第28話 「弱くてニューゲーム」

「ご主人。早く、覚悟を決めて下さい。……ホラホラホラホラホラホラっ!!」

「止めろ!ノワール。……無理無理無理無理無理無理っ!!」

 町を抜けて、一時間後。

 俺とノワールは言葉によるラッシュで戦っていた。

 俺たちの横には呆れた顔の魔王ことナイア。

「のぅ。こやつだって苦しいだろうに、疾く楽にしてやることこそ救いだと思うんじゃがな?」

「……ウゴォ……」

 そんなナイアの後ろで、血だらけで倒れているゴブリンがいた。

「ご主人のステータスを上げることが目的なんですから、サクッと覚悟を決めて下さいよ」

「無茶を言うなよ!! 俺は平穏世代の韋駄天だって裸足で駆け出すレベルのゆとり教育を受けて来たんだぞ!! 人型のモンスターをいきなり殺せたらその方が怖いわっ!!」

「大丈夫です。ゴブリンも言ってました。戦って死ぬなら本望だ。剣で俺の首を掻っ切れ! って」

「そんな社長みたいなことを言うゴブリンがいるかっ!!」

 俺がノワールと押し問答をしていると――

 ドゴンっ!!

 ――っという音が大きく響いた。

 慌てて、俺とノワールがそちらを見れば、頭を潰されたゴブリンと、拳を固めているナイアの姿がそこにはあった。

「ゴブリンとはいえ、あまり長く苦しめるでないわ。ノゾム。次までに覚悟を決めておくのじゃな。」

「……はい」

 やっぱり魔王には勝てなかったよ。

 というか、血まみれの拳を気怠そうに払う、幼女の貫禄がやばい。

 お主こそ万夫不当の豪傑よ!

「でも、実際。ご主人のステータスは低すぎますし、これからは追手が来るかもしれないんですから、レベルは上げないといけませんよ?」

「分かってるんだがなぁ。……マジで抵抗が凄い」


 名称

 <ナリカネ ノゾム>


 LV:1

 HP   :60/60

 MP   : 0/ 0


 攻撃力  :10

 防御力  : 7

 魔力   : 0

 魔力防御 : 0

 速さ   :12


 所持スキル

 <ノワール>

 称号

 <来訪者>

 <貯金好き>


 俺のステータスは相変わらずこんな状態。

 うん。この世界の一般人のステータス平均が20らしいということを考慮するまでもなく、低すぎる。

 あまりにも貧弱! 貧弱ゥ!

 ナイアが言うには、特に魔力関連のステータスが0なのが致命的らしくて、現状では魔法を使えず、魔法を打たれたら即死するだろう。ということだった。

 俺は魔法に対しては、スぺランカーと友達だった。

「まぁ、なんとなくノゾムが忌避していることは分かるのじゃ。……じゃが、モンスターは獣と同じじゃ。生きるために弱者を食らい、そして、強者に食われて死ぬ。そこに遠慮をしてしまえば、己を食料として差し出すことと同義じゃぞ」

 ううむ。ノワールもナイアもこちらを心配しているのが伝わってくる。

 ……うん。分かってはいるんだ。頭では。

 そのために町を出る前の最後の買い物で剣を買ったんだし。

 価格は驚きの二十万。性能は……ナイア曰くこどものおもちゃらしいけれど。

 まぁ、魔王様からしたら実際そうなのかもしれないが、二十万を出した俺としては複雑だ。

 素手でモンスターを殺すよりは絶対に良いんだけどさ。

 閑話休題。

「まぁ、ほれ。いつまでもここに居るわけにはいかんのじゃ」

「ああ。そうだな」

 そう言って、俺たちは移動を再開した。

 町を出てからまだ一時間くらいしか経過していない。

 次の町までは徒歩で三日ほど。

 更に、その町から一週間ほど歩いたところが、今までいた国とは違う別国の支配領域になるらしい。

 まぁ要するに、この国から出るにはあと十日程かかるだろう、という現状だった。

 追手が来るかもしれない状況だし、あまりモタモタしてはいられないだろう。

「しかし、今まで俺たちが居た国に勇者様が居るとは思わなかったな」

「ええ。ナイアの話によれば、昔ナイアと戦ったのが三百年前という話でしたからね」

「かっ。勇者どころか、賢者、剣星、聖女の全員がまだ存命らしいのぅ」

 ギルドマスターが最後に忠告してくれた。勇者パーティの情報。

 それぞれが別の国で、英雄として存在しているらしい。

 俺たちが今いるここは勇者が属する国の支配領域で、これから向かう国には賢者がいるらしい。

 勇者パーティなら、三百年前に面識もあるし、ナイアが魔王だと気づくかもしれない。気を付ける必要があるだろう。

 しかし、四人とも三百年以上生きてるとかさすがは異世界だな。

 俺も日本出身として、自国の平均寿命には自信があったんだが、上には上がいるものである。

「ぬ。ノゾム。ノワール。ストップじゃ」

 ドゴン。

 話してた俺たちを止めて、いきなり地面を殴りだすナイア。

 ……大きな穴が空いた先には、オオトカゲが一匹気絶していた。

「初めて襲われたときは、驚いたけどこうなると可哀想だな」

「こやつらは地面から相手を襲うことしか知らんからの。先に察知できれば対処も楽じゃ」

 そう言うと、ナイアはむんずとトカゲを掴み、穴から引きずり出した。

「どれ、このトカゲであれば人型から程遠いし、ノゾムもやりやすいのではないか」

 そう言って、俺の目の前に気絶したオオトカゲを放るナイアさん。

 うん。確かにゴブリンよりはやりやすいかもしれない。……いつかはやらなきゃいけないことなんだ。

 俺は自分に言い聞かせ、スペランカーと友達を辞める覚悟を決めた。

「……分かった。確かにコイツなら出来そうだ」

 そう言って、剣を抜く。一般的な高校生だった俺にはその武器はやけに重く感じた。

「いくぞ……やるぞ……」

 俺がそう言って、剣を振りかぶった時――

「ああ。待つのじゃ。ノゾム。今のそなたのステータスでは普通に切りかかっても何の意味もないじゃろう」

 ――ナイアは俺を軽く止め、オオトカゲに近づいた。

 そうしておもむろにひっくり返して、オオトカゲを仰向けにする。

「妾が道を作るからの。そこに剣を滑らせるのじゃ」

 よいか? とこちらを見てくる魔王。

 俺は覚悟を持って、頷いた。

「うむ。ではいくのじゃ」

 そう言うと、ナイアはいつもなら硬く握る拳を貫手の形にして、オオトカゲの胸に向かって突き刺した。

 その後、手を抜き、俺にそこを指すように促してくる。

 俺は返り血を盛大に吹き出すその傷口に向けて、剣を突き刺した。

<経験値を獲得しました>

<LVUPに必要な経験値を確認しました。LVをUPさせます>

 その後、急に頭の中に謎のアナウンスが流れた。

「ふむ。どうやら、止めはさせたみたいじゃの。」

「ああ……。LVも上がったみたいだ。」

 俺は震えながら、剣を抜きそう答える。この手にはっきりと何かを貫いた感触があった。

 ……嫌な手ごたえだった。あまり思い出したくは無い。

「……ご主人。お疲れ様です」

「ノゾム。大丈夫かの?」

 おそらく、表情に出ていたのだろうか。ノワールとナイアが声を掛けてくる。

「ああ。すまん。……大丈夫だ」

「……まぁ、これについては慣れるしかないの。この世界に居る限り、モンスターは近くの存在じゃからのぅ」

 慣れる……か。出来るのだろうか。

 この手で生き物を殺すという感覚は、本当に嫌なものだった。

 せめて、直接的でなければどうにかなるかもしれないが。

 そういえば前の世界では銃なら、命を奪うということへの忌避感が薄くなるってあったな。

 殺すことと殺意と罪悪感の簡便化。戦国時代を駆け抜けた漂流者の台詞だ。

 説得力はあるように思う。

 実際、剣よりは抵抗はなさそうだ。

 銃か……この世界で言うなら魔法だろうか?

「ご主人。とりあえず、ステータスを確認されてはどうですか? LVUPの結果を見れば、少しはモチベーションに繋がるかもしれません」

 俺が考えていると、ノワールがそう言う。内容を聞けば確かに頷けるものだった。

「そうだな。<ステータス>」

 俺がそう呟くと、目の前にはいつもの白い板のようなものが現れる。



 名称

 <ナリカネ ノゾム>


 LV:2 (+1)

 HP   :70/70 (+10)

 MP   : 0/ 0 


 攻撃力  :15    (+5) 

 防御力  :12    (+5)

 魔力   : 0

 魔力防御 : 0

 速さ   :17    (+5)


 所持スキル

 <ノワール>

 称号

 <来訪者>

 <貯金好き>


「……」

「……」

「…」

 ステータスを見た俺たちはしばらく無言だった。

 やがて、沈黙を破るようにノワールとナイアが話し出す。

「おおー。上がってますね」

「うむ。まぁ、初めはこんなものじゃろう」

「ナイア。初めはというのは?」

「うむ。LVによるステータスの上昇は次第に上昇率が大きくなっていくのじゃ。代わりにLVも上げにくくなっていくのじゃがのぅ」

「成る程」

 そう言う二人。成る程。それはそれで貴重な情報だが、俺が聞きたいのはそこじゃない。

「なぁ。ナイア。……LVが上がったのに、MPとか魔力とか魔力防御がまったく上がってないんだが」

 そう。七つの種類があるステータスの中で、なんと三つが変動してないのである。

 確かに、LVを上げれば、ステータスは上がるとナイアは言っていたのだが。

「う。ううむ。ノゾムよ。……実は能力値の上昇には個人差があるのじゃ。攻撃力が上がりやすい者も居れば、魔力が上がりやすいものもいる。これは人それぞれでのぅ。その者の適性による所が大きいとされておる」

「ナイア。……ということは、ご主人は」

「うむ。言いにくいことじゃが……恐らく魔力に対しての適性が全くないのじゃろう。普通は適性が無いものでも、LVの上昇に従って、1~2はステータスも上昇が起こるはずなんじゃが、変動しないステータスというものを妾は初めて見たのじゃ。……今後も上がるとは考えん方が良いじゃろうな。」

「ウソダドンドコドーンっ!!」

 俺は絶望し叫んだ。



 オレゎ頑張った……魔法がまってる……

 でも……もぅつかれちゃった…でも……ぁきらめるのょくなぃって…

 オレゎ……思って……がんばった……

 でも……ステータス…低くてェ…

 ゴメン……ダメだったァ…


 でも……オレとスペランゎ……ズッ友だょ……!!

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