第33話 「この問題、ゼミでやったところだ!」

 あの後、宿屋で一泊しながら話し合った俺たちは学歴の取得を試みるということで、学校に通ってみることにした。

 翌日、学校についての情報を集めると、各町に最低一つはあるということ。

 この国の学問奨励の考えから、誰でも入学でき、学費は出世払いでも構わないということが分かった。

 また、入学に当たって、一度テストを受け、学力にあった学校へ入るようだったので、俺たちはさっそく冒険者ギルドでテストを受けた。

「はい。これでテストは以上です。お疲れ様でした」

 ギルドのお姉さんがそう言うと、俺とナイアは伸びをする。

「お疲れ様でした。ふぅ。久しぶりにこんなのやったな」

「てすと、なるものは初めてじゃったがなかなか面白かったぞ!!」

「お疲れ様です。ご主人。ナイア」

 ちなみに、ノワールは俺の使い魔だと説明しているので、テストなどは受けていない。

「だけど、やけに簡単なテストだったな」

「おや、そうなのですか? ご主人にもそう思われるなんて、この世界の今後が心配ですね」

 そう言いながら、俺の頭に登ってくるノワール。

 この猫、言いよるわ。

 恐怖新聞でも送ってやろうか。

 ……まぁ、前世での俺の知識とかは共有してるはずだしな。

 ならば俺の学力も知っているということだ。

 進学校とはいえ、入学寸前の高校生の学力なんて推して知るべし。

「おおっ!! ノゾムもそう思ったか? 異世界出身じゃから、難題かと思ったが杞憂じゃったようじゃのぅ」

「……ナイア。さすがに俺の世界の学問だってここまで酷くはないぞ。」

 テストは数学系の問題で、簡単な計算から理科系の問題が混ざっているような内容だった。

 今のナイアの発言は義務教育を受け終わった身としては、ちっぽけなプライドを刺激するに十分な内容だった。

「そうかの? ……じゃが、ノゾムらの世界には魔法は無いんじゃろ? それなのに、良く魔法理論が解けたものよのぅ」

「……へっ?」

「……おや?」

 なんだ?

 ナイアは今なんて言った?

 ノワールも今の発言は気になったようだった。

「……魔法理論なんて、問題にあったか?」

「うむ? 前半の算術問題の後は、ほとんど魔法理論の問題だったではないか?」

「ご主人。……流れが変わりましたね」

 うん。壮大なBGMが聞こえてきそうだ。

 俺は焦りを覚えながらもナイアに尋ねる。

「全く気付かなかったが、例えばどんな問題があったんだ?」

「そうじゃのぅ。なぜ火は燃えるのか。とかあったではないか」

 不思議そうに言うナイアだが、それのどこが魔法理論なんだ?

「ナイア、それが魔法理論なのですか?」

「火が燃えるのは空気中の酸素が燃焼しているからだろう?」

「は?……なんじゃそれは?」

 俺が答えるとナイアはポカンとしていた。

「えっ?……俺の世界ではこれが常識なんだが、もしかして違うのか?」

「聞いたこともないのじゃ。こちらでは火が燃えるのは、魔力に火属性を付与するからじゃ」

「……」

「……」

 俺とノワールは目を合わせた。

 ノワールは静かに首を振った。

 ――やめろ。

 まだ可能性はある。

「……もしかしてだが、遠くの相手に声を届ける方法は、音波自体を強く大きくする、もしくは糸電話のように振動を綺麗に伝えられる環境を作る、ではないのか?」

「……声に魔力を込めること、また、風魔法により運ぶこと。使い手は少ないが、思念通話などの魔法を使うことじゃな」

 ノワールは手を額に当てて、目を反らした。

 猫のくせに様になるな。

 まだだ。

 まだ終わらんよっ!!

「人間の体が動く仕組みは、脳から発せられる電気信号による筋肉の反射運動だよな」

「思念による魔力制御。深い所までは解明されておらんが、この肉体という存在も魔道具のような乗り物である――と考えられておるのぅ」

「……残念ですが、ご主人。あなたはチェスや将棋で言うところの『詰み』にはまったのです」

 ずしゃぁっ。

 俺はその場に崩れ落ちた。

 この異世界に置いて、俺は魔法理論の劣等生だったようだ。



 午後。

 俺たちは、昼食を済ませてギルドへ戻ってきた。

 午後には採点が終わっているはずだということだったので、結果を聞きに来たのだ。

 ……まぁ、俺の結果なんて聞くまでもないだろうけど。

 そう考えながら、俺は受付のお姉さんに声をかけた。

「すいません。朝に学術テストを受けた者なんですが……」

「あっ!! お待ちしておりましたっ!! どうぞこちらへっ!!」

 だが俺の予想に反して、彼女は俺たちを認めると慌てて奥のギルドマスター室まで通してくれた。

 ……えっ?

 本当にここか?

 残念でしたね、の一言で終わるんじゃないのか?

「おおっ。来てくれたのか。……すまないね。かけてくれ」

「はい。失礼します」

「うむ」

 部屋に入った俺たちはメガネを掛けたイケメンのお兄さんに勧められるまま、席についた。

 この人がギルドマスターか。

 俺が知ってるギルドマスターとはずいぶん違うな。

「早速だが、君たちのテストを拝見させてもらったよ。そのことでいくつか質問があるんだが……良いかな?」

「……はい」

「うむっ! なんでも聞くがよい」

 ギルドマスターは真顔で……どこか緊張感がある口調でそう言った。

 ナイアは笑顔だったが、俺は憂鬱だった。

 なんだろう。

 俺の答えはふざけていると思われたんだろうか。

 それにしたってギルドマスター本人が出てくるとは……うぅ、胃が痛い。

 今なら某国民アニメの彼の気持ちが良く分かる。

 ずっとこんな気持ちと戦っているなら、あのアニメの英雄は間違いなく山根君だろう。

 閑話休題。

「まずは、ナイア君からだ。……君はどこで勉強してきたんだい?」

「うむ? 妾の知識は全て独学と経験則からなるものじゃ。どこぞで教鞭を乞うたことは無いぞ?」

「そうかい。独学でここまで。……結果から言えば君の学力はこの町で測れる基準を大きく超えていると思われる。もし、学校へ通うのであれば王都にある大学へ行くことを薦めるよ」

「かかかっ。では、妾の『てすと』は良かったということじゃな!?」

 さすが妾よのぅ、と笑う魔王さん。

 上機嫌である。

 普段からは想像できなかったが、勉強も出来たのか。

 少し意外だな。

「……それで、ノゾム君なんだけど。」

 ギルドマスターもナイアに向けていた温かいまなざしをこちらに向ける。

 少し目がキリッとした。

 ……睨まないで下さい。

 俺の防御力が下がってしまいます。

 俺は震えながら、続くギルドマスターの言葉を待った。

「まず、君の算術は素晴らしいものだった。……だけど、魔法理論の方は芳しくなかった」

「……はい」

 うん。やっぱりな。

 ……逆に算術を褒められたのが予想外だよ。

 てゆーか、このギルドマスター。

 言葉選んでくれてるし……もしかして良い人なのか?

「だけど、君の答えは妄想を書き綴っているようには見えなかった。……良ければ、私にこの答えの意味を説明してくれないか?」

 そういうギルドマスター。

 まぁ、ふざけた回答だと頭ごなしに怒られるよりは、説明して潔白さを証明することにしよう。

 ということで、俺は解説を始めた。

「えっと。まずは火が燃える理由ですけど――」



 ――そうして。

 俺の説明が終わることには、日が暮れかかる時間になっていた。

 ギルドマスターはこちらの説明を熱心に聞き、途中途中で質問を交えてくれる良い聞き手だったけど……まさか原子がどうのというところまで話す必要があるとは思わなかった。

「大体、そういう感じです。」

「成る程。……この世界は原子なる最小単位からなる。聞いたこともない発想だ。だけど、ここまでの内容を妄想だとは思えない」

「これは、妾も聞いたことが無い知識じゃ」

 ナイアも興味深そうに話を聞いていた。

 質問はギルドマスターより多かったように思う。

 その度にノワールが補足してくれるのが、地味に有難かった。

「あの。……そろそろよろしいでしょうか?」

 ギルドマスターとナイア。

 二人とも思考の渦へ行ってしまったが、さすがに喋り疲れた。

 そもそも、俺は先生ではなく一般的な高校生だったのだから、深い所まで質問されても分からんし。

 なんなら、入学と同時にこの世界に来たのだから、高校生ですらないかもしれない。

 体は少年。頭脳は中二。

 俺と言う人間は大体そんな感じである。

「……っ! ああ。すまないね。もうこんな時間か」

 俺の声掛けで、ハッとなったギルドマスターがそう言った。

「ありがとう。ノゾム君。実に興味深い話だったよ」

「いえ。そう言っていただければ幸いです。……それで俺たちは学校へ通えるんでしょうか?」

「……ああ。それなんだけど」

 そう言うと、ギルドマスターは深く考え込んだ。

 ……なんだ? どうして、間を置くんだ? 

 この沈黙が嫌だ。

 某クイズ番組のみのさんを思い出す。

 ……見てるだけなのに、耐えられぬあの緊張感はなんなんだろうか。

 ――と、俺がしばらく考えていると、ギルドマスターは口を開いた。

「悪いんだけど、明日の午後にもう一度ここに来てくれないかな?その時に説明するよ」

「はぁ。分かりました」

 ちょっと、予想外の回答ではあったけれど、まぁいいか。

 それより早くここから去りたい。

 そうして、俺たちはギルドマスター室を後にした。



 ~ギルドマスター視点~


 彼らが出て行ったのを確認して、私は呟いた。

 「炎よ。有れ」

 私の手に火が生まれた。

 それほど大きくは無い。

 初級魔法とすら呼べない簡単な魔力操作だ。

「常より酸素を取り入れよ。……っ!散れっ!!」

 私がそう言うと、赤く輝いていた炎は次第に色を変え、白くなった。

それに伴い熱が強くなったのが分かったのでで慌てて魔力を散らし、炎を消す。

 この部屋には無数の本がある。

 万が一にでも火が広がっては困るのだ。

 ……初めての知識であるし、警戒しすぎて損は無い。

「参ったな。これで妄言という可能性も消えた」

 私以外、誰もいないギルドマスター室で私は頭を抱えた。

 私がギルドマスターになってから一番の不安要素が来たのかもしれない。

 ……だが、自分でも分かる。今、私の口はこれまでに無いほどに緩みまくっているだろう。

 聞いたことも無い知識。

 しかも、これまでの考え方を根っこから破壊するほどの知識と触れたのだ。

「困ったなぁ。……ああ、絶対に彼らは逃がせない」

 私は会話玉を手に取る。本人たちに自覚は無いようだったけど、彼らの知識はこの国にとってなによりも価値があるものだ。

 この知識は絶対に逃がせない。

「ああ。すいません。私ですが、理事長につないでもらえますか? 大至急です」


 いつもなら煩わしいだけの根回しが、今は溢れんばかりの高揚感に変わっていた。

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