第76話 「食事をする時はね。なんというか救われてなきゃダメなんだ」
俺とノワールが覚悟を決めて、トイレから戻ってくると、食堂には一瞬即発の空気が流れていた。
「……」
「……」
「……」
黙したまま睨み合う三名。
上から順にナイア、リッジ、『第二王女の護衛少女』である。
「……見てみろよ。ここからでも空間の歪みが見えそうだぞ」
「……励ました後に、こう言うのもなんなんですけど、これは逃げたくなりますね」
「止めろよ、ノワール。せっかく覚悟を決めたってのに」
「いや、でもほら見て下さいよ、ご主人。これだけ空間が歪んでいたら、軽くボソンジャンプできそうじゃないですか」
「凄い迫力だから歪んでるように見えるけど、一応アレ錯覚だからな? そもそも、俺達A級ジャンパーじゃねぇし」
……どうでも良いんですけれど、どうして座ってないんですかねぇ。
あの三名は。
特に、ナイアとリッジくんは食事の注文も済ませていた筈なんだが。
ノワールと軽口を叩きながら、俺はクラスメイトたちが座る席へと近づいていく。
すると、会話が聞こえてきた。
「食券というのは、何かしら?」
「この食堂のシステムですわ。食べたいメニューを選んで、それを半券という形で料理人に伝えますの」
「成る程。決められた食事じゃないというのは、新鮮ですわ」
「……ん。おすすめは『オオトカゲの唐揚げ定食』です」
どうやらこの空気の中、女性陣は普通に食事のメニューを選んでいるらしい。
なんという精神力か。
「お、戻ったか、ノゾム」
「ああ、待たせたか」
「……正直、ほっとしたぜ。やっぱり、今日は全員なんかおかしいみたいだからよ」
そうして俺は、会話しながらナンバの横に自然に座る。
一応、食券売り場側から離れることも忘れない。
俺たちの席は横並びのカウンター席だから、対面の席なんていうモノは無いし、普通に考えればこれで『第二王女アサシン』と、その『護衛少女』が俺の近くに座ることは無くなったと思っても良いだろう。
まぁ、念のため。
一応、ナイアに隣に座ってもらおうかな。
――と俺がそう考えた、その瞬間。
「では、私はこちらに失礼しますわ」
「……ん。私はこっち」
「えっ。ちょっと貴方たち……」
「さぁさぁ、アリア様も。どうそこちらにお座り下さいませ」
「……しっ、仕方ないわねっ!!」
予想に反して、急に加速したローゼさん達が俺から一つ席を空けて座り、その上で流れるように、俺の横へと『第二王女』を呼び込んだのだった。
「うぇいっ!? ちょっ!? ローゼさん!!??」
「あら? どうかしましたの? ノゾムさん?」
いや、それはこっちの台詞なんですけどね!?
俺が『第二王女このひと』に命を狙われてることは知らないにしても、ちょっと苦手なんですっていう話はしたはずですよねぇ!?
「……ノゾムさん。……大丈夫だよ。落ち着いて話せば大丈夫」
――と、俺が動揺していると。
メグリさんがゆっくりと言い聞かせるようにそう言ってきた。
「……ノワール、これって」
「……ええ。ご主人」
今、やっとこの二人が今回の食事に『第二王女』を連れてきた理由が分かった。
逆だわ。
俺が苦手アッピルをしたからこそ、俺に苦手を克服させるために、今回の場を用意したに違いない。
――瞬間、ゾワリと。
いきなり、何の脈絡も無く。
俺の全身の毛が総毛立った。
「――っ!?」
「これはっ!?」
ノワールもそれは感じたようで、俺たちはバッと後ろを振り返った。
「……」
「……」
「……」
なんか近づいていらっしゃるーっ!?!?
気づけば、睨み合っていた三名がオヤシロ様もビックリの距離感で近づいてきていた。
こんなに緊張感のある『だるまさんが転んだ』は初めてだぞ。
俺の後ろで開催するのは止めて欲しいんだが。
「ん? どうしたんだよ? リッジ、ナイア? 席ならまだ空いてるぜ?」
勿論。
そこまで近づけば、ナンバも気づいたようで自分の隣の席を引きながら、そう声をかけた。
「……有難い誘いだけどよ、ナンバ。今日は立ち食いソバの気分なんだ。いつでも動けるようにな」
「うむ。妾も同じじゃ」
「……」
だが、声をかけられたナイアとリッジは、『護衛少女』から一切目を逸らすことなくそう返す。
その時。
軽く振られたリッジの手に反応した『護衛少女』が、腰の剣に軽く手をやった。
――瞬間。
ナイアが拳を固めて、リッジはいつでも指を鳴らせるまほうをうてるように、指を曲げた。
……。
沈黙が重く流れる。
よーし、よしよし。
止まって下さい、御三名。
『だるまさんが転んだ』でもしようじゃないか。
フリーズだ、フリーズ。
こんなところで、殺気をばら撒くんじゃないよ。
「カリエ。貴方も座りなさいな」
俺が軽く混乱していると、横の『第二王女』が口を開いた。
「……お許し下さい。お嬢様。現状ではそれは出来かねます」
「それは――私の言う事でもかしら?」
「……ご理解を」
「そう。……貴方、『変わった座り方』をするのね」
「……ご配慮、痛み入ります。お嬢様」
『護衛少女』はそう言うと、僅かに頭を下げて、返礼とする。
手は変わらず、剣に添えられたままだったけれど。
「……やっぱり、絶対なんかあっただろ、ノゾム」
「……宇宙の果てを知らないように、そんなこたぁ知らねえ」
この異様な緊張感の中、俺に出来ることと言えば、そうやって白を切ることだけだった。
「蕎麦そば三人前お待ちっ!! 後、刺し身定食ね!!」
「ありがとうございます」
「おい、待て。まだ、話しは終わってねぇぞ」
「食ってからだ、ナンバ。ほれ、刺し身」
「……食ったら聞くからな」
ははははっ――なんていう空笑いで誤魔化しながら。
俺はタイミング良く来た料理をナンバに渡して、続けて蕎麦を手に持って。
――凍り付いた。
「……」
「……」
「……」
この睨み合う連中にどうやって、渡せば良いんだろうか。
……まぁ、とりあえず声をかけてみるか。
俺は蕎麦を二つ手に持ち、二人に向き直った。
「あの、ナイア? リッジ? 蕎麦伸びるぞー?」
「……ナイア、先に貰うぜ」
「……うむ」
俺が声をかけると、リッジだけが一瞬こちらを向き、視線を蕎麦に固定すると――
ぱちん
――指を鳴らした。
「サンキュな、ノゾム」
そう言って、リッジは視線を戻す。
「えっ? ――って、うおっ!?」
それは一瞬の出来事だった。
俺が持っていた蕎麦の内、片方から重みが無くなったのだ。
見れば、中身が綺麗さっぱりと無くなっているではないか。
「まさかっ!? グルメ・デ・フォワグラ!?」
「いや、違うと思いますよ。ご主人」
驚愕を顔に張り付けながら零した俺の言葉に、黒猫は冷たく突っ込んだ。
所詮は幻の格闘技か。
現実はそんなに甘くないようだ。
「また滅茶苦茶、気になる知識だな、ノゾム。一応、言っとくと『転移魔法』で胃袋に直接送っただけだ……さて、俺は食ったから、代わるぜ? ナイア」
「……うむ。任せたぞ、リッジよ」
落ち込んでいる俺を置き去りに、リッジが『護衛の少女』を視界に入れたのを確認してから、今度はナイアが振り返った。
ナイアは机の上から箸を取ると。
「……馳走じゃ。ノゾム。いつもと違う出汁が大層美味であった、とおばちゃんに伝えて欲しいのじゃ」
――次の瞬間。
俺が捧げていた器の上に箸を置きながら、ナイアはそう言葉を紡いだ。
「――んなっ!? またかっ!?」
俺が慌てて手元を確認すると、そこには先程と同じように空になった器だけが残されていた。
「……ノワール」
「……実在したんですね。グルメ・デ・フォワグラ」
厳密には『自分が食べてる』からちょっと違うんだが、それでもちょっと感動である。
そうやって、ナイアとリッジは俺の護衛だるまさんころんだに戻っていった。
その後。
「ご主人。……全然、箸が進んでませんよ?」
「特に味覚がね……駄目なんだよ……緊張が高ぶると、ボーっとするのさ」
無駄に緊張感を味わいながら、俺たちは静かに食事を摂るのだった。
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