第56話 「嫌な事件だったね」
「……少し、予想外だったな」
「……ええ。まさか、あんな奇行に走るとは」
下着泥棒から露出狂へと進化を遂げたマーリー君が、ばっちりと掴まる一部始終を物陰から見ていた俺たちは、その騒ぎに乗じて、自分たちの部屋へと引き上げた。
復讐のつもりでさせた『女性物の下着姿で寮内一周』だが、なんだか、彼の変態性に磨きをかけた気がして、俺は複雑な心境だった。
「妾はまだ見てはならんのかのぅ?」
「メルも駄目ですかー?」
「ああ、悪い。もう良いぞ、二人とも」
部屋に戻った時点で、ナイアとメルからそう聞かれたので、俺は二人に返事を返した。
先ほどまでのマーリー君は余りにも酷い絵面だったので、二人には目を閉じるように指示を出していたのだった。
「ふぅ。目を瞑ったまま歩くのは、いささか面倒であったぞ」
「ふふふ。面白い体験でした」
二人は俺の言葉を聞くと、目を開けながらそう言った。
……ん?
そう言えば、この二人。
マーリー君が掴まった一階から、最上階であるこの部屋まで、目を閉じて歩いてたのか?
あまりにも違和感なくついてくるから全く気が付かなかった。
達人かよ。
「二人とも、まさか本当にずっと目を閉じていたのですか?」
「ん? 見てはならんと言ったのはノワールたちではないか?」
「ええ。お友達との約束は破りませんよ?」
俺と同じ疑問をもったノワールが二人に質問を飛ばしたが、二人はなんでもないことのように、肯定してきた。
「二人とも凄いな。目を瞑って歩くなんて……」
「魔力を感じ、風の流れを読めば、難しいことではないがのぅ」
「私の場合は、この寮のことならなんとなく分かるので大丈夫でした」
二人の返事は凡俗な俺には理解できないものだった。
柱の男みたいなことを言うナイアと、考えるんじゃなく感じるんだを地でいくメル。
まぁ、片方は五百歳になる魔王だし、片方はこの寮で生まれた精霊だ。
そのくらい出来て当たり前なのかもしれない。
「ナイアは凄いなあ。ナイアは魔大陸の王女だ。ぼくにはとてもできない。メルはこの寮内の全てを把握できる。ぼくにはとてもできない。」
「ご主人。そんな心に響かない、無理やり書かされた読書感想文のような感想は良いですから」
俺が二人に対して、賛辞を送っていると、頭の上のノワールはそんな俺の言葉をバッサリと切った。
相変わらず、ご主人に対する敬意に欠ける<スキル>である。
まぁ、コイツの言っていることも一理ある。
今回の件の解決は、この二人の力が大きいのだから、茶化すのではなく、真面目にお礼をするべきだろう。
「まぁ、実際問題。二人の助けが無かったら、今回の犯人逮捕は出来なかっただろうからな。本当にありがとうな、二人とも」
俺が二人にそう言うと、二人とも満面の笑みで返してくれた。
「かかかっ。まぁ、妾は魔王じゃからのぅ!! これくらい朝飯前なのじゃ!!」
「ふふふ。お友達のためですから。お役に立てたなら何よりです」
うん。
本当に頼もしい仲間たちである。
俺は二人の頭を撫でることで、更にお礼の気持ちを表すことにした。
……まぁ、メルの体は透けているので、気持ちだけだが。
「ですが、ご主人。良く思いつきましたね」
――とそんな俺に、ノワールが声をかけてくる。
ふふっ。
今回ばかりは、このいつも生意気な黒猫も、俺の手腕を認めた様だった。
「まさか、盗まれた下着をメルの不思議魔法で呼び出して、メル本人すら分からなかった取り出し先を、ナイアに解析させるなんて」
そう。
今回、下着泥棒の冤罪を着せられた俺が、真犯人であるマーリー君に辿り着いた方法は単純なものであった。
「はははっ。崇めろノワール」
「……まぁ、その後の復讐方法はどうかと思いますけどね」
調子に乗った俺がそう言うと、ノワールはそう言葉を返してきた。
「そうか? ……最後の方こそ予想外な結果になったけど、我ながら良い復讐方法だと思っているんだが」
マーリー君が露出狂へと目覚めたこと以外は、俺が描いた復讐計画の通りだったんだが、ノワールさんには何が不満だったんだろうか?
俺は少し、自分の復讐を振り返ることにする。
ここからは、ナイアにメルの魔法の解析が出来ると確認を取った後の話だ。
ノワールが言った通り、ナイアとメルの協力で、真犯人を特定出来た俺は、そのまま復讐に向けて行動したのだった。
まず、初めに物質を透過出来るメルの力を借りて、部屋の中から鍵を開けて貰って、真犯人であるマーリー君の帰りを待つ。
その後、帰ってきた彼を脅し、盗品の女性物の下着だけで学生寮を徘徊させるという、人としてアウトな行動を取らせた。
後は、俺を犯人呼ばわりしたことに罪悪感を感じていた寮母さんに、そんなマーリー君を見つけさせて、この事件は終了、という訳である。
俺の目的は、この寮内に流れる『俺が下着泥棒である』という冤罪を晴らすことだったので、もっと別に真犯人がいるということを分かりやすく、衝撃的ニュースで上書きする必要があったのだ。
うむ。
思い返してみても、我ながら良い作戦だったと思うんだが。
「途中で工夫も凝らしたんだぞ?」
そう言いながら続けて思い出すのは、脅す時の演出だ。
まず、帰ってきた彼の背後を取って声をかけたこと。
脅している最中、ずっとナイアに殺気を飛ばしてもらっていたこと。
ノワールによる<ボイスパーカッション>で、迫力のあるBGMを流したこと。
メルの協力で、軽いポルターガイストを起こして、動揺を誘ったこと。
……うん。
我ながら酷い他力本願だが、そもそも、俺に特別な<スキル>は無いんだし、作戦立案は俺がやったんだから、それくらいは許してほしい。
俺だって、寮母さんに二十三時半以降の見回りをお願いしたりしたのだから。
働いてないわけではないのだ。
俺がそう自分に言い訳をしていると――
「まぁ、あ奴は掴まったことじゃし、これで妾たちの不名誉な噂も晴れることじゃろうて」
「ああ、そうだよな」
――そうナイアが言ってくれた。
うん。
事件は解決したのだ。
ならば、これ以上考える必要はないだろう。
俺たちが何もしなくても、事実は伝わっていき、噂は次第に収まる筈だ。
その後、俺たちは達成感に包まれながら、眠りについたのだった。
だが、俺は。
――いや。
『俺たち』は見落としていたのだ。
この学生寮で流れていた俺たちの噂は、下着泥棒だけじゃなかったことを。
下着泥棒の冤罪が晴れたことと、初めから流れていた『最上階の悪魔』と評される俺の噂には、元々なんの関係もなかったことを。
数日後。
「……むしろ、酷くなってないか?」
「……間違いないでしょうね」
あの、マーリー君が掴まった翌日から、寮内ですれ違う他の学生たちが、俺たちを見つけると、凄い勢いで、その場から逃げてしまうという事態が発生していた。
不安になった俺は、あの下着泥棒の一件でそれなりに仲良くなった寮母さんから、情報を収集することにした。
「……あの、ノゾム君。……今度は私、信じてないからね?」
俺がそういう現状を伝えると、前回と同じように、寮母さんは言いにくそうに言葉を探し始めた。
俺は嫌な予感を覚えながらも、彼女の言葉を待つ。
やがて、彼女が話してくれた内容は、俺の噂についてだった。
曰く――
一、ナリカネ ノゾムは生粋の変態であり、少女に自らを運ばせることに快感を覚える人間である。
二、ナリカネ ノゾムの変態性はそれだけでは留まらず、夜な夜な少女を部屋に連れ込み、怪しげな儀式をしている。
三、頭の上にいる、いつもフードを被っている生き物は、儀式によって生み出された怪生物であり、その醜さ故にフードを取れない。
四、彼の変態性は寮外にまで及び、かの儀式の素材として、夜な夜な女性の下着を盗んでいるのだった。
五、それはデマであったが、そのデマを流した三〇四号室の奴は、復讐として女性の下着だけを身に着けた状態で留置所へ送られた。
六、あの不良のナンバですら、ナリカネ ノゾムの舎弟らしい。
――なんか、俺が知らない内に、噂がパワーアップしていた。
「……その、ノゾム君が本当はそんなに悪い子じゃないって、私信じているからね?」
寮母さん。
それは信じている人の眼差しじゃ無いっス。
やはり、一度下がってしまった信頼はすぐに上がるものではないらしい。
俺は心の中で涙を流しながら、必至に誤解を解くのだった。
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