第78話 「墓穴掘っても掘り抜けて、突き抜けたなら俺の勝ち!!」

 あの後。

 結局、休み時間の間に『第二王女』が食堂に戻ってくることは無く、残された俺たちも何となく気まずい空気のまま、午後の講義が待つ教室へと戻った。

 教室のドアを開けると、『第二王女』は既に自分の席に座っていて、その傍には『護衛少女』が佇んでいることが分かった。

 ……俺はチラリと『第二王女』の表情を確認したが、俯いている彼女の表情は見えなかった。

 そのまま。

 会話も無く俺たちは各々の席へと座り、午後の講義が始まった――のだが。

 その講義中、俺が『第二王女』から視線を感じることは一度も無かった。

 まるで、午前中が嘘だったかのように。

「……ノゾム。ちょっと顔貸せ」

「……ああ」

 そんな午後の講義を二限ほど終えた後、俺はナンバに声をかけられた。

 ナンバの表情や態度から、一人で話を聞いた方が良いと判断した俺は、俺の護衛をしているナイアとリッジに、少しだけ離れて貰うようにお願いする。

 二人は渋ったが、ノワールも一緒に話を聞くこと、教室からは出ないこと、という二つの条件で引き下がってくれた。

 そんな訳で、俺は黒猫を頭に乗せたまま、ナンバと共に教室の隅へと向かう。

「――で、ノゾム。食堂でお前とナイアが言ってたことはマジなのか?」

「……ああ。あの『第二王女』様は、俺からノワールを買い取ろうとしてな。俺は、前にそれを断ったことがあるんだよ」

「……そうか」

 十分に離れたところでナンバはそう質問してきたが、俺の返事を聞くと上を向いて考え込んでしまった。

 そんなナンバの反応を確認しながら、俺も食堂の一件を思い出す。

『ナリカネ ノゾム。……貴方。私に何か言う事は無いのかしら?』

 ……どこか不安そうに、そう声をかけてきた『第二王女』を。

 そして――


『ノワールを渡すつもりはありません……それ以外に、俺から言う事はありません』

『……っく』


 ――俺の返事を受けて、泣き出した『第二王女』の表情を。


「…………からになるからな? 何かあったら言えよ?」

「――っ。あ……ああ。すまん、ナンバ。ちょっと考え事してた。もう一回、言って貰っても良いか?」

「ったく、しょうがねぇな。何かあったら、俺も力になるからな?」

「……おぅ。ありがとうな」

「んじゃあな」

 それだけ言うと、ナンバは手をヒラヒラと振りながら、自分の席へと戻って行った。

 相も変わらず、ナンバは良い兄貴分である。

 いつか俺が俺を信じられなくなったとしても、俺を信じるナンバは信じられそうだと思うほどに。

「本当にナンバさんは良い人ですね、ご主人」

「ああ、本当にな。ノワール」

「正しく、魂の兄弟。ソウルのブラザーという感じですか」

「……だからこそ、知られたくは無かったんだけどな」

 この世のどんなことよりも優しい漢気を持つ、リーゼント不良であるナンバを、王族絡みのトラブルに巻き込みたくはなかったんだが。

 ……事態がこうなっては、仕方がないと割り切ろう。

 一応、今の状態を見ると暴走をするってことも無さそうだし。

 それよりも――。

「……なぁ、ノワール。食堂で俺が『第二王女』と話してた時、お前からは『第二王女』の顔を見れたか?」

「いえ? 私の位置からは見えませんでしたね」

「……そうか」

「何かあったんですか? ご主人」


『ノワールを渡すつもりはありません……それ以外に、俺から言う事はありません』

『……っく』


「……いや。なんでもない」

 ノワールとのやりとりで、またしても食堂での記憶を思い出しながら、俺は自分の席へと戻った。

 どうやら『第二王女』の泣き顔を見たのは正面に居た俺だけらしい。

 頭から離れない光景を幻視しながら、俺は考える。

 ……なぜ彼女は泣いたのだろうか。

 ゆっくりと始まった午後の講義中。

 俺はずっと頭を捻っていたが、その答えが出ることは無かった。



 やがて、今日の講義が全て終わった時。

 『第二王女』は静かに席を立ち、『護衛少女』を連れて教室から出ていった。

 結局。

 午後に入って『第二王女』が言葉を発することは、一度も無かった。

「……あの、ノゾムさん」

「……ん」

 無意識に『第二王女』が出ていった先を見ていた俺に、横からそう声がかけられる。

 見れば、ローゼさんとメグリさんがどこか気まずそうに身を縮めながら、こちらの様子を窺っていた。

「はい。どうしました? 二人とも?」

「その……すみませんでしたわ」

「……ごめんなさい」

「――うぇっ!? ちょっと、急に頭を下げないでください!? 何かしましたか!? 俺!?」

「何かしたのはこちらですわ。……ノゾムさんが『第二王女様』と確執があるとは知らずに、ご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした」

「……私も。本当にごめんなさい」

 その言葉で俺は察した。

 食堂で俺が言った台詞は、この二人にも聞こえていたのだろう。

 だから、『第二王女』を食事に誘ったことを謝りにきたのだ。

「ああ。そういうことですか。……事情を隠していたのはこちらですし、お二人が俺を気遣ってやってくれたことも伝わっていますから。どうか、頭を上げてください」

「そんな訳には」

「……」

「というか、むしろ俺から謝らせて下さい。嘘をついたばかりか、こういう形でお二人の好意を裏切ってしまってすみませんでした」

「っ!? 頭を下げないで欲しいですわっ、ノゾムさん!? 悪いのはこちらで――」

「……そうだよ!?」

「あはは。――じゃあ、こうしましょう。お互い頭を上げるという事で」

「それは……」

「……ちょっと」

「まぁまぁお二人とも。思うところはあるかもしれませんが、もしよろしければご主人に免じて、頭を上げて下さい。……このままだと、私が座りにくいですから」

「ノワール。まず、お前がそこに居ることが本来なら間違いだからな?」

「……ふふっ。本当にズルいですわね。ノゾムさんとノワールさんは」

「……ん。分かりました」

 俺とノワールの会話を契機として、ローゼさんとメグリさんはゆっくりと頭を上げた。

 俺はチラリと、そんな二人の表情を盗み見る。

 うん。

 そこに浮かんでいたのは苦笑ではあったが、最初の罪悪感に駆られた顔よりはずっと良いだろう。

「……でも、意外」

「ん? 何がですか? メグリさん?」

 その時にポツリと漏らしたようなメグリさんの呟きが気になって、俺はその詳細を尋ねた。

 一体、何が意外だと言うのだろうか。

 独り言のつもりだったのか、メグリさんは俺の質問に驚いた後で、少し言うかどうかを逡巡して、それからゆっくりと口を開いた。

「……あの、『第二王女様』。ノゾムさんの名前を出すと、顔を真っ赤にしながら、はにかんでたから。……とても、ノワールさんを奪うような人には見えなくて」

「……そうなんですか」

「……あ、ごめんなさい。ノゾムさんを疑っているわけじゃ」

「はは。分かってますよ。大丈夫です」

 慌てたように手をパタパタと振るメグリさんに笑って言葉を返しながら、俺はまた思い出していた。


 ――『第二王女』の泣き顔を。



 その後。

 いつもならこのまま、クラスメイトと勉強会をする俺たちだったが、誰から言った訳でも無く、今日の勉強会はお流れになった。

 ……事情はあるとは言え、新しいクラスメイトを締め出した上で集まる、というのは余り気持ちが良いものでは無いのだから。

 結果として。

 自然にナンバ、ローゼさん、メグリさんは帰宅を始め、教室には俺とノワール、そしてナイアとリッジだけが残った。

「……ふぅ。とりあえず、初日は無事に終了だな」

 柔らかく差し込まれる夕日に目を細めながら、リッジがそう口を開く。

 『指弾の魔術師』の異名を持つ彼からしても、一日中護衛として気を張るのは疲れるものらしい。

「リッジ。今日一日ありがとうな」

「気にすんな、ノゾム。そう言う約束だろうが」

「分かったよ。……それじゃあ、また明日も頼むわ」

「あいよ」

「……それから悪いんだけど、リッジ。『勇国』で調べ物をしているルーエさんに連絡って取れるのか?」

「ん? まぁ一応、この後、一日に一回の定期連絡はあるけど。どうかしたのか?」

「……いや、ちょっと追加で調べて欲しいことがあってな。厳しければ諦めるけど、出来れば調べて欲しい」

「成る程な。それなら伝えるだけ伝えとくわ。ノゾムに借りを作っとくのは悪い話じゃないしな」

「ん。ありがとな。じゃあ――について、調べてほしいんだけど」

「なっ!? おいおい、それはマジかよ?」

「……それについては、妾からも頼みたいのじゃ。少し気になる点があったからのぅ」

「ナイアまで……分かったぜ。一応、伝えとくわ」

「頼んだ」


 そんな会話を交わして、時間は過ぎていくのだった。




 第二王女 ~視点~


 ……嫌になるわ。

 トイレでみっともなく泣き崩れた後、時間をかけて表情を取り繕った私は、時間にはまだまだ余裕があるにも関わらず、先に教室へと戻ることにした。

 誘われた食事の空気を壊した後で、食堂に戻ることは憚られたし。

「……それに、また顔を合わせたなら」

 泣くだろうな――と、続きの文は口には出さずに、私は言葉を締めた。

 理由は分からないけれど、今だって、この胸は激しく締め付けられているのだから。

「……もしかして、これ。『彼』の呪いかしら」

 自嘲気味に呟きながら、私は教室へと戻った。

 案の定。

 教室には誰も居なかったので、私は自分の席に座り、講義の準備を進める。

 少しして、クラスメイト達も教室へ戻ってきたけれど、私は彼らの方を見ることが出来なかった。



 そうして。

 今日の講義が終わった瞬間、私は逃げるように教室を後にした。

「……お嬢。表に車を待たせてあります」

「……ええ。行きましょう」

 そのまま車へと乗りこみ、私は学区を抜けていく。

「……」

「……」

 さっきまでいた大学が完全に視界から消えるまで、車内に会話は無かった。

 私自身、とても何かを話す気分ではなかったし、護衛のカリエは主の許可無くお喋りに興じる程、軽薄な騎士ではないので、この結果はある意味いつも通りなのだが。

「……お嬢。その、大丈夫でしょうか?」

 ――今日に限っては、その限りでは無いようだった。

「……大丈夫、っていうのは、どういう意味かしら?」

「……その、色々とご心労かと思いまして」

 珍しく歯切れを悪くさせながら、そう言葉を紡ぐカリエ。

 そんな態度を見て、私は自分の言動を改める。

 この昔馴染みの少女がこちらを気遣っているのは分かっているのだから。

「……当たって悪いわね、カリエ。私は大丈夫よ」

「いえっ! お嬢は何も悪くありません!! 私こそ分を弁えず、申し訳ありません」

「頭を上げなさい。別に気にして無いわ」

「ご寛容、ありがたく頂戴します。……その上で、厚かましいとは存じますが、重ねて、ご無礼を承知で発言をお許し頂きたいです」

「……許すわ。言いなさい」

「はっ。……お嬢。『勇国』へと御帰国致しませんか?」

「……」

「今日一日をしても、『賢国』側の非礼は目に余ります。お嬢がご期待されていた留学だから、微力な身ながら、私も応援させて頂きましたが……今のお嬢を見るのは心が痛みます」

「……」

「……お嬢」

 カリエはそこまで言葉を紡ぎ、黙り込んだ私をじっと見つめてきた。

 その視線からは、こちらに対する心配が見え、善意からの発言であることが伝わってくる。

 実際に、今日一日を通して、私の精神はボロボロになっているのだから、カリエの不安も当たり前だろう。

 私は、そんな忠臣の提案に対して――

「……カリエ。それは駄目なのよ」

 ――ゆっくりと首を振った。

「……失礼ながら、理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「なんとなく、分かるのよ。確かに今は辛いのだけれども……『また会えない』状態に戻るのは、もっと辛くなるって」

「……」

 私の言葉を受けて、今度はカリエが黙りこんでしまった。

 その表情から察するに。

 ――思い出しているのだろう。

 私が『彼』のことばかりを考え、習い事や食事にも支障をきたしていた時のことを。

「……困ったものよね」

「……お嬢」

 自分自身を嘲るように嗤った私を、カリエは痛ましそうに見つめ返してくる。

 その視線から逃げるように、私は窓の外に目を向けた。

「……あら、ここはどういう場所かしら?」

「……ここは市場です、お嬢。この大学内にて、領民の多くがこの市場にて日用品や食事を買うことになっています」

 話を逸らすために投げた質問に対して、意思を汲んだ騎士は乗っかってくれた。

 まだ、この話に決着がついた訳ではないけれど、今は深く考えたく無かった。

「市場……」

 そうして市場を眺めていた私は、ふと思い出す。

 あの『彼』と出会ったのも、とある町の市場だったことを。

「カリエ。少し見て回りたいわ。車を止めて貰えるかしら」

「分かりました。……すみません、少し車を止めてください」

 カリエが運転手に指示を出し、車は停止した。


「残念だわ。特に目ぼしい物は無いわね」

「はっ。流石にこのような市場に、お嬢の眼鏡に適う一品は無いかと」

 ざっと市場を見回った後で、私はカリエとそう会話を交わす。

 カリエがそう言った通り、王族である私からすれば、この市場に並ぶ商品はどれも興味をそそられないものだった。

「……帰るわ」

「分かりました」

 時間を無駄にしたわね――と、短く呟きながら、カリエにそう言って車に戻ろうとした

 ――その時。

「ちょっとーっ!! 待ちなさーいっ!!」

「しつけぇな!!」

 遠くからこちらへ走ってくる人影があった。

 影は二つあり、近づいてくるにつれ、それが男女のものであることが分かった。

 男が先頭を走っており、女が追いかけている形だ。

 もっとも。

 男の方が僅かに速いらしく、男女の間の距離は徐々に開いているようだが。

「何かしら?」

「分かりませんが、お嬢。念のため、後ろへお下がりください」

 それを確認すると、カリエがずいっと私の前へと出てきた。

「あっ!! その人!! そいつ、捕まえて頂戴!! ひったくりなのよ!!」

「っんだ! てめぇっ!! そこを退きやがれっ!!」」

「……本当に酷い国ですね」

 呟くと同時にカリエは拳を握り、走ってきた男の懐へ飛び込むと。

 ――腹部へ一撃。

「ちにゃっ!?」

 そんなカリエの攻撃を受けて、男は意味不明な言葉を最後に残し、地面に倒れ伏した。

「流れるような拳だったわね」

「失礼しました、お嬢。大変見苦しいものをお見せして」

 私が残心の構えをゆっくりと解くカリエと、そう会話をしていると――

「ありがとうーっ!!」

 ズッシャァアー

 ――と滑り込むような勢いで女性が到着した。



 聞けば男はひったくりで、この女性はそれを追いかけていたらしい。

 女性の言葉を聞き流しながら、普通にその場を離れようとした私たちだったけれど、女性のお礼はそんな軽い気持ちで受け流せるものでは無かった。

 その勢いは――

「必要ないです」

「そう言わずにっ! お願い!!」

「私は仕事中ですから」

「その娘も一緒で良いから!!」

「放してください。服が伸びます」

「……放したら逃げない?」

「……」

「やっぱり逃げる気じゃない!!」

「仕事に戻るだけです」

 ――この会話から十分に察することが出来ると思う。

「……はぁ。もう良いわ。カリエ。さっさとお礼とやらを受け取って、帰りましょう」

「良いのですか? お嬢。早くお戻りになり、お休みになられた方が」

「気晴らしよ。ちょうど良いわ」

「……分かりました」

「やったわっ!! ありがとう!!」

 聞き耳を立ててそんな私たちの会話を聞いていた女性は、言質を取ったと言わんばかりに両手を上げた。



 そうして私たちはお礼として、その女性の家でご飯を食べることになる。

 彼女はバスで来たということだったので、私たちは同乗した彼女の案内の下、さっきまで乗っていた車で彼女の家へと向かうことになった。



「うん。着いたわね」

「……ここは」

「ふざけているのですか、貴方は」

 そうして案内された先は、私の予想を大きく超える場所だった。

「えっ!? カリエちゃんはどうしてそんなに怒っているの?」

「……本気で言っているんですか? あそこの文字が読めないんですか、貴方は」

 カリエが指さしたその先には――


 『リーネ大学 男子学生寮』


 ――という文字がしっかりと明示されていた。

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