閑話 「酒場の店員」

私は冒険者が苦手だった。


 ギルドの横の居酒屋の娘が何を言っているんだ、と思われるかもしれないけど。  苦手なものは苦手だった。

 だいたい、冒険者の人って声が大きいし、体も大きいし、言葉遣いも乱暴だし…喧嘩とかしたりするし。

 一応このお店のすぐ横にギルドがあるから、変なことをしようとする人は居ないけど、酔っぱらってから かわれることは良くある。

 居酒屋の娘としては恥ずかしいけど、毎回ちょっと構えてしまうのは仕方ないと思う。


 だけど、ある日。

 私の冒険者に対する印象は少し変わった。


 その人は、お店に来た時から目を引く人だった。

 まず、その人を連れてきたのがギルドマスターだったこと。

 私もギルドマスターのことは知ってる。

 偶にしかこないお客さんで、来たとしてもお店の隅の席で一人で呑んでいる人だ。

 酔っぱらっているところは見たことないけど、顔が怖いから少し苦手だった。

 そんなギルドマスターが誰かを連れてきたのは、私が知ってる限り初めてのことだった。

 彼はギルドマスターの後ろを歩き、同じ机に向かい合って座った。

 彼の頭には、見たこともない生き物が乗っていて、更に隣では、小さい女の子がキョロキョロと辺りを見渡してた。

 えっ? ……なんだろう。あの人?

 私はそう思いながら、その男の子を眺めた。

 身長は私より少し高いくらいで、体格は細め。年齢は私と同じくらいに見える。

 顔だちは悪くないと思うけど、なんだか疲れているみたいだった。

「あ、すいません。とりあえず、ビールを2つとジュースを一つお願いします。」

 私が見てると、急にその人が注文してきた。

 私は慌てて、了解の意を伝えて、飲み物を持っていくことにする。

 飲み物を席に持っていくと、ギルドマスターと彼の会話が聞こえた。

 内容から察するに、彼も冒険者みたいだった。

「ご注文頂いたビールです」

「あ、ありがとうございます。それから、このメニューのおすすめサラダとオオトカゲの唐揚げ。あと悪魔芋のフライドポテト、アクアフィッシュの刺身をお願いできますか?」

 私が飲み物を渡そうとすると、彼は自然な流れで、ギルドマスターの分も受け取り、追加で注文をしてきた。

 飲み物が無くなって、手が空いた私は、それらの注文をメモしてお父さんに伝えることが出来た。

 ……冒険者なんだ。あんなに腰の低い冒険者は初めてだな。

 そう思った。

 私たちはお金を貰って、料理やお酒を提供している。だから――


 ――ありがとうございます。なんて、あまり言われないのに……

 しかも、冒険者からだ。こんなことは初めてである。

 変な人……

 それが、この時点で私が彼に抱いた感想だ。

 その後も、私はなんとなく彼が気になってしばらく見ていた。

 彼のいるテーブルは、不思議だった。

 まず、初めは何故か拗ねていた横の女の子だったけど、料理を食べる度に騒いでいた。

 内容はうちの料理を褒めていて、聞いているとなんだかくすぐったかった。

 ギルドマスターも面白そうに笑っていて、いつもの怖い雰囲気はまったくなかった。

 あ、一人増えた。

 そうして、見てるとテーブルに一人増えた。

 あの人も見たことはある。

 ……名前までは知らないけど。

 人が増えたから、注文が入るだろうと思って見ていると、彼に呼ばれた。

 ……ビール2つ? 今注文するのかぁ。もう少し後なら、今来た人のも一緒に聞けたのに……

 そう思いながら、注文を届けて私は驚いた。

「お待たせしました。ビールです」

「あ、どーもすいません。ありがとうございます」

 そう言うと、彼はそのビールを受け取って……その増えた人とギルドマスターの前に置いた。

 あ、さっきの人の注文だったんだ。普通、注文は自分の分しかしないのに。

 そう思って、机を見ると2つのことに気が付いた。

 まず一つは、この彼のビールはまだ残っていて、彼自身の注文は無かったこと。

 そして食べ終わった料理の食器が、私が下げやすいように机の隅にまとめられていること。

 いつもなら、食器を一つ一つ片付けて下げるのも私の仕事なのに。

 これなら、このままお盆に乗せるだけで持っていける。

 まさか、冒険者がこんな気遣いをするなんて。

 私は軽く混乱していた。

 ……だから空いたお皿をお盆に乗せ終わるまで、彼が空いたジョッキを持って待っていることに気づかなかった。

「っ! すみません!」

 私は慌てて、彼が持っていたジョッキを受け取る。彼は何も言わず、慎重にジョッキを渡してくれた。

 そして、こっちが落ち着いたタイミングで、料理の注文をしてきた。

 彼の話し方は、ゆっくり、はっきりしていて、私が理解できているのかを確認しているようだった。

 私はそんな彼の話し方に、大きな安心感を得ていた。


 それからも、彼のテーブルに注文を届けに行くと、明るいお礼で迎えられ、まとめられた食器を片付けた後で新しい注文を貰うという、一連の流れがあった。

 私は、彼からのお礼が嬉しかったし、注文を受けることがなぜか楽しかった。

 彼のテーブルは注文を届ける度に、賑やかになっていて、見ていて飽きなかった。



 やがて閉店時間が来て、彼らは帰った。

 最後の片付けに向かうと、やっぱり食器やジョッキは机の上で綺麗にまとめられていた。

 なんだか、嬉しくなって鼻歌を歌っていると――

「珍しいな。メイ。いつもはもうちょっと不満そうなのに」

 ――お父さんが驚いてた。

 ……うん。自分でもびっくりだった。でもなんだか、今日の仕事は楽しかったのだ。


 ――また、来ないかな。あの人。


 冒険者とは思えないほど、腰が低かったその人を思い出すと何故か笑顔になれた。



 それから、彼は週に2回くらい来るようになった。

 来るときは毎回ギルドマスターと謎の生き物と女の子と一緒だった。

 毎回一緒なのはこのメンバーだけで、あとはバラバラだった。

 初日も一緒だった大きな剣を担いだ男の人と一緒の時もあったし、別の人が一緒だったこともあった。

 ただ、その人数が日増しに増えていったのは確かだった。

 最初は五人だったのが、七人になって、十人になって、二十人になった。

 どの人も冒険者らしく、お店は急に狭く感じた。



 今日はいつもより多い。……少し怖いな。

 ある日。

 そんな変化に私が緊張していると――

「おうっ!! 嬢ちゃん!! 唐揚げを頼むぜ!!」

「こっちは、刺身だ!!!」

「酒を持ってきてくれ!!」

 ――いつものように、冒険者たちから注文が飛んできた。

 えっと、唐揚げと……刺身と……

 私が対応しようとすると、次から次へと注文が飛んでくる。

 お酒……あ、ビールで良いのかな。えっと…… 

 いつも以上に多い注文に、私がパニックになりそうだったその時――


「すいません! とりあえず、皆さんの注文は僕に集めてもらっていいですか? 今日は人数も多いですし、注文漏れや被りがあったら大変なので」


 ――彼が横から現れてそう言った。


「おっ! なんだ。お荷物!! やっぱり、居酒屋だとイキイキしてるじゃないか」

「今、お荷物って言いましたね? あなたの注文は最後に聞きます……とりあえず、ビールを飲む人は手を上げて下さい!!」

「ふむふむ。ビールは14ですね。後の人は? ……分かりました。すいません。店員さん。とりあえず飲み物からお願いします。その間に、料理の注文まとめときますんで……」

 私が、驚いていると、彼は冒険者たちと数度、言葉を交わし、飲み物の注文が書かれたメモをこちらに渡してきた。

 私はそのメモ受け取って、慌ててお酒の準備をした。

 私がお酒をもって戻ると、彼は笑顔でお礼を言ってきた。

「あ、早かったですね。ありがとうございます。助かります。……さっそくなんですが、こちらもお願いできますか?」

 彼はそう言うと、こちらのお盆を受け取り、またメモを渡してきた。

 見れば、何品もの料理が書いてある。

 確認して、彼を見ると、彼はもう冒険者たちにお酒を配っている最中だった。



 その後も、彼は注文や食べ終わった料理の食器をまとめたり、色々動いてくれた。

 お陰で私はいつもより多くの食器を洗ったり、注文を漏れなく伝えることが出来た。

 ……でも、私は情けなくて、悔しくて、涙が出そうだった。

 本当ならあの人も座ってみんなとお話し出来るはずなのに……っ!


 そう。彼はお客さんなのだ。

 本当なら私がもっとしっかりして、もてなすべきなのだ。

 親子三人でやっている居酒屋だからとか、そう言うのはいいわけだ。

 それでお金を頂くのだから。

 言わなきゃ……!

「あ、あのっ!有難う御座います!後は私がやりますので、どうぞお席でお楽しみくださいっ!」

 そのあと、彼から注文を貰うときに、やっと私はそう言えた。

 彼は最初は驚いたようだけど、やがて困ったように笑いながらこう言った。

「すいません。出来れば、このままやらせて下さい。こうやってないと落ち着かなくて」

 私は笑顔の彼を前に……何故か何も言えなくなってしまった。

 言葉を失った私から、彼はお盆を取ると、そそくさと逃げるように冒険者たちの所に戻った。

 ……なんだろう。なんで、私こんなにドキドキしてるんだろう?

 私は彼の背中を見ていることしか出来なかった。


 結局、その日は彼のおかげで大きなトラブルもなく、いつもより多くの冒険者たちが笑いながら帰っていった。

 「……ノゾムさん、って言うんだ」

 帰り際にギルドマスターが呼んだ彼の名前を


 ――私は忘れないように小さく呟いた。

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