拓海千秋(6)分裂
漂流から四日目。
いっこうに助けの来ない状況に業を煮やし、夏美梨香たちのギャルグループがキャンプを離れようと主張しはじめた。
自力での脱出を図ろうとする彼女たちと、その場に留まろうとする時生先生や学級委員の飯塚茉莉たちの間で意見の対立が起った。
「ここがどこかもわからへんねんで。下手に動いて、もしものことがあったら」
「そう言ってもう四日もたってんじゃん。もうあたしたち限界なの!」
「何が起こるかわからへんで!」
「それはここにいても一緒でしょ! つうか、もう先生たちといたくないの。こんなときまで良い子ちゃんぶって点数稼ぎしてるぶりっ子どもとも!」
夏見の意見に賛同したのは彼女の仲間だけではなかった。
大庭たち不良グループも夏見の意見を支持した。
あらかじめ頼りになる男手として誘っていたのだろう。
おそらく夏見自身の考えではない。
夏見梨香は声はでかいが、そこまで思慮深い人間じゃないし、政治的な動きができるほど器用にも見えない。
多分、相当手回しの良い人間がいるのだ。
その証拠に中本雄太たちオタクグループまで彼女のフォロワーに加わっている。
実践的なサバイバル知識を有する設楽豊のいるオタクグループを引き入れることで、夏見の無謀さに少しの理性を差し込むことに成功している。
つるむ人間の良しあしで自分の箔を保とうとする夏見梨香がこんな現実的な方法をとるわけがない。
おまけに不良グループの中には博学の都倉正明までいる。
サバイバル実戦経験者の設楽と、知識の宝庫である都倉。
この二人の離反は残留組にとっては大きな痛手だった。
「あたしたちが先に助かったら、レスキュー隊にここのこと教えておいてあげる」
「待て、夏見」
「じゃあね、先生!」
なおも引き止めようとする時生先生の腕を乱暴に払って、夏見たちはキャンプを去った。
彼女の他は西山可奈、萩原珠季、帆南悠、立花柚、木嶋遥。
男子は大庭晃、佐々木俊、都倉正明、松島貴之、中本雄太、設楽豊。
離反組計九名。
しかし、クラス内の軋轢はこれで終わらなかった。
離反組を出したことでキャンプの結束はますます緩くなり、グループ内外でつまらない諍いを発端する衝突が頻発した。夏見たちに音沙汰がなかったことからさらなる離反組が出ることはなかったが、半径約500メートルの距離でキャンプが二分されることなった。
提案したのは篠原智彦率いるイケてる男子グループと、森末沙耶率いるイケてる女子グループ。土橋直人、渡利隼、光家秀行、藤宮杏、涼華樹里の計七名。
それに何故か担任の久遠健介も。
色白で頼りない日和見主義の担任のことだ。篠原たちに上手い事丸め込まれたのだろう。
本来篠原のグループである宇崎圭佑だけは恋人である学級委員の飯塚茉莉のためにキャンプに残った。
篠原たちは飲み水の調達地として使われてる川の上流に場所を移した。
結局、時生先生の下に残ったのは学級委員長の屋島青児を中心とした体育会系男子グループ三名と、同じく学級委員長の飯塚茉莉を中心とした健全女子グループ六名。
沢代善美たちオタク女子グループ二名。
オタクグループから漏れた祠堂和也。
飯塚のグループと親交のある瀬名波さんと江藤。
そして、どのグループにも属さない転校生の鹿山亮太と病み上がりの湯浅まなみ、そして教室ぼっちの僕・拓海千秋の計十六名だけだった。
「お前は行かへんのか」
漂流から十日目。
ぐったり疲弊した様子で時生先生が聞いた。
その日は僕と時生先生が薪を探す係だった。
残りの十五人はそれぞれ木の実を調達する係、魚を捕まえる係、水を調達する係、キャンプ地で大人しく待機している係に分かれて行動している。
さすがに二度の離反組を出したあとで口喧しく戦利品の数を競うやつはいなかったがそれでも他人の目は気になる。
私がこれだけ取ってきたのに。
俺はこれだけやったのに。
あいつはいったい何を。
ただ飯食らい。
心の声が気になる。悪い性分だ。
「僕みたいなぼっちが誰と混じれるっていうんですか」
「はは……それもそうやな」
時生先生の笑い声はまるで生気を失っていた。
先生の手から零れた枝木を拾って、自分の収穫分に加えたりしていたのでてっきり、
『ズルはいかんなぁ、拓海』
と軽くツッコミが入るものと期待していたのだけど、彼女はただ、
「すまんなぁ」
と首をこくんと前に倒すだけだった。
僕たちが唯一頼れる大人にも限界が見えてきていた。
戦利品の争いこそないが、小さな諍いや陰険なムードはなくならなかった。
どんなに数を絞っても、人がいる限り不和はなくならない。
あいつさえいなけりゃなんて幻想だ。
心地よさや欲望や生理的嫌悪感はひとそれぞれに抱えていて、みんな別々の方向を向いている。
だから、大声で目立つやつがいなくなれば、また別の声がわずらわしくなる。
それでも離反組が出るには至らなかった。
夏見たちの離反から十日が経っても、助けが来なかったからだ。
みんな、この地を離れるのが決して得策ではないのだとぼんやり感じはじめていた。
でも、それは間違いだった。
少なくともこの世界の常識に照らしてみれば離反組を出してしまった時点で僕たちはキャンプ地を移動しなければならなかったんだ。
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