第27話 「同情するなら、金をくれ」
「でも、本当にこれで外に出て大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。一応、王女はこの町には来てないってことになってるからな。指名手配みたいに大々的なことは出来ないさ。……ただ、直接会ったりすれば別だけどな。」
ああ。だから、当分は大丈夫って訳か。
……俺が王都に行けなくなった瞬間だった。
「あとは、心苦しいが、この国を早く出た方が良いかもしれんな」
「……え?」
「仮にも王女の誘いを断ったんだ。王女が個人的に刺客を差し向けてくることも十分考えられる」
「ああ。なるほど。……確かにあり得ますね」
一度会っただけだが、あの王女は全部が自分の思い通りになると考えている節があった。
最終的には俺を殺してでも、ノワールを手に入れようとしていたし。
……新しいタイプのヤンデレだろうか。勘弁してほしい。
俺もノワールも死ぬほど愛されて眠れなくなるのはごめんだった。
「まぁ、恐らく二週間程度の猶予はあるはずだ。暗殺者なんかに依頼するにしても、王都に着いてからの話だからな」
町を出る……か。これは予定外の事態だな。
この町には、宿屋のおばちゃんとか、ギルドマスター、キリクさんを初めとした冒険者のみなさん。
仲良くなった人が多く居るんだけど……
まぁ、王女に狙われながら、その国で暮らすっていうのは、現実的に考えて難しいか。
自分が投げた柱に乗って飛んでくる暗殺者もいるかもしれないしな。
「分かりました。……ちょうど二週間後の満月の日にこの町を離れることにします」
猶予を考えると、今すぐにでも出るべきかもしれないが、国を出るってことは、モンスターが跋扈する外へ行くということだ。
逃げる為に外へ行ってモンスターに殺されました。じゃあ、意味がない。
壁の外は危険なのだ。俺が死んでも人類の反撃の糧にはならない。
少しでも、ナイアのステータスが上がる日に出発するべきだろう。
「ああ。……力になれなくてすまねぇな」
申し訳なさそうに頭を搔く、ギルドマスター。
「いえ。とても助かりました。……この町じゃなければ、俺たちはあっさりと殺されていたでしょうから」
「ええ。私もそう思います」
「うむ。世話になったのじゃ」
……この三日間。ギルドに俺たちを匿ったということだけでも、ギルドマスターという立場からすれば相当な無茶の筈だ。
ノワールとナイアも頭を下げる。
ナイアが頭を下げるのは初めて見たけど……この町で過ごした二ヶ月半の生活が、彼女の何かを変えたのだろうか。
それからの二週間は、お世話になった人たちにお礼を言って回り、いつも通り、大道芸と冒険者の依頼をこなしてお金を稼いだ。
そして、出発前の最後の夜はいつも通り冒険者の皆さんと、居酒屋で騒ぐことになった。
「ほれっ。嬢ちゃん。最後なんだからしっかり食ってけ!!」
「うむっ!! 主の金で食う最後の宴じゃ!! 妾も遠慮は無しでいくのじゃ!!」
「おおーっ!! 相変わらずすげぇなお嬢は!! ギルドマスターと同じ量を食ってるぞ!!」
「がははっ!! そんなんじゃあ、俺には勝てねぇぞ!! 嬢ちゃんっ!!」
「かかかっ!! 妾はまだまだ食えるのじゃ!! お主こそ、早々とペースを落とすでないぞっ!!」
ナイアとギルドマスターは最後にフードファイトで決着をつけるようだった。
周りの冒険者も楽しそうだし、何よりである。
「お荷物っ!! 王女様に狙われるなんて、とんだプレイボーイだな!!」
「ちょっと、止めて下さいよ。本当に死にかけたんですからね」
「ああ。災難だったなぁ。王女の護衛にお前の居場所を聞かれたときは参ったぜ」
「えっ!? そんなことがあったんですか? なんだかすいません」
「安心しろ。しっかりと町の外でゴブリンから逃げてますよ、って言っといたから」
「俺は色町でよく見ますよ、って言っといたぞ」
「俺は門番の人のたくましい腕に抱かれている筈だ、って言っといた」
「返してください!! 俺の申し訳なさを返してくださいっ!!」
俺は俺で冒険者ハーレムを形成していた。
この人たちは最後までまったく!!
俺がいつものように突っ込んでいると――
「でも、まぁ死ぬなよ」
「運が良いのも大事だが、剣も早く握っておけ。冒険者は死ぬときはすぐ死ぬぞ」
「また会ったら、酒を呑もうぜ。ノゾム」
――珍しく真剣にそう言ってくれた。
……この人たちは最後まで、まったく憎めない人たちだった。
「くそぉぉおお!! ノワールともお別れなのかっ!!」
「ええ。残念ですが……キリクさんには本当にお世話になりました」
キリクさんパーティも俺たちの出発を惜しんでくれた。
「本当に残念ねぇ。……でも、あの日に無事逃げられて良かったわ。」
「あれ、ノノさん。もしかして見てたんですか?」
「ええ。偶然見てたキリクが殺気を漏らしちゃって、王女の護衛と危うく戦闘になるところだったわ」
ああ。新月でステータスが落ちてたナイアが、どうしてスムーズに逃げられたのかと思ったけど、ここに原因があったのか。
「まぁ、こっちはぎりぎり顔バレはしなかったんだけどね」
「本当に助かりました」
「良いんだよ。俺が好きでやったことだから」
「キリクさん。……見て下さい」
感動したノワールが、急に初めて見るパントマイムをしだした。
何か大きなものを振り回しているように見える。
……初級のパントマイムでは再現度は足りないが恐らくは大剣だろう。キリクさんの獲物の。
そのノワールの思いは伝わったようで、キリクさんは感激していた。
もう、最後だからと金貨でチップを払ってくる。
こっちがいくら断っても、渡そうとしてくるので、最終的には受け取った。
最後のキリクさんは満面の笑みだった。
時間は流れて、今日は終わりを告げた。
最後だからと、冒険者一人一人に別れを言った俺たちは居酒屋を最後に出た。
だが居酒屋を出た所で、俺は引き留められた。
「あっあの!!」
振りかえってみれば、声の主は店員さんで、声はどことなく震えているようだった。
俯いていて表情は分からない。
「はい。……どうしました?」
俺が答える。そこで彼女は俯いていた顔を上げて、こちらをまっすぐ見てきた。
「この町を出ていくって本当なんですか!?」
「ええ。明日、出発します。……本当にお世話になりました」
そうだ。忘れていたが、彼女にもお礼を言うべきだっただろう。
彼女だけでなく、この居酒屋の店長さんと奥さんにも。
冒険者がどれだけ騒いでも、暖かく迎えてくれたこの店が、どれほどありがたいか。
彼女にもこの三ヶ月かなりお世話になった。
「いつもありがとうございました」
俺は頭を下げる。始めてお酒を呑んだのがこの店で良かった。
本当に楽しかったのだ。
「それはっ……それは……私のセリフです……っ!!」
頭を下げていると、なぜか嗚咽交じりの声が聞こえた。
慌てて頭を上げると、目の前の彼女が大粒の涙を流しながら、こちらを見ていた。
「いや……俺は何も――」
「いつも私が下げやすいように食器を片付けてくれました。いつも冒険者の皆さんの注文をまとめてくれました」
――していない。と続けようとしたところを彼女のセリフが遮った。
彼女はそう言いながら、こちらに近づいてくる。
「お世話になっていたのは私ですっ!! 本当にありがとうございましたっ!! 私は店員なのに何も出来なかった。……最後に何か私に出来るお返しはありませんか?」
彼女はそう言うと、俺の両手を取って、じっと俺を見てきた。
泣いているせいで、すこし崩れている顔だが、本来の顔だちが良いせいか、むしろ可愛く見える。
「……私に出来ることなら、なんでもします。ノゾムさんになら私……」
そう言う彼女。彼女はとても苦しそうで俺は――
「一つ勘違いしてますよ?」
「へっ?」
――彼女の誤解を解いておくことにした。
「俺はあなたが嫌な顔一つせずに笑顔で接客をしてくれる所が好きでした。多い時なんかは二十名の冒険者が入ったのに、あなたは一生懸命対応してくれました」
「……」
「俺たちが馬鹿をやって騒いでいる時も、静かに後ろで一緒に笑ってくれてましたよね? ……そういうのが嬉しかったんです」
「……それは」
「俺が初めてお酒を呑んだのが、この店で良かった。……それは店員さん。あなたも含めてここの居心地が良かったからです」
「ノゾムさん……」
「本当にありがとうございました」
そうだ。彼女が何も出来てないなんてことはありえない。
俺がそう言うと、彼女は泣きそうな顔を無理やり笑顔に変えた。
「ノゾムさん」
彼女はそう言うと、両手で俺の顔を抑え、静かに顔を近づけてきた。
俺が彼女の行動の意味に気づいたのは――
――彼女の唇が俺の頬に触れてからのことだった。
「この三ヶ月。本当にありがとうございました……またのご来店お待ちしております」
そう言うと、彼女は逃げるようにお店に消えた。
俺が何か一声言うより先に彼女の姿は見えなくなった。
彼女の姿が完全に消えてから、頭の上のノワールが声をかけてきた。
「ご主人。最初で最後の人生のチャンスを逃しましたね。」
「……ノワール。やっぱり、そういうことなのか?」
後には馬鹿な男と猫だけが残っていた。
それから宿屋に帰り、一泊した。
結局、俺たちはこの三ヶ月の間、一番安い部屋に泊まり続けた。
翌朝。荷物をまとめて宿を出る。
最後におばちゃんには改めて挨拶をしようと三人で決めて、受付へ向かった。
「そう言う訳で、お世話になりました」
「本当にありがとうございました」
「うむ。いつも馳走であったぞ。息災でな!」
「……体には気を付けるんだよ」
宿屋のおばちゃんは、最後まで良い人だった。
ナイアの髪を撫でながら、俺にも一言くれた。
「アンタたちは世渡りが下手だけど、根は悪くない。でも、会う人がみんなそれが分かる訳じゃないんだから、シャンとするときはシャンとするんだよ?……特にアンタはね」
「ええ。気を付けます。……本当にありがとうございました。おばちゃんの宿があったから、俺たちは毎日笑って暮らせました」
そして、おばちゃんはノワールに視線を向ける。
「アンタも可愛いからね。王女様以外にも欲しくなる人が出てくるはずさ。……自分のことはしっかり、自分で守るんだよ」
そう言うと、おばちゃんは何かを取り出した。
そして、それをノワールに着ける。
「どうだい? ……あまり、上等な物ではないけど、少しはマシかと思ってね」
それはフード付きのロングコートとでもいうべき代物だった。綺麗にすっぽりと全身が隠れている。
特徴としてはノワールにサイズが合わせられているということだろうか。
「こ……これはっ?」
「アンタたちが出ていくって言った二週間前から、慌てて縫ったものさ。トラブルは起きる前に減らす努力をしないといけないよ」
「有難う御座いますぅ……」
ノワールは嗚咽を漏らしながら、自分が着ているコートを抱きしめていた。
……恐らく、泣いているのだと思うが、そのコートは仕事を果たし、ノワールの表情を完全に隠していた。
おばちゃんはそれを優しい目で見ていた。
最後まで、俺たちは後ろ髪を引かれながらも宿屋を後にした。
そうして、俺たちは町を出た。
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