第75話 「覚悟完了」
この世界は間違っている。
もしくはもう、どうしようもないくらいに『壊れている』に違いない。
何故なら――
「ご主人」
「なぁ。ノワール。俺たちは……いや、俺はどこで道を間違えたんだろうな」
「……」
「俺はこれまで、自分自身の最大限の能力を使って、『最良』の選択肢を選んできたつもりだ。自分の為に、ノワールの為に、ナイアの為に。……お前だってそれは見ていただろう?」
「ええ。見ていました。この両の目でばっちりと」
「なのに――どうして俺は、こんなに最悪なんだ」
――思考を重ね、試行を重ね、施行を重ねて、生きてきたにも関わらず。
思わず、そう言葉を漏らしてしまうほどに、『現状』は追いつめられているのだから。
それはさながら、既定路線のように。
俺の選択肢なんて関係ないかのように。
俺の意思や努力なんて、端から無かったかのように。
『現状』は厳しいものになっている。
俺はまるで、レールの上を歩かされている気分になっていた。
誰かが敷いた『不気味』で『素朴』で『囲まれた』レールの上を。
そんな俺に対して。
こんな『壊れた世界』に、絶望している俺に向けて。
頭の上の黒猫は静かに、口を開いた。
「ご主人。――『嘘』をつかないで下さい」
「……ノワール?」
「嘘は駄目です。私は騙されません」
「……」
「私だけは何があろうとも、騙されてあげません」
「……」
「私と騒いできた日々は嘘でしたか? ナイアとふざけ合った日々は偽りでしたか? この異世界で巡り合ってきた人々との触れ合いは、貴方の琴線に一度も触れませんでしたか?」
ノワールの言葉を受けて、俺は思い出す。
ああ。
そうだ。
確かに、いきなり魔王城スタートだったり、貯金箱を出す程度の能力しかなかったり、王族に命を狙われたりした異世界だけれど。
『ノワール』と出会い、『ナイア』と出会い、旅をしたこの数か月。
――最悪なことばかりでは無かった。
俺がそう気づいた瞬間。
「『現状』が厳しいからと言って、世界に絶望している暇はありませんよ、ご主人」
目の前の黒猫は優しく微笑みながら、言葉を続けた。
「例え、世界が『不気味』でも、未来が『素朴』でも、現実が『囲われて』いても、それでも――安心して下さい。生きることは劇的です」
「ままならねーな。人生は。……まるで、週刊連載だぜ」
気づけば、俺はそう呟き苦笑を漏らしていた。
ノワールの言葉は俺の中にあった鬱屈とした感情を吹き飛ばしてくれた。
「……有難うな、ノワール」
「構いませんよ。さぁ、それじゃあ行きましょうか、ご主人」
「ああ。ノワール。行こうか」
「「理ことわりの涯はてへ」」
そうして、俺たちは歩き出した。
この世界が誰かの敷いたレールの上を走っているのなら、まずはそのレール幻想をぶち壊すだけだ。
そう覚悟を固めながら。
――『第二王女』と一緒の昼食へと。
これは今より、少しだけ前の話。
「ん。やっと終わったか」
「お昼時間ですねぇ、ご主人」
ようやく訪れたお昼時間に、俺とノワールはそう言葉を交わしていた。
結局、あの後。
戻ってきたトリスさんから、今日はナギ君を帰したという連絡があった他は、別段何事もなく、午前の講義は終了したのだった。
「……ナギ君はどうしたんだろうな」
「分かりません。……ただ、状況から察するに『勇国』の『王族』に対して何かあるのかもしれませんね」
俺の言葉を受けて、頭の上の黒猫はそう言葉を返してくれた。
まぁ、ナギ君が第二王女に向けて殺気を飛ばしたタイミングから考えると、その推理は強あながち間違えていないように思える。
「『第二王女様』っていう自己紹介が終わった後に……だったもんな」
「ええ。……ですが、ご主人。恐らく、我々が考えても答えは出ないでしょう。どうしても知りたければ、後でトリスさんにでも詳細を聞くのが良いかと」
「……ん。そうだな。そもそも、俺たちだってその『第二王女』に狙われている立場なんだしな。他人のことを気遣える状況じゃないか」
「ええ。もっと危機感を持っていきましょう。――もしかしたら、まだ。私たちは自分が死なないとでも思っているのかもしれませんし」
「それな」
なんて俺たちが話していると、不意に声がかけられた。
「おい、ノゾム。飯に行こうぜ」
「ん? ああ。悪いな、ナンバ。行こう、行こう」
見れば、このクラスの漢気代表こと、ナンバが机の前に立っていた。
俺はそんな彼の言葉を受けて、席を立ち、廊下に出る。
後ろからはナンバは勿論、同じパーティであるナイア、そして現在、俺の護衛をしているリッジも付いてきていた。
そんな俺たちに対して、ナンバは訝しむようによう、眉を顰めながら、声をかけてきた。
「……なんか。らしくねぇな、お前ら」
「――っ!?」
俺はそんなナンバの言葉に思わずドキリとする。
「……な、何の話だよ。ナンバ」
「らしくねぇっつってんだよ」
思わず、確かめるように漏れ出た俺の呟きを、ナンバはつまらなそうにぶった切った。
「まず、ナイアが昼飯時間に騒がねぇのがおかしいし、リッジの奴が無言なのも気味が悪ぃ」
「……」
「それから、お前とノワールがローゼたちに声をかけないのも変だな――なんか、あったのか?」
ストレートに俺たちの普段との違いを指摘しながら、ナンバはそう質問した。
その口調や態度からコイツが、ただただ善意で心配していることが伝わってくる。
相変わらず、見た目に反して優しい奴である。
だが、だからこそ。
こんなナンバを『王族』絡みのトラブルに巻き込みたくは無かった。
俺が『第二王女』に命を狙われていると知ったら、ナンバの性格からして確実に何かしらのアクションを起こすだろう。
そして、それは。
ナンバにとっても、この『賢国』にとっても喜ばしい結果にはならない筈だ。
だから、俺は――
「――実はな、ナンバ。……俺は自分が『酷く不細工』だと気づいてしまったんだよ」
――全力で話を逸らしにかかった。
「……はっ?」
そんな俺の回答を聞いて、ナンバは意味が分からないというように固まった。
「さっき『勇国』の『第二王女様』が自己紹介をしたよな?」
「あ、ああ。してたな」
「その時にな。一瞬目が合ったんだけどよ」
「おお」
「次の瞬間には、凄い勢いで逸らされたんだよ。こう首を痛めそうな勢いでな」
「……」
ナンバはそんな俺の話を聞いて、胡散臭そうな目でこっちを見てきた。
この理由であれば、俺が今後、『第二王女』に近寄らなくても違和感が無くなるし、良いアイディアだと思ったのだが。
――やはり、無理がある内容だったか。
「……本当にそれが理由かよ、ノゾム?」
「簡単に言ってくれるな、ナンバ。こちとら割とヘコんだんだぞ?」
だが、言葉にしてしまった以上、たとえ無理があっても、俺としてはこの方向性で話を進めるしかない。
俺は畳み掛けるスタイルで乗り越えることを決意した。
「一回、視線が外れただけで、普通はそこまで気にしねぇだろ」
「甘いな、ナンバ。俺自身の自己紹介の時も合わせれば、二回だ。五分という短期間で、こんな偶然が続くと思うか?」
「じゃあ、なんでナイアとかリッジまで黙りこくってんだよ?」
「二人には午前の休み時間で相談したんだよ。俺の顔は正直、そこまで酷いのかと。……そうしたら、この状態さ」
「……本当かよ」
「笑わば、笑えよナンバ。ただしその瞬間、俺の心は八つ裂きになっているだろうけどな」
「いや、別に笑わねぇけどよ」
「さぁ、俺の心を殺して、解バラして、並べて、揃えて、晒してみろよ」
「……なんか、すまん」
よし。
勢いによるゴリ押しでナンバを退かせることに成功したようだった。
「……ま、まぁ、あのよ。俺はそこまで悪い顔じゃないとは、思うぜ?」
「……ナンバ。慰めるつもりなら、せめて疑問符は外せ」
代わりに何とも言えぬ切なさをゲットしたけれど。
と、俺たちが廊下にてそんな会話をしていた所に――
「あ、居ましたわ!! 酷いですわっ!! 置いていくなんて!!」
「……ん。……少し、寂しかった」
教室から出てきたローゼさんとメグリさんから、声がかけられた。
「ああ、すいません。二人とも。大変失礼を致しました。――実はこういう訳でして」
そうして俺は流れるように、二人にもナンバと同じ話をした。
何だかんだ言って、ナンバを納得させた理由であるし、これによって俺が『第二王女』に苦手意識を持っているということを伝えられれば、余計な接触を減らせると思ったからだ。
「――そうでしたの」
「――……ふーん」
だが、そんな俺の説明を聞いた二人は考え込んでしまった。
俺の説明の中で、何か気にかかることでもあったんだろうか。
「何かあんのか?」
そんな二人の態度を不思議に思ったのはナンバも同じだったようで、彼は考え込んだ二人にそう言葉をかけた。
「いえ、私としてはその……ノゾムさんの顔はそれほど『悪くない』と思いますの」
「……私も」
そんな質問に対して、二人は顔を赤くしながら、そう答えた。
「くぅっ!?」
そんな二人の言動に対して、俺は自分の胸を押さえて蹲った。
砂糖菓子の弾丸では撃ち抜けない筈の俺のハートも、同年代女子の赤面顔には勝てなかったようだ。
今の俺には、恥ずかしがりながらこちらの容姿を褒めてくれる二人は、まるで天使のように見えていた。
……まぁ、こっちを見ないで話す所から、気遣いだとは思うのだけれど。
有難う御座います、ローゼさん、メグリさん。
貴方たちの優しさで、俺は生きていけます。
「ん? どうしたんだ? ノゾム」
「……いや、何でもない。ちょっと目にゴミが入ってな」
急に胸を押さえて蹲った俺に、ナンバはそう聞いてきたが、俺は視線を逸らしてそう答えた。
こんなに赤くなった顔で、人と目を合わせるなんて出来る訳が無いのだから。
「コホンッ。……ええっと、ですから『第二王女様』が視線を逸らされたのでしたら、それは別の理由だと思いますわ」
「……ん」
ローゼさんの言葉に、コクリと頷きながら同意を示すメグリさん。
「だってよ。良かったな、ノゾム」
「……ああ。二人とも有難う御座います。気遣いだとしても、嬉しいですよ」
「っ!? 気遣いじゃないですわ!!」
「違うよ?」
俺の言葉にローゼさんは激しく、メグリさんは珍しくノータイムで、否定を入れてきた。
おっふ。
舞い上がっていたとはいえ、失礼なことをしたな。
考えてみれば、せっかくの天使がやってくれた励ましを、台無しにするような行為である。
例え、気遣いだと分かっていても、それを本人たちに言う必要はないだろう。
「失礼しました。本当に嬉しいです」
俺は二人に対して頭を下げたが、ローゼさんにガシッと両肩を掴まれ体を固定された上で、メグリさんに優しく頭を起こされた。
そして、俺の表情を確認すると――
「信じていませんね」
「……ん」
――二人はジト目でそう言い切った。
「……あ、あの。二人とも?」
「自信が無いと顔に書いてありますわ」
「……ん。模擬戦の時はもっとビシッとしてた」
「荒療治が必要ですわね」
「……ん」
どもる俺を無視する形で二人はそう言うと、俺を開放した。
「……メグリ。私、教室に忘れ物しましたの。悪いのですけれど、取りに行くのに付き合って頂けません?」
「……ん。いいよ」
「あ、皆さんはお待ちにならなくても宜しいですわ。すぐに合流しますので、先に食堂にてお待ちくださいまし」
「……ん。あ、でも席は多めに取ってて欲しいな」
「おぅ。分かったわ」
ナンバの返事を確認すると、二人は来た道をそのまま引き返していった。
どこかそそくさとした態度だった二人を、俺は不思議に思いながら見送っていたのだけれど、ナンバが先導して歩き始めたので、慌ててその後を追って食堂へ向かった。
そして、俺たちが食堂の席を決め、料理を頼み終わった頃――
「お待たせしましたわ」
「……遅くなって、ごめん」
ローゼさんとメグリさんが合流したのだった。
「おっ……お邪魔するわ。ナリカネ ノゾム」
――『第二王女』と共に。
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