第59話 「その発想は無かった」
「――っと、ご主人。さすがにいつまでも、現実逃避は出来ませんよ」
目の前に広がる魔王と賢者の口喧嘩から、現実逃避をしていた俺だが、一足先に現実に帰ったノワールの発言に逃げ道を塞がれた。
「ああ。ノワール。分かってるよ。流石に二人を止めないとな。……ちょっと、気になることも出来たし」
俺は黒猫にそう返し、覚悟を決める為に軽く息を吸った。
実際、放っておけばこの二人はいつまでも喧嘩をしているだろうし、さっきまでの二人の会話の中に疑問が出来たからだ。
「……あの、ちょっとすいません」
言い争う二人の視線を引くために、俺は手を上げながらそう言った。
「――ん? 何かな? ノゾム君」
「――うぬ? なんじゃ、ノゾム?」
そうすると、二人は一応言い争いを止めて、こちらを見てくれた。
「いや、ちょっと気になったんですが……その、賢者さんが仰った『ナイアの部下の行動』ってなんですか?」
俺は、魔王と賢者の言い争いに紛れ込んだ、その存在が気になっていた。
以前、理事長は言ったのだ。
魔王であるナイアが殺されたのには、勇者パーティでも魔王でもない『第三者』の思惑が絡んでいたと。
その『第三者』が、魔王を必要以上の悪だと印象を操作し、『勇者パーティ』に討伐させた可能性が高い――と。
まさか、その『部下』なる人物がその『第三者』だったのだろうか。
「ああ。……まぁ、確証は無いんだけどね? ナイア君は、人間をボコボコにはしたけど、止めは刺さずに魔王城の外に放り出したんだよね?」
「ええ。そう聞いていますね」
俺はそんな賢者さんの答えに頷きながら、ナイアを見る。
ナイアは俺の視線を受け止めると、苦虫を噛み潰したような顔をしながら頷き、口を開いた。
「……じゃが、結果として人間は殺されて、人間の大陸へ返されておった。魔王城に来た人間は残らず妾が叩きのめしたのじゃから、考えられるのは『魔族』の仕業じゃろう。……ならば、それは『魔王』である妾の責じゃ」
そう言うと、ナイアは俯いて口を閉ざしてしまった。
先ほどまでの、賢者さんと言い合っていた態度が嘘のようだ。
ああいう風に茶化してはいても、本当は王としての責任を感じていたのだろうか。
「……まぁ、魔大陸は広大だし、ナイア君一人で全てを管理するなんて出来る訳が無いんだけどね。そもそも、僕たち人間側が欲をかいて、魔大陸へ進出したことにも原因があるんだし」
そんなナイアの態度が意外だったのか、少し気まずそうにフォローを入れる賢者さん。
あれだけ口喧嘩をしていた相手を庇うなんて、この人は実はめちゃくちゃ良い人なのかもしれない。
「……いや、賢者よ。これは妾が負うべき責なのじゃ。気遣いは有難く頂くがのぅ」
「……別に気なんて遣ってないさ。僕は事実を話しているだけだ」
「ふふふ。……なんじゃ、賢者。お主、実は良い奴ではないか」
「なんだい。急にしおらしくなっちゃって……僕のことはルーエで良いよ。『賢者』って言う呼び方は好きじゃない」
おお。
そんな賢者さんのフォローにナイアのATフィールドは中和されたようで、俺が知っている限り初めて、二人は言い争うことなく会話していた。
「イイハナシダナー。なぁ、ノワール」
「……」
俺がそう言いながら話を振ると、ノワールは何やら黙りこくっていた。
「どうした? ノワール。何かあったのか?」
何となく、深刻な雰囲気だったので、そう聞いてみると、ノワールは今、話しかけられていることに気づいたみたいに口を開いた。
「ご主人。考えてみたんですけど……人間側に犯人がいた可能性もあるんじゃないですか?」
「ん?」
「え?」
不意に紡がれたそのノワールの発言は、ナイアと賢者さんにもばっちりと聞こえていたみたいで、目をパチクリさせながらこちらを見てきた。
俺はとりあえず、続きを促すことにする。
「ノワール……どうして、そう思ったんだ?」
「いえ、ナイアが叩きのめしたのは『魔王城に入った』人間なんですよね? 魔王城に入っていない人間であれば、犯行は可能だったんじゃないかな……と」
「……そうだな」
「そもそも、見知らぬ大陸に来て、全員で城に入り込みますかね? 普通、数名は見張りとかで城の外に残りません?」
言われてみれば、最もな意見である。
――だが、別にそれでも結果は変わらないように思う。
「……でも、魔大陸に来た人間は全員殺されてるんだぞ? 仮に見張りに残っていた人間が居たとしても、魔族が殺しただけじゃないのか?」
「そうかもしれませんけど……でも私、前から少し気になってたんですけど、『人間側が全滅』したなら、『誰が』その死体を人間大陸まで運んだんですか?」
「そりゃ、その『魔族』じゃないのか?」
ちらりと、賢者さんを見ると、彼女はこくこくと頷いていた。
「死体は魔族によって届けられたって、聞いているよ。翼を生やした亜人種たちが空から運んで来たって」
「ほら、やっぱり」
俺はそう言う賢者さんの言葉を受けて、ノワールにそう言ったのだが、ノワールはそれを聞いて、ますます表情を険しくした。
「賢者様。大変失礼なのですが、それは『聞いた』んですよね? 見た訳ではなく」
「ノワール……それを言い出したら切りがないだろう」
その後に紡がれたノワールの言葉を聞いた俺は、辟易としながらそう言った。
ノワールの発言は言葉尻を捉えて、遊んでいるだけに見えたし、そもそも、そんなことまで言い出せば三〇〇年前の事件なんて無限の可能性があると思ったからだ。
「いや、ご主人。ちゃんと、考えてみて下さいよ」
だが、そんな俺の言葉に対してノワールは、お前も頭を使えよ、と言わんばかりに冷たい視線を返してきた。
「良いですか? 今までの話だと、魔大陸に渡った人間は『全て』死体で、この人間大陸に返されてるんですよ?」
うん。
確か、そう言う話だったな。
「ナイア。貴方が魔王城で相手をした人間はどれくらいいました?」
「……いや、さすがに覚えておらんのぅ。連中、阿保みたいに沸きおったからな」
ノワールの確認にそう答えるナイア。
まぁ、話を聞くだけで多かったことが伺える。
「ありがとうございます。……で、ご主人。そんな数の死体を『全て』魔族が運びますかね? しかも、翼だけで、大陸を越えて?」
「……ねぇな」
「でしょう?」
そこまで、言われて俺もノワールの言いたいことが分かってきた。
確かに、そう考えると。
「むしろ、人間側の大陸に帰ってきてから、皆殺しにした方が――」
「――効率が良いですよね」
こちらの言葉を引き継ぐようにノワールはそう言った。
ナイアと賢者さんは口を開けたまま黙っていたが、ここまで来ると、俺の灰色の脳細胞だって、重い腰を上げたらしい。
俺はそんな二人には構わずに、ノワールと推論を組み立てて行く。
「……でも、ノワール。人間側がそんなことをするメリットはなんだ?」
「新大陸の調査、っていうのはどうです?」
「その為には魔王が邪魔だったってか? それにしては犠牲が大きすぎるんじゃないか?」
「勇者パーティを動かすには、大義名分が必要だったみたいですし……話を聞いてると、死んでるのは強欲な冒険者たちですよね? 犠牲とは捉えなかったんじゃないですかね?」
「さすがに、それは……考えたくないな」
「あと、気になるのはナイアの弱点がどこから漏れたかですね」
そう言って、ナイアと賢者さんを見るノワール。
「……妾の弱点は魔族であれば、殆どの者が知っておったぞ? 弱体化してても、負けなしじゃった故に隠してはおらんかったからのぅ」
「……僕はエルから聞いたんだけど、確かエルは自分の父親から『今までに散った人間が必至で掴んだ情報だ』って聞かされてた筈だ」
二人はそんなノワールの視線に、そう答えてくれた。
「全員が惨殺されたのに、情報だけは伝わったのか?」
「……やっぱり、なんだか変な感じがしますよね。正直、『勇者パーティ』がナイアの弱点を知ってからの作戦行動の速さも気になっていたんですよ」
確か、新月なら魔王のステータスが落ちるっていう情報を聞いてから、電撃戦でナイアを倒したんだっけか。
ううむ。
確かに、情報の入手先が怪しくなってくると、それを元にした作戦行動にも怪しさが出てくるな。
「実際、なんでそんなに早く行動したんですかね?」
気になったので、当事者である賢者さんに聞いてみた。
「……四つの国から、『魔王』の脅威を早急に取り除くことを強く求められたからだよ。僕たちの方にも、無理に一ヶ月遅らせる理由は無かったし……」
なるほど。
……何とも言えない、としか言えないな。
ノワールもそれは同じようで、難しい顔のまま口を開いた。
「そもそも、ナイアから聞いた話だと魔族側にメリットが感じられないんですよねぇ。戦国時代だった魔大陸もナイアというトップが出来たことで、ある程度安定したみたいですし」
「それこそ、下剋上を企ててる奴がいたんじゃないか? ナイアの弱点を漏らした存在がいたのは確かなんだし」
「……まぁ、その可能性は否定できませんけど。私としてはやっぱり、人間側も相当黒く見えるんですよねぇ」
「うーん。……少なくとも、魔大陸側で惨殺が起こったってのは怪しくなってきたな」
俺たちがそこまで話した所で――
「……では、妾の所為では無いということかのぅ?」
――ナイアがぽつりとそう漏らした。
「まぁ、ここで並べたのは仮説ですし、本当の所は分かりませんけど……それを言えば、ナイアの『部下』が起こしたというのも確定ではないので、そんなに気にしなくて良いと思いますよ?」
「成る程のぅ!!」
そんなナイアの呟きに対して、ノワールが言葉を返した瞬間、ナイアは表情を笑みに変えて、元気よくそう言った。
「なんじゃ!! では、妾が気に病むことは、何も無かった訳じゃのう!!」
……まぁ、可能性は残るんだけれども、俺は守りたいこの笑顔の為に、何も言わないことにした。
実際、『かもしれない』に悩んでいるナイアなんて見たくはないからだ。
そういう悩みは、ドライバーの皆様のものである。
「うわぁ……急に明るくなったね。まぁ、さっきみたいに落ち込んでいるよりは良いけれど」
「うぬ? そう言うお主は、先ほどまでより元気が無くなったのぅ?」
「……まぁね。またちょっと、考えないといけないことが出来たからさ」
元気になったナイアとは対照的に、落ち込んでしまった賢者さん。
人間側も怪しくなってしまったのだから、当事者であった『勇者パーティ』の一員として思うところがあるのかもしれない。
「ふむぅ。……まぁ、考え過ぎは良くないぞ? ルーエよ」
おおっ!!
ナイアが初めて賢者さんの名前を呼んだぞ!!
結局、答えが出ない推論だったけれど、この二人の和解が成っただけで、価値はあったのかもしれない。
「可能性の話に囚われるのは、お互い止めようではないか。」
「ナイア君……」
今までからは考えられない程、優しい口調でそう言うナイア。
賢者さんも、これには少し感動したようで心なしか目が潤んでいるように見える。
「……ありがとうね。ナイア君」
「かかかっ。なに、先ほどの礼じゃて。後、妾の名は呼び捨てで構わん」
「そうかい? 分かったよ。……ナイア」
そう言うと、ナイアと賢者さんは、どちらからともなく笑ったのだった。
ナイアに新しい友人が出来た瞬間だった。
あまりにも感動的なシーンに。
全米(おれたち)は静かに泣いた。
「変な所を見せて悪かったね、ノゾム君、ノワール君……って二人とも何で泣いてるんだい?」
「……いえ、お気になさらずに」
「……ええ。たかが、メインカメラがやられただけですから」
視線をこちらに向けて謝ってきた賢者さんは、勝手に感動してた俺たちに驚いているようだった。
いや、当たり前か。
気づいたら、いきなり泣いてるんだもんな。
「そうかい? ……まぁ、大丈夫なら良いんだけど」
それだけ言って、流してくれる賢者さん。
大人って感じである。
「まぁ、ノゾムとノワールが偶に変になるのはいつものことじゃから、気にしなくて良いと思うぞ」
「そうかのかい? ……しかし、君も仲間に対して随分な印象だね」
そうやって、普通に会話をする彼女たち。
それは本当に、ただただ普通の友達のようだった。
恐らく、彼女たちはこれから多くのことを経験するのだろう。
傷つけあうこともあるかもしれないし、嫌いあうこともあるかもしれない。
――だけど、それを乗り越えることが出来たのなら。
「成れますかね? あの二人なら」
「きっと成れるさ。あの二人なら」
何でも言い合えるような、親友に成れるかもしれない。
「ううん。でも、やっぱり少しは考えないとね……少なくとも出来る範囲で事実の洗い出しをしないと」
「じゃから、あまり思い詰めるなと言うとるのに……妾とは違って、只でさえお主にはしっかりと妾を殺した事実があるのじゃから、それ以外にまで、悩むことはないじゃろうて」
――と急に雰囲気をぶち壊して、ナイアがそう言った。
「なっ!? 君、今のこの流れで良くそこに言及できたね!?」
ニヒルに口を吊り上げながら笑うナイアに、賢者さんも驚きのようだった。
いや、実際。
俺もノワールもこれには驚いた。
「うむぅ? 何の話かのぅ? 妾としてはお主の悩みを解決してやりたかっただけなのじゃ。安心せい。無辜の存在を『ついうっかり殺害』することより重い罪などそうそうないじゃろうからのぅ!!」
「くぅぅぅっ!! また、そのネタかっ!! 君、前に全然恨んでないみたいなこと言ってたけど、絶対に嘘だろう!?」
「かかかっ!! 心外じゃのぅ!! 妾なりにお主に元気を出して欲しいと思うが故の行動じゃのに」
「方法が間違えてるんだよっ、君は!!」
「そりゃあ、仕方なかろうて……妾には対人経験において、三〇〇年ものブランクが有るのでのぅ!! 誰かさんたちのお陰でのぅ!!」
「だぁぁああああ!! 表に出ろっ、ナイア!! また三〇〇年ばかし眠らせてやるぅ!!」
「おおっ、良いぞっ!! 良いぞっ!! 調子が出てきたではないか、ルーエよ!! その方が妾も張り合いがあるというものよ!!」
二人は既に何でも言い合える間柄のようだった。
やがて、ナイアは飛び出すようにこの理事長室から出ていき、賢者さんもその後を追いかけて出ていってしまった。
部屋には、俺とノワールと……立ったまま眠っている理事長だけが残された。
「イイハナシダッタノニナー」
「ご主人。エンディングですよ。泣きましょう」
俺たちは静かになった部屋の中で、そう呟くのだった。
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