6.一日の終わり
魔法の練習を終えたソラは、森の中をカロス村に向かっていた。村に差し掛かり、ゆっくりと足を止める。
「引きこもりは、止めたんだ⋯⋯」
村の中には、少なくとも4つの人影を見る事ができた。
一番近くにいた男性に、ソラが近付いて行く。
「すみません。村長のお宅はどちらでしょうか?」
振り向いた男性は、驚いていた。見知らぬ少年が、見た事もない服装をして、目の前に立っていたのである。その左手に握られた日本刀に気付き。
「⋯⋯あなたが異国の剣士様ですか?」
「まぁ、そうですね⋯⋯」
少し恥ずかしそうに、ソラは答えた。
「どうぞ、こちらへ」
親切な男性は、村長の家まで案内してくれるようだ。
村長の家に着いたソラは、扉をノックして家の中へ。
「失礼します」
目の前に置かれた大きなテーブルには、村長とフォウが並んで座っていた。
「おお、ソラ殿。戻ってこられたか⋯⋯」
村長が、冴えない表情を浮かべる。
「何か、あったんですか?」
「困った事になっての⋯⋯村の若い衆が、リザードを退治すると言い出したのじゃ。今、森に入る準備をしておるらしい」
「そんな⋯⋯直ぐ、止めに行きましょう」
村長は、視線を下に向けた。
「じゃがの。簡単に止められるかどうか⋯⋯」
「大丈夫ですよ。俺が、絶対に止めてみせます。早く行かないと⋯⋯」
「そ、そうじゃの」
ソラ達は、村の若者達が集まっている家へと急いだ。
移動の間、ソラの顔は暗く沈んでいた。
(所詮、高校生が思いつく程度の策なんだ。想定外の事も起きるんだろう。だけど⋯⋯)
己の浅はかさに、苛立っているようだ。
先導していた村長が、ある大きな家の前で立ち止った。続いて、ソラとフォウも足を止める。
家の中から若者達が外に出てきた。先頭にいた大柄な男が、村長に気付き。
「村長⋯⋯まあいい。これから俺達は、リザード退治に行く。樹海の魔物だろうが、これだけの人数がいれば、絶対に倒せるはず⋯⋯」
男の言葉を遮るように、ソラは村長の前に出た。
「ちょっと待った。俺は、リザード退治を依頼された剣士。お前達では、この戦いに勝てないな」
ソラを見た男が、せせら笑いを浮かべる。
「おいおい、お前が噂の剣士なのか。こんなヒョロヒョロの小僧が何を言っている。あとは俺達に任せて、昼寝でもしていろ」
男の言葉に反応して、周囲の若者達から笑い声が上がる。
「おっ。これは熱い展開じゃない」
誰にも聞こえない程の小さな声で、シノブが呟いた。
この騒ぎに気付いた村人達が、次々と集まっていた。
ソラが、小さく息を吐く。
「はぁ⋯⋯ったく。弱い犬ほどよく吠えるって、本当なんだな」
男を見下すように吐き捨てた。
「なんだと⋯⋯小僧」
男の態度が一変して、ソラを睨み付ける。
ソラは、平然とした顔で、男の視線を受け止めていた。
(この男がリーダーか。にしても、沸点が低い⋯⋯これなら大丈夫だな⋯⋯)
右拳を握ったソラは、男に向かって突き出した。
「俺とサシで勝負しろ。お前が勝ったら好きにすればいい。だが、俺が勝ったら⋯⋯お前達の力は、村を守るために使ってもらう」
「けっ、まあいいぜ。準備運動にも、ならんだろうがな」
ゆっくりと歩み出た男は、ソラと向かい合った。その右手には、大型の手斧が握られている。
ソラは振り返り、フォウに近付いて行く。
「シノブを頼めるかな?」
フォウは、無言で頷いた。ソラから日本刀を受け取り、胸元でしっかりと抱える。
「おいおい。剣士が剣を使わないのかよ」
「剣を抜いたら、それはもう⋯⋯殺し合いだろう」
振り返ったソラの顔からは、表情が消えていた。
「ねぇ、シノブ⋯⋯」
フォウが、心配そうな顔をしている。
「まぁ、大丈夫なんじゃない」
心配するどころか、シノブは軽く言葉を返した。
ソラと男との距離は、10メートル。集まった村人達が、二人の周りを取り囲んでいる。一方は、筋肉質で体格の良い男。一方は、細身で幼さの残る少年。殆どの人は、勝負にならないと考えていただろう。
ソラの方から手招きして、男を挑発する。
男の顔から余裕が消えて、怒りの表情に変わり。
「この野郎!」
直線的な動きで、ソラに向かって行く。
迎え撃つソラは、左足を引いて半身に構えた。右手を開いて、右腕を男の上半身に向けると一閃、青い光が放たれる。
ソラの右手から伸びたマテリアルの棍が、男の右肩に深く減り込んでいた。大柄な男の体が宙に浮いて、後方へ飛ばされる。
「ぐわぁーーっ」
叫び声が、村の中に響く。男は地面の上を転がり、悶える事しかできない。
一瞬の出来事。二人を囲んでいた村人達も、何が起きたのか分からずに呆然としている。
ゆっくりと男に近付いたソラは、上から見下ろして。
「なんだ。まだ、動くのか」
倒れている男から戦意を奪う。男は、痛みと恐怖から動けなくなった。
ソラは、大きく息を吸い込んだ。
「ハッキリと言っておく。リザードとの戦いは、この俺が請け負った!
既に、二人の村人が犠牲になっている。これ以上の犠牲者が出る事は、敗北するのと同じだ。村人全員が無事に生き残る事こそ、唯一の勝利だと覚えておけ!」
その場にいた村人達は、ソラの言葉を黙って聞いていた。そして、目の前で起きた出来事を思い返す。
ソラは、フォウに近付いて肩の力を抜いた。
「⋯⋯シノブをありがとう。それじゃ、行こうか」
フォウから日本刀を受け取り、その場を後にする。
「ソラ。怒ってた?」
フォウの口から自然と出た言葉。
「ちょっとね⋯⋯ごめん、怖かったよね」
フォウは、ゆっくりと首を振り。
「ううん、大丈夫」
「まったく、まったく、まったくもう⋯⋯」
シノブが、ぶつぶつと呟き始めた。
「あっ。あれでも、手加減したんだけどなぁ⋯⋯」
「シノブは、何をイライラしているの?」
フォウが、不思議そうに問い掛ける。
「ワザと喧嘩を吹っ掛けて。ワザワザ人前でぶっ飛ばして。その上、最後の一言はないわぁ。あれは、やり過ぎだよ!」
「相手は、武器を持っていたし⋯⋯無謀な行為を止める事ができたんだから⋯⋯」
「そんなの、加害者の言い訳でしょ。結果論に過ぎないじゃない!」
強い口調で、ソラを叱り付けた。
シノブに指摘されたソラは、自分の行いを振り返る。
(確かに⋯⋯俺の考えた通りに、事が進めばいいと思っていた。それが上手くいかなくて⋯⋯独りよがりの思いあがり⋯⋯)
ソラは、右手で自分の額を小突いた。
「ごめん⋯⋯俺が悪かった」
「もう、わかればいいのよ」
いつものシノブとは違う。だからこそ、ソラも素直になれたのだろう。
・・・
ソラとフォウは、村長宅で家主の帰りを待っていた。
あの後。一人で残った村長は、村人達に事情を説明していたようだ。
村長は、帰って来るなり頭を下げた。
「ソラ殿、申し訳なかった。本来ならば、儂が事態を治めるべきだったのだが⋯⋯何もできなんだ⋯⋯」
「いいえ。俺の方こそ、強引な止め方でした。すみません」
頭を下げたままの村長に、ソラが近付いて行く。
「村長⋯⋯今は、やるべき事を進めましょう」
「そ、そうじゃの」
テーブルに着いた三人は、それぞれの顔を確認した。
「まずは俺から⋯⋯先程、アルラ様と話をしました。村がリザードに襲われた場合、神殿に避難する事を了承して下さいました」
「おお、それは良かった。皆にも、神殿へ行くよう、伝えてありますぞ」
小さく頷いて、ソラは話を続ける。
「お願いした道具は、揃っていますか?」
「一通りの物は、揃えたのじゃが⋯⋯」
「それでは、戦いの準備をしましょう。お二人にも、手伝って貰えると助かります」
「儂らができる事であれば、何でも致しますぞ」
「お願いします。では、早速⋯⋯」
手分けをして、準備に取り掛かる。
3本のロープは、長さを15メートルに揃える。12本の空き瓶には、なみなみと油を注ぎ、古着で栓をして布端を垂らしておく。光の魔道石と火の魔道石は、ソラが動作を確認した。
「後は、採掘用の魔道具なんだけど⋯⋯使い方が分からないな。どうしよう⋯⋯」
フォウが、ソラに近付いて行く。
「ソラは、何がしたかったの?」
「あ、うん。地面に大きな穴を掘りたかったんだけどね」
「私なら、土の精霊魔法で穴を掘れますけど⋯⋯」
「えっ。そんな事ができるの?」
ソラの驚いた顔が、フォウの視界に入ってきた。
フォウは、反射的に視線を外してしまい。
「わ、私に任せて⋯⋯」
思わず言ってしまった言葉に、彼女自身も驚いたようだ。うつむきながら顔を赤らめている。
「じゃあ、お願いするね」
フォウの感情には、気付かないソラであった。
・・・
その日の夜。月の光が、カロスの地を明るく照らしていた。
村長宅の前には、全ての道具を積み込んだ荷車が一台。ソラが引き手となって、隣にフォウが付き添っている。
「気を付けての。フォウの事、頼みましたぞ」
「はい。では、行ってきます」
ソラが全身を使って勢いを付けると、荷車はゆっくりと動き出した。
村の出口に差し掛かり。
「今夜は、お月様がとっても綺麗だよねぇ」
シノブの声は、なんとも嬉しそうだ。それ程、言葉にする事を我慢していたのだろう。
「ほんとだな。お陰で明かりが無くても、よく見えるよ」
「あっ、そうだ。アルラ様が言っていた通りになったじゃない」
「えっ。なんだっけ」
「ほら、帰りが遅くなるって話⋯⋯」
カロス村は、人里離れた陸の孤島。村の外に通じる道は、ソラ達が歩いているこの一本道しかない。森の中を蛇行しながら、全長20キロの道がカリュー街道まで続いている。
ソラが目的地とした場所は、この道の途中にあった。
暫く歩いて、フォウが口を開く。
「そろそろ、狩場です」
ゆっくりと荷車を止めて、ソラは周囲を見回した。
「村からも離れているし、この辺りでいいと思う。俺とフォウちゃんで作業をするから。シノブは、周囲の警戒を頼む」
「まかせてっ!」
「もしもの場合には、即行撤収ってことで」
「了解!」
「それじゃ、始めよう」
荷車からロープ1本と油瓶4本を取り出して、森の中へと入って行った。
一時間後。ソラとフォウは、荷車の側に立っていた。荷台には、何も残っていない。
「今日、俺達ができる事は、これで全部。後は、明日だな」
「お疲れーっ」
「お疲れ様です」
「二人共、ありがとう。特にフォウちゃんの魔法は、すっごく助かったよ」
フォウが、嬉しそうに笑っている。
「やっばい。めっちゃ可愛い」
初めて見るフォウの笑顔に、シノブがうっとりと呟いた。
「さぁ。神殿に帰ろう」
月明かりの中、神殿への帰路についた。
村長宅に寄って荷車を返してから、神殿に向かう途中。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「だよなぁ。俺はもうクタクタだ⋯⋯」
「そう言えば、神殿に寝る所ってあるのかな?」
「はい。神殿の入口を入って、右の部屋が寝室です。今日は、私のベットを使って下さい」
「ありがとう。助かるよ」
「うふっ。女子のベットで寝れるなんて、ラッキーだよねぇ」
シノブが茶化したことで、フォウは恥ずかしそうに下を向いてしまう。
神殿に戻ったソラは、寝室のベットに倒れ込み、そのまま深い眠りに落ちていった。
「あらら、もう眠っちゃったか⋯⋯長い一日だったね。ソラ⋯⋯いつも側にいてくれて、本当にありがとう」
眠ってしまったソラに、シノブの言葉は届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます