第35話 「なんたる無知! 無知とは罪! 無知とは悲劇!」
「おー。ここかぁ。」
「聞いてはいましたが……なんというか凄い所ですね。」
「うむ。まぁ、魔王城には及ばんがのぅ。」
一週間後。
俺たちは、ついにリーネ大学の前に到着していた。
事前にギルドマスターから大学についての説明は受けていたけれど、それでも驚いたのはそのあり方だろう。
なんというか、大学を中心に町があり、その町の周りを城壁のような大きな壁がぐるっと取り囲んでいるのだ。
……巨人にでも備えているのだろうか。
「巨人にでも備えているんでしょうか?」
「奇遇だな。ノワール。同じことを考えていたぞ」
「それはないと思うがのぅ。普通のジャイアントへの対策としては高すぎるし、ハイ・ジャイアントの対策としては低すぎるからのぅ」
ナイアさんからのマジレス頂きました。
というか、いるのか巨人。
しかもハイ・ジャイアントとやらはこの壁でも低いのか。上には上がいるんだな。(物理)
門の前で、最終的な入学手続きを済ませ、俺たちは大学の敷地内に入った。
その足で理事長室へ向かうことにする。
「のぅ。お主ら。新入生かのぅ?」
――だが、そこに待ったがかかった。
声の方を見れば、ローブを羽織り、杖を握りしめ、豊かな髭を蓄えたおじいちゃんが柔らかくこちらを見ていた。
……というか、やばいぞこの人。
見た目から漂う賢者アッピル。俺は思わず、ナイアに確認を取る。
「ナイア。この人は賢者じゃないのか?」
「うむ? 違うぞ、ノゾム。賢者は……というか勇者パーティは全員女じゃったからのぅ」
あ、良かった。
もう絶対に賢者だと思ったから、生きた心地がしなかったけど。
……というか、勇者パーティ全員女だったのか。
異世界でもやっぱり女は強いんだな。イエス! アマゾネス!!
「聞いておるのかの?」
「ああ。すいません。……ええ。俺たちは今日入学したばかりの新入生ですよ。これから理事長室へ伺う予定です」
「ほっほっ。やはりそうか。……のう。何でリンゴは落ちるんかのぅ?」
なんという質問だっ!
恐らく答えを知っている人なら誰だって答えたくなる質問ベスト1だろう。(俺調べ
思わずこう言いたくなるね、『あ、これゼミでやった所だ』
「引力が原因ですねっ!!」
「植物とて、種の繁栄が目的じゃろう。種を落とさずに木は増えぬからのぅ」
どや顔で答えた俺と真顔で答えたナイアの声が被った。
……あーっ。そっちかぁ。
『落ちる』ことに疑問があるんじゃなくて、『リンゴが落ちる』ことに強く意味があったパターンかぁ。
どや顔だった分俺が受けたダメージは大きかった。
「……ほぅ。『インリョク』とな? 詳しく話が聞きたいのぅ」
だが、この老人は俺の答えの方に興味を持ったようだった。
俺のダメージは回復した。
「是非ともご説明させて頂きたいんですが……説明に少し時間がかかるものでして。先に理事長室へ向かわなければなりませんので、一度、失礼させて頂きたいのですが……」
俺の答えに興味を持ってくれたのは嬉しいが、さすがに理事長室が優先だろう。
そう思った俺が断ると老人は笑った。
「おおっ! これはうっかりじゃ。そうじゃのぅ。新しい知識の説明が簡単に終わる訳がない。話はゆっくりと聞くべきじゃの」
そういうとその老人はおもむろに指を鳴らした。瞬間――
――気づけば俺たちは何かの部屋の中にいた。
「理事長室へようこそ。未来ある若人たちよ。この学校は君たちを歓迎するぞい」
声の主を探すと、先ほど声をかけてきた老人がそこに立っていた。
ここは理事長室ということは……転移か。
「理事長だったんですね……?」
「うむ。名乗らずに失礼したのぅ。トリスの奴からとても珍しい知識を持った新入生が来ると聞いていてのぅ。特にノゾム君のテストの回答を見た時から、お主が来るのが楽しみ過ぎてな。ずっとあそこでスタンバっておったんじゃ」
「トリスというのは?」
「おや? 主らも面識はあるはずじゃがのぅ。アニムスの町のギルドマスターじゃよ」
ああ、ギルドマスターか。
しかし、あの町からこの王都に来るまでに馬車で一週間ほどかかっているんだが、この理事長はいつからあそこで待っていたんだろうか。
……知りたいような、聞くのが怖いような。
「いつ頃から待機されて居たんですか?」
さすがだよノワール。なんという直球ストレート。ボールにお前の魂が入ってるようだぜ。
「五日も連続で見たことない学生に片っ端から声を掛けておったら、理事長はついにボケたという噂すら流れてしもうたわい。……じゃが、その甲斐はあったようじゃのぅ。どれ先ほどの『インリョク』じゃったか? について説明してもらいたいんじゃが……」
おおぅ。五日も前から待機してたのか。俺たちの世界でもそこまでの猛者はいなかった筈だぞ。
なんだこのおじいちゃん。アグレッシブ過ぎるだろう。
「あの……その前に、手続き的なものを終わらせておきたいんですが、よろしいでしょうか?」
「うぬぅ。新しい知識を前にして生殺しとは……っとこれじゃ」
そう言うと、俺は謎の鍵を渡された。
「これはこれからお主らが住む学生寮の鍵じゃ。訳ありということも聞いておるからの。場所は学生寮の最上階。そのフロアは事情があってお主しかおらんし、わりと気ままに過ごせるはずじゃ」
なるほど。……気を聞かせてくれたのか。
しかしフロア貸し切りって凄まじいな。
「それで『インリョク』についてなんじゃが」
「はい。……えーっとですね。そもそも物質は引力という力を持ってまして――」
俺は簡単に説明をすることにした。
……質問が途切れない。
もう外の日差しはとっぷりと暮れているのに、俺たちはまだ理事長室にいた。
「……この世界が丸いという概念……星と言う存在の捉え方」
「月がそのような存在……妾にしても初耳じゃて……」
万有引力から始まって、遠心力、星の自転、衛星という考え方。
まず、概念自体がなかなか通じなくて、今の時点ではそれぐらいしか話していないし、俺の知識だから本当に簡略化して話したんだが二人には劇薬だったらしい。
「あの……そろそろ。よろしいでしょうか?」
「それは駄目じゃっ!! この老い先短いおいぼれにこれほどの夢を見させておいて、捨て置くのかっ!!」
「ノゾムっ!! これは妾もはっきりさせたいのじゃっ!! 月が衛星ということも受け入れがたいが、その他にも知っていることは教えてほしいのじゃ!!」
結局、その日は理事長室で徹夜コースだった。
「「……」」
「寝てはならんのじゃーっ!! ノゾムっ!! 重力なる概念を受け入れたとして、何故月ではそれが少ないのじゃーっ!!」
「ノワール君!! 起きてほしいのぅ!! 自転の影響で昼夜が出来るのは良いとして、なぜ四季などの特徴が各国で異なるのじゃ!!」
俺とノワールは頑張った。
途中から二人の興味を持つ部分がズレたので、担当を決めて対応するなど、俺たちは全力を尽くした。
まず、多くの考え方が概念的なものから教える必要があって、それに酷く時間を取られたし、苦労の末に理解してもらえても、それに対しての質問が終わりなく飛んでくるのだ。
終わりがないのが終わり。俺たちがこの勉強会を開くことになった時点で、未来は決まっていたのかもしれない。
ナイア。教えてくれ。俺とノワールは一体あとどれだけ話せば良い? ……ゼロは俺になにも言ってはくれない。教えてくれ、ナイア。
「……燃え尽きたぜ。……真っ白にな」
「……ああ、ご主人。……時が見えます」
俺とノワールは犠牲になったのだ。
――犠牲の犠牲にな。
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