第60話 「この世界が神様の作ったシステムの通りに動いてるってんなら……」

「さて、ご主人。二人は何処かへ行ってしまいましたが、私たちはどうしましょうか?」

「んー。まぁ、ここで待っておくってことで良いんじゃないか? 正直、連絡手段もないこの世界で、逸れたら怖い」

 ナイアが賢者さんと一緒に理事長室を出てから数分後、残された俺とノワールはそう会話をしていた。

 この世界には携帯が無いのだ。

 それはつまり、すれ違った際の連絡手段が無いということだった。

「書置きでも残せば良いじゃないですか。二人が出てから数分立ちますし、戻ってくるのをただただ待つよりは、こちらから探しにいった方が早いと思うんですが」

「ノワール。それは確かにそうかもしれんが……仮に二人を見つけたとしよう。高確率で口論の真っ最中だぞ? 仲裁に入れる自信はあるか?」

「……無いですね」

「だろう? それなら追いかけっこを終わらせて、頭が冷えた二人が帰ってくるのを、ここで待つ事が一番だと思わないか?」

「そうかもしれませんね。ご主人が動きたくないだけの気もしますけど」

「心外だな」

「ですが、ご主人。一つお願いがあります」

 一応、渋々ながら俺の意見に納得したようなノワールがそう言ってきた。

 まだ、何か不満があるんだろうか?

「うん? どうした急に畏まって」

「何か話題を提供してください。暇です」

「……お前は本当に俺を主人だと認識しているのか?」

 当たり前のように、主人に暇つぶしを要求してくるスキルに、俺はご主人としてささやかな疑問を投げる。

「良いじゃないですか、ご主人。正直、ご主人だって暇でしょう?」

「俺は暇を甘受するのは嫌いじゃないんだが……まぁ、良いか」

 俺は溜息と共にそう言った。

 どうせ、何か話題を提供するまで絡まれるのだ。

 男は諦めが肝心なのである。

「話題ねぇ……。そう言えば、ノワール。少し疑問だったんだが、お前は生み出された時に、俺の記憶を共有したんだよな?」

「また唐突ですねぇ、ご主人。……ええ、その解釈で間違いありませんよ。私がご主人が元いた世界の文化を理解しているのもそれが原因ですからね」

 こちらを見ながら、そう言うノワールさん。

 ……文化ねぇ。

 俺の記憶なんて、基本的にアニメや漫画やゲームなどという俗物的な物のはずだが。

 良い言い方をするものである。

「お前、アレだろ? 趣味とか、休日の過ごし方として、漫画を読むことを読書だとか、劇場版アニメ見ることを映画鑑賞だとか言っちゃうタイプだろ?」

「さて、何のことだか分かりませんね。まぁ、強いて付け加えるなら、ネットサーフィンと指や頭の体操が入るでしょうか」

「動画サイトの巡回とゲームだな」

「言葉一つで印象は変わるものです。……で、どうして急にそんなことを聞いてきたんですか?」

 おっと、そうだった。

 そんなことが聞きたいわけじゃなかったんだ。

「ん、いやな? お前、俺の記憶を持って生まれたにしては、全く俺に似てないなって思ってさ」

「ああ、そう言うことでしたか。……ん~」

 俺の疑問を聞いて、ノワールは少し考えた後で、口を開く。

「ご主人に分かりやすく言うなら、私は『記憶』のダウンロードを受けただけで、『人格』のダウンロードは受けていないのです」

 さながら、某サーカスの少年のように――と言葉を紡ぐノワール。

「ああ、なるほど。滅茶苦茶分かったわ」

 そんなノワールの説明で、俺はこの黒猫の状況を大体察したのだった。

 要は、俺の記憶は人格形成に影響を与えた訳ではなく、本当に只の知識として提供されたということか。

「そもそも、私の本来の役割としては、この<ノワール>で出来ることを、ご主人に誤解なく伝えることですからね。記憶の共有はコミュニケーションを取るにあたって、意思の伝達がスムーズに取れるようにするための手段でしかありません」

「なるほどなぁ」

 俺自身のことを知らないと適切な説明が出来ないということだろうか。

 幼稚園児と大学生では、物を教えるときの説明が変わってくるしな。

「……でも、その方法は異常に効率が悪い気がするんだが」

 それこそ、スキルの情報を直感的に理解できるように、俺の脳内に情報をダウンロード出来なかったんだろうか?

 こんな自我を持つスキルを作れる女神様になら、難しいことじゃないと思うんだが。

「一応、親みたいな存在ではありますが、神様の考えることなんて私には分かりませんよ」

 俺がそう突っ込むと、ノワールもそれ以上は知らないというように、静かに首を横に振るのだった。

「ふーん……まぁ、良いか。お陰で前の世界の話が出来るんだしな」

 そんな黒猫を見て、俺は思考を打ち切った。

 別に考えて答えが出る問題ではないし、ノワールに不満があるわけではないのだから。

「おお。ご主人もようやく私の素晴らしさを正面から認めましたか。まぁ、黒猫と会話するなんて、ある意味人類の夢ですからね。ご主人は、もっとご自分の手に入れた物の価値をしっかりと理解するべきですよ」

 そんな俺の発言に気を良くしたのか、ランプの魔人みたいなことを言い出すノワールさん。

「ふふふ。私も一匹の黒猫として、ご主人が宅急便を始めたいと仰るのでしたら、協力するのにやぶさかではありませんよ?」

「やっぱり、映画鑑賞はアニメだったんだな」

 俺はそんなノワールに、少し呆れながら言葉を返す。

「おや、乗り気ではない様子ですね?」

「女子はどうか知らんが、現実に男が箒で空を飛ぼうとしたら、多分急所に当たってそれどころじゃないぞ」

 とくにニンバスならともかく、ファイアボルトなら死ねるだろうな。

「ふむ。それなら私としてはホームドラマでも構いませんよ?」

「俺には魔法が使えないんだよなぁ」

 仮に魔法が使えたとしても、俺には人をパイナップルに変える趣味は無い。

「えー。じゃあ、この大学の怪談でも探しに行きます?」

「なんだお前、妖怪だったのか」

 道理で天邪鬼なところがあると思ったわ。

「失礼な。こんなにラブリーでチャーミーな存在を捕まえて」

「ついに敵役に回ってしまったか」

 そして、黒猫ですら無くなったな。

「気づかれてしまいましたか。……実は、私がご主人の冒険の最後の敵なのです」

「おお。推理の絆もビックリの展開だ」

「ふふふ。……孤独だった異世界で、寄り添って支えてくれる存在がいるなんて、都合が良すぎると思いませんでしたか? <ノワール>というキャラクターは、この瞬間に、奪うためだけに与えてあげたんですよ」

 いつもより、低く、ゆっくりと喋るノワール。

 心なしか、部屋の中に緊張感が生まれてくる。

「そんな……全部、仕組まれていたっていうのか?」

「くくくっ。今頃気づきましたか、ご主人」

「もしかして……最初に俺が魔王城に転移させられたのも」

「私の仕業です。絶望の中に手を差し伸べて、信用を得る必要があったので」

「王女に命を狙われたのも、勇者とのすれ違いも……」

「私がやりました。あの時の貴方の表情は実に良いものでしたよ」

「寮で恥ずかしいラップをやる羽目になったのも、俺が下着泥棒なんて冤罪を着せられたのも!!」

「そう。……それも私だ」

 今、明かされる衝撃の事実。

 これまでの事件は全て、目の前の黒猫が原因だったのか。

 それを知った俺は――


「お前だったのか」

「また騙されましたね。ご主人」

「全く気付かなかったぞ」


 ――暇を持て余した俺たちは、そうやって遊ぶのだった。

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