13.領都への道
カリスの町は、静かな朝を迎えていた。空を覆う厚い雲が、東へ流されていく。
宿屋の一室。ソラは、むっくりと起き上がり、ベットに腰掛けた。
いつも通りの明るさで、シノブが挨拶をする。
「ソラ。おっはよーっ!」
「おはよっ⋯⋯」
まだ眠そうな顔で、部屋の中を見回した。
「⋯⋯フォウは?」
「もう、とっくに起きてるよ」
「そっか⋯⋯」
枕元に置いた日本刀を左手で握り、ゆっくりと立ち上がる。部屋を出て、宿屋の食堂に向かう。
昨夜、食事をしたテーブルには、フォウがちょこんと座っていた。
「おはよう。ソラ」
「おはよう」
「ソル様が戻って来られたら、朝食にしましょう」
「あれっ。ソル様、出掛けてるんだ⋯⋯朝から何処に行ったんだろう」
「さぁ⋯⋯なにか、急いでいたような」
「⋯⋯そうなんだ」
何気無く返事をして、フォウの隣に座った。
宿屋の扉を開け、ソルが帰って来た。ソラに近付きながら、声を掛ける。
「起きていたか、少年。すまないが、直ぐに出立したい」
「何かあったんですか?」
「馬車を待たせてある。詳しい話は、移動しながらするとしよう」
フォウは、椅子から立ち上がり。
「はい。ソラも、いいですか?」
「まぁ⋯⋯うん⋯⋯」
(また、何の説明も無しか⋯⋯にしても、ここの美味い飯が食えないのは残念⋯⋯)
仕方無さそうに、ソラも立ち上がった。
西門の近く。ソルが用意した馬車に、ソラ達は乗り込んだ。荷台の左側にソル、右側にはソラとフォウが座る。シノブは、フォウの腕に抱かれていた。
「はいっ!」
御者が鞭を入れて、馬車は動き出した。
「ソル様。何があったのか、俺達に教えて下さい」
「そうだな⋯⋯違和感に気付いたのは、朝になってからだ。私達以外、宿泊客がいない事に⋯⋯。
カリスの町は、カリュー領都と東部地域を結ぶ、重要な拠点。あの町で人の流れが止まる事は、異常事態と言えるだろう。警備団長にも確認したが⋯⋯ここ三日、領都のある西側から町を訪れた者はいないそうだ。
つまり、カリスから領都の間で、何か問題が発生したと考えている」
「問題⋯⋯ですか」
「魔物や盗賊だけが、原因とも思えないからな⋯⋯」
ソルの話を聞いて、ソラは不快な表情を浮かべる。
「ねぇ、ちょっと待って。もしかして、これから危ない場所に行く、って事?」
呆れた口調で、シノブが問い掛けた。
「みたいだな。食事もできない程、急いで出立する理由ってなんなんだろう」
シノブの意図に気付いたソラは、話の流れに乗った。
「だよねぇ。やり方がエグイよねぇ。って言うか、酷くない?」
「酷いよな。俺達を巻き込むのも、当たり前って感じだ」
「フォウも、酷いと思うでしょ?」
「はい。酷いですね」
「これが、あれよ。ハラスメント⋯⋯」
「パワハラだな!」
「パワハラですね!」
三人にまくし立てられ、ソルは何も言えなくなった。
「と、冗談はさておき。カリュー領都までは、一緒に行くと約束しました⋯⋯でも、これだけは言っておきます。もし何かあったとしても、俺達はあなたに従いません」
ソラは、真剣な眼差しをソルに向けた。
「⋯⋯はぁ、参った。君達が察した通りだよ。多少強引だとしても、私に協力させるつもりだった」
「相談すれば良かったのに⋯⋯」
シノブは、ボソッと呟いた。
「⋯⋯そうだな。すまなかった」
国王代理であるソルが、素直に頭を下げている。
謝罪されたソラは、軽く微笑んで見せた。
「では、ソル様。本題に戻りましょう」
「ちゃっかりしている⋯⋯」
気を取り直して、ソルは話を続ける。
「王国内で樹海の魔物を確認したのが、半月程前。以来、各地で被害が報告されている。神出鬼没の魔物に対して、多くの人員を投入するも対応できていない。
だが⋯⋯昨夜のカリス襲撃で、ようやく手掛かりが見つかった。5匹のヴォルフは、何かしらの魔法を使って送り込まれていた。つまり、人為的に魔物は出現している。
では⋯⋯カリスを襲った犯人の目的は、何だろうね」
ソラは、右手を顎の下に添えた。
「街道の封鎖、領都の隔離⋯⋯でしょうか」
「そう。このタイミングで領都に向かえば、犯人と遭遇する可能性は高いと思う」
突然、ソラの腹部が「ぐうーっ」と鳴り。
「あっ⋯⋯失礼⋯⋯」
恥ずかしそうに腹を撫でる。
フォウは、魔装袋から小さな包みを取り出して。
「はい、どうぞ」
ソラに差し出した。
「これって?」
「朝早くに起きたので。宿屋の人に頼んで、お弁当を作らせて貰いました。本当は、お昼に食べるつもりでしたけど⋯⋯仕方がないですね」
「うわぁ、ありがとう」
満面の笑顔で、ソラが包みを受け取る。
フォウは、もう一つの包みを取り出した。
「ソル様も、どうぞ」
驚いたソルが、フォウに視線を向ける。
「⋯⋯私に?」
微笑みを浮かべて、フォウは小さく頷いた。
「俺は、受け取るのが礼儀だと思います」
「そうですよ。フォウに感謝して下さいね」
「⋯⋯あ、ありがとう」
ソルの口からは、言い慣れない言葉が溢れた。フォウから包みを受け取り。
「不思議な子供達だ⋯⋯」
優しい笑みを浮かべた。
・・・
カリスの町とカリュー領都の中間地点。街道を塞ぐように、怪しい三人組が座り込んでいた。全身黒一色の服装で統一されている。
夜であれば、暗闇に溶け込んでいたであろう。
昼であれば、遠くからでも目立ってしまう。
三人は、ぼんやりと空を見上げていた。
一番小柄な幼女が、口を開く。
「あーーっ、暇だよなぁ⋯⋯もう、帰ってもいいんじゃね?」
誰かに問い掛けたと言うより、独り言のようだ。
熊のような大男が、それに答える。
「アンカ姉さん。仕方ないですよ。明日の夜までは、ここで待つですよ」
細身の女性が、すっと立ち上がり。
「タンヤオ。お前は、真面目すぎんだよ。つまんねーんだよっ!」
唐突に、タンヤオと呼ばれた男の頭を殴った。
「いってーーっ。何すんだよ、てめぇ!」
殴った方が、痛かったようだ。右手を大きく振りながら、痛みを我慢している。
「ポンチ姉さん。だ、大丈夫ですか⋯⋯」
殴られた方は、平気な顔で相手の心配をしていた。
「お前ら、静かにしな⋯⋯やっと、客が来たぞ」
アンカは、ニヤリと笑った。
一台の馬車が、カリュー街道を東から西へと向かっていた。
「どうどう」
ゆっくりと馬車が止まる。ソラ、ソル、フォウの順に荷台から降り、馬車の前に進む。
ソラは、前方を指差した。
「あそこ⋯⋯あんなに目立つ格好で、道を塞いでいる。如何にもって感じなんですけど⋯⋯」
300メートル先。怪しい三人組が仁王立ちしている。
「ああ。思った通り、待ち構えていたようだ⋯⋯君達は、ここに居なさい」
言い終えるなり、ソルは走り出した。
「サラ!」
ソルの右手に魔法陣が浮かび上がり、赤い妖精が召喚された。
「ポンチ、タンヤオ。お前らは、馬車を狙え!」
街道を迂回するように、二人が走り出した。右からは軽快に走る、ポンチ。左からは鈍重に走る、タンヤオ。
ソルは、右手でタンヤオを指差した。
「サラ。動きを止めろ!」
「はい」
サラは、その赤い体を白く変身させた。両手から放たれる白い炎が、タンヤオの足元に飛んで行く。周囲の地面が凍結して、辺りには冷気が広がった。
凍ったタンヤオの脚が、地面と一体化してしまう。
「あ、脚が⋯⋯動かないですよ」
「あんの、マヌケがっ!」
馬車に向かっていたポンチが、タンヤオの方へと向きを変える。
ソラは、向かって来る二人の動きを目で追っていた。
「お、おい。今、そっちに行ったら⋯⋯」
タンヤオに近付いた所で、ポンチの両脚が凍り付いてしまった。
「なっ、なんだよ。動かねぇ!」
ソラとシノブが、ハモって一言。
「⋯⋯やっぱり」
予想通りの結果であった。
「お前ら。何やって⋯⋯」
「余所見をして、いいのか?」
アンカの前には、ソルが立っていた。いつの間にか、アンカの脚も凍り始めている。ジタバタと体を動かしたが、びくともしない。
「ポンチとタンヤオ。お前の名は、アンカだな」
「な、なぜ。知っている」
「黒商人の使い魔⋯⋯アンポンタンは、この国でも有名だ。さあ、いろいろと教えて貰おうか」
アンカの顔を見下ろしながら、ソルは右手を上げた。
「私は、尋問をするのが苦手でね。直接、精神に問い掛ける⋯⋯」
ゆっくりと右手をアンカの頭に近付けていく。
「やっ、止めろっ⋯⋯」
立ったまま、アンカは意識を失った。
ソルは、アンカの懐から小さな石を取り出して。
「なるほど。これか⋯⋯」
アンカに背を向けて、歩き出した。
意識を取り戻したアンカには、離れて行くソルの背中が見えた。
「バ、バケモノ⋯⋯あんな奴、相手にできるか⋯⋯帰る!」
アンカの全身から黒い蒸気が上がり、その体は崩れながら消えていく。黒い蒸気は空中で集まり、黒い鳥に変化して、西の空へと飛んで行った。
「あっ、姉貴!」
「待ってですよ!」
黒い鳥に変化したポンチとタンヤオが、アンカを追い掛けて飛んで行く。
駆け寄ったソラが、ソルに問い掛ける。
「あれを逃して、良かったんですか?」
「ああ、構わない。必要な情報と証拠は、手に入れたからね」
「情報と証拠、ですか⋯⋯」
ソルは、右手に持っている小さな石をソラに見せた。
「これが、魔物を出現させる魔道石。ソールを注ぎ込む事で、現象が具現化されるようだ。これを調べれば、魔物への対策も打てるだろう」
「えっ、いつの間に⋯⋯」
「犯人が、とても協力的でね。いろいろと教えてくれたのだよ。これで気持ち良く、カリュー領都へ行けそうだ」
軽い足取りで、ソルは馬車へと向かった。
「なんだかなぁ⋯⋯俺達の力なんて、必要ないだろうに⋯⋯」
気の抜けた顔で、ソルの背中を追い掛けた。
・・・
ソラ達を乗せた馬車は、カリュー街道を西へと進み、領都に到着した。
<カリュー領都>
内郭と外郭、二重の壁に囲まれた城塞都市。
内郭内は中央区と呼ばれ、約1キロ四方の中に、領都の中枢機関が集約されている。中央にある古城と四隅の柱は、都のシンボルとされていた。
外郭は、約6キロ四方。街道に沿って、東の中門、南の大門が置かれている。
三人が立っているのは、東の中門前。
「これが、カリュー領都⋯⋯思ったより、でっかいなぁ⋯⋯」
ソラが見上げた中門は、縦横6メートルはあるだろう。中門に沿って、高さ10メートルの石壁が遠くまで続いていた。
「そ、そうですね⋯⋯」
見た事もない建造物に、フォウも圧倒されているようだ。
ソルは、二人に声を掛ける。
「さて、領都に着いたが⋯⋯君達は、これからどうする?」
「俺達は、領都を見物しながら宿屋を探そうと思います」
「そうか⋯⋯なかなか楽しかったよ。それでは、また会おう」
右手を上げて、ソルは歩き出した。
その背中に、フォウが一礼する。
「社交辞令でもなぁ⋯⋯」
「もう、会う事もないんじゃない⋯⋯」
ソラとシノブは、小さな声で呟くのだった。
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