瀬名波結依(1)

 少女がじっと、私を見つめている。


 荒涼とした大地。

 山沿いの小さな集落に乱立するテントの一角。

 そこで六つか七つくらいの少女がボサボサの髪を刈られている。


 優しさなんて欠片もない乱暴な手が、少女の髪を掴んで、断髪を強行する。

 獣を狩ったのか人を狩ったのか知れない短刀が幼い頭髪をぶちぶちと断ち切る。

 少女は両手両足を鎖に繋がれていて、逃げる術もない。

 ただされるがままに丸坊主になっていく頭を、足下に落ちる髪の量で推し量るしかない。


 少女の前と後ろにも、同じように鎖に繋がれた子どもたちがいた。

 まるでどこかの村から略奪でもされてきたみたいに。

 着の身着のままの姿で履物もない。

 足枷に薄皮を抉られて足首は血に染まり、唇は干ばつの襲った大地のようにカサカサに干からびてしまっている。

 涙は一晩かけて流しつくしたのか、頬の上で塩になっていた。


 子どもたちの周りには黒装束の兵士が十数人。

 顔は鼻から口までベールで覆われていて、目元しか見えない。

 兵士たちはときおり腰に差した剣を抜いたり、鞘のまま小突いたりして子どもたちの抵抗の芽を摘みながら、無暗に恫喝はせず、得体のしれない恐怖を保って、子どもたちを見えない支配の柵で囲った。


 子どもたちは列を作らされ、断髪が終わったものから元にいた鉄格子の檻に放り込まれた。

 泣いている子は少ない。

 みんな口をつぐんで、足下を見つめたり、虚空に視線を泳がせているだけ。

 その目には恐怖と不安を通りこした諦観だけが漂っていた。


 でも、『彼女』は違った。


 彼女の目には強い否定があった。

 兵士たちへの、ではない。


 私への。


 強い拒絶が感じられた。

 怒りが感じられた。

 彼女は怒っている。

 涙を浮かべたり、喚き散らしたりすることもなく。

 ただ静かに私を睨みつけて、内に燃えたぎった怒りをぶつけてくる。

 こんなに否定的な目を私は知らない。


 意味もなく胸が締め付けられる。

 意味もなくお腹の底がぐるぐるとうねりをあげる。

 それなのに、私は彼女から目を逸らすことができない。


 私には彼女が誰なのかわからない。

 何故、あれほどまでに強烈な怒りを私にぶつけようとしているのか、わからない。


「……」


 少女の唇が動こうとしたそのとき、私はふと目を覚ます。

 寝汗を拭って目覚めるといつものベッドの中にいることがわかってホッとする。


 あれは夢。


 私は誰にも睨まれていない。


 恨まれていない。


 本当に? 


 頭に浮かんだ疑問に、私は思わず苦笑する。


 そんなわけない。

 今も、あのとき私を見下ろしていた四人のことを思いだす。


 恨まれている。

 私は今も、恨まれている。


 ベッドから置き上がって、カーテンを開ける。

 夜明け前で外は薄暗く、窓ガラスが鏡のようになっている。

 そこに自分のやつれた顔が映る。

 そうだ、と私は気付く。

 多分、私は彼女を知っている。

 見たことはないけれど、知っている。

 わかっている。


 おそらく彼女が生きていれば、あんな風なのだと。


 夢から覚めても感じる。

 今も。


 少女がじっと、私を見つめている。

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