拓海千秋(19)半年後……

 これが僕ら二年八組の三十七名が世界中に散り散りになった発端の出来事。

 漂流とサバイバル、仲間割れと奴隷狩りの顛末だ。


 僕はレムリアと呼ばれる大陸の北西にある鉱山へ売られた。


 昼夜問わず何千という奴隷が古代の都市鉱物や遺跡発掘のために鞭を打たれ炎天下の中、あるいは狭く蒸し暑い坑道の中でツルハシを振るい、ろくな食事も休息も与えられず、使い捨ての採掘機械のように壊れれば容赦なく廃棄され、その短い生涯を終えていく。


 そこで僕は約半年を過ごした。


 昼は太陽が頭上を熱し、身体中から汗が吹き出た。

 肌は黒く焼け、唇はひび割れ、栄養のついた食事もないから何時間ツルハシを振るい、岩を砕き、土を掘っても、肉体は痩せこけるばかり。

 労働が終われば、今度は寒空の下で拷問を受け、直径100メートルはある巨大な採掘跡の穴を見下ろす物見台から裸一貫で吊るされた。


 救世主としての能力が開花するまで荒療治は続いた。

 地獄のような日々だった。


 でも、そういう毎日を送っていたのは僕だけではなかった。

 大勢のクラスメイトが世界の至るところで、同じようにもがき、苦しみ、傷ついて、この世界に適応するよう脱皮を促された。


 ある者は残虐の限りをつくし、その暴政を世界に広げようとする竜王の下で。


 またある者は荒野を統べる一大騎馬民族の王の下で。


 ある者は王に留まらず、あらゆる権力の中に巣食っていた。


 次期教皇の座を狙う枢機卿や、

 戦争に乗じてその名を高めようとする名家の貴族、

 かつての帝国の威厳を取り戻そうとする皇帝や、

 故郷への帰還を夢見る流浪の民、

 軍需景気によって新たな経済圏を確立しようとする自由都市の商人たち、

 彼らから略奪し軍事力を増強しようとする海賊、

 投獄されたかつての革命家……。


 権力者たちは一刻も早く法外な買値に値するパフォーマンスを得ようと、拷問や洗脳の限りをつくし、平凡な高校生たちの心と体を、それぞれの世界に相応しい身分、相応しい姿形を備えた救世主に作り変えた。

 その間、わずか半年。


 四十二日で一か月。

 八か月で一年を数えるこの世界で安芸西高校二年八組の三十七人はそれぞれの地獄を抱え、救世主として生まれ変わり、いよいよ世界を盤上にしたパワーゲームの駒として配置に就こうしていた。権力者たちの望みをかなえるために。


 すべては元の世界に戻るために。


 救世主としての対価を求められたのは僕も同じだった。


 一月が経ったころ、僕の耳は異世界の言葉を理解するようになっていた。

 鉱山主は「救世主なのだから当たり前だ」と言った。

 精霊はこの世界のもの。

 だから、僕の理解もすぐにこの世界に馴染むように変化する。


 鉱山主は僕に要求した。


『ここの資源はつきかけている。さっさと他に移りたいところだが、宛てもない。だから最後のひとさじまで残さず取りつくせるよう連中をコキ使ってる』


『奴らを憐れむなら、新しい鉱脈を見つけろ』


『そうすれば奴らの仕事もずっと楽になり、鞭を打たれずに済む』


『他の奴らより先に多くの鉱山が確保できれば、この会社ももっとでかくできる。莫大な利益が約束されるのなら奴隷たちにマシな生活をさせたっていい』


『覚醒しろ。ここと同じかそれ以上の鉱脈の在りかを見つけられる才能を』 


 四か月が経って、ようやく僕はある「力」に目覚めた。

 けれどそれは鉱山主の望む類の力じゃなかった。

 戦の役には立つだろうけど、使い方も限定されている。

 鉱山主は僕の力が対価に見合わないと判断するや、すぐさま僕を別の権力者に売り渡そうと準備を進めた。


 そんなとき、奴隷の間で反乱が起きた。


 資源の底が尽きれば、鉱山主よりも早くそれに気付くのは奴隷の方だ。

 掘るものがなくなれば、鉱山は閉まる。


 奴隷たちは考える。


 果たして鉱山主は千人を数える奴隷たちを連れて、新たな鉱脈まで移動するだろうか。


 いいや、しない。


 その結論に至ったら、後は鉱山主より早く行動に移さなければならない。


 とある頭の切れる奴隷の先導によって、反逆は概ね成功した。

 鉱山主は死に、多くの奴隷は足枷を外し、首輪を捨てて鉱山を後にした。


 僕は当てもなく荒野をさまよい、また奴隷狩りに捕まった。

 今度はブラックフードじゃない。

 ただの奴隷商人たちだ。

 鉱山で暴動が起ったと聞き、逃げた奴隷たちを狩りに来たのだ。


 カーラがつけた後頭部の焼印が原因で僕はすぐに救世主とばれた。

 同業者には共通の印なのだ。

 捕まってすぐ、僕は自分の力を吐かされ、高値で売り飛ばされた。


 今度の行先はレムリア大陸の南。

 極寒の国だそうだ。

 僕は再び檻に入れられ、馬車に引かれることになった。

 次こそが、僕の命運の終着点なのだろうと感じながら。


 しかし、道中予期せぬことが起り、僕は『彼女』に出会った。

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