第90話「アクア・フィッシュがシャッキリポンと舌の上で踊るわ」

 時は昼。

 窓から差し込む日差しが一段と温もりを強め、心地よい陽気が人の精神を落ち着かせる麗らかなその時間帯において――

「……な、なぁナイア? その……謝るからさ。こっちを見てくれないか?」

「……」

「……おーい、ナイアさん?」

「……知らんのじゃ。ノゾムのあほぅ」

 ――我らが大魔王こと、ナイアさんは大層ご立腹であった。

 普段は天真爛漫な彼女が見せるその取り付く島もない態度に、俺は小さく溜息を零す。

 ナイアがこうなったのはもう五分以上も前の事であり、それから俺はひたすらに頭を下げているのだが、芳しい成果が欠片も見えないとなれば、溜息の一つもつこうと言うものだろう。

 そんな風に俺がほとほと参っていると、不意に横の黒猫から言葉が投げられた。

「いやぁ~乱世乱世。大層お困りですねぇ、ご主人」

「……随分と楽しそうだな、ノワール。お前は大事な主人の一大事だと分かっているのか?」

「それは理解していますが……まぁ、でも今回の件は完全にご主人の自業自得ですよ。誰だって一生懸命に作った手料理を酷評されれば、嫌な気分になるってものでしょうし」

 ナイアがむくれるのも当たり前の話です――なんて言いながら、ズビシッっとこちらを指さすノワールさん。

 なんとなく楽しげな様子にイラっとくるが、言ってることはぐうの音も出ない程の正論なので言い返せない。

 そんな俺を見て、ノワールは一層楽しそうにからからと笑うのだった。

 対岸の火事だと思っていい気なモノである。

 異世界広しとは言えど、自分のスキルとこんな関係性を築いているのは俺ぐらいじゃないだろうか。

「お前なぁ。仮にもスキルであるのなら、主人を助けるために動こうとは思わんのか?」

 そんな現状を軽く嘆きながら、俺がそう問いかけると――

「おやァ? 自分の罪の贖罪を他人に委ねるんデスか? 愛が足りないのでは……アナタ、怠惰デスねぇ?」

 ――黒猫は酷く愉しげに口元を歪め、そう言葉を吐き出した。

 その表情はいつもの彼女からはかけ離れたものであり、まるで彼女では無い誰かが乗り移ったかのようであった。

 俺はそんな豹変した彼女を前に言葉を失い――

「……」

「デスがそう悲観する事も無いのデスよ、ご主人。そう……それは全て……そう、すべてすべてすべて貴方が御心に適うための試練なのデスからーーって、ああっ!? ご主人っ!? 無言で人の頭をシェイクするのはやめて下さい!! 脳が!? 脳が震えるぅっ!?」

――とりあえず、軽く頭を揺らしてやることにした。

 これは、いつの間にか変な宗教に嵌っていたノワールを助ける為であり、決して軽くイラついた故の八つ当たりでは無い。

いや、ホント。キレてないっすよ。俺キレさせたら大したもんだよ。

「とりあえず、一万一千までキッチリ回すか」

「なにをサラッと恐ろしいこと言ってんですか!? 止めて下さい、ご主人!! 私のタコメーターはその回転数に対応していませんから!!」

「ノワール。今のお前は下らない思想を……強いられているんだ!! 洗脳を解くにはこれしかない。気の毒だが、正義の為だ」

「もう大丈夫ですよっ!! ご主人っ!! 正気に戻りましたからっ!! やめろ下さい!! ほらっ!! おれは しょうきに もどった!!」

「ポルガ博士、お許し下さい!!」

「頭の中にdynamiteダイナマイトッ!!」


……一分後。


「鼠よ廻せ……秒針を逆しまに……誕生を逆しまに……世界を逆しまに……廻せ……廻せ、廻せ廻せ廻せぇぇぇぇ…」

 完全に洗脳が解けたノワールを見て、俺は一息ついた。

 いやぁ、スッキリ――じゃなかった。

 なんとか洗脳が解けたようで何よりだ。

 まぁ、代わりに変なタタリがインストールされたみたいだが、些細なことだろう。

「――っって!! そんな訳無いでしょうが!?」

 ――なんて考えていると、ノワールがそう叫び、ぐるんっとこちらを向いた。

 どうやら久しぶりに考えが声に出ていたようである。

「おお。どうやら無事に復活出来たみたいだな。おかえり、伯爵ノワール

「ただいま、伯爵ご主人。――じゃなくて!! それよりも前に言うことがあるでしょう!?」

「まぁ、確かに少しやり過ぎかもとは思ったけどな。……でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない」

「いやいやいやいや!?!? 割と真面目に吐きそうでしたからね、ご主人!? こんなに私とご主人で意識の差があるとは思わなかった……!! やっぱりまともな人なんて地球人には数えるほどしかいないんだよ……!!」

「支えてくれる人が傍にいれば俺だって成長しますよ、ノワールさん!!」

「うるさいですよ、ご主人!! 謝れ! ノワールさんに謝れ!」

 しっかりとネタに乗りながら謝罪を要求するという器用なノワールさんだが、その様子からするとまだまだ余裕がありそうである。

 まぁ、そもそも。

 軽く目が回る程度にしか回してないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

「おふざけが過ぎたのはお互い様だろう、ノワール。困っている人様の不幸を笑うからそーなる」

「むぅ……そう言われれば、弱いですが」

「まぁ、確かにやり過ぎたかもしれんから、その辺は謝るけどな。……ちょっと真面目にアイデアを貸してくれよ。ナイアとこのままはしんどいってレベルじゃないからな」

「……はぁ。了解しましたよ。私としても、お二人の不仲は望まないモノですからね」

 そう言うとノワールは気持ちを切り替えるかのように、長めに息を吐く。

 そうして一呼吸の後――

「それじゃあ、不肖このノワール。お二人の仲裁に一助を添えましょうか」

 ――意外にもノワールは意味ありげに笑って、そう言葉を返してきた。

 その自信ありげな様子に、俺は虚を突かれた思いで言葉を返す。

 なんだかんだ言って、アイデア立案を行うのはいつも俺だったので、その態度は少し予想外だったからだ。

「何か案があるのか、ノワール?」

 つまらないアイディアなら切り捨てるぞ――、という思いを言外に匂わせながら、俺が半眼でノワールを見やると、彼女は寧ろ挑発的に胸を張った。

 どうやら、本当に自信があるようである。

 これなら期待できるかもしれないと思い、俺は黙ってノワールの言葉の続きを促した。

「ええ。古今東西ありとあらゆる謝罪の中でも、とびきりの方法ですよ。とある格闘家が編み出した究極の奥義でしてね。その名を猛虎落地勢と言いまして――」

「――只の土下座だよな、ソレ」

「……上級者はそれを焼いた鉄板の上でやるとか、なんとか」

「……」

「……」

 無言で見つめ合う俺とノワール。

 お互いが言葉を失って、数秒後。

「……さて、何かいいアイデアは無いモノか」

 俺はそう呟き、現状の解決策を模索していくことにした。

 え? ノワール? 

 やっぱり駄目だったよ。アイツは人の話を聞かないからな。

 俺はノワールに対する期待を切り捨てて呆れを零して、黒猫へと背を向けた。

 そんな俺の態度が気に障ったのか、ノワールは俺の背中に向けて言葉を続けてきた。

「あら? 無視ですか? ご主人? ナイスアイディアを出した私を無視ですか?」

「そういう台詞は拾って貰えるような意見を出してから言え。焼いた鉄板の上で土下座とか普通に死ぬわ」

「えー? でも、とある達人も言ってましたよ? あらゆる状況を――時に己の命を業火にさらすような状況を乗り越えてこそ、『心』は充実を見る――って」

「言葉を額面通りに受け取るな。行間を読めって習わなかったのか、お前は?」

そこで言葉を区切り、俺は呆れた息を吐き切ると、ノワールへ振り返り言葉の続きを並べていく。

「そもそも何でさっきから武道の人たちの意見を参考にしてるんだよ。あんなん一番謝罪から程遠い人間だろうが。どうせならもっとコミュニケーション能力が高そうな人たちから持ってこい。ネゴシエーターとか調停官とか相応しい職業は他にいくらでもあるだろうが」

「なっ!? それは偏見ですよ、ご主人!! ネゴシエーターなんて雨の日に傘をささない偏屈者ですし、調停官に至っては人類衰退待った無しじゃないですか!? その点、真の格闘家は自分を殺しに来た人間と友達になるくらいコミュニケーション能力に長けた存在でして――」

「――その結果が焼肉か」

「……うおォン、ご主人はまるで人間火力発電所だ」

「やかましいわ!!」

言葉と共に俺はツッコミとしてチョップを放つ。

「マカチョップッ!?」

 それを受けて、ノワールは謎の悲鳴と共に地面に沈んだ。

 頭を抑えて呻く黒猫を見ながら、俺は苦笑を漏らす。

 馬鹿なやり取りのお陰で少しばかり心に余裕が出来た訳だが、どこまでを狙ってのモノなんだか。

 一応、俺は脳内でノワールにお礼を返し、ナイアへと視線を向けた。

 ナイアはじっとこちらを見ていたが、振り向いた俺と目が合うと、慌ててそっぽを向いて口を尖らせた。

 そんな様子に俺は頬を掻く。

 よくよく落ち着いてナイアの様子を見れば、彼女の怒りは既にほぼ沈静化されているだろうと推察がついた。

 どうやら先ほどまでのノワールとのやり取りは、ナイアにとっても良い冷却期間になったらしい。

 俺は横目でノワールへと視線を送る。

 黒猫はまだ自身の頭を抑えて呻いていたが……ホントにどこまでが狙ってのモノだったのだろうか。

 まぁ、只の偶然の可能性も高いけれど。

 そんな思いを胸に秘めながら、俺はナイアへ視線を戻す。

 恣意的にしろ、偶然にしろ、せっかく生まれたこのチャンスを逃すべきではないのだから。

「……ナイア。本当に悪かった」

「……知らんのじゃ。どーせ、ノゾムはあの胸だけ女第二王女が良いんじゃろう。助平じゃ。ノゾムは真に助平じゃ」

 拗ねたように言葉を続けるナイア。

 俺の名誉を思えば、聞き逃せない台詞だが今の立場を思えば軽々に撤回を求めることは難しいだろう。

 ……というか。

 仮にも王族を捕まえて『胸だけ女』とは凄い表現だな。

「ふんじゃ。……どーせ、もう妾は邪魔なんじゃろう。良いわ、良いわ。妾を捨ててあの色情魔と性に爛れた日々でも送るが良いわ」

 ――なんて考えている間にもナイアの文句は吐き出されていく。

 俺は悩みながらも苦笑を漏らし、彼女の頭へ手を沿える。

 髪に触れた瞬間、彼女はぴくりと体を震わせたが振り払われたりはしなかったので、俺はゆっくりと頭を撫でていく。

「本当にごめんな、ナイア。そう言われても仕方が無いし、我ながら返す言葉が無いとも思うよ」

「……」

 彼女は黙りこくってしまった。

 俺の開き直りにも近い言葉に呆れたのかもしれない。

「でも、一つだけ言わせてくれよ、ナイア」

「……」

 それでも、俺は言葉を続けた。

 さっきは撤回を求められないとか考えていたけれど、ある一点だけは絶対に認められないのだから。

「ナイア。……冗談でも邪魔とか捨てるとか言わないでくれよ」

「……ノゾム」

 そこだけは譲れないのだ。

 俺が変態だと思われようが、巨乳フェチだと思われようが構わないが。

 こんな形でナイアと別れるのはごめんだった。

 王女様の胸は良い感触だったが……いや本当に良い感触だったが。

 大事なことだから二回言うのは仕方が無いね。

 それとナイアと別れるのは別の話である。

 ……こう考えると、我ながら清々しいまでにクズの発想だな。

 ――なんて考えていると、そこに声がかけられた。

「……本当かの? 本当にノゾムは妾を捨てないのかの?」

「おいおい。……そういう確認は真面目に傷付くから止めてくれよ」

 俺は苦く顔を歪めながら、ナイアに言葉を返す。

「前にギルドマスターにも言っただろ? ナイアも……あと、ノワールも俺にとっちゃ家族みたいなモノだって。俺から別れるつもりは無いよ」

 それをすてるなんてとんでもない――俺がそういうと、やっとナイアは笑顔を見せた。

「家族……そうじゃな。そうじゃった」

 柔らかく笑うナイアの髪を撫でる。

 それを受けて、彼女は甘えるように頭を擦り付けながら、噛みしめるように呟いた。

「すまんのぅ。ノゾム。……ちと、不安になっていたのじゃ。思った以上にお主があの女の胸に心を奪われておったようじゃったからのぅ」

「……」

 それについてはマジで返す言葉も無い。

 いやだって、しょうがないだろう?

 『おっぱい』に心奪われない少年なんて、『ジャンプ』を読まない少年みたいなモノだろうから。

 あんまりいるモノではない筈だ。

 ――などと。

 脳内で言い訳を展開しながら沈黙を選んだ俺だったが、幸いなことに頭を撫でられているナイアさんには、この汚れた考えは気付かれなかったらしい。

 彼女は考えを纏めるように言葉を並べ――

「じゃが、無用な心配であったのぅ。妾達は既に家族なのじゃからして……ん?」

 一瞬、停止をみせると――

「――ッ!? そうじゃな。既に妾たちは家族じゃったか!!」

 ――ガバっと、その顔を跳ね上げた。

「うおっ!? ……どうした、ナイア?」

 その勢いに俺は思わず、手を放しナイアの様子を窺う。

 彼女はそんな俺には取り合わず、しきりに頷き、口を開く。

「なんじゃっ!! 端から勝負はついておるではないか!!」

 そうやって、彼女は呵々と笑いだす。

 その上機嫌振りは凄まじく、もはや俺の言葉は彼女の耳には届いていないようだった。

 ……何が何やら良く分からなかったが、結果としてナイアの機嫌が完全に回復したことはなんとなく伝わってくる。

「……よ……良く分からんが、まぁ良いか? 良いのか? これ?」

「お、どうやらナイアの機嫌も直ったみたいですね」

 取り敢えず一歩引いた俺がそう呟くと、後ろから声がかけられた。

 首だけで振り向けば、復活したらしいノワールがいた。

「お、もう良いのか、ノワール?」

「ええ。ところで、仲直りは無事に出来たみたいですけれど、どうやったんですか、ご主人?」

「いや、俺にも良く分からん」

「そうなんですか? 不思議なこともあるものですねぇ」

「それなー。……まぁ、でもこれで一件落着みたいだな」

「ええ。ナイアの機嫌が直ったならそれで良しですね」

 そう言って、俺たちは問題の解決を喜んだ。

 ――そんな時だった。


「出来たわっ!!」


 ――第二王女様が嬉しそうに料理を運んできたのは。

「……」

「……」

 俺は無言でノワールと視線を合わせる。

 新しいto loveるトラブルの予感に胸を高鳴らせたのは、何も俺だけでは無いらしい。

 ノワールはそのまま無言で、その身を後ろへと引き、気配を消した。

 どうやら、第二王女の相手役をこちらへとブン投げる気であるらしい。

 俺が助けを求めるように目線で訴えかけると、さっと目を逸らされた。

 なんとも主人想いな猫である。……泣けてくるな。

「あら? 聞こえなかったのかしら? ナリカネ ノゾム?」

「……いえ。申し訳ありません。少し気が抜けておりました」

 薄情な相棒に溜息を零し、俺は覚悟を決めて第二王女へ言葉を返す。

 なんにしても、この状況では逃げ場は無いのだから。

「本当に不敬な庶民ね……でもまぁ、だからこそ惹かれたのでしょうけど」

 そんな向き直った俺を見て、彼女は何か口を動かしたが、その呟きは小さすぎて俺の耳には届かなかった。

「さぁ、感謝しなさい。王族の手料理を食べるなんて、普通の庶民には絶対に出来ない体験よ?」

 怪訝に思った俺の態度なんて気にも留めずに、彼女はそう言い、自らの料理を俺の前へと並べ始める。

「こ……これは……」

 それを見て、俺は息を飲んだ。

 何故ならそこには――

「ルールがこの食堂にある食材を使う事だったから……アクア・フィッシュをメインにしてみたわ。庶民の舌へ寄せてみたつもりだけれど――どうかしら?」

 ――日本で言うところの『焼き魚定食』があったからだ。

 白米、味噌汁、焼き魚によってシンプルながらも完成されたコンビネーションが俺の鼻孔を擽る。

 思わず、俺は唾を飲み込んでいた。

 何故だろうか。

 日本に居た時――どころか、異世界に来てからも感じた事が無いほどの激情を目の前の料理に感じてしまう。

 そんな俺を見て、彼女はどこか安心したように微笑むと俺に箸を手渡してきた。

「ふふっ。仕方が無い庶民ね。……ほら、食べて良いわよ」

「……いただきます」

 俺は呆然と呟き、白米を一口食べた。

 まるで何かに導かれるように、無意識に。


「~~~~ッ!?!?!?!?」


 ――何も言えなかった。

 いや、言うだけ無粋だとそう感じた。

(なんだ……これ……?)

 俺は今までに数え切れない程に食った白米に――感動していた。

 美味しい――なんて、言葉では言い表せない。

 美味い――なんて、表現では語りつくせない。

 ――そもそも。

 味という概念すら、もはや抽象的だ。

 そんな感覚が俺の味覚を襲っていた。

 舌先で味わった米の僅かな甘みが体の中へ溶けていく。

 歯で噛みしめた触感が脳内を蕩けさせる。

 喉へ流し込む感覚が精神を昇華させる。


 ――気づけば。

「完食ね。……私としては、もう少し味わって欲しかったところだけれど」

「……ッ!?」

 目の前の料理は全て……そう白米の一粒に至るまで、綺麗に無くなっていた。

「こ……これは……!?」

 分からない。

 俺には何が起きたのかが、さっぱり分からなかった。

 あくまでも主観的に。

 ありのまま今、起こったことを話すのならば――

 『料理を出されたと思ったら、既に完食していた』

 催眠術とか超スピードとかそんなチャチなもんじゃ断じてない。

「ご主人。……大丈夫ですか?」

 俺が自分の身に起こった異変に驚いていると、後ろから声がかけられた。

 見れば、ノワールが珍しいことに酷く心配そうにこちらを見ていた。

「ノワール……何があった?」

「……覚えていないのですか? あれほど一心不乱に料理を食べていたのに?」

 ノワールの言葉に俺は驚いた。

 どうやら話を聞くと、さっきまでの俺は無我夢中で第二王女の手料理を食べていたらしい。

 その勢いは凄まじく、ノワール曰く『普段のナイア』のようだったと。

「……どんな勢いだよ、それは」

「ですが、事実です。ご主人」

 それを聞いて俺は頭を抱える。

 あのナイアと同じ勢いで食事に挑んでいたとするのなら、それはもはや異常だ。

 その思いはノワールも同じであったらしい。

 ――だからこそ。

 さっきはあれ程心配していたのだろう。

「本当に大丈夫ですか? ご主人? 正直、食事に何か入れられているのではないかと思うほどの勢いでしたが」

 俺はノワールの言葉に静かに首を振る。

 恐らく、毒物や麻薬の類では無いだろう。

 ――というか。

 冷静になった今、実は答えは分かっていた。

 俺はノワールを手招きし、小声で言葉を交わす。

「……いや、違うぞ、ノワール。これ多分、原因はナイアの料理だ」

「……えっ?」

 困惑するノワールを余所に、俺は半ば確信していた。

 第二王女は先ほど、『この食堂にある食材を使った』――と、そう言っていた。

 その言葉を信じるならば、彼女の料理に異常はない筈だ。

 ――であるのなら。

 問題があったのは食材ではなく、食べる側の人間だろう。

 つまり俺だ。

 後は、最近俺の身に起きた異常を振り返れば答えは出る。

 そうして、その理屈でいうのなら、もうナイアの料理くらいしか思い当たる節が無い。

「……新しい味覚の解放。ナイアの料理にそんな効果が?」

「……ああ。多分な」

 そう言い、俺は机の上に残されたナイアの料理に目を向けた。

 相変わらず、黒く、赤く、揺らめく『ソレ』は形すら掴ませてはくれない。

 ……まぁ、難しく言ってはいるが、実はコレ簡単な話である。

 要は死にかけた人間ほど命の尊さを知るように、死ぬほど辛い食事をした人間には只の食事の有難さが分かるということだろう。

 そういう意味では、俺はあの料理に感謝するべきなのかもしれない。

 ……というか、今気づいたけど。

 ナイアは食堂にある普通の食材から、アレを作ったのか? 

 そんな結論へ至った俺が、改めてナイア大魔王への畏怖を覚えていると――


「さて、それじゃあ勝負はついた――と考えて良いのかしら?」


 ――第二王女からそう言葉が掛けられた。

 

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