9.一時の平穏
今後の相談を終えたソラとフォウは、神殿に戻っていた。フォウの胸には、日本刀が抱かれている。
神殿の扉を開けると、アルラの部屋から話し声が聞こえた。
「あっ」
声に気付いたフォウが、急ぎ足でアルラの部屋へと向かう。ソラも、フォウの後に続いた。
アルラの前には、二人の女性が立っていた。どちらも、純白和風の巫女装束を身に着けている。
「お帰りなさい」
フォウの声に反応して、二人の女性が振り向いた。
「ただいま、フォウ。元気にしていましたか?」
「はい。フィス様」
<フィス>
藍色のストレートロングヘアーを白い布で巻き上げ、一本に束ねている。大きな垂れ目には、青色の瞳。物腰や口調から、おっとりとした優しい印象を受ける。身長160センチ。
「なんだ、フォウ。スッキリした顔をしているな。何かいい事でもあったのか?」
「はい。カニーニャ様」
フォウは、嬉しそうに微笑んだ。
<カニーニャ>
深緑色のベリーショートヘアー。切れ長の目には、緑色の瞳。男性と見間違えてしまいそうな、キリリとした顔立ち。「カッコイイお姉さん」という言葉がよく似合う。身長172センチ。
カニーニャは、視線をソラに向ける。
「ほぉーっ。意味深な発言だな⋯⋯それで、そちらの御仁は?」
「えっ⋯⋯」
「カロス村を救った少年。ソラだ」
フォウが答える前に、アルラが応えてしまった。
「は、初めまして。ソラです」
緊張した面持ちで、小さく頭を下げる。
フォウの抱えていた日本刀が、青く光り出した。
「こんにちは。シノブと言います」
フィスは、小走りでフォウに駆け寄り。
「驚きました。剣が言葉を喋るなんて⋯⋯この様な存在を見た事がありません」
興味津々の様で、日本刀をじっと見詰めている。
カニーニャは、右手を腰に当て。
「アルラ様の冗談かと思っていた。剣を器とする人間とは⋯⋯面白い。どうだ、私のモノにならないか?」
「絶対ダメです!」
フォウは、日本刀を強く抱きしめた。
「あははは⋯⋯って、まいったなぁ⋯⋯」
予想外の反応に、シノブは戸惑っているようだ。
(で⋯⋯俺は、放置されるわけだ⋯⋯)
フォウの後ろで、ソラが寂しそうに立っていた。
様子を見ていたアルラが、口を開く。
「紹介しよう。私の従者であり、神殿の巫女。フィスとカニーニャだ」
二人は、姿勢を正して一礼した。
「挨拶は、それくらいにして。皆、こちらに集まってくれ」
アルラの前に置かれた長椅子に、四人が座った。
「⋯⋯フォウ。三人で相談をしたのであろう。己の道は、決まったのか?」
フォウは、真っ直ぐにアルラの目を見詰める。
「はい。私は、ソラとシノブ⋯⋯二人と共に、旅へ出たいと思います」
「そうか」
一言だけ言うと、アルラは微笑んで見せた。
「フォウも16才。見聞を広めるには、良い時期でしょう。この子の事、お願いしますね」
フィスは、ソラに向かって軽く一礼した。
「い、いえ⋯⋯俺達の方こそ、フォウに助けられてばかりで⋯⋯」
続く言葉を考えて、アルラに視線を向ける。
「あの、相談があります。旅の準備をしたいのですが、勝手がわからなくて⋯⋯」
「良ければ、私がお手伝い致しましょう」
フィスからの提案に、フォウが両手を合わせる。
「宜しいのですか?」
「ええ、勿論ですよ」
フォウとフィスは、軽く微笑みを交わした。
小さく頷いて、アルラは話を続ける。
「フィス。王都への使者、ご苦労だった。道中、何か気になる事はなかったか?」
「はい。王国の各地で、危険な魔物が増えていると耳にしました。村や町が襲われ、相当な被害も出ていると」
アルラは、ソラに視線を向けた。
「魔物の問題はカロスだけではない、と言う事だろう。カロス一帯は私の庇護下にあるが、この地を離れる時には気を付けなさい」
「わかりました」
「よし。では、フォウ。旅へ出る事を、村長にも伝えておいで」
「あっ、はい」
「じゃあ、俺も一緒に行ってきます。村長には、お礼を言いたいので。フォウ、行こう」
ソラとフォウは立ち上がり、巫女達に一礼してから部屋を後にした。
二人を見送ったフィスは、優しく微笑み。
「フォウは、変わりましたね。普通の少女に見えます」
「ソラとシノブのお陰かもしれん。二人といる事で、心の傷も癒されれば良いのだが⋯⋯」
「そうですね⋯⋯」
三人の巫女は、ほっとした表情を浮かべた。
「本題に入るとしよう。フィス、報告を頼む」
「はい。カリュー領主の死去に関連して、一部の貴族に不穏な動きが見られます。また、事態を終息させるため、あの方が動くと」
「詳しく話せ⋯⋯」
巫女達による、会談が始まった。
・・・
神殿を出たソラとフォウは、カロス村へと向かっていた。フォウは無言のまま、ソラの隣を歩いている。
シノブが、話を切り出した。
「ねぇ、フォウ。浮かない顔をして、どうしたの?」
「えっ」
「フィス様の話が気になったのかなぁ。危険な魔物が増えていると言っていたけど」
「そう、ですね⋯⋯」
フォウの前に飛び出したソラが、その場にしゃがみ込んだ。
「危険な魔物⋯⋯俺だって、怖いけどね。だからと言って、前に進むのを諦める気はないよ」
「ソラでも、怖い?」
ソラは、大きく頷いた。
「魔物が増えたなんて、俺達にはどうする事もできない。そんな事を悩むより、何ができるかを考えないか?」
ソラの言葉に、フォウは首を傾げる。
「俺達が知恵と力を合わせれば、何とかなると思うんだけど」
「そうだね。フォウだって、言ってくれたじゃない。『シノブには、シノブの。私には、私のできる事をしている』って。これからは一人じゃなくて、三人で⋯⋯ねっ!」
「三人で⋯⋯」
フォウの口元には、笑みが浮かんでいた。
「それと⋯⋯ソラには、ソラのできない事もやってもらおう!」
「あーーっ。ドサクサに紛れて、無茶振りするつもりかっ!」
「フフッ」
フォウは、小さな声で笑った。
「なんだか⋯⋯二人を見ていたら、気持ちが楽になりました」
「うんうん。良かったよ!」
シノブの言葉に、ソラも大きく頷いた。
「それじゃあ、早速だけど。フォウの力を俺達に貸してくれないか?」
「えっ、私の力⋯⋯」
「俺とシノブに、魔法を教えて欲しい。勿論、できる範囲でいいからね」
「私でいいの?」
「俺達、魔法の事をなんにも知らない。だから、旅をしながら魔法を学びたいと考えている⋯⋯フォウにしか、できない事だよ」
「魔法使いは一日にして成らず、って感じかな。フォウ先生」
この話に、シノブも乗っかった。
「⋯⋯わかりました。でも、先生と呼ぶのは無しですよ」
「はぁーい。師匠」
「あーーっ。師匠もダメです」
「冗談だって」
少し照れながら、フォウは楽しそうに笑っている。
「それじゃ、村長の所に行こうか」
ほっとした顔をして、ソラは立ち上がった。
・・・
森と村との切れ目に差し掛かり、二人は足を止めた。
「良かった⋯⋯」
村の様子を見たソラが、ポツリと呟いた。
小さな子供達が、村の中を走り回り。女性達は、笑顔を見せながら井戸端会議をしている。お年寄りも、木陰でのんびりと過ごしていた。
「この村の日常は、こんなに穏やかだったんだな」
「のどかな風景だよねぇ」
「ソラとシノブの頑張った証⋯⋯だと思います」
「それは、ちょっと違うでしょう」
「えっ」
「三人で頑張った、だよ」
シノブは、フォウの言葉を訂正した。
村長宅に着いた二人は、家の中へ。
「ただいま」
「失礼します」
入口から部屋の中を見回したが、村長の姿は無い。
「おかえり」
奥の部屋から声がして、村長が現れた。
「おお、ソラ殿も一緒でしたか。それは、丁度良かった。差し上げる服を探しておったのじゃが⋯⋯儂の服では、いかにも年寄り臭くての」
入口の扉をノックする音がして、四人のおば様が家の中に入ってきた。その手には、巻かれた大きな紙、細長いロープ、大きな布袋、ハサミ。一見、何に使うか分からない物を持っている。
先頭の女性が、声を上げる。
「剣士様ってのは、いるかい?」
「あの、俺に何か用ですか」
「あんたが剣士様かい。なんだい、随分と若いんだね。さあ、やっちまうよ!」
四人は、ソラの周りを取り囲んだ。
「なっ、なんですか」
焦ったソラは、身構えてしまう。
「それっ!」
あれよあれよと、ソラの着ていた服は脱がされた。ロープで体の長さを計り、紙に書き写していく。広げた布と紙を合わせて、ハサミで切り取り始めた。
「はい。これ持って!」
ソラに、服を手渡して。
「明日の夕方までには、仕上げとく。とりあえずは、それを着るんだよ。いいね!」
勢いよく扉を閉めて、おば様達は去っていった。
ソラは、パンツ一丁で固まっている。
「・・・はっ! 今のなんなんですか?」
「儂が、困っておったんでな。ソラ殿の服について、相談したんじゃよ。ワッハッハッ」
「⋯⋯俺。服、着てきます⋯⋯」
落ち込んだ様子で奥の部屋へと向かう。
渡された服は、藍一色のカンフー道着に似ていた。服を着た後、軽く体を動かしてみる。雰囲気だけは、格闘家のような気分が味わえたらしく。
「いいな、これ」
こんな簡単な事で、気分が上がってしまう、ソラであった。
部屋に戻ったソラに、村長が声を掛ける。
「ほぉ。なかなか、似合っておりますな」
「あ、ありがとうございます」
少し照れ臭そうな顔で、テーブルの席に着いた。
フォウは、村長とソラの前に飲み物を置いて、ソラの隣にちょこんと座った。
「お義父さん。大事なお話があります」
村長は、優しい顔でフォウを見詰めている。
「⋯⋯私⋯⋯ソラと旅へ出る事にしました。アルラ様に、見聞を広めるように勧められて⋯⋯でも、もっと立派な人になりたくて。人の役に立ちたくて。だから!」
必死に話を続ける娘を見て。
「ハッハッハッ、落ち着きなさい。旅については、儂からアルラ様にお願いしておったのじゃよ。それが今と言うのであれば、儂が反対するまでも無い」
フォウは、ぽかんと口を開けていた。
「ソラ殿と行くのであれば、安心じゃよ。儂の事は心配しないで、存分に世の中を見てくるといい」
「あ、ありがとう。お義父さん⋯⋯」
フォウの顔から、笑顔が溢れた。
ソラは、すっと立ち上がり。
「村長。リザードの件では、色々とご尽力頂き、ありがとうございました」
深々と一礼した。
「なーに。儂は、儂のできる事をしたまで。これからも、フォウの事を頼みますぞ」
逆に、村長から頭を下げられてしまう。
「はい!」
ソラとシノブの声がハモっていた。ソラの体がビクッと反応してしまう。
「おや。聞き慣れない声がしたような⋯⋯」
辺りを見回したが、部屋の中には三人しかいない。
ソラは、ゆっくりと椅子に座り。
「村長⋯⋯実は、ですね⋯⋯」
シノブについて語り始めた。
「ハッハッハッ、なるほどの。驚きはしたが⋯⋯」
「今まで黙っていて、ごめんなさい」
「いやいや。シノブ殿、娘をよろしくの」
「はい。こちらこそ」
珍しく、シノブがしおらしい対応をしている。
「フォウにも⋯⋯大切な友人ができたのだな。こんなに嬉しい事はない」
安心した様子で、村長は優しい笑みを浮かべていた。
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