14.事件の糸口
カリュー領都に到着したソラとフォウは、東の中門前に立っていた。ソラの左手には、シノブが握られている。
「んーーっ」
ソラは、大きく背伸びをした。右隣にいるフォウへ視線を向ける。
「そろそろ行こうか?」
フォウは、右手を胸元に当て、下を向いてしまった。
心配そうに、シノブが声を掛ける。
「フォウ⋯⋯どうしたの?」
「わ、私⋯⋯こんな都会に、来たことがありません。き、緊張して⋯⋯」
「心配しなくても、大丈夫だよ」
優しく微笑んだソラは、フォウに手を差し伸べた。
「はい⋯⋯」
顔を赤らめたフォウが、その手を握る。
「それじゃあ。一緒に、門を飛び越えよう」
「えっ⋯⋯」
「行くよ。せぇーの!」
二人は、同時にジャンプした。着地した瞬間、サイレンの音が鳴り響く。
「あれっ⋯⋯なんの音だろう?」
ソラは、辺りを見回している。
中門を警備していた六人の衛兵が、ソラとフォウに駆け寄り。
「動くな!」
槍を突き付けて、取り囲んでしまう。
この状況が理解できないまま、二人は固まっていた。
・・・
そこは、正方形の小さな部屋だった。
唯一の出口には、二人の衛兵が仁王立ち。出口とは反対側の壁際に、ソラとフォウが座っている。部屋に置かれた小振りのテーブルを挟んで、強面の男がソラを睨み付けていた。
部屋の中を確認したソラは、大人しく様子を見ている。
(俺達、なんで捕まったんだろう。全く心当たりがない⋯⋯)
強面の男が、野太い声で切り出した。
「おい、質問を始めるぞ。正直に答えろ。名前、種族、年齢」
言い終えると、視線をソラに向ける。
「⋯⋯名前はソラ。種族は人間、かな。年齢16才」
強面の男は、小さなプレートに何やら書き込んだ。
「次っ!」
「フォウ。人間。16才」
今度は、別のプレートに書き込んでいる。
二枚のプレートをテーブルに置いて、ぶっきら棒に男は言う。
「終わりだ。持って行け!」
出口に立っていた衛兵が、扉を開けた。
思わず、ソラは問い掛ける。
「あの⋯⋯何の説明も無いんですか?」
強面の男は、テーブルを叩いて立ち上がり。
「それを持って、出て行け!」
大声で命令した。
ソラとフォウが居たのは、中門の近くにある石造りの小屋。二人が外に出ると、扉は閉められてしまった。
怒ったソラが、扉を睨み付ける。
「なんなんだよ。意味わかんねぇ!」
「ソラ、落ち着きなよ。それより、フォウが⋯⋯」
シノブに言われて、視線をフォウに向ける。両手を握り締めたフォウが、我慢するように下を向いていた。
「⋯⋯はぁーっ」
大きく息を吐いたソラは、フォウの頭にポンと手を乗せる。
「ごめん。もう、大丈夫だから⋯⋯」
「そうだよ。安心して⋯⋯ねっ」
ソラとシノブの優しい言葉で、フォウの肩から力が抜ける。
「にしても、酷い対応だったな。何の説明も無しで、これだけ渡して⋯⋯」
手にした二枚のプレートを見て、ソラは首を傾げた。
「⋯⋯ねぇ、フォウ。渡されたプレートに、何か書いてあるんだけど。これって?」
持っていたプレートをフォウに見せた。
「あっ、うん。名前と種族、右下にあるのが国章です」
「名前と種族に、国章⋯⋯って、王国が発行しているのか」
「なんか意味わかんないけど、無意味な物でもなさそうじゃない。いいなぁ、私だけ無いのかぁ⋯⋯」
シノブは、軽く凹んだようだ。
「今、自分で『意味わかんない』って言ったよね。そんな、欲しがるような物じゃ⋯⋯」
「あのですねぇ。こういうのは、仲間外れになるのが嫌なのよ!」
「そうなのか?」
「ったく、ニブチンなんだから⋯⋯」
二人の掛け合いを見ていたフォウは、すっかり顔を上げて。
「うん。私の⋯⋯大切な仲間」
嬉しそうに微笑んでいた。
路地の物陰に身を隠して、二人の女性がソラ達の様子を見ていた。
「マリア。ソル様は、中央区に向かったみたい」
「わかりました。私は、一緒にいた子供達に接触します」
「了解。また後で」
「カティも気を付けて⋯⋯」
カティと呼ばれた女性は、その場から姿を消した。
ふわりと柔らかい風が吹いて、フォウの前に一人の女性が現れた。軽く前屈みになり、爽やかな笑顔で声を掛ける。
「こんにちは、フォウちゃん。私の事、覚えているかしら?」
「えっ⋯⋯マリア様!」
<マリア>
金髪のストレートロング。大きな目には金色の瞳。気品と愛らしさを合わせ持ち、一度会ったら忘れないタイプの美人である。白のブラウス、藍色のキュロットスカート、白いローブを身に着け、シンプルでカジュアルな服装であっても見事に目立っていた。身長164センチ。
「お久しぶりね」
「はい。ご無沙汰しております」
フォウが、ペコリとお辞儀をする。
「うーーん。可愛い⋯⋯」
うっとりしながら、マリアはフォウを抱きしめた。
その隣りでは、ぽかんと口を開けたソラが固まっている。
「ソラ。こちらはアルラ様のご友人で、マリア様」
「えっと⋯⋯初めまして。ソラと言います」
緊張した面持ちで、ソラが一礼する。
「よろしくね。ソラ君」
抱きしめていたフォウから手を離して、マリアはゆっくりと立ち上がる。
「こんな所で、あなたに会えるなんて。アルラに、何か頼まれたの?」
「いいえ。ソラと共に見聞を広める旅をしています」
「そうなのね⋯⋯街道には、盗賊や魔物が出ると聞いたのだけれど⋯⋯」
「実は、ソル様と御一緒する事になり、助けて頂きました」
「あらっ、あのソル様が⋯⋯ちょっと意外ね」
伝心術を使い、ソラはこっそりと問い掛ける。
『マリア様って、アルラ様とは親しいの?』
『はい。御役目でも関係があるとか⋯⋯時々、神殿に来られては、和やかに談話されていました。私の事も気に掛けて下さり、お優しい方ですよ』
『そうなんだ⋯⋯』
(良かった。フォウの表情が柔らかくなった。にしても、マリア様⋯⋯明るくて感じのいい人だなぁ⋯⋯)
ぼんやりしていたソラの服を、フォウが軽く引っ張った。
「マリア様が、旅の話を聞きたいと⋯⋯」
「うん。わかったよ」
突然、それは始まった。フォウの全身は青い光に包まれ、体から力が抜けていく。
「ごめん、なさい⋯⋯よち⋯⋯を⋯⋯」
小さくなっていく声。気を失ったフォウを、ソラが優しく受け止める。
「フォウ!」
人目も構わず、シノブが声を上げる。
「ソラ、落ち着いて。とにかく、休める場所を探さないと⋯⋯」
「休める場所って、どうしたらいい⋯⋯」
フォウを抱き抱えたソラは、ゆっくりと立ち上がる。
「ソラ君。私に付いて来て!」
直ぐに、マリアは走り出した。
「は、はい!」
フォウを抱えたまま、マリアの後を追い掛ける。
・・・
マリアに導かれて、辿り着いたのは立派な屋敷。領都の東区において、最も大きな建物であった。
マリアとソラは、二階の一室に入った。正面に一面のガラス窓。左側に大型の応接セット。右側に天蓋の付いた特大ベット。まるで、お姫様が使うような部屋である。
扉を閉めたマリアは、壁の石板に触れた。全てのカーテンが閉まり、天井から柔らかい光が室内を照らす。
「ソラ君。フォウちゃんをベットに」
「はい⋯⋯」
ベットにフォウを寝かせた後、ソラは茫然と立っている。
ソラの肩に、マリアは優しく手を置いた。
「君は、ソファーで休んでいなさい。後は、私が⋯⋯」
マリアは、フォウの身に着けていた装備を外していく。その後、容体を確認しているようだ。
ソファーに腰掛けたソラは、静かに目を閉じた。
確認を終えたマリアが、ソラの隣に座る。
「今は、静かに眠っています。少し様子を見ましょうか⋯⋯」
「あの、マリア様⋯⋯フォウを助けて下さり、ありがとうございます。私はシノブと言います」
「そう⋯⋯あなた達も、訳ありのようね。良ければ、話を聞かせて?」
「⋯⋯はい」
シノブは、これまでの経緯をマリアに話し始めた。
一通りの話を終えた後。
「俺は、ダメだな⋯⋯フォウを助けたいのに、何もできない⋯⋯」
「私もだよ⋯⋯」
「あなた達が落ち込むのもわかります。でも⋯⋯『誰かの為に』と言うのは、行動するだけではないと思うの。思いやりの心が大切なのよ。大丈夫、あなた達の気持ちは、あの子に伝わっているわ⋯⋯」
マリアの言葉に、二人の心は救われるのだった。
・・・
数時間後。ソファーに座ったまま、ソラは静かに待っていた。左手に握られたシノブも、押し黙っている。
マリアは、ベットで眠るフォウの額に手を当て。
「もう、大丈夫みたいね⋯⋯」
優しい笑みを浮かべた。
前触れも無く。部屋の扉が開いて、一人の男性が入って来た。
ソラとシノブは、ハモって声を上げる。
「うげっ!」
「女性を待たせるなんて⋯⋯珍しいですね。ソル様」
「マリア⋯⋯これでも急いで来たのだよ」
ソファーに向かったソルは、ソラの向かい側に腰を下ろした。
「やぁ、君達。また、会えたね」
「はぁ⋯⋯どうも⋯⋯」
ソラは、明らかに不機嫌な顔をしている。
二人の様子に気付いたマリアは、ソラの隣に座った。
「ここにマリアが居る、と言うことは?」
「ソル様と同じ事を考えていたのでしょう。まずは、リュー王国で起きた事件について、整理をしましょうか⋯⋯」
第一の事件、19日前。カリュー領主、オルス・ジ・カリューの暗殺事件。詳細不明。
第二の事件、17日前。カリュー領都近郊で、盗賊が商人団を襲撃。以後、領内で盗賊による犯罪が多発。領軍一個大隊を投入するも、未解決。
第三の事件、15日前。王都近郊で、樹海の魔物ヴォルフ6体が出現。以降、王国各地で魔物事件が発生。神出鬼没の魔物に対応できていない。
第四の事件、3日前。カリュー領バロックの森を、所属不明の一軍が襲撃。サクヤ・バロックと領軍一個大隊を援軍として派遣。
「第四の事件によって、領都の治安にも支障が出ています。本当に、何が起きているのか⋯⋯」
マリアは、最後に付け加えた。
続けて、ソルが話を始める。
「私も、独自で調査をしていたのだが⋯⋯ようやく事件の糸口を掴む事ができた。盗賊は、金で雇われた無頼漢。魔物の出現には、黒商人が一枚噛んでいた。何者かの思惑通り、いいように振り回されているな⋯⋯」
シノブが、ポロッとツッコミを入れる。
「へぇ⋯⋯探偵みたいな事まで、しちゃうんだぁ。ソル様って、意外と暇なんですねぇ」
「ほっとけ!」
ソルは、即座に反応して見せた。
「ふふっ⋯⋯」
右手で口を隠して、マリアが笑いを堪えている。
「まあいい。最新の情報だが⋯⋯ギルギス将軍が行方不明だそうだ。領都には領軍一個大隊だけ、しかもレベル2が数名しかいない」
「その⋯⋯なんとかって将軍。如何にも怪しくない?」
シノブの発言に、全員が頷いた。
右手を上げて、ソラが問い掛ける。
「あの、マリア様。レベル2って?」
「正しくは、ソールレベル。ソールの三大要素を数値化して、格付けしたものよ。レベル2だと下級魔道士と言うことね」
「なるほど⋯⋯」
ソラは、ふっと視線を落とした。
(ソールで人を格付けするとか⋯⋯なんか嫌だな⋯⋯)
ソルの視線がマリアに向けられた。
「一連の出来事からして⋯⋯狙われているのが、カリュー領都だと推測できる」
「ええ。それも近いうちに⋯⋯」
二人の言葉は、その場の空気を緊張させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます