第38話 「……凄い漢だ」

 さて、やってきました、講義室。

 この中には、これから俺のクラスメイトになる人達がいるに違いない。

 うん。

 ……吐きそう。

「ノワール……俺は今猛烈に緊張しているんだが……」

「ふふふ。ご主人。私も負けてませんよ? ……この手の震え、今なら一秒間に16連打も夢ではありません」

「ううむ。また、震えておるのかの。……どれ」

 ドアに手を掛けようとしたナイアの手を、危ういところで俺は掴んだ。

「……駄目だ。ナイア。俺はまだ覚悟完了していない」

「ご主人。グッジョブです」

「……ほぅ。では、聞くがの。いつその覚悟は出来るのかの?」

 ナイアが、ジトッとこっちを見てくる。

 ううむ。

 今気づいたが、少女になってから少し迫力が増したな。

 ……まだ、迫力より可愛さが上だけれど。

 だが、ナイアの言うことももっともだ。

 ずっとここに居る訳にはいかないのだから。

「……分かった。それじゃあ、せめて俺に開けさせてくれ」

「うむ。良い良い。自ら動くことは美徳じゃと思うでの」

 そういうと、ナイアは手を引っ込めて、俺に譲ってくれる。

 俺は一度、深く深呼吸をして扉を開けた。

「……」

「……」

 中には、四人の人影が席についていた。

 まず、一番奥。

 ちらりとこちらに視線をやっているのは、メガネをかけたイケメン男子。

 そして、その隣は縦ロールの女の子。

 その子の横では三つ編みの女の子が座っていた。

 ……最後に。

 一番こちらに近い席には、見覚えのあるリーゼントが着席していた。

 俺は扉をそっと閉めた。

 一つ深呼吸をして……扉を開ける。

 リーゼントと目が合う。

 ……閉める。

 どうやら見間違えでは無いようだ。

「どうやら、教室を間違えたようだ。理事長に聞きに行こう」

「おや、そうなのかのぅ?」

「まぁ、誰にだって間違いはあるさ。俺にだってそういう経験はあるしね」

 俺がそうやって踵を返そうとした時に、教室の扉が開いた。

「おい。何の用なんだよ?」

 そこには不機嫌そうなリーゼントが居た。

 ……うん。

 二回ともばっちり目が合ったもんな。

「いえ、すいません。……今日から大学へ通うことになったのですが、どうやら教室を間違えたようでして」

「そうかい。何度も開けたり閉められたりしたら、こっちの気が散るんだよ」

「ええ。すいません。……では、これで」

「待ちな」

 そう言うと、ガシッと俺の肩を掴むリーゼント。

 うん。凄い力だ。

 俺では振りほどけないね。

 ……放してぇ!!

「どこに行きてぇんだ?」

「ここではないどこかへ」

 俺はそう言うのが、精一杯だった。

 なんだよ。俺のクラスを覚えて襲撃でもかけようってのか。

 駄目だ。ここでそれをばらしたら、俺の学校生活は終わってしまう。

「面白れぇこと言うじゃねぇか……っ!!」

 うおぉぉぉぉぉぉおおお!!

 肩にかかる力が強くなっているんですが!!

 そこ握力計チガウ!! これ以上いけない!! ……でも、屈するもんか!!

 くっ!! 殺せっ!!

 俺は絶対に脅迫なんかに屈したりしない!!

「なぁ、言えよ……? 別に何もしねぇからよ」

 そう言って乱暴するつもりでしょ!! エロ同人みたいに!!

 ――というか。

 何もしないなら、聞かなくても良いじゃないですか!!

「妾達が行きたいのは『特別選抜コース』とやらじゃ」

 だが、俺の悲壮な覚悟に満ちた決意は、魔王によってあっけなく打ち崩された。

 ……まぁ、筋斗雲に乗れそうなくらい素直な心の持ち主であるナイアさんに、隠し事を期待する方が間違いか。

 やっぱり魔王には勝てなかったよ。

「……なに?」

「聞こえんかったのかの? 『特別選抜コース』とやらに行きたいんじゃ」

「……許可証はあるのか?」

「……はい。これです」


 ナイアが話してしまったし、もう隠しても意味はないだろう。

 俺は理事長から貰った許可証をリーゼントに見せる。

「……マジかよ。これは確かにうちのクラスの許可証だ」

「ってことは、やっぱり……」

「ああ。お前が来ようとしてた教室ってのは、ここで間違えねえ」

 ということは、このリーゼントさんは俺のクラスメイトということになるのか。

 終わった。

 俺の学園生活。

 俺たちがそうやって、教室の入り口で騒いでいると、

「こら。そろそろ、講義を始めますから、教室の中に入りなさい」

「はっはっはっ。元気があるのは良いことだと思うぜ」

 なにやら謎の2人組が話しかけてきた。大人と少年のようだが……ってか、うち一人は見たことがある顔だった。

「ギルドマスター!? どうしてここに?」

「お久しぶりですね。ノゾム君。……説明は後でするからとりあえず、教室に入りなさい」

 そんなこんなで、俺たちは教室に入った。

 リーゼントはギルドマスターに着席を薦められ、今はギルドマスターと一緒に歩いていた少年と俺たちだけが、黒板の前に立たされている。

「えー。まず、今日の講義を始める前に、皆さんに挨拶させて頂きます。私はトリスタン・ティーノというもので、この学校の卒業生です。今回は色んな諸事情により、この大学に戻って教鞭を持つことになりました。これから、どうぞよろしくお願いいたします」

 そう言うと、頭を下げるトリスさん。

 ……ってか、ええっ!?

 ギルドマスターはどうしたんですか!?

 見れば、机に座っている四名も戸惑っているようで、三つ編み女子が質問をしてきた。

「……あっあの。前に教えてくれていた先生はどうなったんですか?」

「彼女は今、アニムスという町でギルドマスターをしています」

 うおぉぉぉいっ!! 入れ変わったんかーいっ!!

 そんなに簡単に交代出来るものなのか、ギルドマスターって。

「まぁ、私に対しての質問は後で個人的に聞きに来て下さい。今回はそれより大きなお知らせがありますから」

 そう言って、俺たちの方を指さすトリスさん。

「はい。端から紹介していきますね。ナイア君。ノゾム君。ノワール君……リッジ君です。それじゃ、各自、簡単に自己紹介をお願いします」

「ふむ。妾の名はナイアじゃ。よろしくの」

 それだけで、話すことはないとばかりに順番を譲る魔王様。

 ……すげぇな。

 先生の紹介から何も情報が増えてないぞ。ナイア。

「初めまして。成金 望と申します。田舎出身なので、色々と足りない部分もあるかと思いますが、皆様との勉学を通じて、一つ一つ改めていければと思います。これからどうぞよろしくお願いいたします」

 まぁ、俺の方も無難に済ませる。

 次はノワールだが――

「同じく初めまして。このご主人の使い魔のノワールと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 ――挨拶だからだろう。

 いつも被っているフードを後ろに下し、顔を見せながらお辞儀をするノワール。

 クラスメイトたちは驚いたような表情でそれを見ていた。

 まぁ、喋る使い魔っていうのは珍しいらしいしな。

 目立ってしまったことに不安はあるけれど……トリスさんから自己紹介を振ってきたんだし、その当たりはフォローしてくれるだろう。

 同じクラスに居る間、ノワールだけずっと黙ってるのも辛いだろうしな。

「俺はリッジだ。魔法には少し自信があるぜ。よろしくな」

 そして、教室の雰囲気を変えるように、最後の少年はウィンクをしながらそう言った。

「それじゃ、今度はナギくんから頼むよ」

 俺たちの自己紹介が終わった後で、トリスさんはそう言った。

 その言葉を受けて、窓際にいたメガネイケメンが立ち上がり、口を開いた。

「ナギだ。悪いが、俺は無駄になれ合うつもりはない。……ただ、これだけは言っておく。最優秀は俺が頂く」

 それだけ言って席につく。

 ……ううむ。

 なかなかとっつきにくそうな奴である。

 リーゼントとコイツしか男子が居ないから、仲良くなりたかったんだが。

「ローゼですわ!! わたくしも魔法には自信がありまして……リッジさんには負けませんわっ!!」

 そう言って座るローゼさん。

 貴族なんだろうか。

 ……髪型と言い、口調と言い、前の国の第二王女を思い出す人だな。

 ローゼさんが悪い訳ではないけれど、少し警戒してしまう。

「……メグリです。よろしくお願いします。」

 ぺこりと頭を下げて席につくメグリさん。先の二人とは違って大人しそうな人だなぁ。

「……ナンバだ。」

 それだけ言って座る。リーゼント。

 ……眼力にステータス極振りしたのかお前は。

 怖いのでよそを向いて、どーぞ。

「はい。じゃあ、これで顔合わせは済んだね。後は各自で空いた時間にでも交流を取るように。……うん。ノゾム君たちも座ってもらって良いかな?」

 そう言って、サクッと自己紹介を切り上げるトリスさん。

 別に自己紹介自体は、俺も苦痛だから良いんだけど、その指示には問題がある。

「トリスさん。座ろうにも俺たちには席が無いんですが……?」

 そう。この教室にあるのは四つの机と席だけ、他に席などはない。

 俺たちの席はねーのだ。

「何を言ってるんだ。席ならあるじゃないか」

 だが、そんな俺の意見は予想外の方向から反論された。

 見ればリッジ君がニヤニヤ笑っている。

 パチンっ!

 俺が見てると彼はいきなり指を鳴らした。

「なっ!!」

 すると、彼の目の前には先ほどまで無かった机があった。

 俺がこの変化に驚いていると――

「あら。器用ですわね。地属性の錬金かしら?それに少し他の術式も見えたような」

「……多分、転移。材料をどこかから持ってきてる」

「ほぅ。言うだけはあるようだな」

「……ケッ! すかしやがって」

 ――何か教室の皆さまが説明をしていた。

 うん。

 ただ、何言っているのか全然わからん。

 俺のフィールがまだ足りないんだろうか。

「それだけじゃないのぅ。一見ただの無詠唱に見えるが、指を鳴らすという行為を一部『キー』の代替にしとるな。なかなか器用ではないか」

「「なっ!!」

 ……あれ? 

 ナイアも解説に加わったと思ったら、ナギ君とローゼさんの顔が固まったぞ。

 なにかあったのか?

「何を言ってますの!! 『キー』の代替なんて出来るわけありませんわっ!!」

「そうだっ!! 音階や波長を合わせるのがどれほど困難だと思っている!!」

 ふっ。分かったぜ。

 俺にはさっぱり分からんということだけはハッキリとな。

「じゃから、器用と言うておるではないか? ……のぅ?」

「さすがだぜ。初見で見破られるとは思わなかったんだがなぁ」

「魔法に関して、妾に嘘はつけんぞ。……仮面の被り方には重々気をつけることじゃな」

「……おお。怖い怖い。せいぜい、そうさせてもらうよ」

 そう言って、ニヒルに笑うリッジ君。

「ノワール。お前には分かるか?」

「ご主人。喜んでください。ここに仲間がいますよ」

 先生。八人しかいないクラスで、ぼっちが二人います。

 これはちょっとした恐怖ですよ? 困ったものです。

「まぁ、俺にはこうやって机があるぜ。……そちらさんはどうするのかな?」

「ほほぅ。言うではないか。……妾は基本的に売られた喧嘩は買う方じゃぞ?」

 あ、ナイアさんに謎のスイッチが入ったっぽい。

 バチンっ!!

 ナイアが両手を拳にして、突き合わせたかと思うと、ナイアの前に机が出来ていた。

 ……そして、リッジ君の机が跡形もなく、綺麗に消えていた。

「なっ!!」

「おおぅ。すまんのぅ。今の妾には転移などという大それた空間魔法は使えんのでのぅ。……近くにあった丁度いい材料を使おうとしたのじゃが、いやはやまさか人の机を奪ってしまうことになるとは……妾の魔力制御も鈍ったかのぅ」

「……俺のプロテクを綺麗に潜りぬけておいて、よく言えたな」

「プロテクトなぞかかっておったかのぅ。あまりにも簡単な術式じゃったから覚えがないのじゃー」

 うわぁ。良く分からんが、ナイアが殴り返したっぽいな。

「嘘っ……早すぎて、構築が全然見えなかった」

「……」

 あ、ローゼさん初め4人ともちょっと絶句してる。

 ……うん。多分、凄いことが起きたんだ。

「くそっ!!」

パチンっ!

 あ、リッジ君が新しい机を出した。

 正直、俺から見たら、今の魔法とナイアの魔法の違いが全然分からん。

 みんなは何にそんなに驚いていたんだろうか。

「だけど、これで足りない机は後2つ!! ……さぁ、そっちの2人はどうするんだ」

「いや……俺たちは……」

 ――っと、口に出しかけて気づいた。

 教室の視線が俺とノワールに集まっている。

「今度こそ、見逃さないわ……!!」

「ああ。さぁ、こいっ!!」

 特にナギ君とローゼさんの目がヤバい。

 ねぇ、瞬きって知ってる? ドライアイになっても知らんぞ。

 ……だが、この状況。素直に魔法が使えないなんて言えない空気になっている。

 ここで弱みを見せれば、クラス中に舐められてしまうだろう。それはマズイ。

「仕方ない……やるぞ、ノワール」

「ですがご主人!! あの技は体への負担がっ!!」

「ノワール……分かってるだろ。一つ、男にはやらねばならない時がある。二つ、今がやらねばならぬ時である。三つ、俺は男なんだ」

「……分かりました。行って……行くところまで行って下さいっ。ご主人。私が見てますっ!!」

 ノワールには頷きで返し、俺は自分が座るべきであろう場所に行く。

 ……もちろん、机はおろか椅子もない。

 だが、俺は堂々と背筋を伸ばし、腰を下ろし足を組んだ。

 ――そう、空気椅子である。

 これは前世で鍛えた俺の特技。

 昔から奇妙なポーズを取り続けた俺にとって、空気椅子など児戯にすぎん。

 俺がそうやって、周りを見ると――


 ――誰も何も言わなかった。

 やがて、みんなは席につき、静かに講義が始まった。

 そして、俺の椅子は十五分で瓦解した。


 ……俺は体育座りの偉大さに泣いた。

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