第55話 「もう勝負ついてるから」
「必ず、犯人を見つけてやる」
「……ご、ご主人? その、大丈夫ですか……?」
あの後、なんとか寮母さんの誤解を解いた俺は、色々と話を聞いて管理室を後にしたのだった。
その話し合いの中で分かったことは、今、この学生寮にはある噂が流れているということだった。
曰く――
一、ナリカネ ノゾムは生粋の変態であり、少女に自らを運ばせることに快感を覚える人間である。
二、ナリカネ ノゾムの変態性はそれだけでは留まらず、夜な夜な少女を部屋に連れ込み、怪しげな儀式をしている。
三、頭の上にいる、いつもフードを被っている生き物は、儀式によって生み出された怪生物であり、その醜さ故にフードを取れない。
四、彼の変態性は寮外にまで及び、かの儀式の素材として、夜な夜な女性の下着を盗んでいるのだった。
――とのことだった。
「大丈夫かって? 勿論だ、ノワール。当然、俺は大丈夫だ、任せておけ。……こんなことをするやつをなぁなぁで許しはしないからよ」
「おおぅ。……ご主人からまるで巨大なキノコ雲のようなイメージが」
「はははっ。大げさだぜ、ノワール。俺に見えるのは、この復讐と言う、地平線まで続く懐石料理なんだからよ」
そうやって、ノワールと話ながら向かうのは、この学生寮最上階の俺の部屋だ。
その途中で、すれ違った学生が嫌悪感を顔に浮かべ、何も言わずに去って行く。
……ああ。
ありがとう。
今すれ違った名も知らぬ学生よ。
君のお陰で、俺の犯人に対する、怒りのボルテージはまた上がっていった。
復讐を祈っている俺が今一番怖いのは、この怒りがやがて風化してしまうことなのだから。
犯人には、この復讐心の全てを受け取ってもらいたいのだ。
その後は特に何もなく、俺は自分の部屋の前に着いた。
そして、ドアを開ける。
「ん? おお! おかえりじゃ、ノゾム。遅かっ……たのぅ……?」
「ノゾムさん? あ、おかえ……りなさい……?」
部屋にはナイアとメルが居て、それぞれ俺が入ってきたと分かれば、挨拶をしてくれた。
途中で固まったのは意外だったが。
――と、そこで、珍しくノワールが俺の頭の上から降りて、ナイアの元へ走って行った。
そのまま、ナイアの膝の上で丸くなる。
「ただいま。二人とも」
「う、うむ。……おかえりなのじゃ、ノゾム」
「ええ。……その、おかえりなさい、ノゾムさん」
俺の返事にも、二人はどこか怯えるようにそう返してきた。
……はっ。
まさか、二人にも何か変な噂が聞こえてきたのか?
おのれ。犯人。
こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か。
「の、のぅ。ノワール? ……何があったのじゃ?」
「ええ。なんだか、今のノゾムさん、とても怖いです」
「二人とも。ご主人は暗黒面に堕ちてしまったのです。――実はですね」
俺が犯人に対する今回の件での、つけの領収書を心のメモ帳に刻んでいると、どうやらノワールが二人に現状を話してくれたようだった。
「なんと! そんなことが起きておったのか」
「そんなっ!? 酷いですっ!!」
「ええ。まぁ、そう言う訳でして、ご主人を元に戻すには犯人を捕まえて、誤解を解くしか無いのですよ」
「ううむ。なんとも迷惑な犯人じゃ」
「分かりました!! 早く見つけて、優しいノゾムさんに戻ってもらいましょう!!」
ここからだと、三人の会話が全て聞こえるわけではないけれど、どうやらナイアとメルも協力してくれるようだった。
良かった。
まだ、ナイアとメルからは信用は失われていないらしい。
良かった。
俺にはまだ、帰れるところがあるんだ。……こんなに嬉しいことは無い。
そうして、俺たちは作戦会議に入った。
「それでは、これより作戦会議に入る」
「異議はありません」
「うむ。妾もそれで良いのじゃ」
「はい。私も良いと思います」
俺がそう声をかけると、三人はそう返事をしてくれた。
仲間っていうのは本当に素晴らしいものである。
「まず、確認しておきたいのは、今回の最終目標は、噂を流した真犯人を見つけて、そいつに天誅を下すことにある」
「了解です」
「うむ」
「えいえいおーです!」
俺がそう言うと、三人は肯定で返してくれた。
「ありがとう。それじゃあ、具体的な犯人について考えるとしよう」
俺はそんな皆の反応を快く思いながら、会議を進めた。
「ええ。現在の状況を詳しく把握して、そこから推理していきましょう」
「ふむ。まずは、噂を流したのが、昨日、ローゼの下着を盗みだした男……ということでいいんじゃよな?」
「十中八九そうだろうな。そうじゃないと、俺に下着泥棒の冤罪をかける理由がない」
「もしかしたら昨日、犯人はすれ違った人物が私たちである、ということにも気づいていたのかもしれませんね」
ナイアの確認に対して、同意しながらも補足をしていく俺とノワール。
「えっと、昨日のお話だとその男の人は、この学生寮の人なんですよね?」
「ああ。昨日の時点では、断定は出来なかったけどな」
「この学生寮に噂が急速に広まっている以上、犯人はこの寮内に住む学生であることは間違いないでしょうね」
昨日の夜。
俺たちの前で下着を落とした犯人は、夜の闇の所為で顔までは、はっきりとは見えなかった。
だが、夜の中でも、俺とそう変わらない身長の男であるということは予想がついたし、そいつが走り去っていった方向はこの学生寮だったのだ。
加えて、昨日の今日で、俺に冤罪をかける噂を流すなんて、もうこの寮に住んでいないと難しいだろう。
「ふむ。そして、次の手掛かりはその噂じゃの。現状、妾達に対して、大変不名誉な噂がこの学生寮に流れておるんじゃよな?」
「ええ、そうですね。追加で付け加えるのなら、寮母さんが下着泥棒の噂を知ったのは今日らしいです」
「それじゃあ、噂が流されたのは、昨日か今日と見て、間違いないみたいですね。それなら、その噂を流した人を見つければ解決ですね!!」
「そうだな。……なんだ、そう考えると楽そうじゃないか」
「うむ。適当に人を捕まえて、噂の出所を辿って行けば、犯人に行き着くじゃろう。昨日の今日なら忘れはすまい」
「そうと決まれば、即時行動あるのみですね!! 記憶と言うのは忘れていく一方なのですから」
「よしっ、行くぞっ!! ノワール!! ナイアっ!! ……メルはどーする?」
「あ、私はここで皆さんの帰りをお待ちしていますね」
一時間後。
俺たちは部屋に戻ってきていた。
「あ!!おかえりなさーい。どうでした?」
そんな俺たちをメルは暖かく迎え入れてくれたが――
「駄目だった……。誰も話を聞いてくれない」
「良く考えれば、悪評が流れている相手の話なんて誰も聞きませんよね」
「うがーっ!! なぜ、止めたのじゃノゾムっ!! ノワールっ!!」
――結果は芳しくなかった。
そもそも、俺たちが話しかけようと近づくと、すっげぇ嫌そうな目で見てくんの。
話しかけても、暴言を吐かれればまだ良い方で、無視を決められたりすることも多かった。
終いにはそんな態度に、ナイアが切れそうになったので、慌てて帰ってきたのが現状である。
ああ。
思い出すと涙が。
もう、俺の心は怒りよりも悲しみでいっぱいだった。
「ナイア……このタイミングで暴れたら、それこそ私たちの話を誰も聞いてくれなくなりますよ?」
「うぬぅっ!! しかし、あ奴らの態度には腹に据えかねるものがあったのじゃっ!!」
「……」
「ご主人っ!! 泣いてないで、ナイアを止めるのを手伝ってください」
「ぬぅっ!! ノゾムを泣かせるなどとっ!! やはり、あ奴らは一度懲らしめねばならんのではないか!?」
「いや、さすがに止めてくれ、ナイア」
そう言うナイアの言葉で、俺は泣くのを止めて、ナイアを全力で止めに入った。
自分が苛められたからといって、少女を差し向けるようになっては、太宰先生もビックリの人間失格だろう。
そんな人間試験の失格者は、殺人一族の長男に殺されるのがオチなのだから。
閑話休題。
「なるほど。上手くいかなかったんですね」
そんな俺たちを見て、メルは状況を察してくれたみたいだった。
「それなら、ノゾムさん達以外の方に調べて頂くことは出来ませんか?」
「……っ!?」
そのまま、続けて出されたメルの言葉に俺は思わずメルの手を掴んでいた。
「それだ!!」
コンコン。
学生寮の廊下に、無機質な呼び出しの音が響いた。
インターホンなんてないこの寮内では、部屋の相手を呼び出す方法はノックしかないのだ。
更に最低なことに、ドアに覗き窓もないこの寮では、ノックをした相手を確認する方法は、ドアを開けるしかなかった。
「はいはーい。どちら様で……」
「……夜中にわりぃな。少し聞きたいことがあるんだけどよ」
「ヒィィィッ!! ナッナンバサン!?!?」
なので、ドアの向こうに居る相手が、気合の入ったリーゼントをしたヤンキーであっても、部屋の主に逃れる手段はないのである。
ドンっ!!
――その部屋の主が悲鳴を上げた瞬間、ナンバは開けられたそのドアを強く手で押した。
「……あんまり騒ぐんじゃねぇよ。夜中だぜ?」
「はぃぃ……すいませえん……」
「……でよ、ちと聞きてぇんだが」
「はい!! 何でも聞いて下さい!!」
……。
そんな様子を、俺とノワールは物陰から見ていた。
ナイアはまだ怒りが尾を引いていたので、俺たちの自部屋で待機してもらっている。
うん。
やっぱり、どこぞの偉大な先生を彷彿とさせるナンバの見た目は、この異世界の住民をしても怖いらしいな。
まぁ、そんなナンバの協力もあって順調に情報を集めることが出来た俺とノワールだったが――
「行き詰った」
「お手上げですね」
――、一時間後。
またしても泣く泣く自分たちの部屋に帰って来たのだった。
「おお、おかえりじゃ。ノゾム、ノワール」
「おかえりなさい。どうでした?」
「ええ。二人ともただいま戻りました。実はですね――」
帰ってきた俺たちを迎えてくれた二人にノワールの口から、説明が語られた。
あの後、学生寮内の全部屋で聞き出しをしたんだが、犯人につながるような情報は出てこなかった。
というのも。
「まさか、噂自体は二日前から出てたなんてな」
「ええ。その時は、ご主人が下着泥棒という噂まではついて無かったようですが……」
「ううむ? つまり、どういうことじゃ?」
「それはな――」
あの後、調べて分かったことだが、俺が変態であり、ノワールやナイアを使って変な儀式をしているという噂自体は、実は数日前から流れていたらしい。
道理で寮中が、俺の噂を知っている訳である。
一日で広がったにしては、噂の拡散が早すぎると思ったのだ。
犯人はそんな俺の噂に便乗して、新しいネタを投下しただけであり、そんな後から付け加えられた噂の出所なんて、誰も覚えていなかったのだ。
「噂から辿るのは難しそうですね」
「くそぅ。簡単なミッションだと思ったんだがなぁ」
「やはり、我々、素人では中々スムーズに解決とはいきませんねー」
俺は椅子を引いて、どっかりと腰を下ろす。
ノワールも俺の頭から下りて、机の上で、ぐでーっと体を伸ばしていた。
ナンバにお願いして、行った調査だが、全部の部屋を回ったこともあって、それなりの時間が経っている。
俺もそしてノワールもそこそこお疲れであった。
ちなみに、ナンバにはまた今度、飯を奢るという条件で手伝ってもらった。
そんな条件で、こんな夜から付き合ってくれるなんて、相変わらずナンバの兄貴は良い人だった。
閑話休題。
そんな疲れた俺たちを見かねたのか、メルが励ますように聞いてきた。
「あの元気を出してください。……その、他に何か分かったことはありませんか?」
「他と言えば……」
「ああ、下着泥棒自体も、数日前から起きていたらしいですね?」
「ああ、そうだったな。……その所為で、最近、この寮に入った俺が尚更疑われているんだよな」
そう。
新しい情報と言えばそのくらいの物だった。
どうやら、この男子学生寮とは少し離れた所に女子学生寮があるらしいのだが、ここ数日で、その女子学生寮での下着の盗難が数件起きたらしいのだ。
さすがに、事態を重く見た女子学生寮は厳重な警戒態勢に入ったらしいのだが。
「その所為で、ローゼさんに被害が行くなんてな」
「ええ。……なんとなく、ローゼさんらしい気はしますけどね」
そうして、女子寮に忍び込めなくなった犯人が狙ったのが、別荘で一人暮らしをしているというローゼさんの下着だったんだろう。
俺が言えた義理ではないのだけれど、彼女もなかなかに不幸の星の元で生まれている気がする。
今度、らっきょうでも渡してみようか。
閑話休題。
「ふむ。成る程のぅ。結局、犯人は分からなかったんじゃのぅ」
「ええ。このままでは現場を押さえるか、もしくは噂の沈下を待つしかないでしょうね」
「七十五日も黙っているのは嫌だが……女子寮が無理、となっている現状で、次の犯人の犯行現場を予測するのは現実的じゃないよな」
俺がそう言うと、ノワールもナイアもメルも小さく頷いた。
悔しいけれど、俺が犯人を捕まえるのは難しいのかもしれない。
ぐぅ~。
――、と俺が考えたその時、ナイアのお腹が可愛く鳴った。
「ううむ。ノゾムよ。気落ちするのは分かるんじゃが、妾はそろそろ腹が減ったのじゃ」
「……ああ、そういや学校から帰ってきて、まだ何も食べてないもんな」
そう言って、時計を見て時間を確認する。
今は二十一時半程度。
むしろ、ここまで空腹を訴えてこなかったのは、この魔王様の気遣い故だろう。
「あー。でも、しまったな。食料を買い忘れたか」
「皆さんが一昨日買ってきて下さったものなら、まだありますよ?」
「ああ。ダンジョンに潜るために準備した保存食とかですね」
「ううむ。保存食か。……まぁ、仕方ないのぅ」
「あ、ナイア、缶切りなら……」
そう言ながら、ナイアは冷蔵庫を開け、中から缶詰を取り出して、ノワールから缶切りの場所を聞いていた。
うーん。
なんだか、めちゃくちゃ罪悪感が沸いてくるな。
ナイアは五百年ほど生きている魔王様だが、見た目は可愛らしい少女である。
そんなナイアが缶詰やパンで空腹を紛らわせているのは、なんというか凄く同情的な絵面になるのだ。
「こんな時に、魔法で食べ物でも出せれば良いんだが……」
俺が罪悪感に苛まれながらそう言った時。
――俺の頭に電流が流れる。
「……」
俺は気づいてしまった事実に、思わず言葉を失った。
もし、俺が考えていることが可能ならば、この事件はもう解決したも同然だったからだ。
「あれ? どうしました、ノゾムさん?」
突然、黙った俺を不思議に思ったのか、メルがこちらの顔を覗き込みながらそう聞いてきた。
「メル。一つ聞きたいんだが、前にカレーを準備してもらった時に……ナイアはもう起きてたか?」
だが、そんなメルの気遣いには悪いが、今の俺には何よりも優先して確認しなければならないことがあった。
「え? ……。いえ、あの時は皆さんを驚かせようと思って、まだ誰も起きてない内に準備しました」
「そうか」
それを聞いた時、気づけば俺は拳を固めていた。
そして、もっきゅもっきゅと、保存食を頬張っている魔王様に、希望を込めながら最後の質問をする。
「ナイア。――することは出来るか?」
「かかかっ。ノゾムよ、それは愚問と呼ばれるものじゃて。それが出来るが故に、妾は『魔王』なのじゃからして」
ナイアは期待と緊張で拳を硬くする俺を見て、酷く簡単なことのようにそう言った。
――事件の解決が約束された瞬間だった。
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