第30話 「風と共に去りぬ」

 前回のあらすじ


 最初から最後までクライマックスだった。



「それで、話を聞きたいんだけど、良いかな?」

 俺たちが黙りこくっていると、勇者を名乗った彼女は改めてそう聞いてきた。

 どうやら黙ってやり過ごすということは出来ないようだった。

 仕方なく俺は言葉を返した。

「……勇者なんですか?」

 馬鹿みたいな質問だが、確認しなくてはならなかった。

 そして彼女は当たり前のように、勇者だと認めた。

 ……念のため、こっそりと横のナイアにも確認するが、ナイアは死んだ魚の様な目で、同意を返してきた。

 こんなに元気がないナイアを見たのは初めてだな。

 ナイアはまるで斬首を待つ罪人のように、死んだ表情で沈黙を貫いている。

 ……まぁ、魔王だし、三百年前にも殺されてるもんな。

 そのときは勇者パーティ四人がかりでフルボッコだったらしいけど……今のナイアでは勇者一人でも余裕だろう。

「実は人を探していまして……」

 勇者はそう言葉をつづけた。彼女の瞳はハッキリとこちらを見ていて、俺たちがその探し人であるということが伝わってきた。

 これは逃げられないだろう。

 ……だが、まだだ。

 まだ、諦める時間じゃない。

 十中八九、王女の依頼で俺たちを殺しに来たんだと思うが……もしかしたら、何かの間違いと言うこともあるかもしれない。

 俺は神にすがり、理由を聞いた。

「それは何のために……」

「ええ。ある女の子からのお願いで、その子の代わりにお世話になったお礼を届けに来ました。」

 神は死んだ。

 ツァラトゥストラはそう語っていた。

 ……王女によって刺客が送られてくる可能性は危惧していたけど、まさか勇者様が来るなんて。

 あの王女あまり頭は良くなさそうだったけど、心は真のライオンのようだった。

 ポンデとは違うのだよ! ポンデとは!!

「……いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。お礼の方は謹んで辞退させて下さい」

「いえいえ。そんな。お礼を受け取ってもらえなければ、首にするしかないと言ってましたので」

 俺の精一杯の懇願に、笑顔で応える勇者。

 いや、勇者様?

 なんでそう言うことを笑顔で言えるんでしょうか?

 なんだよ、首にするって。

 玄関にでも、はく製にして飾るのか?

 一応言っておくけど、ゆっくりしていけないぞ、そんな玄関。

「……」

「胸を張ってください。ほらっもっとキリッとして! このままじゃ彼女に合わせる顔が無いですよ」

 俺が勇者様の返しにドン引きして言葉を失っていると、彼女は自分の両手を俺の顔に添えて、自分の方を向かせた。

 首を刎ねる前に、表情を指定するとか、この勇者様はマジでヤバい。

 横の魔王が天使に見えるレベル。

「あの……どうしてあなたがそこまでするんですか?」

 だが、なぜ勇者である彼女がそこまでするんだろうか?

 俺が知っている限り、勇者様は人格者で国民の味方だと聞いた。

 そんな彼女がここまで、王女の味方をする理由とはなんだろうか?

 もしかして、弱みでも握られているんだろうか。

 そう思いながら、口に出した俺の質問は――

「私がしたいからです」

 ――綺麗な笑顔で返された。

 勇者はそんなこと言わない。

 ……ああ、分かった。この人は勇者なんかじゃない。

 例えるなら、どす黒く燃える太陽だ。

「……俺は勇者様を舐めてました。貴方は怖い人ですね」

「へ?」

 俺は理解した。

 この状況はどうあがいても絶望だということを。

 相手は勇者。

 四人がかりとはいえ、全盛期のナイアを殺した存在だ。

 ステータスの差なんて考えるまでもないだろう。

「こんなにもまっすぐ、こちらを追いつめてくるなんて……正直予想外でした」

「へ? へ?」

「あなたに見つかった時点でこちらの逃げ道はなかったのでしょうね。――ですが、やられっぱなしは好きじゃない。……こちらからも抵抗はさせて貰いますよ」

 だが、絶対にただではやられない。すでに理不尽で一度死んでいる身だ。二度目もそうやって死ぬなんてごめんだった。

「勇者。エル・アルレイン・ノート。アンタは他の人とは違う。勇者として遥かな高みに居る。だが、俺はそういうところが隙だと思っている」

「なななっ!! 何を言っているんですか!! あなたは!?」

 圧倒的な強者の地位に甘んじ、上から恐怖を煽り、俺の反応を楽しんでいる彼女。

 だがそれこそ、そんな彼女の驕りこそ、俺たちに残された可能性だ。

「俺は本気だ。勇者様からしたら、遥か下の存在かもしれないが、それでもこっちにも意地がある」

「そ。そんな私はそんなつもりは」


 ――さぁ、足掻いてやるぜ。歴史を変えてやる。


「例えどれほど可能性が低くても、俺は絶対に諦めない」

「私はっ……」

 そこで、沈黙を選ぶ勇者。だが、それは許さない。

 俺に可能性があるとすれば、勇者が侮って動く、一番最初の一瞬だけ。

 その瞬間に、全力を注ぐっ!! 

 俺は剣に手を伸ばした。

「さぁ、どうした勇者!! ここまで言われて何も返さないのか!!」

 動け勇者!! そう念じながら、俺がそう言葉を紡いだ瞬間――


「考えさせてくださいーっ!!」


 ――勇者は風のようにこの場を去った。

 全く反応出来ない速度だった。

 その勢いは、脱兎のごとかった。



 ~勇者視点~


 私は勇者。エル・アルレイン・ノートというものだ。

 まぁ、勇者であり、約三百年この国を守っていることを除けば、普通の女の子だ。

 ……魔王とか倒したことあるけど、女の子なのだ。一応。

 普段は国内を適当に旅して、モンスターを減らしたりしてるんだけど、今回は少し違う。

 久しぶりに昔の仲間の顔が見たくなった私は、とりあえず一番近い賢者の国に向かって移動をしている所だった。

 あとついでに、道すがらお世話になった居酒屋の娘さんのお願いで、ある男の子を探している。

 なんでも小さな女の子と見たこともない生き物を連れているらしいから、会ったらすぐに分かるとのことだった。

 その子も賢者の国を目指しているらしく、私は快くそのお願いを引き受けた。

 その男の子は今日の午前中に町を出たようだったので、私の足なら今からでも追いつける可能性が高いだろう。

 そう思って、道中それらしい人たちを探していると、焚火を囲んで騒いでいる人たちを発見した。

 もしかしたらと思って話を聞くことにする。

「私は勇者。エル・アルレイン・ノートというものだが、少し話を聞いても良いだろうか?」

 堅苦しい言葉は少し苦手だが、勇者としての振舞もある。

 私がそう言うと、その人たちはピタリと動きを止め、無言でこちらを見てきた。

 ……うわぁ。さっきまで凄い楽しそうだったのに、今はなんだろう。御通夜のような空気が漂っている。

 私はそんなにお邪魔だったんだろうか。

 だが、こちらを向いたことで、この人たちが探していた人たちだろうと確信できた。

 女の子連れのパーティが他に居るとも思えないし。

 やがて、無言に耐えられなくなった私は、改めて聞くことにする。

「それで、話を聞きたいんだが、良いかな?」

 その言葉で、男の方が口を開いた。

「……勇者なんですか?」

 どうやら、私の顔を知らないらしい。

 ちょっとだけ驚いた。

 うん。やっぱり国境近くの町まで来ると、私のことを知らない人も結構いるのかな。

 気づかない内に勇者としての自分に己惚れていたのかもしれない。反省しないと。

「ええ。私は勇者です。実は人を探していまして……」

「それは何のために?」

「ええ。ある女の子からのお願いで、その子の代わりにお世話になったお礼を届けに来ました」

 女の子に渡されたのは金貨だ。

 どうやら、その男の子のお陰で居酒屋が助かったから、最後に少しでもお返ししたいということだった。

「……いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。お礼の方は謹んで辞退させて下さい」

 でも、男の方は断った。

 うん。やっぱりこの人か。

 居酒屋の店長さんと娘さんから聞いてた通り、謙虚な人みたいだな。

 でもこちらも、どうしても渡してほしいと頼まれているし、諦めるわけにはいかない。

「いえいえ。そんな。お礼を受け取ってもらえなければ、クビにするしかない嫁にやると言ってましたので」

 店長さんが笑いながら言っていた言葉を伝える。

 そう言えば受け取るだろうと思ったからだ。

 実際は親子三人でやっている店だし、娘さんをクビになんて出来ないだろうけど。

「……」

 そういうと彼は押し黙った。

 おや、もしかして冗談を本気にしたんだろうか。

 それとも、まだ受け取るか悩んでいるのだろうか。

 居酒屋の二人は本当に喜んでいたし、もっと自分のしたことに自信を持って良いと思うんだけど。

 ……多分だけど、娘さんの方はこの人に惚れてるみたいだったし。

「胸を張ってください。ほらっもっとキリッとして! このままじゃ彼女に合わせる顔が無いですよ」

 私はそう言って、両手で彼の両頬に手を添え、彼の顔を上げさせる。

 彼は揺れる瞳でこちらを見て言った。

「あの……どうしてあなたがそこまでするんですか?」

「私がしたいからです」

 私は胸を張って答える。

 勇者はみんなの味方なのだ。

 ……特に恋する女の子の。

「……俺は勇者様を舐めてました。貴方は怖い人ですね」

「へ?」

 私の返事を聞いて、彼は呆然とした後で、呟いた。

「こんなにもまっすぐ、こちらを追いつめてくるなんて。正直予想外でした」

「へ? へ?」

「あなたに見つかった時点でこちらの逃げ道はなかったのでしょうね。ですが、やられっぱなしは好きじゃない。……こちらからも抵抗はさせて貰いますよ」

 初めは何かを諦めたような瞳だったが、途中から一転、覚悟を決めたような瞳で私を見返してきた。

 真っ直ぐにこちらを見つめ返してくる目。

 そこには強い意志が感じられる。

 勇者である私に物怖じせず、こんなに力強く見つめてくる人は初めてだった。

 私が少しドキッとしていると――


「勇者。エル・アルレイン・ノート。アンタは他の人とは違う。勇者として遥かな高みに居る。だが、俺はそういうところが好きだと思っている」

「なななっ!! 何を言っているんですか!! あなたは!?」


 ――彼はいきなりそんな爆弾発言をした。

 好き? 私を? 何で?

 私は一気にパニックになった。

 勇者と言えば一個大隊以上の戦力を有する存在。

 いわば人間兵器とでも言える存在だ。

 みんなそれなりに優しくはしてくれるが、その力を知れば畏怖を覚えるモノである。

 人間扱いされないことすらあった。

 私に対して、女の子として対等に接してくれる人なんて、それこそ昔の仲間しかいない。

 ――なのに、この人は。

「俺は本気だ。勇者様からしたら、遥か下の存在かもしれないが、それでもこっちにも意地がある。」

「そ。そんな私はそんなつもりは」

 彼は混乱する私に畳みかけてきた。

 勇者である自分に対して、真っすぐに言葉をぶつけてくる。

 そんな男の子は初めてだった。

「例えどれほど可能性が低くても、俺は絶対に諦めない。」

「私はっ……」

 何と言えば良いんだろうか?

 この男の子に対して。

 真っすぐに自分を見つめてくる彼の瞳から目が逸らせない。

 恋愛などしたこともない私はこんな時どうすれば良いのか分からない。

「さぁ、どうした勇者!! ここまで言われて何も返さないのか!!」

 ついに彼は返事を要求してきた。パニックが頂点に達した私は――


「考えさせてくださいーっ!!」


 ――全力でその場から逃げ出した。

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