8.三人の決意
魔物の恐怖から解放されたフォウは、ぺたりと座り込んでしまった。張り詰めていた気が緩み、体から力が抜ける。
「私達⋯⋯助かった⋯⋯」
「・・・ちゃん」
誰かの声がする。
「フォウちゃん、ソラを助けて!」
「⋯⋯シノブ?」
顔を上げて、周りを見回した。うつ伏せに倒れているソラを見つけ、急いで駆け寄り。
「ソラ、ソラ⋯⋯」
呼び掛けるが、反応は無い。
フォウは、その場にひざまずいた。両手の指を組んで、祈りの姿勢をとる。
「アルラ様!」
『⋯⋯どうした。フォウ』
「ソラが、負傷して気を失っています。私の力では、動かす事ができません」
『わかった。急ぎ、助けを向かわせよう』
「ありがとうございます」
アルラとの会話を終えたフォウは、次の行動に移る。両手をソラの傷口に向けて、意識を集中させた。手から放たれる青い光が、ソラの傷口を包み込む。流れ出る血が止まり、傷口を塞ぐように半透明の膜が覆っていく。次に、うつ伏せの体を仰向けにして、呼吸の確認と気道を確保した。
「応急処置はしました。あとは、アルラ様にお願いするしかありません」
「大丈夫、なんだよね⋯⋯」
シノブが、心配そうに問い掛ける。
「はい。命に別状はない、と思います」
「よ、良かったぁ⋯⋯」
思わず、安堵の声が溢れてしまう。
緊張していたフォウの体からも力が抜けた。
静まり返っていた森に、ようやく自然の雑多な音が戻っていく。
フォウは、ソラの側に座り、助けが来るのを待っていた。その胸には、しっかりと日本刀が抱かれている。
「フォウちゃん⋯⋯さっき、アルラ様と話をしてたよね。あれも魔法なの?」
「はい。伝心術と呼ばれる魔法です。離れている術者の間で会話ができます」
「⋯⋯凄いね。フォウちゃんが、いてくれて良かったよ」
「えっ」
真面目な口調で、シノブは言葉を続ける。
「私には、なんにも出来なかった⋯⋯助けを呼ぶ事も、傷口を塞ぐ事も⋯⋯」
「そんな事はありません。シノブには、シノブの。私には、私の出来る事をしている。ただ、それだけで⋯⋯」
「うん。ありがとう」
フォウの顔に、自然と笑みが浮かんでいた。
・・・
ソラは、ゆっくりと目を開けた。
「⋯⋯あ⋯⋯」
見覚えのある石造りの天井を見上げている。
(リザードを穴に落とそうとして⋯⋯ん、どうしたっけ⋯⋯)
ぼんやりとした頭に、意識を失う直前の記憶が浮かんだ。
「気が付いたか」
声に反応して、ソラは顔を右に向ける。
「⋯⋯アルラ様」
隣には、巫女アルラが立っていた。
「そうか⋯⋯神殿に帰ってきたんだ」
アルラの部屋で、長椅子に横たわっている事を理解した。
「リザードは、どうなりました?」
「二体のリザードを退治したと聞いている。よく、頑張ったな」
アルラの言葉を受けて、自分達はやり遂げたのだと実感したのだろう。
「⋯⋯終わったんだ」
ようやく、ソラの表情も和らいでいく。
「どうだ、傷は痛むか?」
「いえ、どこも痛くないです」
「それは良かった。久しぶりに高位の治癒魔法を使ったのでな。上手く治療できたか、不安だったのだよ」
「ええっ!」
ソラの顔が、驚きと恐怖で歪んだ。
「アハハハ、冗談だ。安心していい。傷痕は残ったが、完治している」
アルラは、いつもの椅子に座った。
「やはり、フォウを連れて行って正解だったな。戦いの後、助けを呼んだのも、ソラに応急処置を施したのも、彼女だよ」
アルラの視線は、ソラの足元に向けられた。日本刀を抱えたフォウが、ちょこんと座っている。
ソラは、ゆっくりと体を起こして、長椅子に腰掛けた。
「フォウちゃん。助けてくれて、ありがとう」
感謝を込めて、深々と頭を下げる。
「どう、いたしまして⋯⋯」
フォウは、目のやり場に困ったようで、下を向いてしまう。
「ん?」
この時、上半身裸、制服のズボンだけを身に付けている事に気が付いた。
「あれ、俺の服って⋯⋯」
「あーーっ、うん。制服のジャケットとシャツは、もうズタズタのボロボロなんだよ」
「代わりの服は、お義父さんにお願いしてあります」
「あ、ありがとう⋯⋯なんか、お礼を言ってばっかりだなぁ」
ソラは、小さく肩を落とした。自分を不甲斐なく思ったのだろう。
呆れた様子で、アルラが口を開く。
「まっ⋯⋯それにしても、随分と無茶をしたようだな。ソールを全開して魔法を使うとは⋯⋯体力が回復するまでは、無理せず静養することだ」
「⋯⋯すみません」
「だが⋯⋯君達の活躍でカロス村は救われた。感謝する⋯⋯」
アルラが、ゆっくりと頭を下げ。ソラとフォウは、照れ臭そうに笑った。
「それで⋯⋯体が癒えた後、ソラはどうするつもりだ?」
ソラは、アルラに視線を向けた。
「俺は、シノブを人間に戻したいと考えていました。だから、その方法を探したいと思います」
「シノブは、どうする?」
「私は、ソラについて行こうかなぁ。って言うか、一択しか無いんですけどっ!」
確認するまでもない、問いであった。
「そうか⋯⋯二人に掛けられた封印が、手掛かりになるかもしれん。であれば、魔法に詳しい人物を紹介するが?」
「是非、お願いします!」
シノブは、即答した。
「カリュー領都に、サクヤ・バロック博士という人物がいる。変わり者だが、魔法の知識と技術は一流だ。まあ、私の頼みであれば、無下にはしないだろう」
「ありがとうございます」
「二人が探求の旅へ出るのであれば。一つ、頼みがあるのだが⋯⋯フォウを同行させてはくれまいか」
「えっ。私は、アルラ様の⋯⋯」
フォウの言葉を、アルラは右手で制止した。そして、優しく問い掛ける。
「フォウには、この世界を見聞させたいと考えていた。良い機会だと思うのだが?」
「・・・」
フォウは、答える事ができなかった。
「フォウの生き方は、フォウ自身が決めるべきだと私は思う。ソラとシノブが旅立つまで、まだ数日はあろう。三人で、相談してはどうだ」
ソラとフォウは、静かに立ち上がり、アルラの部屋を後にした。
部屋を出た所で、ソラが立ち止まる。
「ねぇ、フォウちゃん。これから、散歩に行かないか?」
「えっ⋯⋯はい⋯⋯」
「あれっ。私は誘ってくれないんだ」
「シノブは、誘わなくても一緒に行くつもりだろ」
「まあねっ」
「それじゃ、行こうか」
「ちょっと待ったーーっ! 裸で外を出歩くつもり?」
「あっ、そうだった」
「何か探してきます⋯⋯」
フォウは、着るものを探しに、寝室へと向かった。数分後、制服のジャケットを持って帰ってきた。
ジャケットを受け取ったソラは、大きく広げてみる。
「なるほど、これは酷いな⋯⋯背中が、ビリビリに破けちゃってる」
「ごめんなさい。今は、それしか無いの」
「いや。これで大丈夫だよ」
手に持ったジャケットを、そのまま羽織って見せた。
神殿を出たソラは、森の中を進んで行く。日本刀を抱えたフォウが、無言で後に続いた。途中から、なだらかな坂を登り始める。どうやら、カロスの洞窟に向かっているようだ。
洞窟の前に到着したソラは、くるりと振り返り。
「ここからの景色を見せたかった」
シノブが、即座に反応する。
「ふわーーっ。雄大だねぇ⋯⋯あんなに遠くまで森が続いてる。空がどこまでも青いなんて⋯⋯すっごい、こんなの見た事ないよ」
「アハハハ」
「なんで、ソラが笑うかなぁ。私、笑わせるような事、言った?」
「ごめん、ごめん。俺がこの景色を見た時と、同じリアクションだったからさ」
「なによ、それ⋯⋯」
二人のやり取りを、フォウは静かに見詰めていた。
フォウの様子に気付いたソラが、語り始める。
「俺とシノブが暮らしていた日本という国はね、島国なんだよ。だから、こんな景色を見たことが無かった」
「そうだよねぇ。広大な大地に豊かな自然、この世界は美しいって感動したもん」
小さく頷いて、ソラは話を続ける。
「エデンという異世界に飛ばされて、この素晴らしい景色を見た時。自分がちっぽけな存在で、なんて世界は広いんだろうって思ったよ。生きていく環境が変われば、見える物や感じる事も違うんじゃないかな⋯⋯だから俺は、この大空を飛ぶ鳥のように自由に生きてみたい⋯⋯って俺、何言ってんだろう」
驚いた顔のフォウが、ソラを見詰めている。
「⋯⋯自由に生きる⋯⋯あのね。二人に聞いて欲しい事があるの」
「なんでも聞くよ。話してごらん」
シノブは、優しい言葉で応えた。
「私が、6才の時⋯⋯お義父さんに拾われました。カリュー街道で、一人うずくまっていた私を助けてくれたんです。お義父さんは、とても暖かくて、優しくて⋯⋯私に普通の生活をさせてくれました。
10才の時。お義父さんは、神殿の巫女見習いとして、私を修行に出しました。村とは違う生活の中で、多くの事を学び、感謝もしています。
ですが⋯⋯これまで、自分の望みを言った事がありません。アルラ様は、教えて下さいました。私の生き方は、私が決めるべきだと。
私は⋯⋯もっと多くの事を学びたい。いつか、お世話になった人達に恩返しがしたい」
「そっか」
シノブは、優しく相槌を打った。
「だから、私。ソラとシノブ⋯⋯二人と一緒に旅がしたい」
「私は、大賛成だよ。ソラは、どうなの?」
「愚問だよなぁ。俺が反対する訳ないだろ」
「んじゃ、決まりだねっ」
「⋯⋯良かった。ありがとう」
両手を合わせて、フォウは嬉しそうに笑った。
・・・
カロスの洞窟を背に、ソラとフォウは並んで座っていた。フォウの胸には、シノブが抱かれている。
三人で、今後の相談をしているようだ。
「⋯⋯んじゃ、シノブを人間に戻すって事で。まずは、サクヤ・バロック博士に会って、俺達に掛けられた封印を調べてもらう。で、いいかな」
「手掛かりになりそうな情報って、他に無いもんね」
「アルラ様は、カリュー領都と言っていたけど⋯⋯」
「カリュー領都は、カロス村から一番近いカリスの町へ出て、さらに西方にあると聞いた事があります」
「よし。目的地は、カリュー領都!」
「いいんじゃない」
「私も賛成です」
「でも。まずは、ソラの体力を回復しないとねっ」
「そう言ってくれると助かるよ。痛みは無いんだけど、全身がめっちゃ重い⋯⋯」
「へぇ、そんなに重いんだぁ。太ったんじゃ⋯⋯」
「それは無い!」
ソラが、きっぱりとツッコミを入れる。
「まあまあ。ソラには、ゆっくり休んでもらうとして⋯⋯その間に、旅の準備をしていこうよ」
「そうですね。シノブに賛成です」
「旅の準備については、アルラ様に相談した方がいいかもな。善は急げって言うし、神殿に戻ろうか」
ソラは、ゆっくりと立ち上がった。
思い出したように、フォウが問い掛ける。
「あっ。ソラとシノブは、何才なの?」
「⋯⋯16才」
二人は、ハモりながら答えた。
「私も16なの。だから、フォウって呼んで欲しい」
「・・・えーーっ!」
二人同時に、驚きの声を上げる。
「アハハハ」
フォウは、楽しそうに笑っていた。
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