第77話「言葉だけでは届かぬぞ、態度で示せ」
「……ハァ……ハァ……」
「どうしたんですか? ご主人。吸血鬼を前にした人間のように、荒く息を吐いたりして」
「……ノワール。視線を……視線を感じるんだよ」
「……まぁ、実際。めっちゃ見られてますからねぇ」
そんな風に、机の上の黒猫と小声で会話をしながら、俺はチラリと横を向く。
一瞬で逸らされたが……やはり、隣の『第二王女』は、また俺を見ていたらしかった。
俺が視線を手元の蕎麦に戻すと、再び強い視線を感じるようになる。
なんというストレスか。
食事中にあまりジロジロと人を見ないで頂きたい。
「……丸太が……丸太が欲しい……視線を遮れるような太い丸太が」
「禁断症状は抑えて下さい、ご主人。あの島とは違って、この学校には丸太は群生してませんから」
「うー……うー……丸太はあるもん……うー……」
「そのうーうー言うのを止めなさい、ご主人。隣のナンバさんがすっごい怪訝な表情で、貴方を見てますよ」
ノワールに言われてハッとした俺は、『第二王女』側ではない方の隣へと視線を向けた。
そこには何とも言えない級友の表情があった。
……同級生のカリスマガードがそんなに滑稽か。
「ナンバ……ご飯は味噌汁に入れるなよ? 味噌汁をご飯にかけるんだ」
「いや、どっちもそのまま食うわ。……やっぱり変だぞ? 今日のお前」
誤魔化すように話しかけた俺に、ナンバは呆れたようにそう返す。
どうやら傍から見ると、俺はかなり追いつめられているらしい。
……まぁ。
それも当たり前だとは思うのだけれども。
隣に自分の命を狙う暗殺者が居る中で、いつもと変わらず平然と飯を食えるような存在はなかなかいないだろうから。
――と、俺が考えていたその時。
「ナリカネ ノゾム。……貴方。私に何か言う事は無いのかしら?」
――遂に事態は動き出したのだった。
その言葉を受けて、俺は『第二王女』へと向き直る。
すると。
今度こそ彼女は目を逸らすことなく、こちらを見つめていた。
まるで、何かを確認するように。
……参ったな。
既に二週間後に他国へと逃げる準備を進めている俺としては、この『第二王女』とは、話しかけない振り込まない、話しかけられない和了らせない、ただただ無干渉ひたすら聴牌して流局、という関係でいたかったんだが。
「……」
「……何で黙っていますの?」
だが、現状の『第二王女』の態度から俺は、俺が何か言葉を返すまで、この場が動くことは無いと理解した。
……俺は、一つ息を吸い。
覚悟を決めて、その質問に応える。
「ノワールを渡すつもりはありません」
「……」
「……それ以外に、俺から言う事はありません」
そう言った俺の表情を確認するかのように、『第二王女』はじっとこちらを見てくる。
――初対面の時。
『金貨五百枚よ。卑しい庶民には手が届かない金額でしょう』
『金額の問題ではなく、ノワールを手放すつもりはありません』
『そう。……貴方。私に逆らうっていうわけね? 決めたわ。やっぱり、貴方は殺してあげる』
――この『第二王女』とは、そういう会話を交わしている。
あれから約二ヶ月。
国外逃亡したり、大学進学したり、下着泥棒の冤罪をかけられたり。
色々なことがあったけれど、俺の考えは変わってはいない。
既にノワールは、俺にとって手放せない存在なのだ。
そう考えながら、『第二王女』と見つめ合っていると――
「……っく」
「――っ!?」
――いきなり、彼女の口から嗚咽が漏れた。
そして、驚愕に包まれながら、俺が彼女の頬に伝う滴を確認した瞬間――
ガァンッ!!
――俺の耳元でそんな爆音が響いた。
思わず。
耳を抑えながら身を返すとそこには、拳を打ち合わせるナイアと『第二王女の護衛』の姿があった。
「……『王族』を泣かせるとは、どうやら『賢国』というのは名ばかりだったようですね」
「はっ! さすがじゃわ!! 金だけ積んで、妾たちから『ノワール』を奪おうとした『勇国』は言う事が違うのぅ!!」
言葉を交わし、一瞬の静止の後。
二人の少女は、再び拳をぶつけ合った。
二人の拳は、今度は一合で止まらず、四合、五合と続けて打ち合わされていく。
「……これこそ正にラッシュの早さ比べってやつですね」
「言ってる場合か、ノワール。早いとこ収めないと」
俺がそう言った瞬間――
「止めなさい、カリエ!!」
――『第二王女』の声が食堂に響き渡った。
それを受けて、ピタリと『護衛』の動きが止まる。
「カリエ。トリスという男が言ったことを忘れたのかしら? ……それとも。貴方は私を『勇国』へと帰したいのかしら?」
「……ですが、お嬢。これほどの狼藉を黙って見過ごすわけには」
「黙りなさい。そもそも『護衛』である貴方が、私の命令も無しに動くんじゃないわ」
「……お嬢」
「聞こえたのかしら、カリエ」
「……承知……致しました」
会話の後。
『護衛』の少女は唇を噛みしめながら、ゆっくりと拳を下げる。
対して、ナイアも拳を緩めた。
それを確認すると、『第二王女』は振り返り、横に居たクラスメイトに声をかける。
「……ローゼさん、メグリさん。せっかく招待頂いたのに、お騒がせしてごめんなさい」
「えっ……ああ、いえ私は全然」
「……うん。その別に」
「――それと少し失礼します。カリエ、貴方も来なさい」
「……は」
そうして、そのまま。
一度もこちらに視線を向けることなく、『護衛の少女』を連れて、『第二王女』は去っていった。
俺にはただ、それを呆然と見送ることしか出来なかった。
去っていくその時まで、彼女の表情は長い縦の巻きロールで隠されていたけれど、俺の頭には、泣いていた彼女の表情がくっきりと残っていた。
~第二王女 視点~
ああ。
もう、最悪。
こんな筈じゃ無かった。こんなつもりじゃなかった。意味が分からない、理由わけが分からない。
どうして、今。
私の胸はこんなに痛んでいるんだろうか。
「……なんでよ」
締め付けられる。
思い出す度に、強く、強く。
「……なんで、そんな目で見るのよ」
――最初は。
ただただ確かめたかった。
現実の彼は想像上の彼とは違って、あまりにも表情をコロコロと変えるのだから、私は少し不安になっていた。
私が知っている『彼』が、いなくなったのでは無いかと。
私が知っている『彼』は、一つの決意に満ちた表情で、真っ直ぐにこちらを見てくる人だった。
約二ケ月。
私はずっと、そんな『彼』のことだけ考えてきたのだ。
『王族』である私に対しても、曲げることなく、合わせることなく、自分をぶつけてきた『彼』のことを。
私にとって、『彼ナリカネノゾム』とはそういう人物であった。
だから、言葉を投げた。
私に対する彼の表情を確認したくて。
――結論から言うのなら。
私は『良く知っている彼』に会うことが出来た。
命をかけるように覚悟を決め、強い意志でもって射竦めるように、真っ直ぐにこちらを見つめてくる彼に。
その瞬間、私は理解した。
彼が私に向ける表情は、いつだって『覚悟を決めた想像上』の物であり。
――私が『良く笑う彼現実の彼』に会うことは無いことを。
彼の中で、私は『明確悲しいほどに敵』だった。
「……当たり前じゃないの、そんなの」
食堂を出て、廊下を曲がり、トイレへと入る。
王宮に比べて随分と貧相な作りのそこは、まるであつらえたかのように、今の私にお似合いの場所だと感じる。
「……」
何も言わずに、入り口で控えるカリエの気遣いを感じたが、今の私にそれに言葉を返す余裕はなかった。
「……そもそも、私の目的はあの『ノワール』とかいう、生き物だったのだし」
手洗い場の前で、鏡を見て、自分の顔を確認する。
そこには――
「……なのに……おかしいわ。どうして……どうしてこんな」
――みっともなく。
目から滴を零す女の顔が映されていた。
経験したことの無い痛みを胸に感じながら、私は静かに泣き続けた。
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