第74話 「トリスさん、どいて! そいつ殺せない」

 時間は流れる。


 例え結末が絶望的なものであろうとも、時間を止めることは誰にも出来ない。

 明けない夜は無い。

 覚めない夢は無い。

 どれほど――切望しようと、渇望しようと。

 どれほど――懇願しようと、嘆願しようと。


 時間は流れる。


 そう。

 つまり何が言いたいのかと言うと――


「『勇国』の『第二王女』であるアリア・アルレイン・ノート、と申します」


 ――遂に今日。

 俺の命を狙っている『第二王女』が、この学校に転校してきたのだった。

「――今日のこの日を、本当に楽しみにしていましたわ。皆様、どうぞ宜しくお願い致します」

 一瞬、確かに俺と合わせた後で、視線を他に移しながら、『第二王女』は自己紹介を終えた。

「……ノワール、何か感じたか?」

「……いえ。私は何も」

 自己紹介を受けて、ざわつくクラスメイト達を余所に、俺は頭の上の黒猫と短く言葉を交わす。

 俺は一瞬ではあったが、確かに視線を感じたりしたのだが、ノワールの方では特に感じたことは無いらしい。

 ……ということは。

 もしかしたら『第二王女』の優先順位は、そもそもの目的であった『ノワールの確保』よりも『俺の殺害』の方を高く設定しているのかもしれない。

 俺がそこまで考えた所で。

 ――いきなり教室の片隅から、殺気を感じた。

「――なっ!?」

 思わず、俺がそこに視線を向けると、クラスメイトである『ナギ君』が今まで見たことが無い形相で『第二王女』を睨んでいた。

 そして俺がそれを確認した瞬間――

 ガキィンッ!!

 ――教室内にそんな音が響いた。

「……なぜ、邪魔をしたのですか? 王族に殺気を向けるなんて、殺されても仕方が無い行為だと思うのですが」

「生徒を守るというのが、私の仕事ですから」

 ナギ君の眼前にて、振り下ろされた剣を腕で受け止めながら、担任であるトリスさんはそう言葉を返した。

 そんな言葉を受けて、無表情に剣を振り下ろしていた少女は、静かに次の言葉を紡ぐ。

「それを言うのなら、姫様の身を守るのが護衛である私の仕事です。そこを退いてください」

「断ります」

「……それは『賢国』の回答だと考えてもよろしいのですか?」

「これは一担任である『私』の独断による行動です。――仮に、貴方の行動が上を通して認可された行動であれば、私はここを退きましょう」

「そんな方便が通じるとでも?」

「でしたら、私の方からも一つお聞きしますが、『勇国』は上に話も通さずに『賢国』の優秀な人材という財を奪われるのですか?」

「……」

「場合によっては、『第二王女』様には自国へお帰り頂くことになりますが――」

 そこまでトリスさんが言った所で、『第二王女』が動いた。

「カリエ。退きなさい」

 彼女は急に強い口調でそう言った。

「……ですが、お嬢――」

「――命令よ。二度は無いわ」

「――畏まりました」

 カキンッ

 少しの逡巡の後で。

 音を立てて、剣を仕舞いながら護衛の少女は身を退き、『第二王女』の後ろへとその身を戻した。

 最後まで、ナギ君に対して鋭い視線を送りながら。

「『第二王女』様。ご寛大なお心遣い感謝いたします」

「構いませんわ。……『互いに』不問としましょう」

 トリスさんはゆっくりと腕を下げた後で、『第二王女』に向けて深々と頭を下げた。

 それに対し、『第二王女』はそうとだけ言葉を返した。

 俺は、その一連のやり取りが終わるまで、見ていることしか出来なかった。

 ――というのも。

「……」

「……」

「……ナイア、リッジ。そろそろ、良いんじゃないか?」

 俺の周りを二人の人物が固めていたからだ。

「……そうみたいじゃのぅ」

「……ああ」

 ナギ君による殺気が漏れたと同時に、席に着いていたはずの二人は俺の傍へと現れていた。

 原理は全く分からなかったが、流石は『魔王』と『指弾の魔術師』である。

 護衛として、これほど頼もしい存在もいないだろう。

「恐ろしく速い移動。俺程度じゃ見逃しちゃうね」

「ご主人ェ……」

 そうして、ゆっくりと席に戻る二人を見ながら呟いた俺の言葉に、フォロワーの黒猫は静かにリプライを返すのだった。



 その後は特に何事も無く自己紹介は過ぎていき、講義が始まることになった。

 ……強いて言うのなら、俺は自己紹介の時にまたしても『第二王女』と視線が合った、ということくらいだろうか。

 次の瞬間には、凄い勢いで逸らされたけれども。

 ……俺は、そんなに正視に堪えない顔をしているのだろうか。

「ショックだな。成金 望というキャラクターは、俺が思っている以上にAPPが低かったのか。……バケツとか被った方が良いと思うか? ノワール?」

「んー。……少なくともご主人が真理教団の宣教師というのは、私としては避けたいところですよ?」

「ノワール。それは根本的なフォローになってない」

「リンゴン、リンゴーン」

 俺の悩みに対して、ご愁傷様とでも言うように鐘を鳴らすような奇声を上げながら、そっぽを向くノワールさん。

 どうやらこの黒猫は、余り役には立たないフォロワーのようだった。



「では、これから講義を始めます……が、一限目は自習とします。各自『魔法理論学』の第七章『概念理解による魔法行使』について、読み進めておいてください。二限目に私から理解の確認と解説をさせて頂きます。では、私は少し失礼致します。――ナギ君、君も一緒に来なさい」


 そうして、トリスさんとナギ君が居ないまま、一限目が始まったのだった。



「めっちゃ視線を感じるんだが、どう思う?」

「いや実際に、めっちゃ見られてますよ、ご主人。それはもう、序盤の飛影のようにガッツリと」

「もはや、百目鬼状態じゃねぇか!!」

 そして、そんな自習の時間に、俺と黒猫はこそこそと会話をするのだった。

 ちなみに、ノワールには会話しやすいように机の上に降りて貰っている。

「くぅ。やっぱりか。覚悟はしていたんだけど、心臓に悪いものがあるな」

「これはもはや、狙いは私よりご主人にあるのかもしれませんね」

「……お前もそう思うか?」

「ええ。先程から私が様子を伺っていることにも気づいていないみたいですし、間違いはないかと」

 どうやら、ノワールも俺と同じ結論に達したみたいだった。

「困りましたねぇ、ご主人」

「本当になぁ。……でも、分からんなぁ」

「ん? どうしたんですか? ご主人」

「いや、あの『第二王女様』。自己紹介の時は、すっごい勢いで視線を逸らしてたんだよ。……なのに、今はガン見っていうのが、良く分からなくてな」

 そんな俺の言葉を受けて、ノワールは少し考えて――

「……気合ゲージが空だったんじゃないですかね?」

「じゃあ俺は今、メンチビームを飛ばされてんのか?」

 ――アホな結論を出してきた。


 そうやって黒猫と馬鹿な会話をしながら、自習時間は流れていくのだった。



 『アリア・アルレイン・ノート』  ~視点~


 ……うう、おかしいわ。

 こんな筈じゃ無かったんだけど。

 トリスとかいう男がメガネの少年を連れて教室から出た後で、私は自分に与えられた席に座り、頭を抱えていた。

 ずっと考えてきた。

 ナリカネ ノゾムに会ったのなら、どうするのか。

 『王女』である私に対して、生意気にも真っ直ぐに視線を合わせながら、申し出を断ったあの生意気な庶民に会ったのなら。

「跪かせて、謝らせるつもりだったのに……!!」

 そう呟いて、思い出す。

 自己紹介の時にあの男の顔を見た瞬間に、自分の顔が急激に熱くなるのを感じた私は――気付けば、視線を逸らしてしまっていた。

「おかしいわ。こんなの」

 自分の手で自分の頬を触ると、そこには確かに熱が感じられた。

 恐らく今、私の顔は真っ赤になっていることだろう。

「……本来、目を逸らすのは貴方の筈でしょう?」

 呟くが、それに答える者はいない。

 当然だ。

 そもそも私の呟き自体、私の耳にも入らない程の小声で発せられたのだから。

「なんで、貴方は平気なのよ」

 そう言いながら、私はナリカネ ノゾムの様子を伺った。

「……」

 ――横顔ではあるけれど。

 そこには、あの日以来。

 毎日、毎日、何かの拍子に思い出してきた『少年』の顔があった。

『金額の問題ではなく、ノワールを手放すつもりはありません』

 習い事も手がつかなくなるほどに、夢想した彼の横顔がそこにはあった。

 ……なんだか、不思議な気分になる。

 この約二ヶ月。

 会いたくて。

 会いたくて、会いたくて、会いたかった『彼』がここにいる。

 私はなんとも言えない気分で、彼を見ていた。

「……あ」

 ただ、そこには違いもあった。

 いつも、凛とした表情で真っ直ぐに私を見てくる、想像の中の彼との明確な違いが。

「……笑うと、あんな風になるのね」


 結局、その自習時間の間。

 机の上にいる生き物との会話で、ころころと変わる彼の表情から、私の視線が外れることは無かった。

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