第10話 赤ん坊、覚醒する
ジリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリ
もう朝か。目覚まし止めなきゃ。
ジリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリ
頭の上に手をやるがスマホも目覚まし時計も見当たらない。
ジリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリ
身体が重くて肩や腰も痛い。早く鳴り止んでくれ。どこだ、飛んで行ったか。あちこち触ってみるが目覚ましを鳴らしている物がない。触っているうちに、いつもと違う柔らかい感触がした。
「ちょっとぉ。やめてぇ」
甘い声が聞こえた。
「はっ? え?」
何故僕の隣に戸中さんが、いるのだろう。
「ちょっと! そこ、触っちゃいけないとこだよ!」
「え、ごめん」
僕は戸中さんの、通常触ってはならない部分をまさぐっていたらしい。
ジリリリリリリリリリリリ、ジリリリリリリリリリリリ、ジリリリリリ
どういうことだ。
「あぁ、もう!」
この怒った口調は、木元さんだ。
「電話が鳴ってる」
足助の声がする。
そうか、思い出した! 僕は退屈な爺さんの話を聞いた後、この真っ白い部屋に閉じ込められ、そしていつの間にか眠ってしまったてたんだ。
ジリリリリリリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリリリリリリ
電話が鳴り続ける。誰も動こうとしない。
ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ……
動かないのではなく、動けないのか。
「は や く」
か細い声が聞こえる。
「は や く」
「何? 声が聞こえたんだけど」
戸中さんが震えた声で言った。
「始まりだな」
足助が言う。
木元さんは何も言わない。
「は や く」
「で ん わ」
ジリリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリリ
「ママ いい ママ いいの」
「ママ いい」
「ママ いい」
赤ん坊が現れた。しわくちゃだった顔はしっかりとした子どもの顔になっていた。頭皮もほとんど見えない。ふさふさではないものの、髪の毛がまんべんなく覆いかぶさっている。
「ママ」
「ママ」
「ママ いいのおおおおおおおおおお!」
赤ん坊がこちらへ向かってくる。身体が動かない。何かに押さえつけられているようだ。
ジリリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリリ
「で ん わ」
赤ん坊が電話の方を向いた。
赤ん坊が電話のところへ歩いていく。
ガチャ。
赤ん坊が受話器を取った。
「……」
ガチャ。
赤ん坊はそのまま受話器を切った。
そして、こちらを振り返った。
トコトコと走ってくる。
逃げなければ! でも、身体が固まって動かない。
「こっちへ来るな!」
足助が叫ぶ。
赤ん坊は足助のところへやってきた。右手には包丁を持っている。
「やめろっ」
「足助くん!」
木元さんが叫ぶ。
赤ん坊の目は血走っている。僕の体、動くんだ。動いてくれ。
「まもっちゃん……から、だが動かないよ」
戸中さんがうずくまったまま言う。
僕もどうしてあげることもできない。自分のことで精いっぱいだ。赤ん坊は包丁を持ったまま足助を見下ろしている。
「やめて、やめて。何が欲しいの。何を求めているの?」
木元さんが赤ん坊に向かって聞く。
「ママ」
「ママに会いたいんだな」
足助が赤ん坊の目を真っ直ぐ見て言った。赤ん坊は母親を求めている。母親が鍵なのは確かだ。母親に会わせてやりたい。でも、どうやって。
赤ん坊が包丁の先端を足助の首に這わせた。
「うっ」
足助は仰向けのまま固まっている。足助の首筋から血が流れた。
「足助君!」
木元さんが仰向けのまま自分の首を足助の方へ回した。木元さんの目が、物語っている。足助は首を切られたと。
「俺は、大丈、夫だ。この赤ん坊のママに会わせて……やる方法を見つけないと」
足助は息を切らしながら言った。赤ん坊は血がついた包丁を両手で持ち直した。そして、木元さんを見ている。木元さんがびくっと肩を震わせた。
「木元はだめだ。木元には手を出さないでくれ」
足助が必死に赤ん坊に訴える。木元さんは妊娠している。足助もそれを思ってのことだろう。足助が体を動かした。木元さんを腕で赤ん坊から庇う。僕も鉛のように重い足を、動かした。重い。重いけど、動いた。足助は木元さんを庇っている。戸中さんはうずくまっている。僕が、赤ん坊から包丁を奪うんだ! 動け、僕の足!
「ママ、ママ」
赤ん坊は足助の腕の隙間から木元さんを覗いている。木元さんの表情は分からないが、怯えているのだろう。
僕は勢いよく立ち上がった。赤ん坊の方へ向かう。赤ん坊はこちらを見た。気づかれたけど、いい。赤ん坊に負けてどうする。僕は、まだ成人はしてないけどもう立派な大人の男になるんだ!
「包丁を、渡せ」
僕はそういって手を伸ばした。包丁の柄に触れようとした瞬間だった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
赤ん坊が叫んだ。その叫び声に押され、僕はその場で尻もちをついてしまった。再び立ち上がろうにも無理だ。動かない。何でだよ。今さっき、僕は立ち上がったじゃねぇか。くそっ。しかし、赤ん坊は後ずさりし、僕から遠ざかっていった。
そして、なんと赤ん坊は包丁を僕の顔めがけて投げた!
うわあああああああああああああああああああああああああああああ。僕は咄嗟に目をつむり、下を向いた。
カラン。
包丁は床に転がった。
恐る恐る頭を上にあげた。おでこの生え際の上の方にジンジンとして痛みが走る。目の前が滲んでよく見えない。メガネを取ると、レンズが真っ赤に染まっている。目をこすると、手にも赤い血がついた。なんだ、これ。おでこの上から血が流れている。切られたのは一部分のはずだが、頭全体が焼けるようにズンズンと重い。
「まもっちゃん!」
「古坂君!」
「守!」
みんなの声がだんだんと小さくなり、意識が遠のいていった……。
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