第二閑話祭り 「第二王女」 「賢者&指弾の魔術師」 「龍王」 「新魔王」 「???」
某日
『勇国 王城 第二王女 寝室』
「ふふふっ!! 来たわっ!! 待ちに待ったこの時が!!」
広い部屋。
雅であり、豪奢であり、絢爛な一室の中で、一人の少女が声を上げて嗤っていた。
「まさか……まさか、まさか、まさか。向こうから、そう動いてくれるなんて」
彼女は一枚の紙切れを手に持ち、堪えきれないというように、笑みを零す。
「これも私の日頃の行いが良いからね……。ああっ!! やっぱり、世界は私の為に回ってるわっ!!」
言葉と共に、彼女は高らかに笑いだした。
堪えることを止めた彼女の声は、明確に喜悦の色を帯びていて、彼女の感情の強さを表していた。
「はははっ!! ……ふぅ……ふぅ」
しばらくの時を置いて、彼女は落ち着きを取り戻したように、息を整え、静かになる。
そして彼女は手にしていた紙切れを、愛おしむようにそっと撫でた。
「……長かったわ。本当に。やっと会えるわね――ナリカネ ノゾム」
同日。
『リーネ大学 理事長室』
「……参ったね。そうきたか」
「……師匠。マズいことになりましたな」
広い部屋。
最低限の椅子や机だけが置かれたその部屋で、一人の女性と老人が一枚の紙を前に、苦渋に満ちた声を漏らしていた。
「本当に下手を打ったな……やはり、僕は『賢者』という柄では無いみたいだね」
「……この動きは読めませんでしたな。よもやそれ程までに執着しているとは」
「ノゾム君たちの話をもっと重く捉えるべきだったか……『アリア・アルレイン・ノート』か。大した執念だよ」
そう言うと、女性の方は座っていた椅子の背もたれに体重を預けた。
その仕草には、僅かな疲れが伺える。
「ええ。――ですが、こちらにとっても都合が悪いだけではありません。むしろ、『勇者』であるエル様に知られずに動ける、ということは十分なメリットとなりましょう」
それを視界に入れていた老人は、首を軽く横に振り、紙から視線を切ると、そう言葉を紡いだ。
「……スピード勝負だね。僕が十分な証拠を早く見つけられれば、『勇者パーティ』と『魔王』の和解は出来るだろう。その後なら安全に、ノゾム君たちも『剣国』もしくは『聖国』へ移動できる筈だ」
「知識を持った彼らを逃がすのも、悩ましい話ですが」
「彼らが死んだ後で、失われた知識を思って泣くよりはずっと良いさ。……でも、その方法を使うには、『剣聖リリィ』、『聖女ユリス』 二人が納得出来るだけの証拠を掴まないといけない」
そう話した所で、老人の方が女性に対して向き直り、目線を合わせながら問いかけた。
「師匠……可能でしょうか。儂としては、博打がすぎると思うのですが」
「僕もそうさ。……でも、この流れは変えられない。僕の要請は『賢国』を通して交渉され、承認された。この話を断るという事は、『賢国』が『勇国』の王族を拒絶したという事になる。隣国として今まで友好的に付き合ってきた関係を、こんなことで壊す訳にはいかないからね」
「それは分かってはおりますが……万が一にも彼らが失われてしまうことになれば」
「そうだね。……だから、君が彼らを守るんだ――『指弾の魔術師シンド・ノルリッジ』」
言葉と共に、女性は指を鳴らして、老人を正面から見据えた。
「……」
「僕は君になら出来ると思っている。『賢者』である僕をして、初めて弟子を取らせたい、と思わせた『君』になら」
「……相変わらず、師匠の無茶振りには困らされますじゃ」
老人は彼女の言葉に対して、視線を落とし、首を大きく左右に振りながら、呆れたようにそう返した。
――彼女から隠した表情に、隠しようの無い笑みを浮かべながら。
「その全てに応えてきた君にも……責任はあるさ」
彼女はそんな老人に、薄い笑みを浮かべながら、言葉を返し、視線を戻した。
『勇国 第二王女 アリア・アルレイン・ノート 留学報告書』
――そう書かれた紙の上に。
同日
『龍山 某所』
「……久しいな」
「――っ!? 父上っ!?」
端を伺う事すら出来ない程の壮大な広間に、地鳴りを思わせるような、重量感を持った声が響いた。
それを受けて、一体の――『ドラゴン』と表現するべき生き物が大仰に振り返った。
彼の視線の先では、一人の青年が愉快そうに、その『ドラゴン』を見つめていた。
「ドラザよ。父である我を見て、顔を驚愕に引きつらせるのは止めよ」
「はっ!! 大変、失礼致しました……しかし、父上が宝の間よりお目覚めに成るなど、二百年振りでしたので」
「ふむ。もう、そんなになるか。……童であったお主が翼を持つ訳だ」
「有難きお言葉!! ……しかし、父上。此度の急な目覚めは如何なされたのですか? ――おおっ!! まさか遂に、新たな財を狙って、人間たちへの侵略を開始するのですかな!?」
言葉を発するごとに感情を変える『ドラゴン』に、青年は落ち着けと言うように手を翳しながら、言葉を紡いだ。
「そうではない。――先日、ほんに微かに、香る程度に僅かに――だが『懐かしき魔力』を感じてな」
「……『懐かしき魔力』ですか?」
『ドラゴン』はそんな青年の言葉に、まるで分からないとでも言うように首を曲げていたが――
「ああ。我から唯一『財を盗みし阿呆』の魔力をな」
――続く青年の言葉を受けて、またしても、自身の顔を驚愕へと染め上げた。
「――っ!? なっ!? あり得ませぬ!! 彼の存在は三百も前に、『消滅』が確認されて――」
「――我とてそれが『満月』と重なってなければ、『気のせい』と済ませたかもしれんがな」
「……そっ、そんな」
「そもそも、あの『阿呆』は、この世界で唯一、我と殴り合えた存在だ。……それなら、何があってもおかしくないと思わないか?」
もはや言葉を失った『ドラゴン』の前で、青年は口元を手で隠していたが、その喉元は、こみ上げてくる感情を抑えられぬとでも言うように、咽を繰り返していた。
「……失礼ながら、随分と愉しそうですね、父上」
思わず、理解出来ないと言うように、言葉を投げた『ドラゴン』に――
「殴り合える相手が居る。それでこそ拳に意味がある」
――青年は、口元を隠していた手を、拳に変えながらそう言った。
「……」
「まぁ、まだ分からん。前に感じたのは本当に小さな魔力で、辿ることすら出来んかったからな。……だが、ドラザ。心構えはしておけ」
「……という事は」
「ああ。次に『阿呆』の魔力を感じたのなら――挨拶に行くからな」
「……はっ。畏まりました。我が父よ」
広間では『ドラゴン』が深く頭を下げていたが、踵を返した青年がそれを視界に入れることは無かった。
同日
『魔大陸 某所』
「……ぐはっ!?」
「言わんこっちゃない。だから、僕に従えって言ったのに。わざわざ、三百年も前にさ」
石造りの柱が乱立する広場にて、二つの気配が存在していた。
一つの気配は今にも消えそうな程に弱いモノだったが、もう一つは、まるで具現化でもしたように、強くその場を支配していた。
「ぐぅっ……誰が……貴様なんかに!!」
「ふーん。地を這いながらも、威勢だけは衰えず……か。やっぱり、実質的なナンバー2だったことはあるよ。……その分、惜しいねぇ。どうだい? 最後に、もう一回だけ聞いてあげるけど、僕に仕える気はないかい?」
「……我は……我が心は……すでに捧げておる……『魔王』様に!!」
「――っ!! だから、わっかんないかなぁ!! 今は僕が『魔王』だっていう事がさぁ!!!!」
「あっぐ……ぁぁぁああああああああああああああ!!!」
「……はぁ……はぁ。――っと、いけね。やり過ぎちゃったか。『魔王』が絡むと、すぐ熱くなるのは僕の悪い癖だな」
「……」
「ううん。これはもう、使えないか」
「……」
「まぁ、良いか。これで、三百年前を知る奴は全員潰したし――ふふっ。今日から本当に僕が『魔王』だ」
やがて、一つの気配は完全に消え、広場に残る気配は一つとなった。
『世界』の誰も、全ては知りえない。
この『世界』で、何が起きているのかなんて。
――けれども、時間は流れ、事象は動く。
――未だに見えない『結果』に向けて。
その過程を全て観測するなんて、『神』にしか出来ない芸当だろう。
「ふふふっ!!!! 本当に楽しくなってきたね!! 今回のゲストは大当たりだよ!! 君には感謝しないとねっ!!」
「……期待に応えられたなら、良かったよ」
「おや? ……珍しいね。君が表情を浮かべるなんて」
「君は私を何だと思っているのかな?」
「つまらない、ぶっきらぼう、面白みがない、細かすぎる、ケチ、守銭奴、悪魔、友達甲斐がない、付き合いが悪い、ノリが悪い――」
「そいつは悪かったね。それじゃあ、今度から頼み事は、他の神にお願いしてもらっても良いかな?」
「――なんて言う欠点を加味しても、付き合っていきたい素晴らしい友人だと思っているよ。だから、私を見捨てないで欲しい」
「分かれば良いんだよ」
「……で、どうして普段は無表情な君が『苦虫を噛み潰したような顔』をしているのかな」
「……さぁてね。私にだって分からないことはあるさ」
「自分のことなのに?」
「自分のことだからね」
「ふぅん……まぁ、良いさ。君が送ってくれた『ゲスト』のお陰で、安定していたこの『世界』も大きく動いてくれそうだ」
「……そうかい、そいつは良かったね」
「ああ!! 私はこれを待ってたんだ!! この激しい変化を!! 激しい転化を!!」
「……」
「願わくば!! この『世界』の行く末が、私にも予想出来ないモノでありますように!!」
「相も変わらず、君は自分勝手だね。まぁ、それは彼を送った私も同じか。……私にその権利は無いんだろうけど――」
――願わくば、二度目の彼の人生が『理不尽』な結果で終わりませんように。
そう呟いた神の祈りは、余りにも小さすぎて、誰の耳にも届くことは無かった。
言葉を紡いだ神自身の耳にさえ。
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