第52話 「お食事だべぇ〜」
「……頭が痛いな」
あの後、何とか落ち着きを取り戻した賢者はポツリとそう言った。
ちなみに今、ナイアと理事長には席を外してもらっている。
ナイアが空腹を訴えたので、食堂に移動して貰ったのだ。
……まぁ、ナイアが居ると、話が進まないので、その申し出は願ったり叶ったりとも言えたのだけれど。
ちなみに、理事長はそんなナイアについていくことを口実に、見事この部屋から――というか、この目の前の不機嫌な賢者から逃げおおせたのだった。
「なんだか、すいません。……うちのナイアが」
「ええ。普段は良い子なんですが」
俺とノワールは、そんな賢者に対して、ひとまず頭を下げた。
三者面談にきた親の気持ちを知った気がする。
「……いや、そもそも悪いのはこっちだしね。君たちが謝ることは何もないよ」
そんな俺たちに対してそう言うと、彼女は深く息を吐き、ゆっくりとこちらを見てきた。
「さて、それじゃあ、そろそろ話に入ろうか」
「ええ。よろしくお願いします」
そうして紡がれた彼女の言葉に、俺は姿勢を正しながら同意する。
今後、この賢者がどういう行動に出るのか、それは現状では読めないのだから。
匂いから伏せたカードを当てるように、話し合いを通して、この賢者の考えを探る必要があった。
「……まず、僕から話を聞きたいんだけど、それで良いかな?」
「ええ。構いません」
「その方が良いかと思います」
既に、ナイアが魔王であるという一番知られてはならない秘密がバレてしまった以上、ここでの俺たちの目的は、彼女の考えを探りつつ、信頼を勝ち取ることである。
もし、彼女に危険だと判断されてしまえば、俺たちは殺されてしまうのかもしれないのだから。
そして、信頼を勝ち取る一番早い方法は相手の期待に応えることだ。
それならばこの、彼女の質問に答えていく、という流れは、望ましいものだと言えるだろう。
「ありがとう。それじゃあ、最初の質問なんだけれど……君はどうして魔王と一緒に行動していたんだい?」
「はい。実はですね――」
賢者からの質問に対して、俺は自分が転移者であり、気づけば魔王城にいたことを話した。
俺が転移者であるということは、この賢者の弟子である理事長も知っていることだし、隠す必要は無いと考えたからだ。
むしろ、下手に秘密を作って、それがバレた時の方が怖い。
そんな人間なんて、誰も信用しないだろうからな。
「――という訳です」
「なるほどね。……転移者か。道理であの弟子が、君をやけに気にするわけだ」
「はい。理事長にはいつもお世話になっています」
そう言うと彼女は、首を傾げながら、指先で髪を弄り始めた。
察するに、何かを考えているようだが、無表情であるため、その思考の内容までは分からない。
「君の持つ別世界の知識はとても気になるけれど……それは今は置いておこう。後でゆっくりと聞かせてほしい」
「はい。喜んで」
「えーっと、次は魔王城に居た筈の君たちがどうして、ここまで来たのかを教えて貰っても良いかな?」
「ええ。それはですね――」
そうして、俺はナイアの好意によって、勇者国へ転移できたこと。
そこで、第二王女に目をつけられて、泣く泣くこの賢者国へ逃げてきたこと。
そして、学歴を手に入れる為に、この大学へ入学したことを話した。
「――という経緯を経まして」
「成る程。それは災難だったね」
しかし、エルの国はそこまで腐敗しているのかい――と、セリフの最後に小さく呟きながら、彼女は俺たちに同情的な視線を向けた。
うん。
改めて、まとめてみると結構酷いよな?
俺のぶらり異世界の旅。
ナレーションを当てるなら――
おやおや、ナリカネさん。今日はどこに行くんですか?
アハッ! 開幕直後に魔王城ですかー。
楽しそうですねー。
――って感じだろうか?
ハードモードってレベルじゃねーぞ。
ルナティックに片足突っ込んでるんじゃないだろうか。
「うん。君たちがここに居る理由については、大体分かったよ」
「そうですか」
「うん。――しかし、君も大変だね。魔王と行動しているのに、勇者に恋慕を抱くなんて」
「……へ?」
「……おや?」
「……ん?」
そこで、賢者が発した一言で、場に初めて沈黙が生まれた。
「……賢者様。失礼ですが、今なんと仰いましたか?」
そう言うときに聞き返すのは、当然、直球ストレートが持ち球のノワールさんだ。
「魔王と共に行動をしている君にとって、勇者に惚れたことは大変だったね……とそう言ったんだけど」
返事を待つ俺たちの緊張が伝わったのか、後半になるにつれ彼女の言葉は小さくなっていったが、聞き逃すまいと集中していた俺の耳にはしっかりと届いていた。
「……」
「……」
俺はそのまま、頭の上のノワールと視線を合わせる。
ノワールにもばっちりと聞こえていたようで、困った顔で俺を見つめ返していた。
「……なんだい? その反応は? 僕はそんなに変なことを言ったかな?」
そんな俺たちの反応見て、彼女は何を察したのか、少し焦りながらそう聞いてきた。
俺はそんな賢者に対して、答える。
「……あの、どうして俺が勇者様に惚れたことになっているんでしょうか?」
俺がそう言うと、彼女はその表情を驚愕に染めたまま、少し口を開けた状態で固まった。
……。
そのまま部屋には沈黙が流れる。
俺もノワールも何を言っていいのか分からず、賢者の言葉を待つばかりだった。
「……一つ確認したいんだけど、君は勇者に……エルに告白をしたんだよね?」
やがて、絞り出すように彼女はそう聞いてきた。
それは何かに縋るようであり、その発言を否定することは酷く心苦しかったが――
「……いえ?」
――だが、俺にはそんな覚えは全くなかった。
「……君とエルがどうやって出会って、何を話したのかを教えてくれないか?」
俺の返事を聞いた賢者は、俯きながらそう言った。
口調こそ丁寧であったが、その声音はとても低く、謎の迫力に満ちていた。
「はい。……分かりました」
気づけば、俺はその迫力に負ける形で、勇者との出会いを全て話していた。
前回のように無難な回答など出来る雰囲気でもなかったので、俺が感じた恐怖なども率直に、包み隠さず、全てだ。
「……頭が痛いよ」
俺が全部を話し終わった後で、彼女は小さくそう言った。
その顔は酷く疲れているように見える。
「……とりあえず、彼女の名誉のために言っておくけど、エルは決して快楽殺人者ではないし、君の命を狙ってもいない」
「そうなんですか? ですが、彼女は確かに王女の命を受けたと言っていたように思うのですが……」
「僕が聞いた話だと、彼女が受けたのは酒場の女の子のお願いだよ。お世話になった君に金貨を渡したいという内容だったはずだ」
……なんと。
もし、この賢者が言っていることが本当なら色々と話は変わってくる気がする。
「……では、本当に彼女には俺たちを害するつもりはないと?」
「むしろ、彼女が君たちの立場を知ったのなら、王族を相手にしてでも君たちを守ろうとしただろうね」
彼女はそういう人だから――と付け加える賢者さん。
ブッダシット。
ナンテコッタ。パンナコッタ。
と言うことは、あの時点で勇者さんに全部話していれば、なんなら俺たちが国を出る必要も無かったのかもしれない。
「……ご主人。これは」
「……ああ。ノワール。後の祭りってやつだな」
まぁ、実際はナイアの幼女から少女への急成長とかがあったりしたし、一概にそうとも言えないのだが。
――ただ、あの町ではかなりお世話になった人がいたから少し悔やまれる。
「……まぁ、彼女のフォローはこのくらいにしておこうか。僕個人としては、後で色々考える必要もあるんだけど――今は君たちの話をしよう」
そう言うと、彼女はまた真面目な顔を作って、俺をまっすぐ見てきた。
「君に一つ聞きたい……あの魔王が全盛期の力を取り戻したのなら、その力は人類にとって途方もない脅威になる。彼女を一度倒せたのは、彼女に慢心があったからだ。それは何度も出来ることじゃあないだろう」
そう言って、彼女はそこで息を吸い、言葉を続ける。
「そうなる前に、危険は取り除いておくべきだと……思わないかい?」
「……」
俺は賢者の言葉を聞いて、その言葉の意味を考える為に、少し黙った。
この賢者の言うことは分からないでもない。
全盛期の魔王は、要は前世で言うところの核ミサイルのようなものなのだ。
大きすぎる力は、それだけ周りに恐怖を与えるものである。
そして、その恐怖は被爆国であれば、尚高いものになる。
身を持って、その威力を知っているのだから。
この世界で言うのなら、この賢者は魔王の恐怖を身を持って知っているのだ。
弱体化している状況でも、勇者パーティ四人組と一歩も引かず、殴り合った『魔王』という恐怖を。
「聞かせてくれないかい? 君の考えを」
彼女の意見は分かった。
そして、そんな彼女に対する俺の意見は決まっていた。
「その考えは止めた方が良いですね」
「へぇ? 今は良くても、これから先、彼女が世界を恨むことだってあるかもしれない。その時、彼女を止めれる存在はいないだろう。君はそれでも……『魔王』の味方をするのかな?」
賢者はそんな俺の答えを予想していたのか、慌てることもなく、続きを聞いてきた。
まぁ、今までの俺の話から、俺が反対するだろうと予想していたのかもしれない。
「魔王は殺されても蘇るような存在です。そんな存在を、弱体化している状態で見つけた今回は幸運だったと言っていいでしょう」
俺はそんな彼女に対して、言葉を返していく。
あえて、客観的な目線から。
予想をしていたというのなら、俺だって、そういう意見が出るかもしれないと予想はしていたのだから。
「うん? なら尚更じゃないか。ここで彼女を逃がして、回復されてしまっては、それこそどうしようもないんだから」
「今回なら、『魔王』を殺すことは出来るでしょう。今の『魔王』なら、勇者パーティを集めるまでもない。賢者様一人でも殺せる程度のステータスしかないのですから。――で、次はどうします?」
「……」
そんな俺の言葉を聞いて、彼女は押し黙った。
俺はその賢者の反応を視界に入れながら、言葉を続ける。
「また三百年後、魔王は復活します。しかも今度は『悪意を持って殺された』と理解している状態で。――そんな魔王は、世界をどうするんでしょうね?」
「……」
「三百年後も復活直後の魔王を見つけられますかね? 見つけられたとして、また殺しますか? 六百年後も? 九百年後も? この広い世界で、偶然にも復活直後の魔王を見つけて殺せますか?」
俺がそう言うと、賢者は一つ頷いて言葉を返す。
「なるほど。……とてつもないスケールの話だが、君が言いたいことは分かったよ。つまり、魔王とは敵対するべきじゃないと、そういうことなんだね?」
「相手は何度だって、生き返る存在です。いつまでも勝ち続けるなんて可能だとは思えません。――であれば、手を組んだ方が賢明でしょう」
何度も蘇る存在を相手に、勝利を掴み続けるなんて不可能だろう。
99回もコンテニューをすれば、ワカメだって温泉に到着するのだから。
「そして、その機会は今回しかない。――そう君は言いたいんだね? ……どうやら、僕は君を少し侮っていたようだ。君が彼女に見せていた表情の裏でそこまで考えているとは思わなかったよ」
彼女は俺の言葉を吟味するように考え、少し時間を置いた後で、そう言った。
俺はそんな彼女の言葉を受け、少し騙しているような、嫌な気分になった。
「止めて下さい。……今言ったことは全部、貴方を止める為の方便ですよ」
そう。
その理由は、罪悪感からだ。
さっきまで、俺が並べた御託は穴だらけの空論に過ぎない。
もしかしたら、復活直後の魔王を見つけることは容易いのかもしれないし、次の三百年で人間側が魔王よりも成長するかもしれない。
そもそも、俺はナイアと接する上で、そんなお題目を意識したことはないのだから。
……それでも、御託を並べたのには理由がある。
人には言い訳が必要なのだ。
それも頭が良い人になればなるほど。
この『賢者』という存在が、魔王を殺さない為には『理由』が必要だった。
魔王を『殺せない』理由が。
さっきまでの御託は、その理由の後押しになればと思って、でっちあげただけである。
「……へぇ? それじゃ、君の本心は別にあるわけだ」
「ええ。そもそも、今まで俺が話していたのは、『魔王』の話ですから」
そんな俺の言葉に対して、彼女は興味を持ったように聞いてきた。
そこで、息を吸い、俺は言葉を紡いだ。
「本音を言えば、俺は『魔王』なんて知らない。俺が知っているのは誰よりも優しい『ナイア』だけだ。彼女が世界を滅ぼすなんて俺には考えられない。……もし、この世界が平和の為に、そんな彼女を定期的に殺すような世界なら――むしろ滅んだ方が良い」
俺がそう言うと、賢者が驚いたような顔で固まった。
そして――
「ふふふっ!! そうか、そうだよね」
――急に口に手を当てて、笑い出した。
「え…? そんなに笑うようなことを言いました?」
「ふふふっ!! いや、思い知らされたんだよ。エルに上から諭しておきながら、僕も大分『賢者』という立場に縛られていたみたいだ」
そう言うと、彼女は何度も、何度も頷いた。
「そうだね。至極道理だ。誰かの犠牲の上で成り立つ繁栄なんかに意味は無い。ありがとうノゾム君。目を覚まさせてもらったよ」
そう言う彼女は上機嫌のようだった。
やがて、笑いが落ち着いたあたりで、彼女は椅子から立ち上がり、俺の方へ近づいてくる。
「さて、色々と考えることはあるんだけれど、せっかくいい気分になったんだ。小難しいことは後で考えることにしよう。ノゾム君、良ければ我々も食事に行かないかい?」
そう言う彼女は、出会ってから今までで一番の笑顔であった。
「ええ。喜んでご一緒させて頂きます」
俺はそんな彼女の機嫌を損ねないように、その誘いを受けることにする。
結局、彼女が何をどう考えているのか、深い所までは分からなかったが、今の彼女を見る限り、俺たちが殺されることは無いように思った。
この時までは――
「おお。ノゾムとノワールではないか!! また会えて嬉しいぞ!!」
「……やたら含みがある言い方をするじゃないか」
「うぬ? なにか後ろめたいことがあるから、そう思うのではないかの? 『魔王殺し』の偉大な賢者さまよ」
「君はいつまで、そうやって僕をからかうつもりなんだい!?」
「かかかっ。からかうとは心外じゃのぅ。今度こそ『誤解』が無いように言っておくと、妾は『無害な』存在じゃぞ?」
「ぐぐぐっ!! ノゾム君っ!! これが誰よりも優しい人がとる態度かい!?」
――食堂には先客がいたのを忘れていた。
「ご主人。これは食事処を間違えましたね」
「ああ。途中下車する場所はここじゃなかったな」
まだ、俺のぶらり旅はルナティックモードのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます