第31話 「僕は悪い行商人じゃ無いよ?」

 勇者が高速で去った後。

 俺たちはしばらく呆然としていた。

「な……なんだったんだ……?」

「……分かりません。分かりませんがとりあえず、危機は去ったみたいですね」

「おお。さすがノゾムなのじゃ。今回ばかりは妾も死んだと思ったのじゃ」

 確かに、理由は全く分からんが、結果を見れば勇者はひとまず去ったらしかった。

「しかし、ナイアには全く気付いてないみたいだったな」

「ええ。……というか、ご主人しか見てなかったみたいに思えましたよ」

「うむ。妾にもそう見えたの。それはそれで、腹立たしいことじゃがの」

 ナイアはご立腹のようだった。

 まぁ、一度自分を殺した存在にアウトオブ眼中を決められては仕方ないのかもしれない。

 しかし……もしかして俺が狙いだったのか?

 マジか。

 王女様の目的は元々はノワールだったはずだが……もしかすると、俺の殺害の方が優先度が高くなっちゃったのか?

 敵前逃亡しただけで、そこまで恨みのパワーをチャージするとは、うろ覚えの呪いの人形遣いもビックリな執念である。

「だが、ここでじっとしてるのはマズそうだな」

「ええ。一旦は引いたみたいですけど、また来そうですしね」

「確か、『考えさせて』じゃったか? ……なんのことじゃろうか」

 勇者の最後の言葉を反するナイア。確かにそれだけ聞くと意味不明だが。

 ……俺には分かる。

 あの勇者はかなりの愉悦リストだ。

 俺たちを殺すときの方法でも考えて、悦に浸っているに違いない。

 おお。

 考えるだけで恐ろしい。

 焼いた鉄柱を抱きしめさせられたり、爬虫類がわんさかいる穴に落とされたり、息子をハンバーグにして食べさせたりするに違いない。

 ……うん。

 冗談にしても酷過ぎるな。

 あんまり深く考えるのは止めておこう。

 歴史の道標はもう要らないのである。

「じゃあ、移動するか。……国が違えば、王女も勇者も今よりは動きにくくなるかもしれないし」

「ええ。そうしましょう」

「うむ。今日の内に距離を稼ごうぞ」

 俺たちは頷きあって、本気で移動を開始することにした。



 暗い夜闇の中を、高速で動く影があった。

 影は一つ。

 その動きは俊敏で、斜面においても減することなく、まっすぐに一つの方向に進んでいた。

 やがて、月光がその影の正体を明らかにした。

 それは……男を背負った少女の姿であった。

 ――というか、ナイアが俺を背負って全力で走っていた。

 ナイアが幼女から少女へジョブチェンジしたことによって、獲得した俺たちの新フォーム。

 必見すべきは、今までのたわら担ぎを越えた安定性だろう。

 ちなみにノワールはナイアの肩辺りに居て、俺とナイアに挟まることで落ちないようにしていた。

「どうじゃーっ!! ノゾム!! ノワール!!」

「おおっ!! さすがだぜナイア!! まるで風になったみたいだっ!!」

「ええっ!! あなたは確かに先月より速くなっています!!」

 高速で流れる景色に、俺たちのテンションは再び上がっていた。

 これまで弱体化した幼女の姿であったため、とにかく『容姿』や『発言の奇抜さ』ばかりが目立っていたナイアの言動であったが……俺は今『ナイアのスピードに初めて戦慄を覚えていた』。これが魔王の本領。『爆発的に速い』スピードスターはついに正体を現した。

「しかし、ご主人。……ついに、背負われることについて何も言わなくなりましたね」

「ノワール。……ボンバーも配管工もみんな背負われて成長したんだ。何も恥ずかしいことはないさ」

「ナイアはルーイでも、でっていうでもありませんけどね」

 うん。

 あまり触れてくれるな、ノワール。

 そう思わないとやっていけないのだ。

 命の方が大事だと割り切ったつもりだけど、少女に背負われるというこの状況。

 冷静に考えると涙が出ちゃう。

 ……男の子だもん。

 だけども、そんなちっぽけなプライドより、生きることが大切なのだ。

 閑話休題。


 まぁ、そんなこんなでナイアのお陰で、二日目の昼には本来なら三日目に見える筈の町の入り口が見えていた。

「おおっ!! ノゾムっ!! ノワールっ!! 町じゃぞ!!」

「見えてきましたね。ご主人」

「ああ。ナイア、ありがとう。そろそろ下してくれ」

「うむ。分かったのじゃ」

 そうして、俺たちは町へ入った。

 ちなみに門番の人は冒険者カードを見せれば、俺たちを通してくれた。

 ……辺境だからかもしれないが、この世界のセキュルティが少し心配になった。

 段ボールを被るだけで、潜り込めるんじゃないだろうか。

「まぁ、この町自体に用はないんだけどな」

 町に入った俺はそう呟いた。

 最終目的は、この町から一週間ほど行ったところにある賢者の国へ移動することなのだから。

「ですが、素通りというのも味気ないではないですか」

「うむ。妾としても食事はこういう所でとっておきたいのじゃ」

 だが、それを聞いていたらしいノワールとナイアは反対のようだった

 聞いてみればその意見はもっともだった。

 昨日食べたオオトカゲは美味いかったが、これからの一週間でまた食べれるとは限らないし、食事や食料の調達はなるべくここで済ませたほうが良いだろう。



「ひったくりだーっ!!誰か捕まえてくれー!!」

 俺たちが食事を済ませて、市場で買い物をしていると、急に後ろからそんな声がした。

 振り返ればなにやら大きなローブで体を隠した男が、こちらにむかって全力で走っている。

「邪魔だっ!! どけーっ!!」

「お主がどくのじゃっ!!」

 ドゴンっ!!

 そして、そんな男をナイアがヤクザキックで撃退した。

 ……うわぁ。もろに鳩尾に入ったな。

 走ってきた勢いも手伝って、男は支点・力点・作用点が分かるほどに、くの字に曲がった。

 俺の脳内には、昔にあったとあるCMが流れていた。

「あ……あべしっ……」

 そうして、その言葉を最後に男は倒れ付した。

 この間、僅か三秒。

 ……彼には冥福を祈りたい。

「ありがとう……!! 助かったよっ!!」

 と俺がアホなことを考えている間に、息切れをしているおっちゃんが声を掛けてきた。

 恐らく、この男を追いかけていたんだろう。

 やがて、息を整えたおっちゃんが倒れている男に近づいて何かを懐から取り出していた。

 あれは……革袋か?

「いやぁ……危うく全財産を盗られる所だったよ。本当にありがとう」

 そういって笑うおっちゃん。

 全財産スられかけて笑えるとかなかなかの強者だな。

 倒れている男を兵士に渡すところまで同行して、兵士が男を連れて行った後で、おっちゃんが礼をしたいと言ってきた。

「せめて、食事でも奢らせてもらえないかな? 商人として、恩人になにも返さないというのは不義理になるからね」

 そういうおっちゃんだが、飯ならさっき食べたし、俺たちは急いでこの国を出る必要がある。

 ここは気持ちだけ受け取ろう。

「ぜひともご一緒したいのですが、食事は先ほど済ませてしまいまして……この後は急ぎこの町を出るので、お気持ちだけ有難く頂戴しておきます」

「おや、そうなのか。それは残念だ。……もしよければ、行き先を聞いても良いかな?」

 おっちゃんは肩を落としながら、そう聞いてきた。

 ……まぁ、別に隠す必要もないか。

「ええ。実は賢者様の国へ行こうと思っています」

「おおっ!! そうかい!!」

 急にハイテンションになるおっちゃん。

 そんなに変な回答だっただろうか。

「だったら、僕らと一緒に行かないかい? 僕は旅商人の一座でね。ちょうどこれから馬車で彼の国へ向かうところなのさ」

 おおぅ。なんという急展開。これは渡りに船かもしれない。

 ……だが、信じていいものか。

 奇妙な冒険きっての無駄に爽やかなコロネ君だって、最初は観光客を騙して荷物を奪おうとしていたしな。

 警戒は必要だろう。

「……それは有難い提案ですが、なぜそこまでして頂けるのですか?」

「ふふふ。そうだね。大事な質問だ。……もし君たちが来てくれれば、お礼も出来るし、道中の旅のリスクも減らせるかなと思ったのさ」

 おっちゃんはあっけらかんとそう言った。

「先ほどの手並みからすると、冒険者なんだろう? 国を出るってことはモンスターとの荒事にも慣れてるだろうし」

 なるほど。こちらが旅の冒険者と知っての提案って訳か。

「随分とあっさりお話になるんですね」

「商人としてお互いに利益があるなら隠し事はしないさ」

 うーむ。ずっとニコニコ笑っていて食えないおっちゃんだな。

 どうするか。

「ご主人。確かに思う所はありますが、馬車と言うことは道中の移動が速くなるということです。今の私たちには有難い話だと思います」

「うむ。妾もそう思うのじゃ。一度、勇者と会った以上。一刻も早くこの国を離れることが先決じゃ」

 悩んでいると、ノワールとナイアが小声でそう言ってきた。

 ……確かに。仮にこのおっちゃんが何かを企んでいたとしても、勇者がこちらの命を狙っているということよりは危険度は低いだろう。

「分かりました。厚かましいとは思いますが、その申し出、有難く頂戴したいと思います」

「本当かいっ!! いやー良かったよ」


 そうして、俺たちはおっちゃんの買い物に付き合った後で、旅商人の皆さんと合流し、この町を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る