閑話「大人たちの談合」

 ナギによる王女暗殺事件の翌日。

 リーネ大学理事長室に置いて、映し出される映像を前に理事長である『シンド・ノルリッジ』とその部下である『トリスタン・ティーノ』は冷や汗を流しながら直立不動の姿勢を取っていた。

「――と、ここまでが昨日の事件の顛末ですじゃ、師匠」

「……」

 その言葉を最後に口を閉ざす老人と、その背後で気配を殺そうとしている若い男の姿。

 彼らの顔に共通しているのは、恐怖による強張こわばりであり、その表情は映像に移されている一人の女性に向けられていた。

「……成程ね」

 ――そこには。

 この『賢国』にて知らない人は居ないであろう『賢者』こと、『ルーネ・リカーシュ』その人が映し出されていた。

「まぁ、とりあえず結果として、大事には至らなかったことは喜ばしいけれど……僕としては君たち『大人』に聞きたいことがあるかな」

「……でしょうな」

「……ええ」

 賢者である彼女がそう言うと、老人と男性はそろって肩を落とし、その言葉を受け入れた。

 どちらの人物にしても、先程の賢者の言葉に異論は無いらしい。

「じゃあ、率直に聞くけど……その事件があった時、君たちはどこで何をしてたのかな?」

「うっ!?」

「くっ!?」

 覚悟はしてたのだろうが、そのストレートな質問は老人と男性には堪えたようで、どちらもばつが悪そうな顔をしたまま答えを返していく。

「……まず、儂らはナギ君が監視から外れたと分かった時点で二手に分かれ、魔力感知を始めたのですじゃ」

「理事長は東、私は西という形で、この『リーネ大学』の境界である壁まで行きましたね」

「ふむふむ。それは何でだい?」

「そこから互いに向けて進むことで、儂かトリスのどちらかが一早くナギ君を捉えられると思ったのですじゃ」

「成る程ね……うん。聞いてみると理に適っていると思うけど。実際、君たちの実力ならその方法を使えば五分もせずに探索は終わったんじゃ無いかい? それなら、ナギ君の魔力が見つからない事から、『結界魔法』の存在にも気づきそうなものだけど」

「……」

「……それがですね」

 『賢者』からのそんな質問を受けて、彼らは気まずそうに互いに目を合わせた。

 それを見て、『賢者』は方眉を上げたが、それによって老人の顔は更に強張り、口は閉ざされていく。

 そんな老人を見かねたのか、この場で口を開いたのは男性のほうであった。

 彼にしても酷く言いづらそうではあるが。

「我々が転移した町の壁から、彼の魔力が籠められた書置きが見つかりまして」

「書置き?」

 黙った老人に対して、軽く睨みを効かせていた『賢者』だが、男性からの報告の続きを聞いて、その視線を男性へと向ける。

 そこには睨むような眼差しは無いが、受けた言葉に対して訝しむような視線で合った。

「ええ。……こちらになります」

 そう言うと男性は、机の上に置かれていた紙を手に取り、映像の女性に見えるように掲げた。

 そこには――

『第二王女は預かった。返して欲しければ一億円を持って、ダンジョン最下層まで来られたし。――7G』

 ――と、いう文書が書かれていた。

「……成程ね。大体、分かったよ」

 そう言うと、彼女は一度長く息を吐き、言葉を紡いだ。

「それで君たちは合流して、ダンジョンへ向かったんだね?」

「……そうですじゃ。一応、町全体へ魔力感知は行いましたがのぅ。ナギ君、『第二王女』の両名とも魔力が発見出来ませんでしたからのぅ」

「ええ。ダンジョンの最下層であればダンジョン内の魔力濃度もあり、地上から感知出来ない可能性もありましたから」

「結果としては逆に、儂らがダンジョンに入っている時に、地上で事件が起きていた訳ですがのぅ」

 そこまで言葉を紡ぎ、二人は口を閉ざし、女性を見る。

 彼女は難しい表情のまま、しばらく無言ではあったけれど、やがて口を開いた。

「うん、大体の流れは分かったよ。……まぁ、今回の件では現場に居なかった僕が君たちに言えることは無いけれど、それでも結果論で言うのなら一人はダンジョンの外で待機しておくべきだったね。それなら、ナイアが結界を破壊した時点で気づけた可能性も高いし」

「……そうですのぅ」

「……ええ」

 結論として述べられた賢者の言葉に二人は頷いた。

 二人の下げられた表情は唇を嚙みしめており、そこからこの事件に対する強い後悔の念が伺えた。

 彼らにしても、自分たちが守るべき生徒たちが命を張っている中、何の役にも立てなかった今回の事件に対しては酷く思う所があるらしい。

「それと、『結界魔法』っていう発想が出なかったのも反省点だね。……リッジ。僕が戻ったら、ちょっと特別訓練をしようか」

「……へ?」

 ――まぁ、そんな表情も『賢者』の言葉一つで崩されてしまうのだけれども。

「ん? そんなに驚くことでも無いよね? 大丈夫だよ。絶対に忘れなくなるまで、その身に『結界魔法』の存在を刻んであげるだけだから」

「嫌な予感しかしないのですがのぅ……師匠。ちなみに、どういった訓練になる予定ですかの?」

「そうだね。まぁ、四方から迫ってくる結界によって圧死体験とか、永遠と温度が上がり続ける結界の中で焼死体験とかかな? あー、水も入れていけば溺死も出来るね」

 軽くそう言ってみせる『賢者』を前に、老人も男性も言葉を紡げずにいた。

「まぁ、ぱっと思いつくのはこれくらいだけどね。他にも思いついたら試してみようか。命懸けの方が人間学びは多いからね。特殊結界内なら実際に死ぬことは無いし」

 そう言って、にっこりと笑う賢者。

 その眼が笑ってないように見えるのは、恐らく気の所為では無いだろう。

「師匠っ!? それは流石に訓練とは言えませんぞ!?」

「……リッジ。今回の件で、『護衛』のカリエさんが怪我をしたよね?」

「……ええ。しましたのぅ。確か、病院の方で治療魔法を受けて、今はもう回復していると思いますが」

「うん。怪我自体は後遺症も特に無いらしいし、それは良いことなんだけど。その治療の際にね、今回の件はもう『勇国』の方にバレてるんだよね」

「……」

「――で、僕は今、そんな『勇国』で『賢国』からの客人として酷く気まずい思いをしているんだ。『第二王女』もそうだけど、『護衛』のカリエさんも城内での人気は高かったみたいでね」

「……ええ」

「幸いにも魔王殺しの英雄という立場があるから、面と向かって糾弾はされてないんだけどね……昨日までは憧れと敬意を持って笑顔で接してくれてた衛兵さんに、眉根を顰められる気持ちがキミに分かるかい?」

「師匠っ!? それは八つ当たり――」

「――誰かさんがしっかりと当初の予定通り『ノゾム君の護衛』に付いててくれれば、今の僕の立場は無かったと思わないかい?」

「っ!?」

 ――ピタリと。

 老人の反論が止まった。

 まぁ、それも結果論ではあるのだが、『賢者』の言葉は事実でもあるからだ。

 仮に、この老人が事件の当事者となってしまった『ノゾム』と行動を共にしていたのなら、ナギの暗殺を止めたのは、恐らくこの老人だっただろう。

 そうであるなら、『賢者の弟子』が『第二王女』を守り抜いたという結果が残った筈なのだ。

 そうなっていたのなら、『賢者』への風当たりも少なくとも今よりは柔らかかっただろうことは間違いない。

 その事実を受け入れたのか、地面に両手を付け項垂れた老人を見て、男性は静かに言葉を投げた。

「……ご愁傷様です、理事長」

 それは本当に静かなモノであり、男性としても老人に届かせるつもりは無かったのだろうが、老人は耳聡く聞いていたらしい。

 彼は酷く憎々し気な表情で男性を振り返ると、暗い笑みを湛えて言葉を返してきた。

「……何も他人事のように言っておるんじゃ、トリス? 言うとくが、今度の特訓はお前も参加するんじゃぞ」

「……え?」

 老人の言葉を受けて、今度は男性の表情が凍り付いた。

 彼はしばらくその言葉を吟味し、意味を理解した途端、青ざめ、慌てて言葉を吐き出す。

「いや、何を仰るんですか、理事長!? 私如きが『賢者』様からご指導を受けるなんて、恐れ多いですよ!! ほら、弟子でもありませんし!! 一介の教員に過ぎませんし、私!!」

「ほほっ。遠慮するでないわ、トリスよ。師匠は寛大な方じゃからのぅ。こちらから乞えば指導を断ることは無いじゃろうて」

「いえいえいえいえ。そんなそんな。僭越ですし、恐縮ですし、結構です」

「最後の方に本音が出とるぞ。それにのう、トリス。――そもそも、お主がナギの監視をしっかりしとれば今回の事件は無かったと思わぬか?」

「っ!?」

 ――ピタリと。

 今度は男性の動きが止まった。

 それは先ほどの老人と、とても良く似ている仕草であった。

 彼からしても、その指摘には思い当たる節があるらしい。

 そんな男性を見ながら、逃がさないとでも言うように嗤う老人の表情は。


 ――奇しくも。

 映像の向こうに居る女性の表情と酷似していた。

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