第61話 「ヒッテンミツルギスタイル」

「かかかっ。なかなか楽しめたぞ、ルーエよ」

「……まったく、君って奴は」

 ナイアと賢者さんが戻ってきたのは、俺とノワールが神々の真似をして遊んでから、少し後のことだった。

「お疲れ様です」

「お二人とも、お疲れ様です」

 俺たちは二人にそう返す。

 ……二人にというか、この場合は賢者さんに向ける意味合いが非常に強いのだけれど。

 うちのナイアはとても良い魔王様だが、元気が有り余っていて全力についていくのは大変なのである。

 少なくとも、ステータス的に考えるなら、俺とノワールには出来ない。

「うむ。二人ともただいまなのじゃー」

「ああ……ありがとうね、ノゾム君、ノワール君」

 ご機嫌なナイアはこちらに近づき、そのままノワールを抱き上げたが、お疲れの賢者さんは対面の椅子によろよろと座るのだった。

「なんだか、ナイアがすいません」

「……いや、ノゾム君が謝ることじゃないさ、僕自身の忍耐が足りなかったことも原因なんだし」

 彼女はそこまで言うと、一度顔を横に振る。

 ナイアの挑発に負けた自分を恥じているんだろうか。

 しばらくそうしていた賢者さんだが、やがて、大きく目を開けて、閉じ、目元を揉んだ後で、改めてこちらを見据えてきた、

「さて、僕から呼び出したのに待たせてすまなかったね、ノゾム君」

「いえ、こちらこそナイアが大変失礼をしました」

 気持ちを切り替えたような彼女と、お互いに頭を下げあう。

 それで完全に空気は一新された。

 視界の隅ではナイアがノワールを開放していた。

 魔王様も一応、話を聞く姿勢というものは弁えているようだ。

 ……ノワールを下ろす場所が、俺の頭の上なのは問題だと思うんだが。

「……さて、君を呼び出した理由については話した通り、鑑定妨害の効果を持った魔法具の譲渡と、異世界の知識に対するお礼だ」

 そんな光景に触れずに、話しを続ける賢者さん。

 なかなかのスルースキルをお持ちである。

「ええ。本当に有難う御座います。こんな貴重な物を……」

「僕に対して、お礼は要らないよ。君が提供してくれた異世界の知識からすれば、これくらいじゃお返しにならないさ」

 そこで言葉を区切り、少し考えるようにする賢者さん。

「僕の用事はこれで終わりなんだけど……どうしようかなぁ」

 続けて彼女は、心底悩ましそうに、そう言葉を漏らした。

 ……さすがに、目の前でそんなことをされると、気になるのが人というものである。

「あの、どうかしたんですか?」

 俺がそう言うと、彼女は背中を押されたように口を開いた。

「……いや、三〇〇年前に僕たち『勇者パーティ』が起こした間違いである『魔王殺し』について、僕以外の三人も含めて、ナイアに謝罪したいんだけどね」

 彼女はそう言うと、頭が痛いとでもいうように、こめかみを抑えながら続きを話す。

「前の話し合いから、三〇〇年前の『魔王殺し』に『第三者』が関わっていた可能性が出てきたよね?」

「ええ、そうでしたね」

 人畜無害の魔王であったナイアを、人類の敵となるように印象操作し、勇者パーティを利用して殺させた存在。

 詳細は不明だが、そういう存在が居たことは間違いないだろうと、俺たちはこれまでの話し合いから確信している。

「問題はその『第三者』が人間だった可能性があることなんだよ」

 彼女はそのまま、言葉を続けた。

「ノゾム君たちに想像してほしいんだけど、昔の仲間が『魔王は実は良い奴だったよ!! むしろ、疑うべきは僕たち人間側だ!!』なんて言いながら、魔王を紹介してきたらどう思うかな?」

「……洗脳ですね」

「……洗脳ですね」

「……洗脳じゃのう」

「……だよねぇ」

 俺たちの返事を確認すると、彼女は苦笑いを浮かべながら、同調した。

 実際、そんな事が起こればそれはもう洗脳だろう。

 額にMのマークとかが出ていてもおかしくは無い。

「だから、僕としては三〇〇年前の出来事をもう少し調べてから、仲間に声をかけようと思ってる。はっきりとした証拠があれば、皆も話しを聞いてくれる筈だからね。……ただそうすると、僕たちがナイアに謝るのが遅くなるから悩んでいたのさ」

 彼女はそう言って言葉を締めくくった。

 成る程。

 彼女の言っていることは分かった。

 三〇〇年前の誰かも分からない人物の陰謀を調べるなんて、確かに頭を抱えたくなる悩みだろう。

「別に妾は良いぞ? 謝罪など無くてものぅ」

 だが、そんな賢者さんの話を聞いたナイアは、あっけらかんとそう言った。

「前にも言ったが、そこまで恨んでおらんからのぅ」

 自分が殺された事件について、さらっと水に流すナイアさん。

 相変わらず、とんでもない広さの懐をもつ魔王様である。

「そう言う訳にはいかないだろう。……少なくとも僕たちは自分が犯した罪を知って贖罪をするべきだ」

 だが、賢者さんはナイアの言葉を受けながら、凛としてそう返した。

「ふぅむ。難儀な性格じゃのう」

「――それに、ナイア。彼女たちの誤解を解いておかないと、ばったり会っただけで、また殺される可能性が残るんだよ?」

「早う誤解を解くのじゃ。ルーエ」

 そんな賢者さんにナイアは折れるのだった。

 ……いや、実際それは不味いな。

 会った瞬間殺されるなんて、無差別流の格闘家が母親に会えなくなるくらいのペナルティーだぞ。

「――それに、僕だけがいつまでも『殺した』というネタでからかわれるのは不平等だからね。エルたちも同じように責められるべきだ」

 その後で小さく零した賢者さんの言葉は、やたらと実感が篭っていた。

 まぁ、ナイアはさっき恨んでないっていったけど、やたらと『無実だったのに殺された』アピールをしてくるからな。

 賢者さんとして、自分だけがそう言う目に合っている現状が納得いかないのかもしれない。

「なるほど、それがお悩みでしたか」

「まぁ、殆ど自業自得なんだけどね。……本当は三〇〇年前に、もっと『魔王』について知るべきだったんだから」

 そう言って賢者さんは、かぶりを振る。

 やはり三〇〇年前のことは、賢者である彼女をしても、後悔が尽きないのだろう。

「俺たちで何か手伝えることはありませんか?」

 俺はそんな彼女を見て、気付けばそう問いかけていた。

「いや、でもこれは謝るべき僕たちの問題で……」

「誤解が解ければ、俺たちだって助かりますし、是非、協力させて頂きたいんですが」

 申し出を断ろうとした彼女の言葉を遮って、俺はもう一度聞く。

 この数日で分かったのだが、この賢者さんは良い人だ。

 そんな彼女が、いつまでも悩んでいるのは見たくなかった。

 ナイアだって、賢者さんの迷いを晴らすために、をわざと殺されたことをネタにしている節があるし、俺に出来ることがあれば、是非とも力になりたかった。

「……ふふ。ありがとう。そう言って貰えると助かるよ」

 そんな俺に折れる形で、彼女はそう言った。

 柔らかく笑ってくれた彼女の返事に、俺の心は舞い上がった。

「――でも、正直、お願いすることが無いんだよねぇ」

 そしてその上で、ばっさりと切り捨てられた。

 隙を生じぬ二段構えである。

「……」

「ご主人。落ち込まないで下さい。そもそも、私たちがお役に立とうなどと、思いあがっていたのが間違いだったのです」

 牙を躱しはしたものの、吹き荒れる風によって体の自由を奪われ、爪によって引き裂かれた俺に、頭の上の黒猫はそう声をかけてくれた。

「ええっと、なんだかごめんね? そこまで、落ち込まないで欲しい。君たちだから駄目っていう訳じゃないんだ」

 そうやって落ち込んでいると、賢者さんは慌てながらそう言ってきた。

「……そうなのですか?」

「うん。……っていうのもね、これから僕がやろうとしてるのは、各国を周りながら当時の資料を集めることだから」

 賢者さんの言葉を聞いて、とりあえず俺は落ち込むのを止めた。

 そんな俺を見て、彼女はほっとしたように息を軽く吐いて、言葉を続ける。

「三〇〇年も昔の資料なんて、残ってたとしても相当重要な物だろうからね」

 そういう彼女の言葉で、俺は察した。

 重要な資料なら、一般人である俺には見ることは出来ないだろう。

 これは賢者という肩書を持った彼女だからこそ、可能な調べものなのだ。

「なるほど、そう言うことでしたか」

「うん。気持ちは本当に嬉しいんだけどね」

 そう言うと彼女は笑った。

「あ、でも集めてきた資料とかは、君たちにも見て欲しいかな。また、君たちが気づくこともあるかもしれないから」

「分かりました。それくらいなら、お任せください」

「ええ。私も御爺様の名にかけて、資料を読み解いてみせましょう」

 そんな賢者さんの言葉にノワールもそう答えた。

 前回の推理が上手く出来たことに対して、テンションが上がっているようである。

 <スキル>であるコイツには、じっちゃんは居ない筈だけどな。

「うん。期待しているよ」

 ぐう~。

 っとその時、賢者さんの言葉に被る形で、ナイアのお腹が鳴りだした。

「ううむ。先ほど動いたからかのぅ。ノゾムよ、妾は、そろそろ腹が減ったのじゃ」

「そう言えば、放課後になってから結構経つな」

 俺がそう言って壁の時計を見ると、結構良い時間になっていた。

「うん。まぁ、丁度良いし、今日の所はこれで切り上げようか。また、何かあったら僕から声をかけるね」

 そんな俺たちに苦笑しながら、彼女はそう言いながら席を立つ。

「さて、遅くなったのは呼び出した僕の所為だし、送るよ。学生寮で良いのかな?」

 顔を隠すようにフードをかぶりながら、そう声をかけてくれる賢者さん。

 この異世界でも、有名人は大変そうである。

「本当ですか? 助かります」


 そうやって、俺たちは理事長室を後にした。

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