第62話 「嘘だッ!!」

「さて、そろそろ聞かせて頂きたいですわ。ノゾムさん。昨日は何があったんですの?」

 それは、賢者さんに呼び出しをされた翌日のお昼の事であった。

「ああ。俺も教えて欲しいぜ。お前が、あの賢者様と付き合いがあるなんて、知らなかったからな」

「………私も知りたいです」

 大学内の食堂にて、食事をしている俺は同じクラスの仲間から、賢者さんとの関係について説明を求められていた。

 まぁ、賢者といえば、三〇〇年前に『魔王殺し』という偉業を成し遂げた『勇者パーティ』の一人だし、言うなれば生ける伝説である。

 海賊で言うなら、白い髭のゴッドファーザーか。

 うん。

 クラスメイトがそんな存在から呼び出しをされたら、普通に気になるよな。

「あー。まぁ、色々とありまして」

 だが、彼らには悪いが俺としてはそう言うしかない。

 俺はチラリと同じパーティのナイアを見た。

「美味いのじゃー!! おばちゃん!! もしかして、油を変えたのかのぅ?」

「あらっ!! 本当に嬉しいとこに気づいてくれる嬢ちゃんだねぇ!! ほれ、もっと食いな!!」

「かかかっ!! 妾ほどになれば、容易いことじゃて。有難うのぅ!!」

 ……あそこで、食堂のおばちゃんとはしゃいでいる少女が、実は三〇〇年前に人類を恐怖に陥れていた魔王だと誰が言えるだろうか。

 更に付け加えるなら、俺自身も異世界人だしな。

 ナイアが魔王で、俺が異世界出身だから呼ばれました、なんて言えば面倒ごとになるのは必至である。

「……ノゾム。それは酷いぜ。昨日、『明日になれば教える』 って言ってたじゃねぇか」

「ナンバ……本当に悪いんだけど、話せるような内容じゃ無かったんだ」

 俺は両手を上げて、降参の意思を示しながら、首を左右に振った。

 友情を裏切るようで悪いが仕方が無い。

 気の毒だが、正義のためだ。

「……そうかい。まぁ、こっちも興味本位だしな。無理に聞いて悪かった」

 俺の返事を聞いたナンバはそう言うと、前のめりにしていた体を退いてくれた。

 相も変わらずナンバの兄貴は良い人である。

「……悪いな、ナンバ」

「――ただ、これだけは言っておくぜ、ノゾム」

 だが、思わず漏れた俺の謝罪の言葉を遮りながら、ナンバは続きの言葉を紡いだ。

「男なら惚れた女を泣かせるんじゃねぇぞ」

「……はい?」

 目を閉じて、自分の発言に静かに頷くナンバに、俺はそう言葉を返した。

 なんだろう。

 何か、凄く嫌な予感がする。

「……相手が賢者さんなんて、ノゾム君、凄い」

「……話せないなんて、いかがわしいですわ」

 聞こえてきた声に振り返ると、しみじみと呟くメグリさんと、なんだか凄い怖い顔でこちらを見ているローゼさんがいた。

「あ、あの? 二人とも?」

「……大丈夫ですよ、ノゾムさん。私も詳しく聞くのは我慢しますし、誰にも言ったりしませんから」

「……」

 振り返った俺に、優しい表情でそう言うメグリさんと、ただただ黙ってじっと見てくるローゼさん。

「……ご主人。なんだか、もの凄い勢いで誤解が生まれていると思うんですが」

「……奇遇だな、ノワール。俺もそうだ」

 そんなクラスメイト達の反応を見て、俺と頭の上の黒猫は、現状が思った以上にやばいことに気付いた。

「皆さん……、一応言っておきますと、俺と賢者さんは何でもないですからね?」

「大丈夫だぜ、ノゾム。相手は英雄だからそう言うしかないんだろう? でも、俺は応援するからよ」

「……私も」

「……」

 あ、これはどうやら間違いないな。

 ばっちり、勘違いされてるっぽい。

「いや、マジで何もないから。……というか、どうしてそういう感じになってるんだ?」

「いや、昨日の教室での行動を見れば、一目瞭然だっただろう」

「……賢者様。凄く熱っぽい視線で、ノゾム君を見てた」

「……」

 原因を理路整然と説明してくれるクラスメイト。

「アッチャー」

「アッチャー」

 そんな彼らを前に、俺とノワールは思わず、そう言いながら額を叩いた。

 それは否定できないわ。

「あれは、熱は熱でも一種の知恵熱でしたけどね」

「ノワール。上手いことを言ってないで助けろ」

「もう、無理ですよ。ご主人。神にでも祈りましょう。ヴードゥーブードゥマルヤケソ」

 俺は、人の頭の上で謎の神様に祈りだした黒猫を無視して、なんとかしようと言葉を投げた。

「あれは賢者さんの暴走だよ。本当に俺と賢者さんは何もない」

「それじゃあ、どうして賢者さんはあんなにお前に迫ってきたんだ?」

「……うん。あの様子は、普通じゃなかったよ?」

「……」

 ううん。

 異世界人である俺の知識にテンションが上がっていたから……なんて言えないよなぁ。

「……それは話せないんだけどさ」

 俺としては、肩を落としながら、そう言うしかない。

 我ながら、説得力の欠片も無いとは思いつつも。

「おおっ!! ソウルが!! ソウルが下りてきましたよっ!!」

 ノワール。うっさい。

「……本当にノゾムさんは、賢者さんとお付き合いしてませんの?」

 ――と、その時。

 ずっと黙っていたローゼさんが口を開いた。

「ええ。天地神妙、森羅万象に誓って」

 俺はそんな彼女の目を見ながら、きっぱりと言い切った。

 実際、この誤解はここで解いておかないと、賢者さんの名誉にも関わってくるからな。

 未来ある自国の若者に、誤解されるのは、この国の英雄である彼女の本意ではないだろう。

「……分かりましたわ。私はノゾムさんの言うことを信じさせて頂きますわ!!」

 そんな俺の真摯な気持ちが伝わったのか、彼女は微笑みながらそう言ってくれた。

 女神がここにいた。

「……ローゼちゃんにとっては、その方が良いもんね?」

「なっ、ななな何を言いますのっ!? メグリっ!?」

 何やら女神は友達と話していたが、感動していた俺には良く分からない。

「おお。ありがとうございます!! ローゼさん!!」

「いっ、いえ。同じ級友ですもの。信じるのは当たり前ですわ」

 ありがてぇ。

 なんて優しい人なんだ、ローゼさん。

「いやでも、昨日のあれを見てたらなぁ……」

「……うん」

 だがナンバとメグリさんは、どうやらまだ疑っているらしかった。

 ううん。

 ちょっとだけ雰囲気は変わったけど、二人の疑念を晴らすほどでは無かったか。

 後、一つ。

 後押しがあれば、誤解も晴れそうなんだけど。

 俺がそう考えていると――

「……あー。もう久しぶり過ぎて、どんなキャラだったか忘れちまったぜ」

 ――後ろから、聞き覚えのある少年の声がした。

「おおっ。リッジじゃねぇか。久しぶりだな」

「おぅ、ナンバ。……ん? 他にも人が増えてるじゃねぇか」

「お久しぶりですわ、リッジさん」

「……久しぶり、リッジ君」

「久しぶりだぜ。なんでぇ、しばらく見ないうちに華やかになったな」

 それは、一週間ぶりに見るクラスメイトのリッジ君であった。

「もう、学校に来れるのか?」

「……ああ、師匠の手伝いも落ち着いたんでな」

 俺は、カウンターを一つずれて、リッジの席を作りながら、質問をした。

 リッジも座りながら、そう返す。

 実はこのリッジ。

 本当はこの学校の理事長であり、賢者さんの弟子なのだ。

 この一週間、師匠である賢者さんの魔術実験に付き合わされてたらしく、なかなか学校で見かけることは出来なかったんだが。

「それより、なんかさっきまで盛り上がってたみたいじゃねぇか。俺が休んでる間に何かあったのか?」

「おう。まぁ、一つすげぇことが起きてな」

 そんなリッジの質問に対して応えたのはナンバだった。

 彼は簡単に昨日の事をまとめて伝え、俺と賢者さんが付き合っているかもしれないとリッジに話した。


「くくくっ……!! あっははははははははははははははっ!!!!!!」

 ――と、そう言う話を聞いたリッジは、最初こそ腹を抑えて低く声を漏らしていたのだが、やがて我慢できないというように大声で笑い始めた。

「おっ、おい!! どうしたんだ、リッジ」

 あまりにも急に起きた彼の変化に、説明をしていたナンバが驚きながらそう声をかけた。

「あははははっ!! 滅茶苦茶、面白れぇことになってんじゃぇか!! 何してんだ、あの人は!!」

 だが、リッジはそんなナンバには構わず、おかしくて堪らないとでもいうように、机をバンバンと叩きながら、笑い続けた。

「ははははっ!! やっべぇっ!! 本当に腹がいてぇ!!」

 ナンバはそんなリッジを戸惑ったように見ていたが、俺からすればコイツの気持ちも分からんでもない。

 いきなり、師匠の醜態を聞かされた訳だしな。

 弟子としては普段とのギャップも相まって面白いのかもしれない。



「くくくっ……ひー……ひー」

「……落ち着いたなら、お前からも言ってくれよ。誤解だって」

 少しして、やっと落ち着いてきたリッジに俺はそう声をかける。

 彼なら俺たちの事情は知っているし、味方になってくれるだろうと考えたからだ。

「はーっ。……ああ、分かったぜ。ナンバ、賢者様が恋愛なんてありえねぇよ」

 笑いが収まった彼は、まだ乱れている呼吸を落ち着けながら、そう言った。

「あの人は、昔からそう言う話とは縁がねぇんだよ。研究にしか興味がない人だからな」

 そのまま、そう続けるリッジ。

「なんでお前が賢者様なのこと知ってんだよ?」

「……気になる」

「ああ。俺はあの人の弟子だからな」

「なっ!?」

「ええっ!?」

「本当ですのっ!?」

 そんなリッジに対する疑問に対して、彼は平然とカミングアウトを果たした。

「ああ、本当だぜ。まぁ、だからあの人が恋愛なんて柄じゃ無いことも知ってんだよ」

 したり顔でそう言いながら、言葉を続けるリッジ。

「あの人はマジで研究にしか興味がねぇからな。俺はあの人の周りから男の匂いを嗅いだことはねぇよ」

 それからもナンバたちの質問攻めに、リッジは堂々と答えていった。

 そんなリッジの言葉はそれなりの説得力を持っていたみたいで、食事時間が終わるころにはナンバもメグリさんも誤解を解いてくれたみたいだった。



「助かりました……理事長」

「構わんよ。ノゾム君」

 昼食を終え、教室に戻る途中。

 俺はリッジ君と共にさりげなく最後尾を歩き、こっそりとそう会話をした。

「後、この姿の時はリッジと呼んでくれんかのぅ? 口調もタメ口で構わん」

 誰が見てるか分からんからのぅ――、と続ける彼に俺は了解を返し、俺はそのまま会話に移った。

「分かったよ。でも、本当に有難うな、リッジ」

「良いってことよ。俺にとっても、面白い噂だったけど、放っておくと面倒くさそうだったからな」

 口調を戻して、俺の背中をバシバシと叩きながらリッジはそう言った。

 ……結構、演技派だよな、この理事長。

「でも、ここだけの話。恋愛の話を師匠にするんじゃねぇぞ? ノゾム」

「ん? 別にするつもりも無いけど、なんでだ?」

「……ちょっと、待て。一応、防音結界張るわ」

 そう言うとリッジは指を鳴らした。

 その瞬間。

 最後尾を歩く、俺たちと少し前を歩くナンバ達との間に何か半透明な板の様な物が現れた。

「防音結界ってことは……」

「ああ。これで前の奴らに音が漏れるってことは無い訳だ」

 そこで、いきなり声を落として、内緒話のように言葉を続けるリッジ。

「食堂ではああ言ったし、その通り師匠は普段、研究のことしか考えてねぇ。……けどよ、本当に偶にふと憧れるみたいでな? 『どうして僕は良い人と出会えないんだろうか? 三〇〇年も生きているのに……』 とか、呟いてたりするんだよ。滅茶苦茶、哀愁を帯びた感じでな」

 流石にあれは洒落にできねぇ――と笑いながらそう言うリッジ君。

 十分洒落にしてると思うが、俺が今の彼に言えることはそうじゃなかった。

「……リッジ。ちょっと後ろを見てみろ」

「あん? ……えっ?」

 その数瞬後。

 後ろを向いたままの姿勢で、リッジは固まってしまった。

 なぜなら――

「……洒落に出来ないか。君はいつの間にか、師匠を敬うということを忘れてしまったみたいだね」

 ――御馴染の長いローブを纏った賢者さんが、いつの間にかリッジのすぐ後ろに居たからである。

 勿論、彼女はしっかりと防音結界の中に入っていた。

「しっ、師匠!! なんでっ、ここに!? 王族に会いに行かれたのでは無かったのですか!?」

 リッジはそんな突然の状況に混乱しながら、そう聞く。

「それはもう行ってきたさ。預かってきた資料の管理について、君に少しだけお願いをしようと思って、一旦帰ってきたところだよ」

 そんな質問に対し、賢者さんはフードを深く被ったままそう言った。

 お陰で表情などは全く見えない。

 その姿はまるで黒王様である。

「悲しいなぁ。唯一の弟子にそう思われていたなんて」

「いやっ、師匠!! これは違うんですよ!?」

「僕もこの五〇年。師匠として接してきたつもりだけど、どうやら初めての弟子だからって甘やかしすぎたみたいだね」

「勘弁してください!!」

「これは教育しなおさないといけないな。ノゾム君。ごめんね? そう言う訳でちょっとこの弟子借りるね」

「嫌だっ!! 俺はっ!! いやだぁぁぁああああああああああああああああ!!」

 彼はそんな叫びだけを残し、賢者さんと一緒にどこかに転移してしまった。

 悲しいことに、悲痛な叫びを伴った彼の去り際は、自身が張った防音結界に阻まれ、前を歩くクラスメイトにすら気付かれることは無かった。




「あれ? リッジの奴はどこ行った?」

「……アイツは『転校』したよ」


 ――教室に着いてからのナンバの質問に、俺はひぐらしの鳴き声と共にそう返すのだった。

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