第13話 目覚め

 窓から太陽の光が差し込んでくる。真っ白い天井が眩しい。ガラッと、扉の開く音がした。コツコツと足音が聞こえる。音のする方へ顔を向ける。メガネは外されているが、天使が現れたのが分かった。

「おはよう」

 透き通るような心地の良い声。

「お、はよ、ござ、い、ま、す……」

 反面、僕の声といったら。しゃがれてしまった。こほっと咳払いする。

「あら、目が覚めたのね! ここ、どこだか分かる?」

「んっと」

「病院よ。大学の学生食堂で倒れていたの。重度の熱中症でね。運ばれてから今日で2日目。顔色は良さそうね」

 そう言いながら天使は僕の右腕に血圧計を巻いた。圧がかかる。

「うっ」

「きつく締めすぎちゃったかしら? ごめんなさいね」

「いえ」

 赤ん坊に噛まれた右腕。今はもう何ともないのだが、何となく重い気がしたのだ。

「体温計、挟んでね。水分は取れそうかしら? すぐ先生とご両親に連絡してくるからね。点滴も外せるわ」

 天使はてきぱきと電子カルテに入力し、部屋を出て行った。左腕に点滴が入っている。

 今日は快晴のようだ。僕の心は、よく分からない。なんだか、すっごく疲れている。

 再び扉が開いた。今度は天使と、白衣の紳士も一緒だ。

「古坂君。目が覚めたんだね。良かった。びっくりしているかい? でも、もう大丈夫だからね。もう退院だ。君の仲間はもう少し前に意識が戻っていたんだけどね」

 話もそこそこに白髪の毛の紳士は退室した。天使と二人っきりだ。天使は点滴の針を抜いてくれた。

「良かった。私が担当のときに目が覚めてくれて。だって、約束したものね」

「やくそく? えっと……」

「覚えてないの? 次の日も私が担当だからよろしくねって言ったよ」

「あ」

「ふふっ。なんてね。聞こえてるわけないわよね」

 引っかかるところだった。聞こえていました、なんて言えない。なんか、恥ずかしい。

「すみません」

「私ね、高校から看護科でね、卒業してすぐ看護師になったの。だから古坂君と年近いんだ」

 天使の笑顔が眩しい。けど、同年代の女性に看病されるって……。変なとこ見られてないか不安だ。色々な部分。やばい、どきどきしてる自分がいる。

「そんなことより、ご両親にも連絡しといたから。はい、冷たいお茶。退院の書類一式、置いとくからね。じゃ、失礼しまーす」

 楽しそうに扉の方へ向かっていく天使。その背中が名残惜しい。僕の気持ちを察したかのように振り向いて言った。

「名前は尾之内美雨(おのうちみう)。じゃあね」

 天使は出て行った。

 天使からもらった冷たいお茶を一口飲んだ。カピカピの口が潤った。

 その後、両親が来て、バタバタと退院の準備をし、病室を出た。病室を出ると消毒のにおいが鼻につく。病院を出るとじりじりと肌が焼かれてゆく。しかし、カラッしているため思ったほど不快ではなかった。他のゼミ仲間3名は先に退院したそうだ。そういえば、爺さんはどうなったのだろうか。爺さんも退院したのだろうか。

 

 ぐぅ

 父親のお腹が鳴る。

「退院祝いでどっか食いに行くか」

退院祝いだなんて大げさだ。たったの2日間だけなのに。時計を見ると昼の1時を過ぎていた。どこにもよらずに早く家に帰りたい。しかし、僕の思いは届かずに、家族3人でファミレスに寄ってから帰宅した。

 家に帰り、携帯電話を確認する。木元さんからメールがきていた。みんな無事に退院したということと、今夜山田三郎さんのお通夜があるということが書かれていた。爺さん、亡くなったんだ。

 今日は月曜日。本当なら午後からゼミがあるのだが、大事を取って休むことにする。先生も事情は分かってくれているだろう。

 爺さんのお通夜に参加するときに、初めてみんなと会うんだ。なんともいえない、複雑な心境だ。いつも通りの僕で行こう。そう思いながら自分のベッドの上で眠りに落ちた。












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