12.暗闇の中

 厚い雲が空を覆い、月明かりの届かない夜。


 ソラ、フォウ、ソルの三人は、カリスの町に向かっていた。東門のかがり火を頼りに、歩いて行く。

 前方から一人の男が近付いてきた。軽装の防具と背中に大剣を装備して、左手には松明を持っている。男は、立ち止まり。

「お前達。カリスへ行くのか?」

 強い口調で問い掛けた。

 ソラ達は、その場で足を止める。一歩前に出て、ソラが口を開く。

「はい。カリスで宿を取ろうと思っていたのですが。何かありましたか?」

「ああ。この辺りで、町の住人が盗賊に襲われてな⋯⋯」

 男は松明をかざして、ソラ、ソル、フォウの順に顔を確認した。

「⋯⋯失礼した。子供を連れた盗賊など、いるわけがないか⋯⋯」

 町の方へ振り返り、松明を持った左手で円を二回描いた。

「町で鐘が鳴ったら、気を付けてくれ。危険を知らせる合図になっている」

「はい。ありがとうございます」

 ソラ達は、東門に向かって歩き出した。

 その場に留まった男は、周囲の様子を確認しているようだ。


「また、盗賊だって。ほんと物騒だよねぇ」

 伝心術を使わずに、シノブが喋り出した。その声に、ソラとフォウがピクッと反応してしまう。

「君の言う通りだ。盗賊が多いのもそうだが、人里近くで襲われるとは⋯⋯」

 ソルは、普通に言葉を返した。

『あっ、喋っちゃった!』

「大丈夫だよ、シノブ。ソル様は、気付いていたみたいだ」

「⋯⋯君達が、伝心術を使って話をしていたからね」

「ご、ご挨拶が遅れました。シノブと言います」

「ああ。それにしても⋯⋯君は、特別な運命を持っているようだ。剣と話をするのは、私も初めてだよ」

 ソルは、口元に笑みを浮かべた。


 ソラ達は、東門の前に辿り着いた。門の外で警備をしていた男達が、辺りを警戒する。分厚い木製の門が開き、三人はカリスの町に入った。

 町の中は、思った以上に静かだ。幾つかの店は開いていたが、出歩く人もいない。


 重い空気を察してか、フォウが話し掛ける。

「あの⋯⋯やっと、カリスの町に着きましたね」

「思ったより大きな町じゃない。高い壁にも囲まれているし、中に入れば安心だよね」

 シノブも、調子を合わせた。

「ソル様が感じた、怪しい気配⋯⋯俺には分かりませんでした」

「そうか⋯⋯」

 ソラの言葉を軽く流して、ソルは町の中を見回した。

「⋯⋯まあいい。まずは、宿を探すとしよう。私の腹も泣いてしまいそうだ」

「そうですね⋯⋯」

(結局、怪しい気配って⋯⋯大丈夫なんだろうか⋯⋯)

 ソルの言動に、ソラの心はモヤモヤとしてしまう。

 宿屋は、簡単に見つける事ができた。と言うか、目の前に大きな看板が置かれていたりする。

「・・・ソル様。ここでも、いいですか?」

「私は、構わないよ」

 ソラの問い掛けに、笑顔で即答した。

『うざっ!』

「まあまあ、有り勝ちなんじゃない。町の入口なんだし⋯⋯」

「いや、なんか。誘導されたって感じがね⋯⋯」

 ソラとシノブは、小声で話をしていたのだが。

「それは、気のせいさ。ここの店は、食事が美味いんだよ」

 ソルには、しっかりと聞こえていたようだ。

「そうですか⋯⋯」

 見るからに疲れた感じで、ソラは顔を歪ませた。


 早速、宿屋のチェックインを済ませて、食事をすることに。

 ソラは、久しぶりに普通の食事を堪能する事ができた。隣に座ったフォウも、料理に満足している。

 ソルはと言うと、同じ一品料理を3回、4杯目の同じ果実酒を飲んでいる。性格なのだろうか、変なこだわりがあるようだ。


 食事を終えたソラが、問い掛ける。

「ソル様。一つ聞いてもいいですか?」

「なにかな」

「馬車が盗賊に襲われた時⋯⋯ソル様は、何をしたんですか。なんで、盗賊は大人しくなったんですか?」

「あっ、それね。私も知りたい」

 シノブも、話に乗っかった。

 手に持ったジョッキをテーブルに置いて。

「あれは、ソールを使った精神魔法だよ。私のソールを風に乗せ、彼等に接触する事で、気力を奪った」

「アルラ様から聞いた事があります。他者とソールを合わせる事で、相手の心を動かす魔法があると⋯⋯」

「怖いなぁ。つまり、人を操る魔法って事でしょ」

 シノブの素直な感想である。

「⋯⋯無闇に、人を傷付けるつもりは無い⋯⋯」

 言い終えたソルは、椅子から立ち上がり。

「今日は、疲れてしまったな。部屋で休むとしよう」

 テーブルから離れて行く。

「ソラ。私達も、部屋に行きましょう」

「⋯⋯そうだね」

 夜も更けて、カリスの町は眠りに就こうとしていた。


・・・


 静かな夜の町に、鐘の音が響く。

「ソラ、フォウ、起きて!」

 シノブが、大声で叫んだ。

 飛び起きたソラは、枕元に置いた日本刀を左手で握り締めた。隣のベットで寝ていたフォウも、素早く起き上がる。

 ソラが部屋の扉を開けると、向かいの部屋からソルが現れた。

「ソル様!」

「ああ、何か起きたようだ。私は様子を見に行くが、君達は⋯⋯」

「俺達も行きます」


 東門の近くには、門の外で警備をしていた男達の姿があった。四人の内、二人が負傷している。

 ソラ達は、警備の男達に駆け寄った。

「いったい、何があったんですか?」

 ソラの声に反応したのは、背中に大剣を装備した男。

「あんた達か。俺は、警備団長のカグト。門の外で警備をしていたんだが⋯⋯突然、かがり火が消えて、暗闇になった所を襲われた」

 落ち着いた口調で、ソルは問い掛ける。

「団長。襲ってきたのは、盗賊なのか?」

「いや、分からない。仲間が三人も⋯⋯クソッ!」

 団長は、地面を蹴り飛ばした。


 辺りに鈍い音が響いた。低い衝撃音は、徐々に大きくなり、東門から聞こえる。

 ソルの視線が、団長に向けられた。

「この町の結界は、どうなっている?」

「町の外壁は、土の結界魔法ウォルドで強度を上げてある。だが、他の場所は⋯⋯」

 繰り返される衝撃に、東門は軋み始めていた。

「まずいな⋯⋯門には、結界が作用していない」

 団長の言葉に、警備の男達から不安の声が上がる。


 右手を顎の下に添えて、ソラは考えていた。

『⋯⋯シノブの眼で、外の様子って見えるか?』

『んーっ⋯⋯良く見えないんだよ。犬みたいな影が5つ。大きな丸い影が1つ⋯⋯』

『いい判断だ!』

 伝心術の会話を聞いて、ソルが動き出した。

「フォウ、門に結界を頼む。終わり次第、負傷者の治療を⋯⋯」

「はい」

「ソラは、私と来てくれ⋯⋯」

「⋯⋯はぁ?」

「行くぞ!」

 ふわりと宙に浮いたソルとソラは、東門よりも高く舞い上がった。

「うっ、うわぁーーっ!」

 体勢を崩してしまい、ソラが情けない声を上げる。

 東門を飛び越えた二人は、門から離れた場所に降り立った。

「なっ、何よこれ⋯⋯」

「シノブには、見えているのだな。この状況が⋯⋯」

 ソルは、右手を上げて空を指差した。突然、カリスの上空に炎の球体が現れる。まるで小さな太陽の様に、辺りを明るく照らした。

 ソラ達の周りを、5匹の魔物が取り囲んでいる。

「ヴォルフ⋯⋯だな」


<ヴォルフ>

 樹海に生息する凶暴な魔物。全身が黒く、狼のような姿をしている。群で狩りをする習性があり、獲物への執着も強い。全長3メートル。


「でっ、でかい⋯⋯囲まれると、マジで怖いな⋯⋯」

 言葉とは裏腹に、ソラは冷静になっていた。

「ソラ。ちょっと、借りるよっ」

 シノブは、返事を待たずに行動を始める。日本刀からマテリアルを展開して、ソラの左腕を覆っていく。

「えっ、ちょっと、やめて⋯⋯」

 ソラの左手から左肩まで、マテリアルの鎧で包み込んだ。

 ソラの後方から1匹のヴォルフが近付いて行く。飛び掛かる寸前、ソラの左肩から3本のクナイが放たれる。威嚇されたヴォルフは、距離を取った。

「うん。いい感じだね」

「いきなり、だもんなぁ⋯⋯でも、力を貸してくれ!」

「まっかせて!」

 突然、ソラの感覚に何かが割り込んできた。

(なんだ、この感じ⋯⋯)

 人間の視覚とは違う、別の感覚で周囲にある物を認識している。


 ソラの左後方と右後方からヴォルフが襲い掛かる。

 ヴォルフより先に、ソラは動き出していた。左後方に向きを変え、前進しながら迎え撃つ体勢に入っている。右手から伸びるマテリアルの槍が、ヴォルフの大口を貫いた。

 もう1匹のヴォルフは、ソラの背後を通過して行く。

 マテリアルの槍を器に戻して、ソラは体勢を立て直した。

(視界の外でも魔物の動きが見える。いや、感じるのか⋯⋯)

 ふと、シノブの能力を思い出していた。


「ほぉ、良い動きだ。ならば、残りは任せよう」

 二人に告げて、ソルが走り出した。目指したのは、東門の南にある黒い球体。

 行く手を遮るように、2匹のヴォルフが立ちはだかる。

「サラ!」

 ソルの右手に魔法陣が浮かび上がり、赤い妖精が召喚される。妖精の両手から放たれた炎が、2匹のヴォルフを包み込む。強烈な炎に焼かれ、ヴォルフは動きを止めた。


 ソルが動いた事で、状況は大きく変化していた。5匹いたヴォルフは、既に3匹が倒され、数の優位も失っている。左右に分かれたヴォルフが、ゆっくりとソラに近付いて行く。

「シノブ、フォロー頼む!」

 右のヴォルフに対して、ソラは正面から突っ込んだ。一気に間合いが縮まり、ソラの一撃がヴォルフを捕らえる。右手から伸びたマテリアルの槍が、ヴォルフの頭蓋を貫いた。

 遅れて、最後のヴォルフがソラに飛び掛かる。

 ソラは、左腕を盾のように構え、両足を踏ん張った。鎧と化した左腕から無数の刃が伸びていく。ヴォルフの全身に刃が突き刺さり、動かなくなった。


 最後のヴォルフを倒した後。二人は、その凄惨な光景を目にする。

「俺⋯⋯気持ち悪い⋯⋯」

「私もだよ⋯⋯」

 身の危険を感じた恐怖。命を奪った罪悪感。事が終わった安堵。

 ソラとシノブの心に、複雑な感情が渦巻いていた。


・・・


 黒い球体は、直径5メートル以上あり、地上から1メートルの空間に浮いていた。


 黒い球体を前に、ソルは立ち止まる。同時に、赤い妖精も空中で静止した。

「サラ。この異物は、何だろうか?」

「空の精霊を感じます。別の空間と繋がっていたようですが、今は⋯⋯」

 ソルの問い掛けに、サラと呼ばれた妖精が答えた。


<サラ>

 全身、炎を連想させる赤一色。スレンダーな人型。背中から半透明の羽が4枚生えている。身長24センチ。


「古代魔法のゲートにも似ているが、近くに術者がいない。それに⋯⋯」

「マスター!」

 サラの声に反応して、ソルは右手を前に出した。一瞬にして、黒い球体はガラスの様な結界に囲まれる。

 結界の中で、黒い球体はゆらゆらと揺らいでいた。徐々に球体は小さくなり、ふわりと消えてしまう。その下に、小さな石がぽとりと落ちた。

 結界を解いたソルが、小さな石を拾う。

「⋯⋯魔道石だな。既にソールも感じない」

 小さな石は、粉々に砕け散った。

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