拓海千秋(12)ゲームのルール
『この世界は今、大きな危機に直面している』
修学旅行の前日。テレビのワイドショーでそんな活字が躍った。
世界大戦になるかもしれない。
テレビもネットも、どこの国が口火を切るかで持ちきりになっていた。
歴史の先生なんかは堂々と構えたもので、世界大戦の危機なんて今まで何度もあって、そのたびに人間は滅亡の瀬戸際で踏みとどまって平和の道を選びとったのだから、今度も大丈夫。と、そう言って林田雅臣の杞憂を笑い飛ばしたものだった。
はじまりはアメリカ国内で起こった内戦からだった。
新大統領が掲げた政策を巡って国内が二分し、大統領派と反対派による第二次南北戦争が勃発。それまで様々な国に自分たちの基地を置いて、世界の警察みたいに各国のもめ事に介入してきたアメリカが深刻な内戦状態に陥ったことで、アメリカに頭を抑えられていた他の超大国やテロリストの動きが活発になり、各地で小規模な軍事衝突や紛争が頻発するようになっていた。
日本もいつ戦争に巻き込まれるか、わからなかった。
そんな中での修学旅行だった。
「マジで、頼むから修学旅行終わるまではミサイル落ちてくんなよ」
大庭晃が神にでも請うようなポーズでおどけて言っていたのが、本当につい昨日のことのように思える。
クラスの男子たちが半ば共感するように笑うと、篠原智彦がこう切り返した。
「いや、終わったら落ちてもいいのかよ」
そこでさらにどっと笑い声が増した。
後ろの席で幼馴染の立花柚が「確かに」と手を叩いて笑っていた。
僕は少しもおかしくはなかった。
そもそも最初の予定では冬の北海道だったのに、それが急遽変更になって新幹線でも行ける京都になったのだ。
つまり、航路は危険だと判断されたってことだ。
それなのにミサイルがいつ落ちるかだなんて。
冗談に使えるネタじゃない。
ひょっとしたら今この瞬間にも、僕らの世界は地獄の真っただ中にあるかもしれない。
ただ今の僕らにそれを知る術はない。
****
「この世界は今、大きな危機に直面している」
奴隷狩り集団の頭目、カーラは言った。
この世界というのは、もちろん僕らの世界のことではなく、月が三つあって、ドラゴンが担任の久遠健介を食い殺す、この世界――エアリースのことだ。
捻じ曲がった鉄格子の奥でもぞもぞと動く鎖に繋がれた傷だらけのドラゴンの存在が僕らにこの世界の現実を教えてくれる。
ときおりドラゴンの口元からオレンジ色の光がボワッと出ては消えた。
ドラゴンというからには口から炎を吐くのだろうか。
いつ鉄格子を破って襲われるとも知れない状況だった。
とても話に集中できそうにない。
カーラはその辺りもよく考えていた。
「ふん」
彼女が塔の壁面に手を触れると一センチにも満たない極小の灰色のタイルが彼女の手を中心に波紋を描くように色を変えた。
それは瞬くまに僕らを取り囲む三六〇度すべての壁のタイルに伝わり、ぶつかって、パラパラとひとつずつが反転しながら巨大な大地に立つドラゴンと人間の兵士を映し出した。
まるで全方位型のパノラマシアターだ。
突然のイリュージョンに全員が騒然とするなか、五十嵐が手を挙げた。
「これはなに?」
「古代の遺跡に秘められた技術のひとつだ。今のこの世界にこれを再現できるだけの技術はないが、遺跡を発掘して使うだけなら数千年を経ても問題なく機能する。お前たちにこの世界のことを説明するのには、ちょうどいいと思った」
「それがこの場所を選んだ理由かしら」
「ひとつとしては、な」
カーラはいやに含みを持たせる言い方をした。
「人間とドラゴンどもの間で世界規模の大戦争が起ろうとしている。長らくこの世界はドラゴンどもによって支配されていた。ドラゴンは人間と同等の知能を持っていて、東の大陸を治めている。断わっておくが、お前たちの目の前にいる二本足のドラゴンは竜族のなかでも知能の劣る竜種だ。四足で大きな翼を持つ天竜はそこのやつより倍近くはでかいし、知能は人間より少し賢く、その炎はお前たちを一瞬で灰にするレベルだ。ドラゴンの国はそういうドラゴンの中でももっとも位の高い一族が治めている。」
確かに、足に絡まる鎖と格闘してはバランスを崩して転倒している二本足のドラゴンの姿はあまり賢そうには見えない。
一方、壁に映し出された『天竜』と呼ばれた翼のある四本足のドラゴンは立派な角を持ち、理知的な瞳で彼らなりの都市を創造し、大地に雄々しく君臨している。
ドラゴンは他にも翼のないものと、中国の龍に近い蛇の形で海を泳ぐもの。それに両足がワイバーンの脚みたいになっていて尻尾まで生えた半人半竜みたいなのが映し出されている。
壁面の動く絵画ともいうべきその映像で確認できたドラゴンはその五種。
それぞれ空と大地、海と森を生息域として活動し、四種をまとめるような形で『天竜』が国を治めていた。
「ドラゴンどもはこれまで空を我が物で飛びまわり、世界中で起こる人間たちの戦や小競り合いに、その炎でもって干渉してきた。ドラゴンどもは自分たちのことを神に遣わされた監視者だと自認している。やつらは人間の国で戦争が起きるやいなや飛んできては、有無を言わさず両軍に炎を浴びせ、無理矢理先端を閉じさせてきた。おかげで人間の国ではもう何十年も戦が行われていない」
戦争のない世界。
それはまるで僕らの世界とよく似た光景に思えた。
僕らの世界でも核兵器とか軍事超大国の存在が原因で小競り合いはともかく大国同士の戦争はながらく起きていない。
カーラの口調はそんな現状に対してどこか忌々しげだった。
「事情が一変したのは数か月前のことだ。ドラゴンの国を治める竜王が死に、代わりにその息子が新たな王となったが悪政を巡って内戦が勃発した。ドラゴンたちは自国の争いにかかりきりで、人間の世界にまでは手が回らなくなった。人間たちはこれを好機と捉えた。各国の王族や貴族、教会や軍、商人たちはこれを期に自分たちの領土や利権を拡大しようと画策している。戦争回避に奔走するものは少ない。が、長期化も望んではいない。戦争が長引けば、消費だけが膨大に増えつづけ、兵は死に、徴兵のために労働力は失われ、国力は落ちる。田畑は荒れ、飢えるものも出てくる。それでも戦は続き、平民どもの不満はやがて革命という形で爆発し、王侯貴族を襲う。戦争を早期に集結させるためには、並外れた才能を有する駒をより多く自軍に引き込み、勝利に貢献させる必要がある。その駒がお前たちだ」
目まぐるしく展開するタイルの映像がいよいよ核心に触れる。
そこに展開されたのは僕らの姿を平均化したような、ごく普通の少年と少女だ。
「お前たち異世界から来たものたちには、一人一人に世界を変え得る力が持たされている。人々はそれを救世主(セイバーズ)と呼んでいる。この世界では過去七度にわたって、異世界人を召喚してのパワーゲームが行われてきた。その度、この世界では勢力分布が書き換えられてきた。権力者たちはこの争いのことを『ゲーム』と呼び、世界地図を塗り替える切り札としてプレイしてきた。そして、この度八度目の『ゲーム』が行われることになった。異世界から選ばれた救世主は四〇人。つまりお前たちのことだ」
壁面のタイルが一斉に反転し元に戻ると、異様な沈黙が場を支配した。
カーラがゆっくりと階段を降りはじめる。
「お前たちはこれから世界各国の様々な権力者たちに売られ、それぞれの国や組織で養成され、重要なポストに就くことになる。一国の王子になるものもいれば、一騎当千の兵士になるもの……海賊になるものもいるかもしれんな」
僕らが王子や海賊に?
俄かには信じられない、妄言としか言い様のない話に屋島青児がたまらず手を挙げた。
「俺たちは、ただの高校生です。世界をどうこうする力なんて……とても」
「以前の世界で凡庸だったからこそ、こちらの世界では目覚ましい才能を開花させるものだ。救世主とはそういう風にできている。お前たちの世界との相互関係を差して反転世界と表現するものもいるが、細かい理屈は学者どもの好きにさせる。ともかく価値があるからこうして我々が動いている。自信を持て」
別に自信がどうこういうわけじゃない。
屋島の顔はそう言いたげだったが、彼の口から出かけた反論は湯浅まなみの挙手によって喉の奥に引っ込んだ。
「じゃ、前の世界で病弱でも、この世界なら違うってこと」
「そうだ。例え、不治の病を抱えていたとしても、そうした要素はこの世界では何ひとつ引き継がれていない。精霊はお前たちの望むままを形にする。むしろ以前よりも頑丈になっているはずだ」
「……」
カーラの説明を聞いて、湯浅は納得したように自分の手を見つめた。
そういえば銛を作って魚を捕ったり、狩りのあった夜に黒衣の男たちに反撃してみせたり、とても入院しがちの湯浅とは思えない行動が目立っていたような気がする。
彼女がそれについて自覚的であったかどうかはわからないけど。
「才能っていうのは、具体的に何?」
僕の斜め前で今度はオタクグループの祠堂和也が手を挙げた。
「様々ある。単純に剣の腕や軍師としての才能だけではない。未来を予知したり、新たな兵器を発明したり、森羅万象を操ったり、王を垂らしこんで悪女として悪政の限りを尽くすのもまた才能だろうな」
「森羅万象……魔法ってこと?」
五十嵐がいやに目を輝かせて聞いた。
「お前たちの言葉ではそういうらしいな。ああ、あるとも」
五十嵐は笑った。
当然、夏見や森末たちはそれを不気味がった。
親友の飯塚はいつものように五十嵐の中二病的発言に呆れ顔をしているのかと思えば、この場で一人だけ堂々としている親友の態度のほんの少し怯えを見せていた。
「もっとも、全員が全員目覚ましい才能を得るとは限らんがな。『世界を変える力』と一言にいっても様々ある。過去には芸術方面に開花して、文化の進歩に貢献したものもいるが『ゲーム』においては役に立たなかった。誰も彼も惨めな最後を遂げた」
不意に制服の裾を強く引っ張られた。
瀬名波さんのいるのとは反対の方向からだったから江藤だとわかった。
想像力豊かな彼女のことだ。
おそらく自分が奴隷として売られることだけでなく、その先のことまでが頭を過り、恐ろしくて仕方ないのだ。
江藤は中学のころから怖がりで、夜の美術室の彫像に怯えたり、僕に向けられた罵声にすら肩をびくつかせていたような子だ。
僕の服を引っ張る力が強ければ強いほど、江藤の内で膨らむ恐怖の大きさが手に取るようにわかった。
「それでも古くから救世主の力は絶大であると言い伝えられ、多額の投資をするに値するものだと信じられている。『ゲーム』が始まるといえば、競売に参加したがるものは多い」
「買われたら、その後はどうなるんですか」
まっすぐ伸ばした手を下げ、玖野泉は汗で下がった眼鏡を押し上げた。
「それは買い手によって様々だが、高い買い物だ。救世主の固有の才能は最初の半年で発現するものと言われている。その間に買い手は自分たちが望む力を得ようと、お前たちにあらゆる教育を施す。王族や貴族に買われるのなら、それ相応の暮らしぶりが約束されるが、お前たちのことを単に駒としてしか考えていないような買い手なら酷い扱いを受けるだろうな。だが一度才能が目覚めれば、後の運命はお前たち次第だ。買い手に尽くすもよし、手の平を返すもよし。好きにしろ。ただし、楽しめる時間はそれほど長くない」
どういう意味だ?
カーラはまるで動物の生体を語るように素っ気なく続けた。
「さっきも言った通り、お前たちの身体はこの世界のありとあらゆる精霊が寄り集まってできている、仮の肉体だ。本物の肉体に遜色なく、血肉が通い、臓器を持ち、心臓も動いているが長くは持たん」
ようやく僕らのいる広間までカーラが降りてきた。
彼女の全身から異様な殺気が感じられた。
前にいる男子も女子も、カーラが一歩を踏み出すごとに後ろに退いた。
カーラは強調するように右手の指を三本立てて示した。
「三年だ。三年でお前たちの肉体は消えてなくなる。つまり、死ぬ。生き残りたければ三年以内にすべての決着をつけねばならん」
「決着てなんだよ!」
右腕に抱きつく森末紗耶を宥めつつ、篠原智彦が怒りを込めてカーラに詰め寄った。
黒衣の男たちは静観している。
カーラも武器を抜いたりはしない。
両手を腰に当て仁王立ちの体をとった。
一介の高校生が凄んだところで彼女の脅威たりえないのだ。
「俺たちに何しろって言うだよ!」
カーラは次の一言で得られるであろう混乱を期待するように言った。
「殺し合うんだ」
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