拓海千秋(18)回想:クリープ
二年八組で新たにできた友達はいない。
一学期はずっと男女混合の出席番号順で席が並んでいた。
僕のクラスには不良から優等生、体育会系、オタクにいじめられっこまで実に様々な人種がバランスよく集まっていた。
その誰とも僕は距離を縮めることができなかった。
同調圧力とか、趣味の査定とか団体行動の強制とか、今いる自分の地位を貶めないためのあれやこれの行動や言動への制約。
それを侵したときに発動する無言の裏切りや暴力や排斥行為。
僕はそうしたあれこれに耐えられるほど強くなかったし、こなせるほど器用でもなかった。
友達を作っても、面倒なことが増えるだけだ。
ならいっそはじめから作らない方がいい。
友達がいなくてもいい。
学校には遅刻なく毎日登校しているし、テストの成績も良好だし、体育では笑われない程度には頑張ってる。
誰にも迷惑はかけてない。
むしろ僕が誰かと関わらないだけ、迷惑ごとが減ってる可能性だってある。
なのに。
そういう生き方に腰を落ち着けている僕のことを目ざとく見つけた人がいた。
クラスはおろか学校内でも友達を作らずにいる僕のことを気にかけて声をかけてきた大人がいた。
そんなことしても毎月の給料に違いはないだろうに、奇特にも僕のことをどうにかしようと考える高校教師がいた。
「なんや、拓海。うちの顔になんかついてるか」
「いえ、別に」
とある放課後の美術準備室。
キャンバスの端からそっと覗きこんでいたつもりの僕はそっと顔を引っ込めて作業に戻った。
件の奇特な高校教師は窓辺で缶コーヒーをすすりながら発売されたばかりの海外のSF小説――一冊一三〇〇円くらいする鈍器のような文庫本――を捲っている。
時生万葉。二十九歳。
美術部顧問。
そして、後の二年八組の副担任。
十二月には大学時代からの恋人との結婚を控えているという三十間近の女性教師だ。
「ひょっとしてうちの美貌に見惚れてたんか。あかんで。もう先約があんねんから」
「だから別に、て言ってるじゃないですか」
「ジョークやんか。そない冷たいこと言わんでも。『なんでやねん』って突っ込んでくれたらええやんか」
「いや、僕関西人じゃないですし」
12月に準備室に連行されてから早四ヶ月。
非美術部員の僕は何故か美術準備室でキャンバスに向かって筆を振るっていた。
描いてるのは僕の作品じゃない。
本職・画家を自称する時生万葉の現代美術作品だ。
コンクールに出品する作品らしいが僕に絵画のテクニックを伝授するという名目で都内の動物園で撮影したという象の模写を描かされていた。
キャンバスにはあらかじめ時生先生が木炭で引いた下書きがあって、僕はそれに沿って色をつけている。
象といってもただの象じゃない。
尻尾の部分が蛇だったり、太い足が木の幹だったり、長い鼻が蛇口から次いだホースだったりと個々の部位は象以外のものでありながら、全体を見ると象のシルエットを成しているという――まぁ、いかにも現代絵画って感じの象だった。
しかもそれが全部筆で描かれるわけでなくてある部分は点描画だったり、ある部分はパソコンから出力したコピーだったり、写実的だったり、印象派っぽかったり様々で、僕がふと「カオスですね」と漏らすと、
「カオスこそ世界や」
と時生万葉は意味深に言って笑った。
時生先生は僕に自作の手伝いをさせる傍ら――というかこっちの方が傍らだが――美術部の顧問もしていて、ときおり美術室に移動しては談笑としか思えない『指導』に熱を出した。
僕はといえば、その間黙々と筆を走らせるだけ。
美術部員でもないから本家の部員からは時生先生のパシリとしか認識されていないことだろう。
そもそものきっかけは選択授業の美術で僕が半端に上手なデッサンを披露してしまったことだった。
日々の業務に追われ、本職といわれる芸術家活動もままならない時生先生にしてみれば鴨がネギを背負ってきたようなもので、僕は早速その日の放課後に首根っこを掴まれ、美術準備室に連行されてしまった。
報酬は一本の缶ジュース。
強制連行されたのは最初の一日だけだったから逃げようと思えば逃げることもできたのだが、何故かあれ以来僕はぶつくさ文句を言いつつ、その実ほとんど自主的に美術準備室に足を運ぶようになっていた。
理由はひとつ。
美術部員であるクラスメイトの江藤紀子とそろって下校するためにテニス部での活動を終えた瀬名波結依が毎日美術準備室にやってくるからだ。
校内に吹奏楽部の演奏が響き渡っている。
エルザの大聖堂への行列。
今朝の事件があってグラウンドは丸一日使えなくなった。
唯一放課後の部活に勤しんでいるのは専用コートを別に持つテニス部だけで、そのテニス部も四時半には活動が終わって、数名の生徒が制服姿で立話をしている。
美術準備室の外から鈴の音が聞こえて、僕は慌ててキャンバスの前に戻った。
「失礼します」
彼女はいつものようにやってきた。
「おう、瀬名波。今日はまたえらい早いな」
「はい。昨日の犯人がまだ学校の周りをうろついてるかもしれないから、顧問の先生が今日は早めに下校しなさいって」
「それもそうやな。美術部も早く上がらせとこか」
文庫本をパタッと閉じて、時生先生は美術室に戻った。
扉が閉まり、二人きりになる。
背中に彼女の存在を感じるもののなかなか振り変えることができない。
瀬名波さんが美術準備室にいる。
もはや日常となりつつあるのに、未だに慣れない。
背中を向けたままドギマギしている僕を余所に彼女はいつものように朗らかで清涼飲料水のように清く涼しい。
鈴の音が僕の方に近づく。
「やっほう、たっくん」
「や、やっほう」
ほんの少しだけ視線を振る。
透き通るような制汗剤の香り。
額に少し汗を残して、彼女は部活終わりのいい具合に力の抜けた柔らかな笑みで僕に小さく手を振る。
それは野に咲くマーガレットのように可憐で眩しく、彼女の笑顔を目に焼き付けると、僕は彼女に悟られないようすぐさまキャンバスに向き直った。
「すごい。もうこんなにできてるんだ」
突然、彼女が身を乗り出して、キャンバスを睨む僕の真横に顔を出した。
距離にして十センチもないだろう。
横を見ると彼女のきらめく瞳があった。
こういうのはじっと見ちゃいけない。
太陽の直視を避けるように目を逸らした。
「もうすぐ完成?」
「ま……まだまだだよ……一番面倒な……点描画が残ってるし」
気を抜くとニヤついてしまいそうで、僕は必死に奥歯を噛みしめた。
「てん……びょうが、って?」
「点で絵を描くこと。シャーペンの針くらいの小さい点をたくさん打って、線を使わずに明暗だけで……絵を描く方法」
「たっくん、できるの?」
「うん……先生に教わったからね。面倒だけど……すごく本物っぽくなるんだ」
「ふぅん。いいなぁ、たっくんは。得意なものがあって」
「そんなことないよ……せ、せな――」
「ほんま拓海さまさまやで。この調子なら締め切りに間に合いそうや」
「……」
せっかくいい感じに会話できてたのに。
時生先生は僕が彼女の名前を口にしようとする寸前で会話に割り込んできた。
「でも、これ本来は先生の作品なんでしょ」
その通り。
彼女は時生先生のズルをいたずらっぽく咎める。
「構図と思想はうちやで。でも細かい作業は拓海の方が上手いねん。ほら漫画家かてベタ塗りとかトーンはアシスタントに描かせるやん。あれと一緒や」
「そんなこと言って。たっくんをコキ使ってるだけなんじゃないんですか」
「んな人聞きの悪いこと言わんとってや」
「たっくん。嫌だったら断ってもいいと思うよ。缶ジュース一本じゃ割に合わないもん」
「缶ジュース一本だけやないで。瀬名波には言えへんけど、こいつにはこいつなりにここでうちの手伝いをする見返りというか、報酬があんねん。なぁ、たっくん?」
「…………」
僕は無言のまま先生を睨んだ。
「いやや、そんな怖い顔せんといてや」
どうやら色々とお見通しらしい。
思春期の繊細な感情を表に出した覚えはないけれど、三十間近の教師にしてみれば、小僧の考えることなど手に取るようにわかるらしい。
頼むからこれ以上僕の方を見てニヤニヤするのはやめてほしい。
「たっくんってノリちゃんと同じ中学だったんだよね」
瀬名波さんはキャンバスの横にあるロッキングチェアに腰かけた。
グラグラ揺れる椅子は美術準備室における彼女の指定席だ。
ぴんと伸ばした両手で膝を抑えながら天上を仰いで揺れる瀬名波さんの無邪気な姿はまるで天使みたいだった。
「ああ、うん……同じ……部活……だったよ」
「ノリちゃんから聞いたよ。たっくんの描く水彩画はとっても上手だって」
「そんなこと……ないよ」
「コンクールで銀賞を取ったこともあるんでしょう。朝礼で表彰されてたって聞いたよ。あと文化祭の劇で大道具係を任されたこととか。部の写生大会のときにノリちゃんに消しゴム貸してあげたこととか。あと、ガンマンが主人公の漫画のことも」
「……ああ、うん」
なんでそんなに僕のこと知ってるんだろう。
ひょっとして……。
と、淡い期待がソーダの泡のように体の底から沸きあがって、頬の辺りでパチパチと弾けていく。
でも、理由はなんてことないものだった。
「ノリちゃんがね、色々話してくれるの。たっくんのことすっごい尊敬してるんだよ」
「へぇ……そう」
江藤紀子。
中学のときの同級で同じ美術部員だったお下げの女の子だ。
尊敬っていうのは言い過ぎだ。
単に江藤は僕の描くイラストのファンだっただけだ。
中学二年のとき、僕はよく彼女や彼女の後輩たちのリクエストで既存の漫画のキャラクターを描いていた。絵さえ上手ければぼっちだって女子に持て囃してもらえる。
無論美術部の女子限定だけど。
いじめっこにすれ違うたびにパンチを食らうような鬱屈した学園生活にあって、部活動での女子とのそういうやりとりはささやかな癒しだった。
「どうして高校では美術部に入らないの?」
「それはその……」
「こんなに上手なのに」
「うぅ……」
「いいぞ、瀬名波。その調子でこいつの弱点ばんばん突いたってくれや」
かねてから僕を美術部に入部させたがっていた時生先生がここぞとばかりに横から茶々を入れてくる。
「もう何か月も勧誘してんねんけど、こいつ頑固やねん。でも瀬名波が誘ってくれたら考え改めてくれるかもしれんな」
「私なんかじゃ力になれませんよ」
「いやいや、自分の魅力を甘くみとったらあかんで。試しにあと三回『凄い』って連呼してみぃ。こいつ、簡単に落ちるで」
「あのう……自分で効力ないからって女子を使うなんて卑怯じゃないですか」
僕は時生先生に抗議の瞳を投げかける。
「おぅおぅ、珍しく棘のある言葉やないか。なんやそれ、うちが『女子』やないって言いたいんか。まぁ、今回はそのことには目瞑ったろう。でも」
相手の方が上だ。
キャンバスに向かうことで瀬名波さんを直視できない不肖を誤魔化す僕の胸の内を見通して、先生はいっそうニタリと笑った。
「ただの『女子』やないやろ。ちゃんとお前に効果覿面の『女子』を選んでんねんから」
「……」
やっぱり気付いてる。
童貞の恋路に気付いたうえでからかっている。
どんな返しをしても詰んでしまいそうだったので僕は黙ることにした。
瀬名波さんは優しいから、僕の肩を持ってくれた。
「ふふふ。可哀想だからやめておきます。たっくんだっていろいろ忙しいんだよね」
「ま、まぁ……そんなところ」
「忙しいねぇ……」
しつこい教師だ。
「なんですか?」
「いやいや、拓海くんも高校生やもんな。うちも高校生のころは方々走り回ってて忙しかったもんや。忙しい拓海くんに長居させたらあかんな。そろそろあんたも切りあげや」
「……はい」
時刻は五時を回っていた。
僕は窓側の水場に立って筆とパレットを洗いはじめた。
吹奏楽部の演奏はもう終わっていた。
グラウンドの隅では休みだと思われていた陸上部員が激しく息をつきながら朝礼台のあたりで倒れたり、笑ったりしているのが見えた。
おそらく校外のランニングに出ていたのだろう。
いつもと変わらない放課後の景色、のように見えて非日常は野球部のマウンドに広げられた特大のブルーシートに覆われて横たわっていた。
あの下にまだ、八羽の兎の死体と例の魔法陣があるのだろうか。
「なにか呼び出そうとしたのかな」
肩が触れ合うくらい近くで瀬名波さんが言った。
窓際にはデッサン模型や彫刻が多く並んでいるので自然と僕の立つ場所は狭くなる。
なるべく彼女に水がかからないように僕はいつにもまして注意深くパレットの絵具を落とした。
「魔法陣。あそこに描いてあったんだよね」
「うん。やっぱり瀬名波さんもあれ、見たの?」
「うん。すぐに閉じたけどね」
「……酷い、よね」
「うん。望月さん、結局保健室に行ったまま戻ってこなかったね」
望月というのは八組の保健委員・望月みくるのことで、第一発見者である沢代善美と同じく生物部の部員でもある。彼女は沢代より遅れて登校したらしいが、兎たちの死体をばっちり目撃してしまったらしく、ショックのあまり保険室で朝から寝込んでいた。兎たちの惨殺死体を動画で見てしまった夏見梨香が教室内で嘔吐したとき、保健委員がいなかったのはそのためだった。
「何をしようとしたのかな。誰かを呪いたかったのかな。それとも何か呼び出したかったのかな。怪物とか、悪魔、とか」
「せ、瀬名波さんは……そういうの、信じるの」
「わからない」
彼女は苦笑気味に小首を傾げた。
「わからないけど……悪魔がいるとしたら神様もいるってことだよね」
「あ……うん。キリスト教的にはそうだね」
なんで突然そんなことを言い始めるのだろう。
別段深く悪魔の存在を信じている様子もなく、かといって面白半分なトーンでもない。
「だったら信じたくないな」
「ど、どうして?」
「だって怖いでしょ……神様」
僕はそっと彼女の横顔を盗み見た。
そのときの瀬名波さんは「怖い」と恐れを口にしながら、何かすべての物事を達観しているような。
僕たちとはまるで違う世界に住んでいる子のような目でグラウンドのブルーシートの一点を見つめている。
彼女がそこに何を見ていたのか。
僕が彼女の抱える問題を知ったのはかなり後になってからだった。そして、そのときにはもう事態は取り返しのつかないところまで及んでいた。
いま考えてみれば、すべてはきっとこのとき、別の次元で動き出していたのだ。
「ごめんね、ユイユイ。お待たせ!」
小動物のような声を精一杯張り上げて江藤紀子が準備室にやってきた。
江藤は瀬名波さんを見つけるなり、ぱたぱたと走ってきて彼女と仲睦まじく両手を結んだ。
女の子たちってどうしていつも両手を合わせたがるんだろう。
なんか可愛い。
「なに、どうしたの? 今日は早いね」
「外の事件のせいで、ね」
「拓海くんも、もう終わり?」
地味な見た目だがいつも弾けるような笑顔で接してくる江藤は僕にとって唯一緊張しないで喋れる貴重な女子だった。
「うん。やっと終わり」
「どれどれ。わ、後は点描画だけだ。肩凝るんだよねぇ、あれ」
「迷惑だよね、あれ」
「何言うてんねん。小さいことからコツコツとって言葉があるやろ。それより江藤、瀬名波に拓海が美術部きてくれるよう勧誘させてたところなんやけどな。瀬名波ときたらてんで協力してくれへんねん」
「まだ諦めてなかったんですか」
「諦めきれるかいな。こいつが部に入ってみぃ。使い勝手ええで」
「ちょっと、なんかいま本音っぽいものが聞こえた気がするんですけど」
「っぽいやのうて、本音や。どうや江藤。お前もこいつに入ってほしいやろ」
「そうだなぁ……拓海くんが入ってくれたら、うん。いいと思いますよ! デッサンも上手だし! 教えるのも得意だし! 後輩の子とかもすごく勉強になると思います!」
「な! さすが中学馴染みはようわかってるわ。聞いたか、拓海!」
「僕くらいのやついくらだっているでしょう。それより屋島青児の方が適任だと思うよ。あいつ僕より絵上手いし、イケメンが増えればモデルにも困らないでしょう」
「屋島は弓道部やないか。拓海、江藤はお前がええゆうてんねんで」
「あの、わわ、私は、別にそんな!」
ぶるぶると手を振って否定する江藤。
そこまで必死に否定されると江藤相手でも若干傷つく。
そうだよね。
先生が無理強いするから乗っかっただけだよね。
と、いじけてみたくなる。
「ゆ、ユイユイ、帰ろ。せっかく部活早く終わったことだし。わ、私、マック行きたい。ね、ね!」
「う、うん。じゃあね、先生。拓海くん」
「し、失礼しました!」
なんだか慌てた様子で江藤は瀬名波さんを半ば押し出すように準備室を出て行った。
「気ぃつけて帰りやぁ」
「どうしたんだ……江藤のやつ」
「さぁて、どうしたんかな。お前もはよしいや。あと五分で締めるで」
「はい」
人使いの荒さにもいい加減慣れてきた感がある。
黙々と画材の片づけをしている僕の横で時生先生は例の文庫本に夢中だった。
あれだけぺちゃくちゃ喋ってたのになにげに読み進めたページ数はこの一時間だけで四分の一には達してる。活字中毒者の読書スピードは恐ろしい。
ページを捲るたびに左手薬指の婚約指輪がささやかな光をキャンバスの上に投げかける。
こういうくだけた感じの女性教師といえば生き遅れて僻みの入った独身教師というのが定番だが、時生先生はその辺恵まれていたらしい。
そもそも――こんなことを言うと調子に乗りそうだから思うにとどめておくのだけど――涼しめな美人だし、テーラードジャケットに踝の見えるパンツスタイルというのもかっこよくて江藤たちのような優等生の女子からの人気も高い。
ズバズバものを言うので不真面目なギャルや不良たちとは対立しがちではあるが。
「なぁ、拓海」
「はい?」
時生先生は文庫に目を落としたまま、
「うちはな。絵が上手いからって理由だけでお前を美術部に誘ってるんやないで」
「僕がぼっちだからでしょ」
「う~ん。それだけとも違う。絵描いてるときが一番楽しそうやからや」
「……」
「そんなあんたの顔を見てるのな、うち結構好きやねんで」
「……婚約したての女性が言うことですか」
「ははは。男としては見てへんから安心しとき! まぁ、よう考えてみたらええ。きっかけはなんでもええねん。うちはな、あんたがクラスに馴染めんでもええと思ってる。無理して馴染む必要なんてあらへんし、作り笑顔なんかしても余計寂しくなるだけや。ただうちは国から給料貰っとる公僕として、あんたに教えたらなあかんことを教えるだけや」
「なにを……」
「あんたのことをどうでもいい、と思ってへん奴がこの学校にはおる。ということや」
「……」
「あぁ、でもそれが瀬名波かどうかはわからへんで!」
「な、ちょ、ちょっと何を!」
「今はどうでもええと思われてるかもしれんけど、今後はどうかわからへん。それはもう拓海くんの努力次第や。今日みたいな調子で頑張りや。あんたら高校生の恋愛事情ほどおもろいもんなんてないねんから」
「先生……それでも教師ですか」
すると時生万葉は漫画みたいに大きな口を開けて笑った。
不思議と下品さを感じさせない豪快な笑い方は僕が普段抱いているケチな悩みを笑い飛ばすようでもあった。
ひとしきり笑うと彼女はこう言った。
「教師かて人間や。人の成長は楽しまんとな」
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