第82話 「お前が……お前たちが俺の翼だ!!」

「……それで、どうしましょうか、ご主人? ナイア?」

 夕日が差し込む教室の只中で、透き通るような黒猫の声がそう言葉を紡いだ。

 そこに籠められたものは困惑と確認であるが、それを受けた俺たちは――

「……どうするって言われてもなぁ」

「妾としても決めかねる問題じゃのぅ」

 ――そう返すのがやっとだった。

 現状、困惑しているのはこちらも同じなのだから。

「正直、俺は状況の変化に付いていけてないぞ、ノワール。理事長もトリスさんもいきなり転移魔法でどこかに行ってしまったしな」

「なかなかの焦りようじゃったのぅ。……まぁ、昨日のナギの様子を思えば詮無きことじゃとは思うが」

「確かに……昨日の教室での様子からナギ君が『第二王女様』に対して良く思ってないことは明らかでしたからね」

「良く思ってない……というか、思いっきり殺気を叩きこんでたしな、ナギ君」

 会話を通じながら、改めて俺たちは現状を整理していく。

 ……うん。

 考えが纏まらない時は、やっぱり口に出すべきだな。

 お陰で、俺は少し落ち着くことが出来た。

「……俺としては、選択肢は大きく二つだと思う」

 俺がそう言うと、頭の上の黒猫と目の前の少女がこちらに視線を向けた。

 彼女たちはそのまま言葉を投げてくる。

「因みに、一つ目は何ですか? ご主人?」

「このままここで大人しく事態の収束を待つ」

「なるほど、無難ですね」

「まぁ、ぶっちゃけてしまえば、今回の騒動に俺たちは全く関係ないしな」

 薄情なことを言うようだが、それは一つの真理だった。

 ――けれども。

「……じゃが、ノゾムよ。わざわざ二つ選択肢を提示するということは悩んでおるんじゃろう?」

「……ああ。その通りだよ、ナイア」

 探るまでも無く、ビシリと言い当てるようなナイアの言葉に、俺は一瞬の間を開けて頷く。

 実際問題、今の俺は相当悩んでいるのだ

 日和見主義な日本人気質の俺としては、ほんの少しとは言え、交流を持ったクラスメイトが犯罪に手を染めるという状況に思う所が無くもない。

 そして何より――


『……それ以外に、俺から言う事はありません』

『……っく』


 ――あの日。

 食堂で泣かせてしまった女の子の顔が頭から離れないのだから。

「ノゾムよ。妾たちはパーティじゃ。無理に一人で抱え込む必要も無かろう。言うが良い。その『もう一つの選択肢』を」

「……良いのか、ナイア? ……正直、ナイアとしては思う所もあるだろう?」

「かかかっ。逆じゃよ、ノゾム。『――であればこそ』じゃ。謝罪など生きてる内にしか聞けんからのぅ」

 そう言って笑うナイア。

 愚問だったな。

 この魔王様の懐の広さはとっくに知っているはずだったのだから。

 俺は、こちらを安心させるように快活に笑うナイアに感謝を込めて頭を撫でながら、ノワールへと声を投げる。

「お前はどう思う? ノワール。……お前にとっては、それこそ『誘拐犯』でしか無いと思うんだが」

「構いませんよ、ご主人。理事長から話を聞いた今では、誘拐犯とは言ってもそんなに憎めるキャラクターでもありませんし」

 そう軽口を叩きながら、黒猫はシュルリと自身の尻尾を俺の腕に絡めて言葉を紡ぐ。

「――まぁ、結果として、危なくなったらしっかりと守って下さいね?」

「ああ、分かった。……有難うな、ノワール。ナイア」

 そんな黒猫に頷きながら、俺は俺の我儘を許してくれた仲間に感謝を告げる。

 本当に、俺には勿体ない程に素晴らしい仲間だぜ。

「それじゃあ、二つ目の選択肢にして、これからの俺たちの行動方針を発表する。今から俺たちは――『第二王女様』を助けに行くぞ」


 そうして、俺たちは夕日が支配する町へと飛び出した。


「ですが、ご主人、ナイア。この広い学区の中で、どうやってナギ君、もしくは『第二王女様』を見つけるのですか?」

「あ、それについては考えて無かったなぁ」

「ううむ。確かにのぅ」

 そして、二分で俺たちの探索は終わった。

 まぁ、少ない手札ではベストを尽くした方じゃないだろうか。

 大学からは出たからな、俺たち。

「……いや、しかし参ったな。せっかく覚悟を決めたのに、この状況とは」

「何というか、勿体ない気分ですよね。MAP兵器を撃つために敵を倒しまくって気力を上げたのに、その頃にはMAP兵器を叩きこみたい雑魚が居なくなっていたかのような」

 ノワール。

 言いたいことは分かるが、その例えはどうなんだ?

「ふむ。しかしどうするかの、ノゾム? 飛び出した手前、このまま戻るのも恰好がつかぬと思うんじゃが」

「あー、そうだよなぁ」

 そんなナイアの言葉を受けて、ノワールへのツッコミを後に回し、俺も真面目に頭を使うことにする。

 とりあえず、『第二王女』を見つける方法を考えないといけないんだが。

「ん? そう言えば……」

 そこで、俺の頭に一つの疑問が浮かんできた。

「なぁ、ナイア。『飛び出す』と言えば、トリスさんや理事長もナギ君を探しに転移魔法で飛び出していったが、あの二人はどうやってナギ君を探すつもりだと思うか?」

「うむ? ……そうじゃのぅ。普通であれば、魔力感知の幅を広げるかのぅ。理事長もトリスもそこそこの腕じゃしな。互いに網を広げればこの学区の全てとは言えなくても、それなりの範囲をカバーしきれる筈じゃ」

 ふむ。

 そう言えば、魔力っていうのは感知できるって言ってたな。

 それなら――

「ナイア。ナイアがナギ君なり『第二王女様』なりの魔力を探すことは出来ないのか?」

「ううむ。出来なくは無いのじゃがのぅ。……あいにくと新月が迫っておる今の妾では、それ程遠くの魔力は探れないんじゃよ」

「成る程な」

 まぁ、出来たらとっくにやってるか。

 ――と、俺がそこまで考えた所で。

「少し良いですか?」

 頭の上の黒猫がそう言葉を投げてきた。

「おう。どうかしたか? ノワール?」

「いえ、少し気になったのですが……ナイア。魔力感知による人探しはこの世界では一般的なんですよね?」

「うむ。そうじゃのぅ。探る側の実力に依存するから一般人では使われておらんじゃろうがの。魔法を使える者なら距離に個人差こそあれ、よくやる方法じゃろう」

「それがどうかしたのか? ノワール」

「いえ、ご主人。……そうであるのなら、ナギ君もそれは知っている筈ですよね? その……トリスさんなり理事長なり、学園の関係者もしくは第三者が自分を探しに来ることは」

「まぁ、そうだろうな」

「で、あるのなら。普通はそれに対して、対策を練りますよね?」

「ん? 魔力の感知に対して対策なんて取れるのか?」

「思い出して下さい、ご主人。ほら、以前に理事長が賢者さんから隠れていた時があったじゃないですか」

 ――っ!!

 そんなノワールの声で俺は思い出していた。

 賢者さんの魔力感知を逃れる為と言いながら、自身の魔力を抑えて体育館の裏に居た老人の姿を。

「ああ、そうか。魔力感知といっても、魔力を抑えてしまえば見つけられないのか」

「……まぁ、そうじゃがのぅ。それが重要な情報なのかの?」

 ナイアは不思議そうに首を捻っていた。

 実際、この情報だけならば、ナギ君を見つけにくくなっただけだろう。

 ――だが。

 ここに、ナギ君が『襲撃』を前提に考えていることを踏まえたのなら。

「ナイア。……ナギ君は『第二王女様』を襲う時に、どうしても『魔法が必要』に成る筈だ。魔力感知に引っ掛からずに、どうにか魔力を抑えて魔法を使う方法は無いのか?」

「――っ!!」

 俺がそう言うと、ナイアはハッと顔を上げた。

「そう言うことであったか!! であれば、話しは簡単じゃ!!」

 彼女はそう言うと、ガシッと俺の腕を掴み――

「んなっ!?!? うぉぉぉぉぉっ!?!?」

「落ちますっ!? 落ちます、ご主じーん!?!?」

「かかかっ!! 妾としたことがのぅ!!」

 ――横にあった建物を垂直に駆けのぼった。

 そして、そのまま屋上へと着地を決める。

「うおおおおっ!!! ビビったぞ、ナイア!?!?」

「はぁ……はぁ……心臓が……心臓が破裂するかと思いましたよ……」

「かかかっ。すまんのぅ、二人とも。久し振りに魔法で先を行かれてしまったからの。ちと、はしゃいでしまったのじゃ。……っと、どれ」

 俺たちにそう言葉を返すと、彼女は射竦めるような眼差しでもって、眼下の町を見渡し始めた。

 そうすること、数秒――

「見つけたぞ、ノゾム!! ノワール!!」

「へっ? ……ちょっ……おい、ナイ……アぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

「うにゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!?!?!?」

 ――またしても。

 何の説明も無く、彼女は俺の腕を掴むと。

 そのまま、何の躊躇いもなく――屋上に別れを告げるように、中空へとその身を投げた。

 ……腕を掴まれてる以上、俺も、そして俺の上に居たノワールも、そんなナイアに引っ張られることになる。

 ――結果。

「落ちてるぅぅぅっ!?!? 嫌や!! 死ぬのは嫌やぁぁぁ!?!?」

「飛行石をぉぉぉぉっ!?!? ご主人っ!! 早く飛行石をぉぉぉぉっ!?!?」

 凄まじい加速を持って迫りくる地面を前に、俺とノワールはみっともなく悲鳴を上げていた。

「よもやのぅ!! 結界魔法まで使えるとはのぅ!! 妾の見込み以上にやるではないか、ナギよ!!」

 そんな俺たちの焦りなど、魔王様には関係ないようだったが。

「ごしゅじーん!! どうにかして下さいよ!?!? 死にますよ!! ここで我々、死にますよー!!!! さながら、集団で落下死をするレミングスのように!!」 

「こっちの台詞だわ、ノワールっ!!!! 魔法も何も使えない俺に、何か出来る訳が無いだろうがぁぁ!! このままだと、空の境界の冒頭も真っ青な光景が待ってんぞ!?!?」

「なんて使えない主人なんですか!! エンジンだけは一流って所を見せて下さいよ!!」

「悪いね!? ヘボいご主人で!!」

「開き直らないで下さいよ、ご主人!! 風を……風を拾うんです!!」

「風に押されてるっ!! 分かってるけどっ!! 分かってるけどっ……ああああっ!!」

「リーネ大学でしょうっ!! 異世界転移者でしょうっ!!!!」

 俺たちからすれば、正に絶体絶命の状況だった。

 思わず、鳥人間に成りきる程に。

 だが、俺たちの熱意とは裏腹に、地面は相変わらずの速度で迫ってくる。

「「止まれ……止まらんかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」」

「ふむ、そう叫ばんでも止めるからのぅ。舌を噛まぬように気を付けるんじゃぞ? 二人とも」

 『風力・緩衝エア・クッション』――ナイアがそう言った瞬間だった。

「へっ?」

「んっ?」

 ――いきなり。

 強大なクッションに包まれるような感覚が俺たちを襲った。

「うぉぉぉぉ……?」

「なんですか……これ?」

 そして、その感触はさながらトランポリンが如く――

「ちょっ……うぉぉぉぉぉい!?!?」

「にゃぁぁぁぁっ!?!?」

 ――俺たちを再び上空へと放り飛ばした。

 さっきまでと違いがあるとすれば、放り飛ばされる方向が斜め前方だったことくらいか。

 俺たちは全身で風を切りながら、中空を跳んでいく。

「ナイアァァァァァッ!!! 何だ、コレはぁぁぁ!!!」

 気付けば俺は、腕を掴む少女にそう叫んでいた。

 直前に聞こえた呪文からして今の現状が、この腕を掴んで離さない少女によって引き起こされたことは明白だったのだから。

「うむ? ああ、これは『風力・緩衝エア・クッション』という呪文でな? 風というか、ノゾムから聞いた知識で言うのなら空気かの? まぁ、それを集めて、固めて、目には見えぬ緩衝材を作る呪文なのじゃ」

「なんとなく、それは分かったけど……なんで、また飛ばされてんだよ!! 俺たちはーっ!?」

「この方が早いじゃろう?」

 ぐぅっ……!!

 そんな当たり前の事みたいに言うんじゃないよ、ナイアさん。

 早い事には早いかもしれんが、何が悲しゅうて、こんな『ゴムあたまポン太郎』のような移動をせにゃならんのだ。

「ご主人……もし、いつかこの異世界で空島に行く日が来たとしても、ノックアップストリームに乗っていくのだけは止めましょう」

「安心しろ、ノワール。今、俺の中にあったラピュタへの憧れは消えたよ。……心から思うわ。『人は土から離れては生きられない』んだとな」

「? 急に静かになったのぅ? 二人とも。――ほれ、もう着きよるぞ? 『風力・緩衝エア・クッション』」

 ――そうして。

 そんなナイアの言葉と共に、全身を再び柔らかい感触が包み、俺たちはゆっくりと地面に足を着けた。

「ああっ!! なんて素晴らしき大地の感覚!! 俺は例え汚いオールドタイプと言われようとも、もうこの大地から離れんぞ!!」

「今なら分かります!! 重力には確かに魂を縛る力があると!!」

 不安定な空の旅を終えた俺とノワールは、大地に祈りを捧げていた。

 ノワールに至っては珍しく俺の頭から下りて大の字で地面にへばり付いている。

 ……まぁ、気持ちは分からんでもない。

 こいつの場合、俺の頭とかいう不安定な場所にずっとしがみ付いてた訳だしな。

 地面の安定感は抗い難かろう。

「――っと、これじゃな」

 俺とノワールがそうやって、大地への感謝を捧げていると、ナイアは言葉と共に拳を作っていた。

「ん? どうしたんだ、ナイア?」

「ここじゃ――見とれよ、ノゾム」

 ガキンッ!!

 ナイアが構えた拳を振り抜くと――何も無かった筈の空間にその拳は止められ、そこには『ヒビ』と呼ぶべき亀裂が走っていた。

「なっ!? なんだ、コレは?」

「これが魔力感知に引っ掛からずに、魔法を使う方法じゃよ。使い方によっては、外界との繋がりを完全に遮断しよる『結界魔法』と呼ばれる魔法じゃ」

 そう言いながら、ナイアは空間に走ったその亀裂に手を突っ込み、何かを掴むようにして、一気に引き抜いた。

 バキィィィッン!!!!

 そうして、響き渡る残響の音。

 合わせて――

「うおっ!?」

「なんですか、これ!?」

 ――いきなり。

 目の前に黒煙が流れ込んできた。


「――っ!? 許してくださいっ!! ごめんなさいっ!!」


 涙ながらに許しを乞う、女の子の声と共に。

「ナイアっ!!」

「うむっ!! 許せ、ノゾムっ!!」

 それを耳に入れた瞬間、俺は思わず、ナイアにそう声をかけていた。

 彼女はそんな俺の想いを汲み取ったかのように、俺の腕を取り――

「ゆけぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!!!」

「うぉぉぉぉぉっ!?!?」

 ――ぐるんとハンマー投げが如く一周して、俺を黒煙の中へと投げ飛ばした。

 何も見えない煙の中、体を叩く風の感触だけが俺に感じられる全てだった。

(それでも……!!)

 そんな中で、俺は僅かに態勢を捻る。

 あのナイアがこんな場面でミスをするなんてあり得ないのだから。

 ならば、今、俺に出来ることは――

「ライダァァァァァァァッ!!!! キィィィィィィィィィィィックッ!!!」

 ――全ての気合を込めて、この一撃に賭けることのみ!!

 そして、その思いは。

「なにッ!? ――ぐはぁっ!!!!」

 僅かに数瞬の後に報われることになる。

 まるで、不自然な力によって払われたかのように、黒煙が晴れている空間の中で、俺は現れた勢いのまま、恐らく『ナギ君』であろう存在を蹴り飛ばすと、その場に着地を決めた。

「うぉっ……っとっとっと!! ――ふぅ。……すげぇな。良く着地出来たな、俺。褒めてやりたいわ、本当に。今、俺は俺を褒めてやりたい」

 そうして、俺はそのまま自分がナギ君を蹴り飛ばした先に視線を向ける。

「……しっかし、流石ナイアだぜ。予想以上に綺麗に入ったなぁ、蹴り。……後でしっかり謝るから許してくれ、ナギ君」

 そのまま、俺は一度だけ手を打ち合わせると、黒煙が猛威を振るう空間へ黙祷を捧げた。

 まぁ、ナギ君は俺と違ってステータスも高いはずだし、これくらいで死んだりはしないだろう。

 そう思った所で、俺は後ろに人の気配があることに気づいて振り返る。

 するとそこには、あの食堂で見た時と同じように、頬に綺麗な滴を伝わせる少女の姿があった。

 そんな彼女を視界に認めた瞬間、俺の口からは自然に言葉が漏れていた。

「ああ、良かった!! なんとか間に合ったみたいですね――アリア様」

 今、自身の胸の前で振るえる手を組み合わせているこの女の子が死ななくて良かったと、俺は心から思っていた。


 ――目の前の彼女は理不尽な暴力に震えているだけの、年頃の女の子にしか見えなかったのだから。

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