第41話 「レッツゴー!! ジャスティーン!!」

「……理事長。少し話を聞きたいんですが」

 理事長が金貨を消した後で、俺はそう声を掛けた。

 さっきは流したけれど、先ほどの理事長のセリフの中にはどうしても聞き逃せない言葉があったからだ。

「ほほぅ。なにかのぅ。ノゾム君」

 理事長は髭を撫でながら、そう返す。

 さっきまでハイテンションだったのに、今では落ち着いて、ニヤニヤと笑っているようだった。

「先ほどこう言いましたね。『この世界の常識を知り』って。……どういう意味ですか?」

「ほっほっほっ。まぁ、もう隠すつもりはないんじゃがのぅ。あえて言うとおくとのぅ。儂はノゾム君が転移者であり、ナイア君が魔王であるということを知っておる。……ノワール君だけは良く分からんがの。単純な使い魔ではないのじゃろうが」

 あっさりと、こちらの危惧していたことを話す理事長。

「……どうして、分かったんですか?」

 俺はそう尋ねるので精一杯だった。

 この大学へ来る条件として、トリスさんから<鑑定>などは使わないこと、こちらの素性は探らないこと、という約束をしたはずだが……まさか、いつの間にか反故にされていたのだろうか。

「まず、ノゾム君の知識じゃな。この賢者の国でも聞いたことが無い概念を当たり前のように話し、こちらの常識が欠けているようであったからのぅ。別世界から来たと推測するのは難しくなかったのじゃ。転移者自体は前から観測されておったしのぅ。それとナイア君じゃが、やたら魔法に詳しかったのと、儂が昔に賢者様から聞いた魔王の特徴と被っておったからのぅ。」

「……成る程」

 理由を聞けば納得であった。

 ……探るまでもなく正解に辿り着いたということか。

「まぁ、安心してほしいのじゃ。儂に主らをどうこうするつもりはない」

 俺が警戒しているのを察したのか、ひらひらと冗談めかして手を動かす理事長。

 そして、彼はそのまま言葉を続ける。

「むしろ、その逆じゃ」

「……逆と言いますと?」

 そこでより一層楽しそうに笑う理事長。

 やはり先ほどから機嫌は良いようだった。

「主らの秘め事に協力するということじゃ。これでも理事長などをしとるからのぅ。学内のことであれば、そこそこに無理も聞くぞい」

「なぜそこまでしてくれるんですか?」

 ――と、その時。

ここまで沈黙を保っていたノワールが質問をした。

そこは俺も気になるところだった。

それを聞くまでは、この理事長の言葉を素直に信じることは出来ないだろう。

「簡単じゃ。君らに恩を売って、最終的には知識を得るためじゃよ」

 凄くあっさりとそう言いきった理事長。

 そして、彼は続けた。こちらに言葉を挟ませないように――

「まぁ、話の続きはノゾム君の体調が治ってからで、良いじゃろ。あまり一度に話してもあれじゃろうからの。……っと、忘れるところじゃった。ホレっ」

 ――そして、懐から革袋を取り出し、こちらに差し出してくる理事長。

 俺はベッドで寝てるので、ナイアが変わりに受け取った。

「うむ……? なんじゃ、これは」

「中に、金貨二十枚入っておる。この大学に居る間、生活費はこちらが持つでの。自由に使ってほしいのじゃ。……では、トリス行くぞ。」

「はい。」

 そう言うと、学園長は指を鳴らし、この場から掻き消えた。

 なんだか、後半は妙に早口だった。

「……急に居なくなったな」

「何か、最後の方は急いでたみたいですね?」

「まぁ、察しはつくがのぅ。妾たちと話しているのを見られたくなかったんじゃろうて……ほれ、来よるぞ」

 ナイアがそう言ったかと思うと、また医務室の扉が開いた。

「……おう。生きてるか?」

 現れたのは、同じクラスのナンバだった。

「ああ。ナンバ。悪いな。勉強会出来なくなっちって。」

「まぁ、仕方ないだろ。あそこまで全力の魔法を撃つローズなんて初めて見たしな。……しかし、ノゾムは戦闘も出来ないんだな」

「俺とノワールなりに全力を尽くしたんだがなぁ」

「私だって、魔法が当たってたら、今のご主人みたいになってましたしねぇ」

 話しかけてきたナンバに、ノワールと肩をすくめながら、言葉を返す。

「ああ。そう言えば、俺たちはすぐに医務室に来たから知らないんだが、模擬戦闘の結果はどうなったんだ?」

「ああ、確かに。気になりますね。……えーっと、ナイアとリッジ君。ナンバさんとナギさんだった筈ですが……」

 ナンバの言葉でふと思い出した俺は、そう聞いてみた。

 少し結果が気になる内容だし。

 何の気もなしに、そう言って二人を見てみると

 ……二人は酷く顔を歪めていた。

「……まぁ、妾の負けであったの」

「俺もだ」

 ……うん。

 悔しさが伝わってくるな。

 ナイアさん、何時の間に歯ぎしりなんて覚えたんですか?

「ぐぬぬ!! 本気を出せぬ妾に、上級魔術をポンポン撃ちおって!! あ奴はなかなかの畜生じゃぞ、ノゾム!!」

「俺の方も似たようなもんだ。……男なら拳で来いってもんだぜ」

「おおっ!! お主、なかなか良いことを言うではないか!!」

「ああ。お前の試合も良い試合だったぜ」

 バンバン、とお互いの背中を叩きあう二人。

 何か通じるものがあったらしい。

 ――気にはなるが、試合の詳細は聞かない方が良さそうだな。

 後日、別の人から聞くことにしよう。

 ……ローゼさんなら教えてくれるだろうか。

「んじゃ、そろそろ帰ろうぜ」

「そうじゃのう。もう夕暮れじゃ。新月も近づいておるし、妾としても今日は早う寝たいのじゃ」

 そう言って、カバンを担ぎなおすナンバさんとナイア。

 ……いや、俺もそうしたいんですけどね。

「……悪い。全身が痛すぎて歩けそうにない」

「ご主人。それでも男ですかっ、軟弱者っ!!」

 ノワール。

 サイド7に一人だけ置いていくぞ、この野郎。

 ――無駄に良い笑顔で言いやがって。

「あー。そういや、ノゾムは限界までボコられてたか。……そうなるとキッツいよなぁ」

 何度か頷きながら、返事を返してくるナンバだが、どうやらコイツもこの状態になったことがあるみたいだな。

 うん。

 今だって、我慢してるだけで、マジで全身痛いからな。

 自分で歩くなんて無理無理。

 アルプスの少女に怒られても、今の俺は立てないだろう。

 仮に今の俺が機動戦士だったのなら、第一話がいつまでもスタート出来ないところだ。

「ふむ。では仕方ないのぅ」

 そう言うと、こちらに近づき、背中を向けてしゃがみ込むナイアさん。

 やけに男前な背中である。

「……あの、ナイアさん。なにしてますのん?」

「ん? ノゾムが自分で動けないなら、妾が運んでやろうと思ってのぅ」

 純粋な眼差しでこっちを見つめるナイアさん。

 ……うん。

 そうだよね。今まで、ずっとそうだったもんね。

 でもホラ、俺たちももう大学生じゃん?

 ……クラスの男子も見てるし、ちょっと恥ずかしいっていうか。

「ん? いや、俺が運ぶぞ。女子に運ばれるのはノゾムも恥ずかしいだろ」

 そう言うナンバさん。

 思春期の気持ちを汲む兄貴。

 相も変わらずイケメンやでぇ。

「ああ、そうだな。それじゃあ、ナンバに……」

「いや、それは結構じゃ。ノゾムを運ぶのは妾の仕事と決まっておるでな」

 ――だが、俺の言葉の途中で、ナンバの気遣いをナイアがはっきりと断っていた。

「いや、だから女子にさせるわけにはいかねぇって」

「主の気持ちが善意から来てるのは分かっておる。……じゃから、妾も優しく言っておるのじゃぞ? 良いか? 三度は言わん。ノゾムを運ぶのは妾の仕事じゃ」

 ――その瞬間。

 ナイアの周りから、剣呑な気配が漏れ出す。

 それは明らかな威圧行為であった。

 え? ナイアさん。

 そんなに俺の運搬に誇りを持ってたのか。

 俺は別にゾーラ族のお姫様でもなんでも無いんだが……。

「……引くつもりはねぇんだな?」

「くどい。三度目じゃな。ならばもはや、口で語るのは無粋じゃろうて」

 そう言うと、ナイアは立ち上がり、拳を握り、前傾姿勢で体重をかけ始めた。

「主とて、この方が分かりやすかろう? さぁ、拳を握るが良い」

「……女子を殴るのは趣味じゃねぇんだがな」

 そう言うと、ナンバも拳を握り、半身の姿勢をとる。これは――

「……モテモテですね。ご主人」

「これが人生初のモテ期だというなら、俺の青春ラブコメは間違っていると思うんだが……」

 これじゃ、俺……学校に来たくなくなっちまうよ……。

 ――いや、冗談を言ってないで二人を止めないとな。

 俺は慌てて声を掛けることにする。

「おっおい。二人とも、その辺で……」

「任せるのじゃ、ノゾム。妾は負けぬからのぅ」

「心配するな。ノゾム。女子の背中に背負われるっていう恥はかかせねぇからな」

 あ、駄目だ。

 これは止まらないパターンだ。

 だが、俺が動かなければ、友人が二人とも無駄に傷付くことになる。

「ノワール。……力を貸してくれ。こんな無駄な争いは早く止めるべきだ」

「……ご主人。やはり、貴方は私が使えるに値した主人ですよ」

「それじゃ、そろそろ良いかの?」

「はっ! こっちのセリフだぜ」

 二人の間の空気が限界まで高まり、衝突しそうな時に――


「第一回っ!!」

「ナリカネノゾムお持ち帰りーっ!!」

「「腕相撲大会ーっ!!!」」


 ――俺とノワールは、全力の大声で割り込んだ。


「……っうぬ。」

「っち。ああ、なんだノゾム。」

 俺たちの声掛けは絶妙なタイミングだったらしい。

 二人は少し興をそがれたようだった。

「二人とも、医務室で試合なんて始めたら大変なことになるだろうが、少し落ち着いてくれ」

「ええ。ここは平和的に腕相撲で雌雄を決しましょう」

 俺たちがそう言うと、二人とも渋々ながら、了承してくれた。

 ……ナイアが素直なのは知ってたけど、ナンバまで素直に言うことを聞いてくれるとは思わなかった。

 どうしてコイツはリーゼントにしているんだろうか。……雪の日にリーゼントの少年に助けられた過去でもあるんだろうか。

 閑話休題



 そう言う訳で、セッティングしました。腕相撲。

「まぁ、少し変わったが、これとて本質は同じ事。主、退くなら今が最後の機会じゃぞ?」

「上等っ!! そこまで大口を叩いたんだ。……アッサリ終わるんじゃねぇぞ」

「……えーっ。それでは始めますね?」

 二人の剣幕に、間にいるノワールがビビっていた。

 頑張れノワール!! 俺はお前を応援してるぞ!!

「初めっ!!」

「ぬぅんっ!!」

「うらぁっ!!」

 ゴっ!!

 開始と同時に凄い音を立て、机が一瞬浮いた。

 そして、それをナイアとナンバが腕相撲をしていない方の腕で全力で掴むことで抑えにかかる。

「……ほぅっ!! な……かなか……やる……ではないかっ……!!」

「てめぇ……こそっ!! ……思っ……た以上だぜ……!!」

 ぐぐぐぐっ。

 現在、組み合わされた手は、開始位置から動いておらず、両者の力は拮抗しているようだった。

「これは読めない試合展開ですね。ご主人」

「ええ。下馬評では、体格や性別などからナンバ選手に軍配が上がっていましたが……これは面白いことになりました」

 俺とノワールはとりあえず、ハラハラしながらその状況を見守っていた。

 試合が下馬評通りにいかないのを俺たちは知っている。

 張りぼてが勝つレースだって、極々稀にあるのだから……。

「……ふふふっ。……日が悪かったのぅ……」

「……あ? ……何を言ってやがる……?」

「妾は今日……虫の居所が悪いのじゃ……主は気位が高そうじゃから……優しく倒そうと思っておったんじゃがな……ここまで地力があっては……手加減ができぬ……」

「へっ! ……言うじゃねぇかっ!! ……それなら……見せてみろよっ……お前の本気をなっ!!」

 そこで、ナンバが大きく力を込めた。

 拮抗していた腕は、大きく動き、ナイアの腕は机までもうあと僅かである。

「俺だってな……自分より……年下の女を相手に……手加減してたんだよっ!!」

「おおっ!! 凄い迫力だっ!!」

「これはっ!! 力こそパワーっ!! 正義こそジャスティスっ!!

 相変わらず、男気溢れるナンバの兄貴に、俺たちオーディエンスは思わず拳を握り応援していた。

 ――魔王の本気を見るまでは。

「ならば……恥じることは無い。妾は主より、目上じゃからしてっ!!!!」

「なにぃっ!!」

 グンッ!!

 ナイアが言葉と共に、体を大きく動かし、力を入れた。

 それだけで、大きく傾いた腕は開始位置に戻った。

 ――だが、そんなところで魔王の本気は終わらなかった。

「まだじゃぁぁぁああああああああっ!!!!」

「なっ!! うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

「「こっ!! これぁぁああああっ!!」」

 そして、ナイアはそこから更に押し込んでゆく。

 劇的な形勢の変化に、俺とノワールのテンションは更に上がっていった。

「ナイアがぁ!! 捕まえてぇぇ!!」

「ナイアがぁぁ!! 机端ぃぃぃ!!」

 今度はナンバの腕が大きく押し込まれた。

「まだだっ!! 俺だってまだ終われねぇぇぇえええええっ!!」

 だが、そこでナンバが大きく叫ぶと共に、彼の拳が光り始めた。

 アレは……魔力か!!

 しかし、魔王は動じない。

「かかかっ!! 知っておったわっ!! 主のようなタイプは最後の最後に限界を超えるとなっ!! ……じゃからっ、妾はそれすらも超えてゆくのみよっ!!」

「なにぃ!!」

 そう言うと、ナイアの拳も光り出した。

 その光はナンバの物より強く見える。

「バースト読んでえぇぇっ!!」

「まだ入るぅぅ!!」

 俺とノワールはその輝きから目を逸らせなかった。

「これでっ!! 最後じゃぁぁああああああっ!!!」

「くっそぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!!」

 それからの数瞬間は、コマ送りのように、スローに感じられた。

 だが、どれほどゆっくりに見えようとも決して止まることはなかった。

 ナンバの腕はゆっくりと机に近づき――


 ダァンッ!!


 ――やがて、手の甲が完全に机に触れた時に、世界の早さが戻ってきた。

「「ナイアがぁ決めたぁァーっ!!!!!」」

 全てが終わった後、俺とノワールは思わず叫んでいた。凄まじい試合だった。

「……負けたぜ」

「最後まで、諦めず力を込め続けるとはのぅ。妾の予想以上にまっすぐな男ではないか」

 腕相撲の手をそのまま、握手に変えて、語り合う二人。そこには陰険なものなど一つもなく、ただお互いの健闘を称える思いだけがあった。



「なっ!?ハレンチですわーっ!!!」

 ……ちなみに、ナイアに背負われて医務室を出た所で、ローズさんと出くわし、俺はまた怒られたのだった。

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