11.最強の賢者

 黒い雲に覆われた空。カロスの地は、薄暗い朝を迎えていた。


 カロス神殿を旅立ったソラとフォウは、森の中の一本道を歩いている。今日の目的地であるカリスの町までは、まだまだ遠い。

 突然、ソラが立ち止まり、大声を上げる。

「あーーっ!」

「いきなり、どうしたの?」

「俺⋯⋯朝飯、食べてない」

 シノブの問い掛けに、真顔で答えた。

「なんだぁ、そんなことかぁ」

「って、大切な事だよ。これから遠い町まで歩いて行くんだから⋯⋯」

 ソラは、周囲を見回した。

「この辺りに、食べ物ってないのかな」

「森の中を探せば、食べ物はありますけど。お手軽なのは、木の実や果実でしょうか」

 パンと両手を合わせたソラが、フォウに頭を下げた。

「お願い。何か食べてから行こうよ」

「⋯⋯そうですね。私も、お腹が空いたみたい」

「もう、フォウったら⋯⋯優しいんだから⋯⋯」

 呆れた口調で、シノブが呟いた。


 一旦、道から離れ。食べ物を探しに森の中へ。

「この木に実っている果実は、甘くて美味しいですよ。あそこに見える、赤く熟した実は食べ頃です」

 フォウは、頭上を指差した。

「私に、まかせてっ!」

 日本刀の柄から伸びたクナイが、狙った果実を切り落とす。

 落ちてきた果実をフォウが受け止めた。

「シノブのソールは、便利ですね。私には、真似できません」

「ふむっ。私の数少ない魔法の中でも、確かに実用的かもねっ」

 ソラは、不思議そうに首を傾げた。

「あれっ。フォウだって、魔法を使ったら同じように実を取れるんじゃないの?」

「実を落とす事はできますが、周りの葉や枝も傷付けてしまうから⋯⋯」

 シノブのクナイは、正確に一点だけを狙い放たれていた。

「なるほどね⋯⋯」

 その後。森の中を散策しながら、食べ物を集めることに。

 フォウは、着ていたローブを籠状にして、集めた木の実や果実を入れていく。日持ちしそうな木の実は、魔装袋に取り分けた。


<魔装袋>

 見た目は、ウエストバックに似ている。物を持ち運ぶための魔道具で、袋の内側に空間を広げる魔法が掛けられている。


 食べ物を手に入れたソラとフォウは、一本道まで戻り、道端に座った。

「いただきます」

 森の恵みに感謝をして、食事を始める。

「フォウは、森についても詳しいのね。森の知識は、誰に教わったの?」

「私は、お義父さんに⋯⋯」

「そうなんだぁ。私には、あんまり経験が無いけど。生活する中で、自然と学んでいく事も多いんじゃないかなぁ」

「そうですね。もう10年⋯⋯この森には、お世話になりましたから⋯⋯」

 フォウは、しみじみと森を眺めていた。


 黙々と食事をしていたソラが、その手を止めた。

「⋯⋯なんか、ごめん。フォウに頼ってばっかりだな。この食べ物だって、フォウが探してくれて⋯⋯無知な自分が恥ずかしい⋯⋯」

「ソラが自覚したんなら、知る努力をすればいいんだよ」

「そうだよな。まずは、生きて行く為の知識を学ばないと⋯⋯」

「私を頼ってもいいのですよ⋯⋯」

「ありがとう。フォウ」

 微笑んだソラに、フォウは小さく頷いた。

「ねぇ。そろそろ、今日の目的地を目指さない?」

 シノブが、二人の行動を促した。

「だなっ」

「はい」

 ソラとフォウは立ち上がり、森の中の一本道を歩き始めた。


・・・


 数時間後。カロスの森を抜け、ソラ達はカリュー街道まで辿り着いていた。草原の中を、舗装された道が東西に伸びている。


「疲れた。もう、ダメだぁ⋯⋯」

 ソラは、道端に座り込んだ。

「私も⋯⋯こんなに歩いたのは、久しぶりです」

 フォウが、その隣にぺたんと座ってしまう。

「お疲れ様。ちょっと、ここで休憩だね」

 ソラの腰に収まっていたシノブだけは、元気だったりする。

「なぁ、シノブ。今日の目的地って、まだ遠いんだよな?」

「アルラ様の話だと⋯⋯今日中にはカリスの町まで行ける、って言ってたから。多分、歩いてきた距離の二倍はあるんじゃない」

 まるで他人事のような反応である。

「マジで⋯⋯これから二倍も歩くのかよ。自動車なんて言わないから、せめて自転車があればなぁ⋯⋯」

「はいはい。無い物をねだってもねぇ⋯⋯おやっ!」

 シノブが、何かを見つけたようだ。

「あれって、馬車だよね」

 カリュー街道を東から西へ。二頭引きの荷馬車が、ゆっくりとソラ達に近付いていた。


「どうどう」

 馬車は、二人の前で止まり。

「こんな人気の無い所で、どうしなさった」

 御者をしていた中年男性が、声を掛けた。

「俺達、カロス村から来たんですけど。カリスの町まで乗せてもらえませんか?」

「ああ、構わんよ。最近は物騒だでな、乗っていくがええ」

「ありがとうございます」

 二人は、馬車の後ろへと回った。

 屋根の無い荷台には、一人の男性がごろ寝をしている。馬車の左側を向いて、茶色い布に包まっていた。

「そうそう。先客が寝てるで、静かにの」

「はぁーい」

 小さな声で返事をして、そっと荷台に乗り込んでいく。男性の向かい側に、二人は座った。

「はいっ!」

 御者が鞭を入れて、馬車はゆっくりと動き出した。

「ほんと、助かったよ⋯⋯」

「そうですね。馬車に乗れるなんて、運が良かったです」

 疲れている為か、この後に言葉が続かない。いつの間にか、二人とも眠ってしまった。


 馬車に揺られる事、数時間。街道沿いにある、小さな林へと近付いていた。

「どうどぉーっ!」

 御者の大声と共に、馬車が急停止した。ソラとフォウは、この衝撃で目を覚まし、馬車の前方へと倒れてしまう。

 馬車の前には、七人の男が立ち塞がっていた。男達の手には、剣や斧などの武器が握られている。

「おらっ! お前らの全てを置いて行け!」

 先頭にいた男が、盗賊らしい文句を大声で叫んだ。他の男達は、ニヤニヤと笑っている。

 御者の中年男性は、怯える事もなく。

「旦那。また、客人だ」

「何回目だったかな?」

「はぁ。三回目で⋯⋯」

 呆れたように、御者が答えた。

 荷台が小さく揺れて、ふわりと人影が宙を舞う。馬車と盗賊の間に、一人の男性が降り立った。茶色いロングローブを身に付けて、フードで頭を隠している。

 ソラは、荷台の上から様子を見ていた。左手に日本刀を握り。

『シノブ。いざとなったら⋯⋯』

『わかってる⋯⋯』

 加勢に入るつもりのようだ。


「なんだぁ、こいつ。いいから、やっちまえ!」

 先頭にいた盗賊が声を上げた。ローブの男性に向かって、一斉に襲い掛かる。

 辺りに、ふわりと柔らかい風が吹いた。風の中には、うっすらと妖精のシルエットが見える。風に触れた盗賊達が、ピタッと動きを止めた。

 旦那と呼ばれた男性が、一言。

「下がりなさい」

 おだやかな口調で命令する。

 虚ろな目をした盗賊達は、道端に移動して平伏してしまった。

「な、なんだぁ⋯⋯」

 ソラには、何が起きたのか理解できなかった。ただの一言で、盗賊を服従させた様に見えたのだ。

 男性が、馬車の後ろに回り、荷台に乗り込もうとした時。

「ん⋯⋯フォウ⋯⋯」

 フードを外しながら声を掛けた。

「えっ⋯⋯ソル様!」

 慌てた様子で、左胸に右手を当て、臣下の礼をとった。

 この状況が飲み込めないソラは、ぽかんと眺めている。


<ソル>

 金色の長髪。大きな目には金色の瞳。整った顔と細身の体は、どこか中性的な印象を受ける。目立つ外見に反して、不自然なほどに存在感が無い。身長182センチ。


「肩苦しいのは、止めにしよう。普段通りにしていなさい」

「フォウの知り合い?」

「・・・」

 ソラの問い掛けには、反応がない。

「⋯⋯珍しいね。フォウが、神殿を離れるなんて。何か理由があるのかな?」

「はい。アルラ様の命で、この少年⋯⋯ソラと見聞の旅をする事になりました」

「そうなのか。世の見聞とは、なんとも楽しそうだ」

 ソルは、優しい微笑みを見せると、荷台に乗り込んだ。


「はいっ!」

 御者が鞭を入れて、再び馬車は動き出した。荷台の左側にはソル、向かい合ってソラとフォウが座っている。

 気付かれないよう伝心術を使って、ソラが問い掛ける。

『ソル様って、何者なんだい?』

『ソル・ド・リュー様。国王陛下が、ド・リューの称号と国王代理の権限をお与えになった方の一人。そして、最強の賢者としても知られている英雄です』

『へぇ、国王代理⋯⋯って、凄く偉い人なんじゃない』

 その正体に、シノブが驚いていた。

 一方のソラは、勝手な想像を膨らませる。

(英雄か⋯⋯やっぱり、正義の味方ってイメージがあるなぁ。きっと、人々から尊敬される立派な人物なんだろう⋯⋯)

「君達⋯⋯コソコソと話をするのは、止めないか。普通に会話をしよう」

 残念そうな顔をして、ソルは二人に視線を向けた。どうやら、伝心術での話は筒抜けだったらしい。

「し、失礼しました」

 ソラとフォウは、慌てて謝罪した。


「ソラ、と言ったか。君も見聞の旅をしているのかな?」

「あっ、いえ。俺は、カリュー領都のサクヤ・バロック博士に会いに行くところです」

「⋯⋯サクヤ。久しく会っていないな。魔道への探究心は尊敬に値する。だが、会いに行くというのであれば⋯⋯」

 ソルの顔が、一瞬で暗くなり。

「魔法の実験には、付き合わない方がいい」

 視線を右斜め下に向けた。

(げっ⋯⋯この言い方って、実際に体験してきた様な口振りだけど⋯⋯)

 ソラは、苦笑いをするしかなかった。


 フォウが、明るく話題を変える。

「ソル様は、王都へお帰りになるのですか?」

「直接、王都へは行かないね。途中、カリュー領都に用事があるのだが⋯⋯そうだ、私と一緒に行かないか?」

 ソラは、フォウと目を合わせた。その冴えない表情を見て、断れない事を理解する。

「はい⋯⋯ご一緒させて下さい」

「そうか、良かった。一人旅というのは味気ないのだよ。それに、三人とは仲良くなりたいと思っている」

 満足そうな笑みを浮かべた。

(えっ、三人⋯⋯シノブの存在に気付いたのか⋯⋯)

 ソラは、小さな警戒心を抱くのだった。


・・・


 月明かりの届かない、真っ暗な夜。漸く、カリスの灯りが見えてきた。


「どうどう」

 御者が、ゆっくりと馬車を止める。

「旦那。そろそろカリスなんじゃが。儂は、町外れに用事があっての。ここまでで、ええか?」

「ああ、助かったよ」

「なぁーに。儂も、賊から守ってもらったでな。お互い様じゃ、ワッハッハッ」

 三人は、馬車の荷台から降り、手を振って馬車を見送った。


「無事、カリスの町まで行けそうだよ。でも、遠かったなぁ⋯⋯」

「そうですねぇ⋯⋯」

 ソラとフォウは、お互いの疲れた顔を確認した。

「安心するのは、まだ早い⋯⋯」

 ソルが、カリスの方角を指差した。

「町の方から、怪しい気配を感じる。これは⋯⋯敵意と言ってもいい」


<カリス>

 カリュー街道の拠点として知られる町。1キロ四方の土地を、高い石壁で囲っている。街道に沿って、東西に門が置かれていた。


 町の東門には、かがり火が焚かれ、幾つかの人影が見える。

 フォウは、心配そうにソルを見た。

「どうされますか?」

「このまま、町へ行くとしよう。ただし、気を抜かないように⋯⋯」

 ソルの言葉に、ソラとフォウは緊張するのだった。

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