閑話 「魔王VS賢者VS指弾の魔術師」

「かかかっ!! やはり、見に来て正解じゃったな!! 久し振りに心が滾るわい!!」

「驚いたね。加減しているとは言え、僕を前に笑う余裕があるなんて」

「……帰りたいのじゃ。全てが懐かしく輝いていた、あの平和なひと時に」

 受けたダメージを全て幻痛へと変換する特殊な結界内で、三名の人物が目まぐるしく動き回っていた。

 一人は少女。

 一人は女性。

 一人は老人。

 それは余りにもちぐはぐな組み合わせだったが、仮にこの場を見ている者が居たとしても、そんな事は気にならなかっただろう。

 それよりも目を引く光景が目の前には繰り広げられていたのだから。

「くははっ!! リッジよ!! 腑抜けたことを言うでないわ!! 斯様かような戦場は、滅多に味わえるものではないのじゃからな!!」

「人の魔法を拳で払いながら、他人に気遣いか。相も変わらず『魔王様』は規格外だね」

「……儂としては、初級魔法とは言え無詠唱で、十、二十と多重展開して、二人を相手に弾幕を張る師匠も大概だと思うのですじゃ」

 それは異様な光景だった。

 老人に師匠と呼ばれた女性を中心に、『炎』が『水』が『土』が『雷』が『風』が、布石も無く、脈絡もなく発生し、『弾』となり、『剣』となり、『槍』となり、少女と老人へ襲い掛かっているのだから。

 だがその光景が異様なのは、それだけではない。

 女性が『魔法』と称した、それらの現象に対して、少女の方は拳をぶつけることで身を守っているのだ。

 拳をぶつけられたそれらの『魔法』は、あるものは純粋に軌道を逸らされ、あるものは不自然に消失し、少女に傷をつけるには至っていなかった。

 対して、同じように『魔法』に晒されている老人だが、ある意味では彼が取っている行動こそ、もっとも不可解なものであった。

 迫りくる『魔法』に対して、老人は『指を鳴らし』続けているのだ。

 そして、そんな彼の周りでは『襲い掛かってくる魔法』と『同じ魔法』が形成され、互いを喰らいあい、消失していくのだった。

「かかかっ!! 三百年前より腕を上げたではないか、ルーエ!!」

「『魔王』である君にそう言ってもらえると、僕の自尊心も報われるよ。……拳で術式を解除されてなければだけどね」

「……張り合って弾幕を濃くするのは良いのですがのぅ。儂に撃つ魔法まで増やさんで欲しいですじゃ」

「かかかっ!! 何をボヤいておるのじゃ、リッジよ!! なんだかんだ言ってまだまだ余裕があるではないか!!」

「そうそう。そもそもこれは戦闘訓練なんだから、これくらいで文句を言うんじゃないよ」

「……いや、師匠には一度ハッキリとお伝えしたかったんですがのぅ。これは戦闘訓練の範疇を確実に超えてますぞ? 幸いにもナイア君の乱入のお陰で、儂に来る魔法が半分になっているから、なんとか堪えていますがのぅ」

「そうかの? 弱体化している妾でも捌けるレベルじゃし、程よい準備運動じゃと思うのじゃが」

「ナイア君の言う通りだね。それに実践と違って安全が保障されている訓練だからこそ、限界を超える体験を積むべきだろう?」

「その基準は規格外のお二人のものですじゃ」

 そんな異様な光景の中で、三人は平然と会話を交わし続けるのだった。



 そうして、しばらく時は流れたのだが――

「ふむ。中々にスリルのある攻撃じゃが――こう続くと飽いてくるのぅ」

「そう言って貰えると、僕も助かるよ。そろそろ『初級』にも飽きてきたからね」

 ――やがて、少女と女性のそういう会話を契機として、場には変化が訪れた。

「おっ? ……なんじゃ、やっと空気が温まったかの?」

「……終わったのぅ。明日の儂の体は大丈夫かのぅ」

 女性から放たれていた『魔法』がピタリと止んだのだ。

 それを受けて、少女の方は笑みを濃くし、解すように肩を回す。

 対して、老人の方は瞳から色を消し、肩を落としていた。

「うん。お待たせしたね。……それじゃあ、『中級』いってみようか」

 そんな二人を確認すると、女性はそう言葉を紡ぎ――

「『追尾・炎ホーミング・フレイム』『氷槍・豪雨アイスランス・スコール』『地盤返しアース・リターン』『雷撃・爆破サンダー・エクスプロージョン』『暴風・領域ハリケーン・フィールド』」

 続けて、そう言葉を紡いだ。

「――っ!? おおっ!! やるではないか、ルーエ!!」

「うぬぅっ!! やはり無詠唱と合わせて各二つか!! 律儀に半分を儂に向けなくても良いと思うんですがのぅ!!」

 そして結界内は先程までがまるで天国であったかのように、地獄という形容詞が相応しいほどの戦場へと変わり果てたのだった。

「かかかっ!! 流石にこれは、今の妾の拳だけでは防ぎきれんな!!」

「指弾だけでは限界か!!」

 炎がどこまでも追いかけ、氷の槍が雨のように降り注ぎ、真下から岩盤が間欠泉のように捲り上がり、そこかしこで落雷による爆発が続き、立っていることが困難な程の暴風が吹きすさぶ、という地獄の中で、二人はそう漏らし――

「『炎弾ファイアー・バレット』『風刃ウィンド・カッター』。―――っと」

「『土壁アース・ウォール』『水鞭ウォーター・ウィップ』。――じゃ」

 ――少女は拳を止めずに。

 ――老人は指を鳴らしながら。

 ――言葉を紡いだ。

 瞬間。

 二人の周りにそれぞれ『魔法』が現れ、それぞれが女性からの『魔法』を迎撃した。

「うむ。詠唱と無詠唱で魔法を二重展開。更に妾の拳を合わせれば、捌けないことは無いのぅ!!」

「……いや、本当にこれ、半分ナイア君が受け持ってなかったら、死んどるぞい、儂。指弾発動、詠唱、無詠唱の三重行使で、ようやく捌ける『中級魔法』の弾幕とか、やはりあり得ないと思うんじゃがのぅ」

 二人は一瞬だけ、自らの行動の成果を確認すると、各自感想を漏らし、そして再び迎撃態勢に入った。

「『初級』で止められるか。……なんだかなぁ」

「かかかっ!! 数や規模は目を見張るものがあるがの!! 代わりに個々の術式が甘ぅなっとるぞ、ルーエ!!」

「君が僕を一足飛びの間合いから外してくれれば、僕だって心に余裕を持って術式を組めるんだけどね」

「なんじゃ、気付いておったのか」

「ん? ……ということは、なんじゃ。この激しい弾幕の原因は、ある意味ナイア君の所為という訳かのぅ」

 そして、激しさを増した戦場だが、三人が会話を止めることは無かった。

「妾が下がれば、数こそ減るが、威力、精度共に強化された弾幕が張られるだけじゃぞ? 試してみるか、リッジよ」

「うーむ。……お断りするのじゃ。良く考えたら、ナイア君が下がった隙に、儂に攻撃が集中するかもしれんしのぅ」

「……なんだ。気付かれちゃったか。そうしてくれたら、助かったのに」

「やっぱり考えてましたな、師匠」

「各個撃破は基本よのぅ」

「ナイア君も気づいておったか? ならば何故、提案してきたのじゃ?」

「……妾としては、集団戦よりも一対一の方が好きじゃからのぅ」

「好き嫌いで、儂を犠牲にしようとしないで欲しいのぅ!?」

「随分と余裕があ――」

 そうして。

 そんな会話の中で女性がそう言った瞬間――

「――っ!? 危なっ!?」

「――かぁっ!! 惜しいのぅ!! もう少しじゃったんじゃが!!」

 ――電光石火の速度で持って、距離を詰めた少女の拳が、女性の体を掠めていた。

「じゃがっ!! 捉えたぞ!!

「――ぐぅっ!!」

 そして言葉と共に、続けて放たれた少女の拳が、女性に炸裂した。

 間一髪で腕で受けることに成功した女性だが――果たしてその拳にはどれほどの威力があったのか。

 彼女は正しく矢のように、後方へと吹き飛ばされる。

 それを追うように、膝を曲げた少女だが――

「――ちっ。置き土産に『中級』かっ!! これは流石に無理じゃのぅ」

 ――そんな彼女に爆炎が襲い掛かった。

 舌打ちを一つ決め、溜めていた瞬発力で持って、少女は危なげなく後方へ飛び退き、爆炎を回避した。

 そうして少女は女性が吹き飛ばされた方向を睨むが、その視線は爆発が残した黒煙によって妨げられていた。

「――危ない所だったな。一応、これで距離は取れたけど」

 やがて。

 爆発によって生じた黒煙が晴れた頃になってようやく、少女は遠く離れた場所で、腕を摩りながらそう呟く女性を視界に捉えた。

「でも、おかしいね。ナイアの間合いからは一歩分は離れていたと思ったんだけど――君、ノゾム君の知識を使っただろう?」

「かかかっ!! バレてしまったか。妾をしても修練中の奥の手じゃったんじゃがのぅ」

 そのまま続けられた女性の言葉に対して、少女は笑いながらそう返した。

 ――その体に、僅かに紫電を纏いながら。

「『電気による身体操作』か。……まったく、無茶をするね。君は」

「そうかの? 割と便利じゃぞ。今はまだ数挙動の補助しか出来んがのぅ。それでも、不意打ちの『雷』を避けるに十分であったからの」

「……トリスから聞いていた『実技訓練』の答えはこれであったか」

 そんな少女と女性の話を聞いていた老人は、誰にも聞こえない程度の音量で呟きを漏らしていた。

「それにしても、異世界の知識を使うのはズルいんじゃないかい?」

「かかかっ。ルーエよ。その質問には、ノゾムから貰った異世界の言葉で答えてやろうぞ!! ――勝てばよかろうなのじゃ!!」

「……良い言葉だね」

「うむ」

「それじゃあ、――僕もその流儀に応じようかな!!」

 心なしか自信ありげに胸を張る少女を見つめ返しながら、女性は両手を上に翳し、言葉を紡ぎ始めた。

「――『世界』よ。矮小なる我が身が願い給う。我に害成す愚者共に、汝が理を持って裁きを与えんことを」

「――ちょっ!? 止めんか、阿呆!?」

「――なっ!? 師匠、それは!!」

 紡がれたその一節を耳に入れた瞬間、少女と老人は女性に向けて駆け出した。

「くぅっ!! 余りにも遠すぎる!! 間に合わぬか!!」

「師匠ーっ!! 儂はその流儀には反対ですぞ!! ご容赦を!! 情けを下されぇぇ!!」

 女性はそれを視界に入れながら、言葉を続ける。

「これより」

「見えぬ楔が汝らを穿つ――黙して地に伏し浅慮を恥じよ」

「見えぬ鎖が汝らを縛る――這いて蹲つくばり所業を悔いよ」

「呵責は無く、容赦は無く、思慮は無い」

「『理』は汝らを包み、覆い、被さり――潰す」

 そこで、女性は少女と老人を射竦めるように見つめながら、最後の言葉を紡いだ。

「受けよ――『重力・断罪グラヴィティ・コンビクション』」

 ――瞬間。

 女性に向けて駆けていた少女と老人が、まるで見えない何かに引っ張られるかのように、不自然な挙動を持って、勢いよく地面へと叩きつけられた。

「――がっ!?」

「――ぐぅっ!?」

 叩きつけられた衝撃と共に、苦痛を漏らした二人だが。

 その不自然な現象は、地面に叩きつけられた後も続いた。

「……あっ……ぐっ!? がぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!」

「ぐおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」


 ――絶叫が響き渡る中。

 少女と老人は永延と何かに潰されていた。



 数時間後。

 結界内に、もう『魔法』が飛び交うことは無かった。


「流石に『重力』は駄目じゃろう!? やはり鬼畜か、貴様!! 結局、三百年前と何も変わっておらぬではないか!!」

「先にノゾム君の知識を使ったのは、そっちじゃないか!! なんで僕を一方的に責めるんだい!?」

「あそこまで執拗に潰されれば、そういう気分にもなるわい!! 何を考えて、『重力』を『上級』でぶっ放したんじゃ!?!?」

「『中級』だと、君とリッジなら弾いちゃうじゃないか!! 攻撃を通そうとしたら、『上級』を撃つしか無いだろう!!」

「お主はあそこで穴に蹲っているリッジを見ても同じことが言えるんかのぅ!! 見てみぃ!! 酷い有様じゃぞ!! 無茶しおってからに!!」


 代わりに結界内には、少女と女性のそんな会話だけが流れていた。

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