4.二重の恐れ

 巫女アルラとの会談を終えて、フォウとソラは神殿の外に出ていた。ソラの左手には、日本刀の姿をしたシノブが握られている。


「行きましょう」

 フォウは、すたすたと歩き出した。

 出遅れてしまったソラが、急ぎ足でフォウを追い掛ける。

 目的地であるカロス村は、神殿から直線距離で約1キロ。道らしい道は無く、凸凹とした森の中を歩いて行くしかない。


 移動を始めて直ぐに、ソラが問い掛ける。

「フォウちゃん。質問があるんだけど、いいかな?」

「はい」

「俺がリザードを倒す、って予知を見たんだよね。それで、どんな戦い方をするのか知らないかな?」

「今回の予知では、リザードと戦っている時、倒した時のイメージが見えただけなので。詳しい事は分かりません」

 前を向いたまま、フォウは淡々と答えた。

「そうなんだ⋯⋯」

 内心では、期待していたのだろう。ソラは、残念そうに下を向いてしまった。

 今度は、シノブから声を掛ける。

「ねぇねぇ、フォウちゃん」

「何でしょう」

「アルラ様を一人にして来ちゃったけど、リザードに襲われたりしない?」

「大丈夫です。神殿は、強力な結界で守られているもの」

「そう、良かった。それとね⋯⋯私とソラを助けてくれて、ありがとう」

 お礼を言われたフォウは、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「ソラ。ちょっといいかな」

「ん。シノブ⋯⋯」

 ソラは、歩く速さを抑えて、フォウとの距離を空けた。

「ここが異世界なんて、驚いちゃうよね。それで、確認したいんだけど⋯⋯私って、日本刀に見える?」

「まぁ。それ以外には、見えないかな」

「そうなんだ⋯⋯ごめん、変なこと聞いちゃった」

「⋯⋯シノブ?」

「あっ、そんな事より。フォウちゃんって、すっごく可愛いよね?」

「⋯⋯だな。シノブ好みの美少女って感じだ」

「えへへっ」

 ソラは、シノブの喜んでいる顔を想像してしまう。いつも通りの会話をできた事が、ソラを安心させていた。

「あっ、そうだ。シノブに相談があった」

「ん。なにかな」

「村人の前では、喋らない方がいいかもしれない。驚かせちゃうだろ?」

「そうかぁ⋯⋯まぁ、そうだよねーっ」

 ソラの提案に同意はしたものの、如何にも残念そうな口振りである。


 前方に見える木々の間から、カロス村が見えてきた。チラチラと見える家々は、木造のログハウスに似ている。森の切れ目まで辿り着くと、開けた土地に40軒ほどの建物を確認できた。

 村の様子を見て、ソラは違和感を覚える。

「思っていたより静かだな⋯⋯と言うか、静か過ぎるだろう⋯⋯」

 村の中に人影は無く、建物の扉や窓が全て閉じられていた。

 静か過ぎる村の中を、二人は歩いて行く。

 フォウは、大きな家の前で立ち止まり。

「ここです」

 いきなり扉を開けて、家の中へ。

「ただいま」

(えっ⋯⋯ただいま、って。じゃあ、ここは⋯⋯)

 フォウの家だと気付いたソラは、妙な緊張から自然と背筋が伸びてしまう。

 扉の先は、横長の大きな部屋になっていた。部屋の中央には、縦長の大きなテーブルが置かれており、一番奥の席に初老の男性が座っている。

「おかえり」

 優しい笑顔で、フォウを迎えていた。

 続いて、ソラも家の中へ。

「失礼します」

 初老の男性は立ち上がり、驚いた顔でソラを見詰めている。

「ご紹介します。こちらは、カロス村の村長。私の養父です。こちらは、ソラ。私が洞窟から助けた人です」

「おおっ。話は聞いておりますぞ。あなたが村を救って下さるのか?」

「はい。リザードを退治する事になっています」

 自分の口から出た言葉に。

(あれっ。なんか、変な言い回しだよな)

 言った後に気付いてしまった。


<カロス村長>

 白髪混じりの茶色い短髪。細長い垂れ目。ゆったりとした口調からは、温厚で優しい印象を受ける。中華風の茶色い服を身に付けていた。身長162センチ。


「フォウ。すまんが、飲み物を持ってきてくれんか」

「はい」

 フォウが、奥の部屋へと向かう。

 村長は、ソラに微笑み掛けて。

「立ち話も何ですな。こちらへ、お座りになりませんか」

 右手で向かいの席へと誘った。


 席に着いたソラは、話を切り出した。

「神殿のアルラ様から村の問題について伺いました。率直にお聞きします。リザードの件で、カロス村からの協力は得られますか?」

 村長が、困った表情を浮かべる。

「そうですな⋯⋯ソラ殿は、村の様子をご覧になりましたかな」

「はい。村の中に人影は無く。どの家も、扉や窓が閉められていましたね。当たり前ですが、何かに怯えているという印象を受けました」

「実は、リザードの件とは別に⋯⋯もう一つ、村人の恐れている事があるのじゃよ」

「恐れている、ですか」

「ソラ殿が現れた、あの洞窟に原因があるのじゃが⋯⋯」

 ソラが、小さく首を傾げる。

「すみません。詳しく教えて下さい」

 村長は、ゆっくりと語り出した。

「廃れてしまった、このカロス村にも。その昔、魔石の採掘で栄えた時代があっての。魔道具の素材としても利用される魔石は、宝石として高値で取引される。一獲千金を夢見た人々が、王国中から集まり。この辺りは、鉱山街として発展したそうじゃ。

 ある時、洞窟を掘り進めていくと、大きな空洞を発見した。壁、天井、床、至る所に魔石が埋め込まれていてな。宝の山を掘り当てたと大いに喜んだ。

 じゃが、鉱夫の一人が魔石を掘り出すと、魔石はたちまち悪魔へと姿を変えた。空洞にあった魔石は、次々と悪魔に姿を変えると、洞窟を出て村を襲った。建物を破壊し、多くの命を奪い。村を壊滅寸前にまで、追いやったのじゃ。

 その時、カロス村を救ったのが、神殿に滞在していた旅の賢者様。村を襲った悪魔を打ち滅ぼし、洞窟の悪魔を封印したと言い伝えられておる⋯⋯」

「そんな事があったんですね」

 突然。村長がテーブルに両手を突いて、頭を下げた。

「本当に申し訳ない。村人達を安心させようと考えた儂は⋯⋯村を救ってくれる人物が、洞窟に現れるという話を、うっかりしてしまった。村人は安心するどころか『洞窟に現れる者は、村を滅ぼす悪魔に違いない』と言い出して、噂が広まったのじゃ」

「⋯⋯なるほど。それで、家の中に引きこもり、ですか⋯⋯」

 ソラは、村長の話を冷静に受け止めていた。目を閉じて、右手を顎の下に添える。

(村の現状は、思っていた以上に厳しい。問題は⋯⋯森のリザードと洞窟の悪魔。二つの恐怖で、村人が冷静な判断をできないって事だよな。このままじゃ、逃げる事も、身を守る事も難しいか⋯⋯なら、どうすれば⋯⋯)

 フォウが、奥の部屋から戻ってきた。飲み物の入ったコップをソラと村長の前に置く。ソラの隣にちょこんと座り、動かないソラを見詰めている。


 ゆっくりと目を開けたソラは、村長に視線を向けた。

「村長。俺は、これ以上の犠牲者を出したくないと考えています。そこで、村長とフォウちゃんには、協力して欲しいのですが?」

「勿論。村を守れるのでしたら、できる限りの事を致しますぞ」

「私もです」

「ありがとうございます。それでは、俺の提案をお話しします⋯⋯」

 一呼吸置いて、ソラは説明を始めた。

「今のカロス村は、二つの恐怖に脅かされ、誰もが縮こまり、何もできない。とても危険な状態にあります。

 そこで、一つ目の恐怖を取り除く事から始めます。まず、洞窟には誰もいなかった事、神殿に異国の剣士が滞在している事、この二つを真実として村人に広めて欲しいのです。異国の剣士役は、俺。リザード退治を依頼している、とでも付け加えて下さい。これで、村人が家の外へ出られる状況を作ります。

 次に、二つ目の恐怖に対して策を講じます。リザードから村人を守るために、指示を出して欲しいのです。まず、村の周りに見張りを配置します。もし、リザードが村に現れた場合、すぐ村人全員に知らせる事を徹底して下さい。リザードとは、絶対に戦わない事。逃げの一手です。万一の場合、避難場所として神殿に向かって下さい」

「うむ、承知した」

 村長は、実直な眼差しをソラに向けていた。


 小さく頷いて、ソラは話を続ける。

「ここからは⋯⋯俺がリザードを退治するための準備になります。この村に、穴を掘るための道具は有りませんか?」

「かなり古い代物じゃが。魔石採掘で使っていた魔道具があったと思う。残念ながら、儂は魔法の類が苦手でな、使う事はできん」

 フォウが、すっと立ち上がり、身を乗り出した。

「わ、私なら。アルラ様から魔法の指南を受けています。複雑な魔法は使えませんが、簡単な魔法なら大丈夫だと思います」

 言い終えたフォウは、恥ずかしそうに下を向いてしまった。

「ありがとう。詳しい事は、また後で相談するね」

 ソラは、フォウの言動に驚いていた。彼女の方から積極的に協力してくれるとは、思ってもいなかったのだろう。

「それから、用意して欲しい物があります。長いロープ3本、大量の油、空き瓶12本、古着を3着、照明用の魔道石と火を起こす魔道石。それと、道具を運ぶための荷車が必要です」

「儂が、何とかしよう」

 村長は、即答した。

「最後に⋯⋯戦いで使えそうな、武器や防具は有りませんか?」

「戦とは無縁な村じゃでな。武器になりそうな物は、斧、鉈、短剣。それと狩りで使う弓や槍ぐらいじゃろう。防具と言えるものは、誰も持っておらんな」

「では、短剣を一本お借りします」

「うむ、承知した」


 ソラは、目の前に置かれたコップを手に取り、中身を一気に飲み干した。

「俺からの提案は以上です。何か、問題や質問があれば言って下さい」

「いいや、何も⋯⋯」

 村長が、ゆっくりと首を横に振っている。提案という名の指示。現状のカロス村が成すべき事として、具体的に指摘されていた。

「俺は、これから神殿に行きます。剣士の噂が流れる前に、村の中をウロウロできませんから⋯⋯」

 立ち上がったソラは、村長に微笑みを見せる。

「夕方までには、村に戻ってきます。それでは⋯⋯」

 二人に一礼をして、村長の家を後にした。


「うむ⋯⋯こんな老いぼれに筋を通してくれるとは、嬉しい事じゃ。しかし、頼まれた物で、何をするのか⋯⋯儂には、さっぱり分からんかった」

「お義父さん。きっと大丈夫です」

「そうじゃの。ソラ殿が、カロス村を救ってくれる。そう信じておるよ」

 村長は、ゆっくりと立ち上がり。

「さて、始めるかの」

 その顔には、高揚した表情が浮かんでいた。

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