第40話 「てめぇらの血はなに色だー!!」

「うぉぉぉっ……!! 肋骨がぁ……肋骨がぁ……」

「ここですか?」

「押すなっ!! ノワールっ!! 実際にはそこの痛みじゃないんだが、痛みが酷くなる気がするんだよ」

「ふふふっ。いいえ。限界ですねっ!! 押しますっ!!」

「ひでぶっ!!」

 俺とノワールは誰もいない医務室で騒いでいた。

 あの後、ローゼさんによってボコボコにされた俺はそのまま医務室に運ばれたのである。

 ちなみに、激痛はするが怪我などは一切なかった。

 やっぱり、すげぇよ魔法は。

「失礼しますわ」

 そうやって俺たちが医務室でゴロゴロしていると、意外な見舞客がやってきた。

「どうも、ローゼさん」

「よく来てくださいました。ローゼさん」

 俺たちはその見舞い客ことローゼさんに挨拶をした。

 挨拶は大事なのだ。

 古事記にもそう書いてある。

「……どうもですわ。ノゾムさん、ノワールさん」

 そう言うと彼女は自分が着ているスカートの裾をつまみ上げ、綺麗にお辞儀した。

 うん。

 本当に綺麗な仕草だった。

 所作一つにも相当な努力の跡が見える。

 やっぱり、貴族っぽいなこの人。

「……その……体の具合はいかかですの?」

 挨拶の後、彼女は気まずそうにそう聞いてきた。

 まさか、やり過ぎたと反省しているのだろうか?

 まぁ、体の痛みはもうなんていうか、筆舌に尽くしがたいんだが、それを素直に伝えても誰も得しないだろう。

 俺がこうなったのはトリス先生が、全力を尽くせ、とかいう指示を出した所為なんだし。

 ローゼさんが気にすることではないと思う。

「そうですね。まぁ、ちょっと痛いですが、一晩もすれば治るらしいので軽いもんですよ。はっはっはっ」

 ――と俺が軽く返すと、彼女は驚いた顔をしていた。

 うん。

 さっきの罪悪感を感じている顔よりはずっと良い。

「模擬戦闘の結果なのですから、あまりお気になさらずに……」

「べっ、別に気にしてませんわっ!! 乙女に許可なく抱き着いてきた、そっちが悪いんですわっ!!」

 俺が言葉を続けると、ローゼさんは慌てて、プイッと横を向いた。

 ……なんというか私、怒ってますという態度だ。

「そうですわ。大丈夫なら遠慮なく言わせて頂きますけど……公然の場で抱き着いてくるなどハレンチ極まりない行為ですわっ!! 今後は謹んでくださいましっ!!」

 そのまま、彼女は思い出したように言葉を続ける。

 どうやら、模擬戦闘で俺が彼女にジャーマンス―プレックスを掛けたことがご不満らしい。

 まぁ、女子にする技では無かったよな。反省しよう。

「……それに私、殿方に抱きしめられるなんて初めてでしたのに、何が悲しくて地面に叩きつけられなければなりませんの」

 小声でつぶやくローゼさん。

 ばっちり聞こえてしまったが、これが本音っぽいな。

 ……うん。

 本当に悪いことをした。

「ごめんなさい。ローゼさん」

 俺は痛む体を無理やり起こし、正座して彼女に頭を下げる。

 ……体中が悲鳴を上げているが、謝罪は誠意をみせるものなのだから我慢である。

 あっ……ヤバい、痛みで失神しそうだ。

 第五の門まで開けたならこんな感じなんだろうか。

「……まぁ、やってしまったものは仕方ありませんわ。楽にして下さいまし」

 頭を下げている俺に彼女はそんな言葉を掛けてくれた。

 良い人である。

 俺が頭を上げると彼女は困ったような笑顔を浮かべていた。

 心なしか、さっきより雰囲気が柔らかくなった気がする。

「あんな技を容赦なく掛けてくるのに……不思議な人ですのね。ノゾムさんは」

「そうですか? ……つまらない一般人だと思いますが」

「いやいや、ご主人。あまり自分を卑下してはいけませんよ。ご主人には笑いの才能がありますって」

 なんだノワール。

 そんなに俺と喧嘩がしたいのか?

 よろしい、ならば戦争クリークだ。

「これを置いていきますので、落ち着いたら食べて下さいましね」

 俺がノワールに思念を送っていると、彼女はリンゴが入った籠をベット近くの机の上に置いた。

 本当に良い人である。

「では失礼しますわ。……あと、その痛みは横になっている時が一番楽ですわよ」

 それだけ言って、彼女は去って行った。

 ……どうやら、気を使ったのは最初からバレていたらしい。

 見透かされていたとはなんとも気恥ずかしい。

「まぁ、ちょっと痛いですが、一晩もすれば治るらしいので軽いもんですよ。はっはっはっ」

 そして、ここぞとばかりに俺の真似をするノワール。

 微妙に似てる気がするのがムカつく。

「おい、ノワール。ちょっと歯を食いしばれ。お前に俺の軍靴の音を思い出させてやる」

「ふふふっ。その体で言いますね、ご主人。――えいっ」

「いってぇぇぇぇ!!」

「秘孔を突きました。ご主人。貴方はすでに死んでいます」

「……お前、マジで俺が回復したら覚えとけよ。例え魂魄こんぱく百万回生まれ変わっても恨み晴らすからな」

「ならば今、止めを刺すだけです」

「おい。馬鹿。やめろ」



 その後、大分時間が空いて、トリスさんと一緒にナイアとリッジ君が医務室に来た。

「あ、トリスさん。ナイアとリッジも」

「失礼しますね。ノゾム君」

「おお、ノゾム! ノワールも! なんじゃか、変な感じじゃのう」

「おお。思ったより元気そうじゃねぇか。」

 三者三様に言葉を返してくれた。

 ナイアはこちらに、てててっと近づき、ノワールを抱きしめた。

 うん。

 数時間程度ではあるんだろうけど、俺が意識している限り、ナイアとこれだけ離れたのは初めてだしなぁ。

 変な感じと言うのは理解できる。

 ノワールも、そんなナイアに対して尻尾を巻きつけていた。

 仲良きことは美しきことかな。

「おおっ!! なんじゃ、美味そうなものがあるではないか」

 そうしてると、ナイアが目ざとくリンゴを見つけた。

 まぁ、せっかくなので皆で食べることにする。

「それで、ナイアはともかく、トリスさんとリッジはどうしたんですか?」

 リンゴも食べ終わった辺りで俺が尋ねると――

「ええ。実はノゾム君に説明したいことがありまして……」

「くくくっ」

 ――何か申し訳なさそうなトリスさんと、楽しそうなリッジ君がいた。

「もう良いじゃろう?早う話を進めるのじゃ」

 俺が二人の態度を不思議がっていたら、急にナイアがそう言った。

 一体、何がもう良いというのか。

「すまん。すまん。ちとノゾム君の反応が楽しくてのぅ」

 そこで、聞き覚えのある声がリッジ君から聞こえた。

 ……だが、その歴史を感じさせる濁りがある声はとても俺と同じくらいの年齢であるリッジ君から出せるとは思えない。

 俺がリッジ君を見ていると、一瞬彼が光ったあと――そこには理事長が立っていた。

「ふぅ。やはり、自分の体が一番じゃな」

「ななななっ…なんですかっ!! これはっ!!」

「落ち着くのじゃノゾム。この理事長が遊んでおっただけじゃ」

 落ち着いて理事長の話を聞くと、リッジ君は理事長が化けた仮の姿と言うことだった。

 生徒に交じり、俺たちのフォローをするのが目的らしい。

 ……昨日言ってた、俺たちがクラスに編入するにあたっての対策ってこれか。

「……その割には、謎の腕試しがありましたけれど?」

「ほっほっほっ。人生には刺激が必要じゃぞ。ノゾム君。……君の切り抜け方は儂にも読めなかったがのぅ」

 ほっとけ。

 俺だって好きで空気椅子をしたんじゃない。

 食堂でも思ったけど、五割はアンタの所為だからな。

「ちなみに、トリスさんが講師になったのは何故なんですか?」

「うむ。実はの。トリスが大学に来ることは、君たちの入学が決まった時に決めておったんじゃ。……トリスからノゾム君の知識を聞いたときにのぅ。これはヤバいと思ってな。儂からお願いしておったんじゃ」

「私もその判断には賛成でしたからね。……この知識が外部に漏れることはマズイと思って、大学に匿ってもらうことにしたんですよ」

 トリスさんに話したのは、原子とかの基本的な考えだったか?

 重力とか引力とかと同じように、それも危険な知識だったのか。

「でも、大学に匿ってもらうっていうのはどういうことなんですか?」

 今の言い方からはこの大学に対する信頼が見えた。

 大学だって、国の機関なんだし、むしろ知識の提供を要求されるんじゃないだろうか。

「この大学は国に対して、ある程度の自治権を持っておるのじゃ。これは建国からこの国を支えてくれておる賢者様の意見での。曰く、知識は尊重されるべしとな」

 なるほどな。

 知識を尊ぶ賢者の国ならではってことか。

「さて、説明はこのくらいかの。……今日、ノゾム君を呼び出したのは重要な話があったからでのぅ」

 そう言うと、理事長は指を鳴らした。

 ――瞬間、俺の体の上に大量の金貨が現れた。

「ノゾム君には選んでほしいのじゃ。……自分が持つ知識が、戦争を引き起こしうると知ったうえで、我々に知識の提供をするのか、どうか。もし教えてくれるならば、前金として今、目の前にある金貨一千万枚の受け渡しを約束しよう。……さてどうするのかの?」

 そう言うと、理事長は面白そうにこちらを見てきた。

 ――やっぱり、食えない人だ。

 こちらを見るその目は楽しんでいるだけじゃない。

 俺を試した最初の町のギルドマスターと同じ雰囲気を持っていた。

 だが、この状況。

 この理事長がどういう目的で、俺を試しているにせよ、俺の答えは一つだった。

「……あの……この金貨を退かしてください……」

「ほぅ? ……これはあくまで前金じゃぞ? これ以上の物がお主の物になることを約束しよう。少なくとも遊んで暮らせる程度の財にはなるはずじゃ」

「そんな話は今どうでも良いので……はやく……この金貨を退かしてください」

 俺がそう言うと、理事長は嬉しそうに手を叩いて笑った。

「ほっほっほっ!! 信じておったぞ、ノゾム君!! そうじゃ、それで良いんじゃ!! 今はまだその時ではない。君がこの世界の常識を知り、教えて良い範囲を把握した時こそ、儂らにもその知識を教えてくれっ!!」

 なにやらハッスルしている理事長。

 ――どうやら試験は無事に突破出来たようだった。

 途中、なにやらめちゃくちゃ気になる言い回しもあったが…今、俺から言えることは一つだけだ。



 痛みで苦しんでいる人間の上に大量の金属を置くんじゃないよ。

 死んだらどーする!

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