハッ」

 意外な言葉を残して、ギルギスの体が崩れ落ちた。

 右手に持っていた魔道石が、強い光を放っている。魔道石と同調するように、巨大樹の切り株が青く光り出した。

 突然、部屋全体が激しく揺れ始める。壁や天井に亀裂が入り、多くの破片が床に落ちた。

「なんだ、これは⋯⋯何が起きている?」

「マスター。ここは危険です。城の外へ」

「くっ⋯⋯」

 力強く床を蹴って、ソルは走り出した。


 揺れていたのは、この部屋だけでは無い。ライン城を中心として、振動が波紋のように広がって行く。カリュー領都一帯が、激しい地震に襲われた。

 この地震により、領都の住民はパニックに陥ってしまう。大声で悲鳴を上げる者。地面や床に座り込む者。揺れが収まるのを、ただ祈る事しかできない。

 ソラだけは、違った。

「あっ、地震だ⋯⋯ちょっと大きいな」

 まったく動じていない。


 ライン城の地下では、不思議な現象が始まっていた。

 巨大樹の切り株から放たれた青い光が、天井に向かって集束していき、レーザー光線のようにライン城を下から貫いた。その光景は、大地から大空へと伸びる、光の柱に見えたであろう。

 大空を覆っていた雲は、光線の周囲から消滅していく。

 太陽の光が、巨大樹の切り株を照らした時、それは起こった。年輪の中心から新たな芽が生まれ、急速に成長を始める。幼木から成木へ、さらに成長を続け。遂には、ライン城よりも大きく成ってしまった。


 ライン城の外に辿り着いたソルは、頭上を見上げる。

「こ、これは⋯⋯なんという事だ⋯⋯」

 復活した精霊樹は、美しい青葉で枝を飾り、生命力に満ちていた。

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