拓海千秋(21)リリイ号
「もし、もし?」
まどろみの向こうから声がした。
現実なのか、夢なのか。
ちょうどその境界に立っていると彼女のことだけが純粋に瞼の裏によみがえった。
眠っているフリをしていると彼女が僕の肩に触れてくれる。
学校にいたころ、僕の望みはただそれだけだった。
彼女の後姿を熱心に見ていると誰に変な噂を流されるとも知れなかったし、ストーカーなんて言われたくないから僕は彼女のことを教室と美術準備室以外では極力見ないようにしていたし、目で追わないようにした。
好きな子のことはできるだけ多くを知りたいと思うものだろうけど、誕生日はおろか、家族構成も知らない。
僕が彼女について知っていることは少ない。
通学用のリュックサックに鈴をつけていること。
児童文学の『小公女』が好きだったということ。
テニス部に所属していること。
一年生のころ、うっかり学校の階段から転げ落ちて大怪我をしてしまったこと。
江藤紀子と親友であること。
時生先生のことが大好きなこと。
それらはおよそ僕でなくても、彼女と多少会話をしたことがある人間なら誰でも知っているようなことだ。
僕しか知らないことと言えば、ひとつだけ。
たった一度。
一緒に帰った放課後に、見知らぬ若い母娘の姿を見て彼女が涙を流したことくらいだ。
そんなことぐらいしか、僕は知らない。
だから、彼女に『恋』をしてた、なんてやっぱりちょっとおこがましいと思う。
何も知らないのに、好きだなんてあるわけない。
むしろ僕は知るのが怖かった。
彼女のことを知るのが怖かった。
どうして、夏見梨香たちにあれほど嫌われているのか。
どうして、神様を怖がっていたのか。
その答えは二度と聞けない。
彼女。
美しき人、もしくは獣。
儚き幻影。
僕は彼女の美しい側面だけを見つめて、彼女に恋をしていた。
僕が想っている彼女は実際の彼女とは似ても似つかない別人に違いない。
名前を伏せて、僕がどんな人のことを想っているのかを江藤に話しても、彼女はそれが親友の瀬名波さんであるとは気づかないだろう。
僕は彼女を知らない。
頭の中で作り上げた偶像としての彼女に恋をしているだけで、そんなものは実際には『恋』だとは言わない。
ただの幻想だ。
都合のいい、明日を生きるための生贄だ。
そうだ。
僕は彼女を生贄にしたんだ。
彼女の綺麗な面だけを見て、彼女のそうでない部分からは目を背けた。
だから彼女は死に際に言ったのだ。
「見ないで」と。
案の定、僕は見なかった。
見れなかったし、見なかった。
彼女の白い肌が赤く焼けて、やがて焦げていくのを。
炎の中、のたうち回る姿を。
背を丸め、母の母胎に戻るように黒い身体で燃えつけて果てる様を。
僕は何ひとつ見なかった。
見れなかった。
ただ祈ることしかできなかった。
悲鳴が止んだ瞬間に死んでいたことを。
悶え苦しむ音のすべては死んだ肉体の痙攣でしかないことを。
次に生まれ変わることがあったとしたら、こんな苦しみとは無縁で、ずっと健やかであることを。
優しく、強い女性であることを。
でも、生まれ変わりなんてない。
人は生まれて死んで、なくなるだけだ。だから、彼女はもういない。
どこにもいない。
「もし、もし?」
肩を優しく揺する手に導かれ、僕は眠りから覚めた。
「ようやくお目覚めになりましたわね」
目を開けたばかりでまだ霞のかかったような視界に見覚えのある横顔が映って、僕は心臓が止まりそうになった。
「せ……せなはさん?」
思わず彼女の名前を口にしてしまった。
でも、すぐに違うとわかった。
彼女じゃない。
「わたくしです。あまり良い夢ではなかったようですわね」
他の誰かと勘違いしている僕のことをその淑女――セイラ・ノーマッドは困ったような顔で見下ろした。
彼女が例の淑女だとわかったのは特徴的な碧い瞳を見てからだった。
蝋燭の火に照らされた濃淡のある瞳はまるでガラス細工のようで、鉄格子越しに見たときのときめきを僕に思い出させた。
しかし、それ以外はまったくあのときと様子が違った。
淡いオレンジ色の火にぼんやりと映るカーディガン姿の彼女はまるで病弱な深窓の令嬢といった感じで、とても悪漢たちを瞬殺した淑女には見えない。
僕が起きるまでの間、彼女は本を読んでいたらしい。
一旦ページを閉じてベッドの傍らに置くと僕の額に手を伸ばした。
「失礼」
ひんやり冷たい指の感触に眠気眼がぱっちり開いた。
「熱はないようですわね」
「……ね、熱、あ、あったんですか?」
「少しばかり。先ほど口にされたお名前、拓海様の想い人かなにかでしょうか」
「……べ、別に」
「その方とわたくしはそんなに似ておりましたか」
「か、関係ないでしょう……」
「ふふふ」
淑女は手を離すと、今度は僕の上に覆いかぶさるように身を乗り出した。
「失礼」
「えっ……」
何事かとびっくりしていると淑女は天井から壁を伝って下がっている金色のパイプに手を伸ばした。
『海底2万マイル』とかの古めかしい冒険映画でよくみる船内の連絡手段に見えた。
それはちょうどナースコールのように僕の頭の上あたりにあって、淑女が使おうと思うと身を乗り出さなければ届かなかった。
「うぅ……」
淑女の胸が僕の眼前で恥じらいもなく停止した。
甘い香りのするカーディガン。
そのほつれた毛糸が鼻先を擽る。僕は歯を食いしばって後頭部を枕に沈み込ませた。
僕の興奮と緊張も露知らず淑女の呼吸がパイプの中で反響する。
「アルニカさん。デッキにおいでですか」
『なに?』
「たったいま客人が目を覚ましました。熱は下がったようなので以後の処置をお願います」
『わかった。すぐ行く!』
ぐわんぐわんと唸る音の奥から弾けるような声が返ってきて、バンと耳を塞ぎたくなる騒音が続いた。
「あらあら……いつもお淑やかにと申しておりますのに」
誰に言うでもなくそう零して淑女は苦笑気味にパイプの口をゆっくり閉じた。
「あの……ここはどこなんですか」
僕は山ほどある疑問符の中から最初のひとつに手をつけた。
淑女は椅子に座りなおすと乱れたカーディガンの裾を直しながら、
「どこ、というのがどのくらいのスケールを指しているのかわかりませんが、狭い意味でならばその答えはリリィ号。わたくしが所有する船の救護室にございます」
「りりぃ……花のリリィ、ですか」
「ええ。百合は気高く、脅す角も刺す棘もなく、その美しさを汚さない。そうありたいと思い、わたくしが名付けました」
「ひ、広い意味でお願いします」
「アトラス大陸とレムリア大陸に挟まれた内海の上です。今はアトラス大陸に向かっています」
「内海ってことは海……」
二つの大陸に囲まれた海のことを内海、というのは鉱山でも聞いた話だ。
アトラス大陸に向かっているということは、僕はレムリア大陸の南にあるっていう極寒の国には売られずに済んだわけだ。
急に頭痛がして僕はこめかみを抑えた。
血の巡りでも悪いんだろうか。
後頭部を探る。
髪の奥にデコボコした傷を見つけて僕はこれまでのことと、今見ていることが夢ではなかったと思い知った。
奴隷狩りの女が僕につけた救世主の焼印。
印をなぞっていると自然とあの女の名前が口を突いて出た。
「カーラ」
淑女の顔が、少し、曇ったように見えた。
「……彼女に会ったのですか」
「知ってるんですか。カーラを」
「ええ……ブラックフードのカーラはアトラス大陸でも有名ですから。その焼印は後々どうにかした方がいいですね」
「そうですね……全部夢じゃなかったんですね」
「ええ。残念ながら」
僕は記憶を整理するように覚えていることを簡潔に言葉にしてみた。
「僕は……修学旅行の帰りにこの世界に迷い込んで、奴隷狩りに捕まって……売り飛ばされて……その途中であなたが現れて……悪い人たちを皆殺しにした。そういうことでいいん……ですよね」
「ええ。皆殺しという言葉を使われると、ゾッとしますが」
「他の奴隷たちは……どうなったんですか」
「船に乗せるわけにもいきませんでしたので、鎖を外して、奴隷制に反対する自由都市の名前と順路をお教えして、餞別としていついかなる土地でも開墾できるように鍬と鋤を十本と、食糧に困らぬよう猟銃を二丁進呈いたしました」
「それを聞いて安心しましたけど……どうして鍬や猟銃まで」
「必要だと思ったからです。良く生きるにしろ、強く生きるにしろ。しかしまた、ご自分のことの前に、同乗していた奴隷さんたちの心配ですか」
「……別に……だって鎖に繋がれたままじゃ……昼間には干からびちゃいますし」
「レムリアの太陽はよく存知ております。ですから、川の方角も教えてあります。ローデマーンの騎馬軍に見つからなければ、自由都市に辿り着けるでしょう」
ローデマーン。
鉱山で聞いたことがある。
レムリア大陸の北部を支配下に置く、機械文明を信仰する野蛮な騎馬民族の国で、王は大帝と呼ばれ、胸には炎の心臓を持っているのだという。
鉱山主はローデマーンに独占的に燃料を売っていたので略奪の標的になることはなかったけど、彼らが通ったあとの村々がどんなことになるのか知っている。
実際にこの目でいくつも見てきた。
人も家畜も家も、すべて解体されつくしたあとで火をつけられ、すべて燃やされていた。
あれを見たら、解放された奴隷たちの行く末を案じずにはいられない。
どうか奴らに遭遇しないように。
とはいえ、他人の心配ができるほど今の自分が安全かと言われれば、違った。
「どうして。どうして、僕を………………助けてくれたんですか」
間が空いたのは、本当に自分が『助かった』のか自信がなかったからだ。
敵の罠の中でぬか喜びはしたくない。
「必要だと思ったからです」
淑女は間髪入れずにそう答えた。
僕は思うままに反論した。
「僕じゃなくたって、誰にでも必要でしょう。こんな世界じゃ」
「この世界について、どれほどのことを」
「ドラゴンと奴隷狩り……それにあの鉱山。ほんの一握りの現実かもしれないけど、大事な人を……失ったんです。……失いすぎました」
「……」
まるで自分が死神のように思えた。
あまりに失ったものの数々が近すぎたから。
「あなたをお救いしたのは救世主の救助が我が君主・女王ユーフェミア・ギーニー陛下より下されたご命令だったからです。陛下は救世主を使った『ゲーム』に反対の立場をとっておられます。罪のない少年少女を戦争の駒とすることの人道的見地はもちろんのことですが、サントレア王国の主教自体が救世主による『ゲーム』を固く禁じています」
「どうして……救世主は国を救う存在なんでしょう」
「その認識は間違ってはおりませんが、救世主の齎す変革が常に我々の文明社会に良い影響を与えるとは限らないのです。……その話はまた後ほどいたしましょう。今はひとまずこちらに利益があるゆえに助けた、と美辞麗句抜きに、そう申し上げておきましょう。チアキ様はそのような言い回しの方が安心されるでしょうから」
何か僕のことを知っているような言い方にも聞こえるけど、その前に僕にはどうしても気になることが他にあった。
「そもそも僕の名前をどこで……」
饒舌な淑女がこのときは口を閉じたまま、僕の足の上にかかっているシーツの上に一枚の紙筒を置いた。
麻の紐で閉じられたその筒は何かの書面だった。
ただ……、
「あの、文字は……読めません」
淑女は僕以上にきょとんとした顔で聞き返した。
「わたくしの言葉は聞き取れるのに?」
「鉱山ではいろんな国の出身者がいて……話言葉はいくつか覚えられましたけど、文字を書ける人間は一人もいませんでした。だから……」
「奴隷さんでしたら、そうでしょうね。これはその鉱山に残されていた売買契約書です」
「売買……契約書」
不意に、奴隷船で息絶えた先生の最期を思い出した。
「救世主とは一言も書かれてはおりませんが、個体名にはタクミ・チアキと。おおよその身長や体重、体型もここには記されています。鉱山で暴動が起ったと情報を掴んだ間諜が鉱山主の生前の金の流れを探っていたところ、事実とは相容れぬ奴隷の買い占め記録が出てきたそうです。奴隷一人に何千金貨も出したと馬鹿正直に残せば、救世主を買ったという証拠を残すようなものですから、奴隷数百人を買ったと帳簿の改竄を行ったのでしょう。しかし、そのような労働人員の水増しを行っても、成果としての採掘量を見れば一目瞭然です。偽の売買契約書もどれもありきたりな名前の組み合わせばかり。その中に聞き馴染みのない音の名前と奴隷さんたちが目撃したという少年の話を聞けば、それが救世主であることは容易に想像がつきます」
「……はぁ」
一気に捲し立てられて、あまりの圧に僕は一瞬、眩暈を覚えた。
とはいえ、理屈は通っている。
ひとまずカーラの仲間とかではなさそうだ。
黒衣の連中なら僕の疑問に律儀に付き合ったりしない。
殴って、気絶させればそれで済む話だ。
だからといって、彼女が救世主である僕を利用しようとする権力者の手先ではない、という証明には、ならない。
救世主は利用されるか、殺されるか。
それが憎き仇、カーラが僕らに教えたこの世界の事実。まだ気を許すわけにはいかない。
「それでも会ったばかりのあなたのことを全面的に信用することは」
「できませんか」
「……ええ、今はまだ……難しいです」
そう言うと淑女は細い右手を「ふむ」と顎に当てて考え込んだ。
「ひょっとして原因は、わたくしにあるのでしょうか」
「はい?」
「これでもチアキ様に少しでも警戒されぬようにと、初対面での風貌や立ち振る舞いも吟味して、どこにでもいる淑女を演じようと努めていたのですが」
あれで、ですか。
そう僕が指摘しようとする間もなく、淑女はまたも捲し立てた。
「やはり夜半というのがよくなかったのでしょうか。わたくしとしては間諜である立場上、目撃者は少ない方が良いと思い、あの時間、あの場所を選んだのですが。夜であれば光源を潰すことで容易く敵の目を欺くこともできますし。そもそもドレス姿というのが不自然だったのでしょうか」
「いや、あのそういう問題でなくて、僕が言いたいのは」
「最初に情報を詰め込みすぎたのかもしれませんね。サーカスの団長にして星術と剣術の使い手にして、一国の女王が召し抱える間諜が、よもやこのような当代随一の可憐さを誇る美少女であろうなどと。出来すぎた話を疑う気持ちもわからないではありません。やはり美しさは罪なのでしょうか……恨むべくはまだ見ぬ父と母か」
「あの……別にあなたの容姿がどうこう……うっ」
ベッドから這いだそうとした瞬間、またも強い眩暈に襲われ、僕はベッドの上に倒れた。
「うっ……はぁ、はぁ」
苦しい。
自分の顔からさーっと血の気が引いていくのがわかる。
「た……助けてく……」
「あらあら……どういたしましょう」
淑女が目を点にして、呆然と立ち尽くす。いや、もうちょっと慌ててください。
「あぁ、もうっ!」
扉をこじ開ける音と一緒に淑女とは別の少女の声が救護室に木魂した。
「ボクの患者さんに何したの!」
か細い呼吸で喘ぎながら僕は部屋の奥を見た。
色とりどりの花と葉をつけた鉢植えを大量に満載したカート――ちょうど新幹線の売り子が引いているような三段組の台車――を押して九歳か十歳くらいの女の子が入ってきた。
肌は褐色で髪は黒。
華奢な体に可愛らしいドレスで着飾っているが、着ているというよりは着られている感じで小さな足にはドレスとはまるでアンバランスなサンダルを履いていて、カートのタイヤに慣れた様子でロックをかけた。
小さな頬を膨らませて睨み付ける少女の愛らしい目に、淑女がわずかに狼狽える。
「わ、わたくしは何もしてございませんわよ」
「どうだか! どうせまたぺらぺらと畳みかけて困らせてたんでしょ。ボクには散々淑やかにとか、慎みをもって、なんて言うくせに。肝心の団長はこれっぽっちなんだもんなぁ」
「わたくしも日々心がけてはおりますが……生まれたての性分でございますから」
「ならボクだって生まれたてのショーブンってやつだよ」
一人称がボクになってるが、明らかに少女にしか見えない。
息も絶え絶えでそれだけ思って僕は胸を抑えた。
少女は僕の容態を爪先立ちで見るなりカートに乗った鉢植えから葉や実をいくつか摘んで小鉢で潰すとお湯で煎じた。
僕は少女の傾ける椀から薬草の白湯をぐびぐびと飲んだ。
少し渋い。
でも不思議だ。
背筋が急にしゃんとなって、白湯を欲するように僕の体が自然と起き上がった。
ついには少女の手から椀を奪い取る勢いで白湯をすべて飲み干した。
「ふう……なんなんです、これ」
「霊薬だよ。身体を構成する精霊たちもこれで元気を取り戻したはずだよ。少し抵抗しすぎだね。いつまでもこっちの世界に馴染もうとしないから、精霊も根負けしかかってるんだよ。少しはボクらの世界を受け入れて楽にならないと」
「せ、精霊……ああ、そういえばそうでしたね」
僕らの身体はこの世界の精霊が構成しているというカーラの話を思い出した。
「ご存知なのですね。仮の身体のこと」
「はい、多少は。その子は?」
僕が首を傾げていると淑女が少女の頭を撫でて、
「ご紹介いたしましょう。アルニカです」
「びしっ!」
擬音を声に出して、アルニカと呼ばれた少女が姿勢を正した。
「まだ二度目の洗礼にも満たない一〇歳の子どもですが植物を統べる力を持った星術師です。あなた方の世界の言葉で言うなら『魔法使い』と言った方が適当でしょうか。このサーカスにおける農園の管理と、霊薬の調合を行う、船医のようなものですね。船の上にあっては非常に貴重な人材です」
「はぁ」
要するに医者代わりということだろうか。
ということはさっき僕が飲まされたのは漢方とかの類なんだろう。
「お加減がよくなりましたら後でわたくしの部屋までお越しください。チアキ様の疑心が少しでも晴れるよう、あらゆる質問にお答えします。わたくしの部屋はここを出て左にまっすぐ行った突き当りにございます。わからないことがあれば、誰でも近くにいるものに聞いてください。わたくしの名前については」
「セイラ、さん、でしたよね。呼び方は……セイラさん、でいいんですか」
「ふふふ」
彼女はその響きがくすぐったいのか。頬を緩めて笑った。
「チアキ様からそのように呼ばれるのはなんだか不思議ですわね。どうぞわたくしのことは気軽にセイラ、と呼び捨てになさってください。では」
淑女はそう言って、ドアの前面についたバルブのようなものに手を翳した。
バルブは一人でに回転して開錠。
淑女の細腕を助けるように自動で開いた。
何か言わなきゃ。
そうは思うものの、いきなり名前を呼び捨てにする勇気もなくて、僕は女子にいつもそうするように名前を呼ぶ以外の方法で淑女を呼び止めた。
「あの……」
淑女が振り向く。
透き通るような優しい表情に再び彼女の姿が重なった。
僕が次の一言に躊躇していると、
「どうかなさいましたか」
「あなた自体に、問題はないと思います。僕を売ろうとした人たちを倒して……助けて……助けてくれた。うん……それだけは、信じます」
「……」
「ただ……整理がつかないだけです。本当にそれだけです」
「そうですか」
僕はベッドの上に正座した。
その姿勢が異世界の人に伝わるかどうかはわからないけど、僕なりの気持ちを態度で表すべきだと思った。
「ありがとうございます」
「わたくしはただ陛下の御心に従っているだけです。ただそれだけではあまりに冷たいと思われるでしょうから。ひとつだけ、打ち明けます」
「……なにを」
「これはわたくしの使命でもあります。タクミチアキ様。最初にお救いするのはあなたと決めておりました。それが叶って感謝しているのは、むしろわたくしの方です」
「あなたは……僕のことを知ってるんですか」
「それは」
淑女は自らの唇に人差し指を立てて、意味深に笑った。
彼女のその控えめな笑みは、やっぱり、あの子に似ていた。
「秘密、ということで」
それでは、と軽く会釈を加えて、淑女は部屋を出ていった。
「忘れてしまうところでしたわ。ベッドの袂に奴隷狩りたちの馬車から押収した千秋様の私物と思われるものを箱につめて置いております。後でご確認を」
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