3.神殿の巫女

 フォウに導かれて、ソラは森の中を歩いていた。ソラの左手には、日本刀が握られている。


 二人は、目的地である白い建物の前に到着した。

「これが神殿⋯⋯」

 ソラが、白い建物を眺めている。

(意外と小さいんだな。もっと立派な建物を想像していた。にしても、村に通じる道も無いし⋯⋯なんか、寂しい感じがする)

 思い描いていた神殿とは、違ったようだ。


<カロス神殿>

 白を基調とした古代ギリシャ風の石造建築。欠損している装飾、壁のくすんだ色合いからして、かなり古い建造物である。


 フォウが、ゆっくりと神殿の扉を開けた。ソラを誘導しながら、建物の中に消える。

 扉の先は、短い通路のようになっていた。四方の壁には、腰の高さに照明が埋め込まれ、火ではなく、電気でもない、小さな半球体が発光している。

 突き当たりの部屋に入ったフォウは、右手を胸に当て、その場にひざまずいた。

「アルラ様。只今、戻りました」

 作法を知らないソラは、慌てた様子でお辞儀をする。

 部屋の奥には、背を向けた女性が一人。背もたれの無い椅子に座っていた。フォウの声に反応して、ゆっくりと振り返り。

「君達が来るのを待っていた。私は、アルラ・ノルン。この神殿の巫女だ」

 その口調はどこか男性的で、神殿に仕える巫女のイメージとは違っている。


<アルラ>

 銀色のストレートロングヘアーを白い布で巻き上げ、一本に束ねている。切れ長の目には、銀色の瞳。純白和風の巫女装束を身に付け、気高く、聡明な印象を受ける。身長152センチ。


(この人が巫女⋯⋯雰囲気というか、オーラというか⋯⋯とにかく凄い人だ)

 アルラの存在感に、ソラは圧倒されていた。

「話をするには、少々遠いな。こちらへ来なさい」

 二人は、アルラの前に置かれている木製の長椅子に座った。

 アルラが、ソラの瞳をじっと見詰めている。

「ほぉ⋯⋯君達からは、ソールを感じない。これは封印されているな」

 言葉の意味が理解できず、ソラは首を傾げた。

「少年。目を閉じて、その剣を前に」

「は、はいっ!」

 言われるがままに、両目を閉じて、左腕ごと日本刀を差し出した。

 アルラは立ち上がり、ソラに近付いて行く。左手をソラの額に、右手は日本刀の柄を軽く握った。アルラの両手は青く光り始め、光が球状に広がっていく。部屋全体を覆った光は、音も無く弾け、消えてしまった。

「はい。お仕舞い」

 くるりと向きを変えたアルラが、元の椅子に座る。

「何か、変わった事はあるかね?」

「いえ。何も変わってない⋯⋯」

 ソラの言葉を遮るように。

「はーい。周りが見えるようになりました。でも、なんか変だなぁ。あと、音もよく聞こえまーす」

 この場にいる三人とは明らかに違う声が、部屋の中に響いた。


 最初に反応したのは、ソラである。

「えっ、誰?」

「おおっ! 私の声が聞こえてるんだ。感動しちゃったよ」

 ソラは、部屋の中を見回して、声の主を探している。

「私だよ。わ・た・し。シ・ノ・ブ」

「マジで! シノブなのか? 居るなら出てこいよ」

「なーに言っちゃってるかなぁ。近くにいるでしょ。ありえないわーっ」

「まさか⋯⋯」

 左手で握っている日本刀に視線を向けた。

「にっぶいなぁ。すぐに気付きなさいよねっ」

 ソラは、まるで鯉のように口をパクパクさせながら、右手で日本刀を指差した。そのまま、視線をアルラの方へと向ける。

「アハハハ。良いリアクションだ」

「どういう事なのか、教えて下さい」

 真剣な顔をして、アルラに訴えた。

「そうだな。説明が必要だろう。君達は、この世界の住人ではない。封印を解いた時、記憶を覗かせてもらった。二人の記憶にある文明は、このエデンに存在しない。そして、こちらの世界に来たことで器が再構成されたようだ」

 いきなりの告知であったのだが。

「やっぱり、異世界だったのか」

 ソラに、驚いた様子は見られない。

「あの、器って?」

 シノブには、異世界よりも気になるようだ。

「この世界の住人は、精神、器、ソールから成ると考えられている。精神とは『心』。器とは『肉体』。ソールとは、精神と器と世界をつなぐモノ。万物が持つ『存在の力』とも言われている。

 エデンの理に合わせて、二人の体が変化したのだろう。ソラは人間、シノブは剣として⋯⋯特にシノブは、精神を宿した魔道具でもある」


「ふむふむ。私の体が日本刀になって、魔法の道具ってことね。えっ、それって人間じゃないってこと!」

 ソラは、左手の日本刀を見詰め。

(なんて言えば、いいんだよ。言葉が見つからない⋯⋯)

 困惑した表情を浮かべる。

「まっ、いっか!」

「いいのかよ!」

 反射的に、ソラがツッコミを入れた。

「いいのかも何も、私の体がどうにかなるとも思えないし。それに最近、臨死体験をしたの。あの何も感じない状態に比べれば、百万倍も生きているって感じがするよ」

 ソラが、驚いた顔をしている。

(そうか。あれは、夢じゃない。シノブも俺と同じ⋯⋯)

 同様の体験をしたソラは、シノブの思いを理解した。意識だけの存在は、あまりに孤独である。普通に生きてきた人間にとって、死と同義なのだと。


「シノブの体だが、諦めるのは早いかもしれん」

「えっ!」

「可能性の話だ。こちらの世界に来た後、封印を施した術者がいる。その者は、事情を知っているのではないか」

「そっか。その術者ってのを探し出せれば⋯⋯」

 小さな希望が、シノブには残されていた。

「一応言っておくが、二人に掛けられた封印を全て解いた訳ではない。覚えておくといい」

「はい」

 二人は、ハモりながら返事をした。


「さて⋯⋯本題に入ろう。深い森と岩山に囲まれたカロスの地で、問題が発生している。フォウ」

「はい。アルラ様」

 フォウは、すっと立ち上がり、語り始めた。

「二日前の朝。私は、三つの予知を見ました。

 一つ。カロスの村人が、森の中で何者かに襲われる事。同日の朝、森の狩場で事件が発生。一人が大怪我を、二人が犠牲になりました。

 二つ。カロスの洞窟に少年が現れる事。先程、ソラを洞窟から助け出す事ができました。

 三つ。洞窟に現れた少年が、森の中で悪竜と戦い、これを倒す事⋯⋯」

 語り終えたフォウは、長椅子に座った。

「フォウの予知について補足すると、近い未来を予見する特別な能力だ。見える事象は断片的なもので、時系列も見えた順とは限らない」


「あの、アルラ様。悪竜って、何ですか?」

 シノブは、素直に問い掛けた。

「生還した村人の話では、リザード。二足歩行するデカいトカゲだな。肉食で凶暴、鋭い爪と長い尻尾で獲物を襲って捕食する」

「あれっ。森の中がそんなに危険だって知っていたら、狩場になんか行かないよね?」

「そう。リザードは、この国に存在する筈のない魔物。本来は、樹海と呼ばれる未開の地に生息している。それが突然、カロスの森に現れたのだよ。数日前から付近の空間が歪み、何度か別の空間と繋がっているようだ」

「じゃあ、私とソラがこの世界に来たのも⋯⋯」

「関係が無い、とは断言できないな。今は、神殿と私の力で、この怪異現象からカロスの地を守っている。故に、私も神殿から離れる事ができない。そこで⋯⋯ソラとシノブには、この問題から村を救って欲しい」

「だってさ。ソラは、どうするつもり?」

「選択肢なんて無いだろう。俺達も危険な場所にいる事に変わりない。何とか成るなら、アルラ様も俺達に頼まないもんな」

「だよねーっ」

「わかっているなら、って。まあ、いいか」

「アハッ」

 シノブが、わざとらしく笑った。

「俺は⋯⋯洞窟から助けて貰った恩義がある。それにフォウちゃんの予知では、俺がリザードを倒す事になっているんだ。引き受けますよ」

「そうか」

 アルラは、優しく微笑んで見せた。

「と言っても。俺達はリザードの事、この世界の事も良く分かりません。色々と教えて下さい」

「無論だ」


<リザード>

 生態は、基本的に爬虫類。変温動物で、主に気温が高くなる昼間に活動する。縄張り意識が強く、外敵を襲う習性。力は強いが、知能は低く、動きもそれほど速くはない。体長は2メートル、尻尾を入れた全長は4メートル以上になる。


「ねぇ、ソラ。リザードを退治するのに、武器が必要なんじゃない。丸腰ってのはねぇ」

「シノブの言う通りだな。アルラ様、何かありませんか?」

「神殿には、ソラが扱えそうな武器は無い。村に行けば、役に立つ道具があると思うが⋯⋯」

 唐突に、フォウがソラの顔を指差した。

「ん、何かな?」

「これ」

 フォウの指が、日本刀に向けられる。

「あーっ。私」

「そう言えば、そうだね」

 ソラは立ち上がり、右手で日本刀の柄を握った。

「あれ?」

 日本刀を鞘から抜くことができない。

 今度は、力を入れて抜刀を試みる。

「んーーっ。ダメだ、抜けない」

 今一度、渾身の力で抜刀を試みる。

「んーーがーーっ。やっぱりダメだ。中身が錆びているのか」

「ダメじゃん、私! 刀失格だよ!」

「いや、人間失格みたいに言ってもな⋯⋯」


 この様子を見ていたアルラが、口を開いた。

「リザードを相手に、近接戦を挑むのは無謀だな。近付けば、鋭い爪と長い尻尾で攻撃される」

「離れて戦う。って事か⋯⋯」

 ソラは、右手を顎の下に添えた。

「魔法を使うのも、一つの方法だ。二人が、高いポテンシャルを持っているのは確かだよ」

「えっ⋯⋯魔法?」

「魔法は、口で説明されるより、実際に体験した方がいい。フォウ、照明用の魔道石を⋯⋯」

「はい」

 立ち上がったフォウは、部屋の外に向かう。直ぐに、白い小石を持って帰ってきた。


「始めよう」

 アルラは立ち上がり、ソラに近付いて行く。ソラの右手と日本刀の柄を軽く握った。

「今から君達のソールを、私の手に集める。いいかね⋯⋯」

 アルラの両手が、青く光り始める。

「どうだ? 自身のソールを感じるだろう。では、器の外へ引っ張るぞ」

(なんだろう。胸の辺りから⋯⋯何か動いている。ちょっと気持ち悪いな⋯⋯)

 体の中を移動する不思議な力を、ソラは感じ取っていた。

「今度は、自分の意思でソールを留めてみなさい。焦らず、ゆっくりと⋯⋯」

 アルラは、静かに両手を離していく。ソラの右手と日本刀が、青い光を放っていた。

「この青い光は、ソールから溢れた存在の力。魔道石を近付けると⋯⋯」

 フォウが、持っていた白い小石を日本刀に近付ける。小石は光を放ち、辺りを照らした。

「すごい⋯⋯」

 初めて見る魔法に、ソラとシノブは感動してしまう。


 アルラは、元の椅子に戻り。

「魔道石は、日常生活の中でも多く利用されている。ソールを注ぐ事で、魔法が発動する魔道具。光を放つ、炎を出す、風を起こす、他にも色々とあるな」

「魔法か⋯⋯」

 ソラが、何やら考えている。

「⋯⋯まずは、カロス村へ行くのが良いだろう。より多くの情報が得られる筈だ。村からの協力についても、相談してきなさい。フォウ」

「はい」

 立ち上がったソラは、アルラに一礼した。

「では、行ってきます」

「ああ、それと。用事が済んだら戻っておいで。暫くは、神殿に滞在するといい」

 フォウとソラは、アルラの部屋を後にした。

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