第25話 「覚悟は良いか? 俺は出来てる」

「そこの魔王を殺して、その成果を持って王に温情を乞えば良い」


 いつの間にか立ち上がっていたギルドマスターが、剣をこちらに向け、そう言った。

 ……ギルドマスターの動きがまったく見えなかった。

 さっきまでは俺たちと同じように椅子に座っていたはずなのに。

 今、この部屋には初めて会った時に向けられた威圧とは、比べ物にならない程の殺気が満ちていた。

「一つ言っておく。今のその魔王のステータスで、俺に勝つことは出来ん。逃げようとは思わない方が良いぞ」

 その言葉は嘘じゃないんだろう。

 雰囲気で分かる。

 逃げるどころか席を立とうとした瞬間に、首を跳ばされてもおかしくない。そんな空気だ。

「ノゾム。俺はお前を気に入っている。だからこそ、こういう提案をしてるんだぜ。今なら魔王を匿ってたということも隠せる。……それどころか、魔王殺しの栄誉すら手に入れられるだろう」

 ギルドマスターはそう言いながら、こちらを見てくる。

 だが、剣の切っ先はナイアからブレない。

「だが、あくまでもお前が魔王を匿うというなら……俺がここで魔王と一緒に切り捨てる」

 そう言うと、ギルドマスターの殺気が増した。

 汗が止まらない。舌が渇く。体が震える。

 それなのに、自分の意志では指を動かすことすら困難だ。

 そんな中、ナイアが言葉を紡いだ。

「――妾が死ねば、ノゾムとノワールは助かるのかの?」

 俺への殺気が少し、薄れる。

 どうやらギルドマスターはナイアへ意識を向けたようだった。

 だが、ナイアは殺気には動じた素振りも見せず、まっすぐにギルドマスターを見ていた。

「ああ。魔王殺しはかなりの栄誉だからな。王も無下には出来ないはずだ」

 それを聞くと、彼女は少し考えた後で頷いた。

「ふむ。分かったのじゃ」

 そう言うと、彼女はくるりと俺の方に顔を向けて、目を瞑り、胸に手を当てながら言葉を紡いだ。

「ノゾム。ノワール。この二ヵ月とちょっと。短かったがとても楽しかったのじゃ。……妾の人生は二人に出会えてから始まったとすら思えるほどにのぅ」

 止めろ。ナイア。それ以上は……

 俺はさっきから自分の感情を抑えることに必至だった。

 俺の動き一つで、首が無くなるかもしれないのだ。

 でもそれでも、俺の中には抑えられない程の怒りがこみ上げてきていた。

「ありがとうなのじゃ。二人とも大好きなのじゃ。……かかかっ。言葉とは不便よのぅ。思いがどれほど伝えられたのかすら良く分からん」

 そこまで言うと、ナイアは目を開き、まっすぐにギルドマスターへ向き直り、言葉を続けた。

「さぁ、主。疾く妾の首を撥ねい。その代わりにノゾムとノワールに手を出すことを禁じるのじゃ」

 俺はもう限界だった。

 椅子を立ち、拳を握る。

 ステータスでは敵わない?

 今、下手に動けば、殺されるかもしれない?

 ――そんなことは関係ない。

 俺はこの怒りをぶつけなければ収まらなかった。

 俺の拳は正確に、狙った所に炸裂した。

「あいった!! なんじゃっ!! ノゾム!!」


 そう。魔王の頭に。


「ナイア。それ以上、喋るな」

 俺は本気で切れていた。

 勿論、ノワールに手を出そうとした王女にも、ナイアを殺せとか言い出したギルドマスターにも怒りは覚えていたが、まだ抑えることが出来ていた。

 だが、今のナイアには我慢が出来なかった。

「……ノ、ノゾム? どうしたのじゃ?」

「ナイア。俺とノワールが言ったのか? 死にたくないからナイアを差し出しますって……」

「い、いや。違うのじゃ」

「そうだよな? 言ってないよな? ……それで、お前は何をしようとしてたんだ!!」

 最後の方は言葉が荒ぶる。

 ここまで頭にきたのは前世を含めても初めてかもしれない。

「しかし、仕方がないではないか!! このままだとノゾムが王女に殺されるか、ノワールが王女に連れていかれるか。どっちかじゃろう!! ……ノワールからも何か言うて欲しいのじゃ!!」

 そう言われたノワールは、俺の頭の上から降りて、ナイアの前にある机に着地した。

 そうして、ナイアを振り返ると――両手でナイアの頬を掴み、左右に引っ張った。

「ナイア。今は私もご主人と同じ気持ちです。少し反省してください」

「なっ、ノワールっ!? 痛いのじゃ!! 痛いのじゃ!!」

 俺はそんな二人から視線を外し、ギルドマスターを向く。

 ナイアを庇うように、ギルドマスターの視線を俺に集めながら言った。

「ナイアは殺させない」

 ギルドマスターからしたら、俺の怒りなんて毛ほども感じないんだろう。

 彼は平然と言葉を返す。殺気をナイアから俺に戻しながら……

「ノゾム。言ったはずだぜ? お前が庇うならお前ごと殺す。お前が庇わないならお前とノワールは見逃すって。……良いんだな?」

「駄目じゃ!! 妾だけでっ!!」

「ナイア。黙ってください」

 後ろでナイアが何か言いかけたようだが、ノワールが止めていた。

 良いぞノワール。それで良い。

「くどい。ノワールと同じようにナイアは俺の家族だ。何もしないで、見殺しなんてありえない」

 ギルドマスターからの殺気は最高に高まっている。

 もう体の震えは隠せないし、言葉だって裏返りそうだった。

 それでも、俺は目を逸らさない。



 どれくらいの時間が経ったんだろう。

 本当はほんの少しの時間だと思う。

 でも、俺の中では永遠とも思える時間の後で――


「……それじゃ、最後の選択肢だな」


 ――ギルドマスターが脱力しながらそう言った。

 ……

 …………

 ………………へっ?

「ふぅ。疲れた。……やっぱり、俺も鈍ってるか。人間、年は取りたくないな」

 そう言いながら、椅子に座り、コキコキと肩を鳴らすギルドマスター。

 そこには殺気など微塵もなく、いつもの気怠そうな態度のおっさんが居るだけだった。

 その態度に俺も気を抜かれる。

「……あ、あのギルドマスター?」

「ん? どうした? ノゾム。とりあえず、座れよ。話はまだ途中なんだから」

「……」

 釈然としない。

 ……釈然とはしないが、俺は椅子に戻った。

 何が原因でこうなったのかは分からんが、また殺気を飛ばされては堪らんし。

 席を座る時に見れば、ノワールとナイアもポカンとしている。

 まぁ、そうだよな。

「まず、試して悪かった。そっちの嬢ちゃんが魔王ってことが、最近分かったんでな。どうしてもお前らがどんな奴らなのかを改めて見定める必要があったんだ」

 そう言うと、頭を下げるギルドマスター。

 ……確かに殺気を飛ばされた身としては思う所はあるが、ギルドマスターの立場を考えると仕方がないことだろう。

 むしろ、いきなり殺されても仕方がなかったと思うしな。

 逆に、感謝をするべきかもしれん。

「……いえ。頭を上げて下さい。むしろ、こちらこそ隠し事をしていてすみませんでした」

 俺の方が頭を下げる。

 うん。魔王を人間の町に連れ込んだんだしな。

 どう考えても悪いのはこちら側だ。

 ……一応、まだ釈然としない気持ちはあるが。

「まぁ、他にも俺から言いたいことは山ほどあるが、とりあえず、現状の解決策から先に話そう」

 そう言うと、ギルドマスターは続けた。

「あの王女様だが、お忍びでこの町に来ている状況だ。残り二~三日もすれば王都に戻らないといけなくなる。その間、逃げ切れば問題はないだろう」

 あ、そうなのか。

 お忍びなのか? 全然忍んで無いように見えたけどな。

 ……まぁ、俺が居た世界でも、時代の流れとともに忍ばない忍者すら出てきたからな。

 そんなものなのかもしれない。

「まぁ、半ば公認だけどな。それにしたって限度がある。王族がそんなに長く王都を離れることは出来ないさ」

 なるほど。

 少し希望が見えて来たな。

 どうやら俺たちの状況は、まだ超高校級の絶望では無かったようだ。

「だが、逆に言えばこの2~3日で、お前が王女に見つかるようなことになれば、死刑は免れられないってことだ。王女の命令なら誰もお前を庇ってやれん」

 ギルドマスター。

 まさかの上げて落とすスタイル。

「まぁ、この二~三日なら俺がこのギルドで匿ってやる。さっきも言ったがお前たちには山ほど聞きたいこともあるしな」

 ギルドマスター。

 早すぎるスタイルチェンジ。……個人的にはカスタムスタイルがおすすめなんだが。

 プログラムをアドバンスしやすいし。

 閑話休題。



 そんなこんなで、俺たちはしばらくギルドに引きこもることになった。

 やがてギルドマスターが、少し席を外す、と言い外に出たので、俺たちは三人で話し出した。

「ナイア。とりあえず、言っとくぞ。自分が死ねば、俺たちが助かるみたいな考えは止めろ」

「ええ。本当に。次にやったらナイアとはいえ、出るとこ出ますからね」

「うう。……じゃが、ノゾムとノワールが危なかったし、妾なら仮に死んでもまた三百年もすれば蘇るのじゃから……」

 あ、この魔王。懲りてないな。リセット頼みなんて、俺じゃなくても怒るぞ。

 具体的にはモグラのおっさんとかが。

「そうか。じゃあ、逆の立場になったら、俺もやるぞ」

「ええ。今の状況でしたら、私を差し出せば、ご主人もナイアも助かりますしね。ちょっと王女の所に行ってきます」

「ななな!! 駄目じゃ!! ノワール!! ノゾムも!! 絶対に駄目じゃ!!」

 必至に止めるナイアさん。……やり過ぎたか? 少し涙目だな。

 だが許さん。

「同じなんだよ。ナイア。俺もノワールも。同じ気持ちなんだ」

「……そうです。貴方が死んだなら、私もご主人も罪悪感で死にますよ」

「ううむ。分かったのじゃ。……妾が悪かったのじゃ」

 うむ。どうやら、分かってくれたようだ。

 少し落ち込んでいるようだが、それはしっかり反省してほしい。



 俺たちの話が終わって、少ししてからギルドマスターが帰ってきた。

 大分遅かったな……っておい。

 なぜにこんなに酒を持ってきている。

「長い話をするなら、コレが一番だろう。今日は朝まで飲むぞ」

 そう言うギルドマスター。朝までって……今はまだ昼だぞ?

 そうして、俺たちの飲み会が始まった。

 ……一応、俺は命を狙われている状況なんですけどね。

「大体、なんで魔王が居るんだ? 勇者様たちに殺されたんじゃないのか?」

「はんっ!! 殺されたわ! 四人がかりでボコボコにのぅ!! ――じゃが、妾は大魔王じゃからのぅ。三百の年を経てようやく復活したのじゃ!!」

「成る程な。だから、変な状態異常がついてたのか」

 納得がいったようなギルドマスター。

 確か今のナイアには<存在修復中>とかいう状態異常がついてたはずだ。

 恐らく、ギルドマスターが言う、状態異常とはそれの事だろう。

 というか――

「どうしてギルドマスターは最近になってナイアの正体が分かったんですか?」

「ああ。お前らが怪しかったからな。本部から魔法石を送ってもらって<鑑定>したんだよ」

 ――気になった俺が尋ねると、ギルドマスターはあっけらかんとそう言った。

 成る程。鑑定は確か、相手の情報を見る<スキル>だったか。

 というか、疑われてましたか。俺たち。

「Eランクの冒険者にとってオオトカゲは最初の壁になるはずだからな。二ヶ月前はゴブリンから逃げてた奴らがいきなり三匹も討伐してきたら誰だって怪しむぞ」

 ……返す言葉もない。

 正論は人を傷つける。いつだって。……うん。やっぱり有名な台詞は説得力が凄いな。

「私たちが不用心だったということですね」

「ううむ。鑑定にも気づかんとは……妾も衰えたものよのぅ」

 ノワールとナイアも反省しているようだ。

「でも、それならどうしてすぐに行動に出なかったんですか?」

 そこでノワールが質問する。

 言われて見れば、ギルドマスターの話なら、少し前にはナイアが魔王ってことには気づいていたはずだ。

 それなのに、今日までアクションを取らずに泳がせていた理由が分からなかった。

 何人にも飼えなかった壬生の狼さんとかなら悪即斬でしたよ?

「あー。実はお前らのことは俺も悩んでてなあ。……行動を決めかねてたんだよ」

 頭を搔きながら、ギルドマスターはそう言う。

 何かおっさんを悩ませる要因があったのだろうか。

「ちょうど良いから聞くけどよ。……そこの魔王さん、あんま人を殺してないだろ?」

 んん?

 なんか言い出したぞこのギルマス。

 俺だってこの二ヶ月で、人間に伝えられている魔王の話を聞いている。

 曰く、魔大陸の王にして、多くの罪無き人間を殺した悪魔だとか。

 まぁナイアの話を聞くと、魔王の財産を狙って人間が群がってきたから、一人残らず断罪したって話だが。

 そんな魔王様に何を言うのか。

「なんてことを言うのじゃ」

 お、ナイアが怒った。

 そうだな。魔王としての威厳が疑われるもんな。

「あんま、とはなんじゃっ!! 妾は今まで一人たりとも人間を殺したことなどないわっ!!」

 ここでまさかの爆弾発言。

 ……え、ってかマジで?

「なんじゃ!! 端から妾が殺している前提で話を進めおって!! お主もあれかっ!! 勇者パーティと同じかっ!!」

 あ、ナイアがヒートアップしてきた。

 これはまずい。だが、どうしても一つ聞きたい。

「ナイア。少し落ち着いてくれ。……俺も一つ聞きたいんだが」

「なんじゃノゾムよっ!! 妾は今、この男と話をしておるのじゃっ!!」

「いや、一つ確認したいんだ。ナイアから前に聞いた話だと、魔王の宝を狙った人間たちを『断罪』してきたって言ってたよな?」

「無論じゃ!! 一人の例外もなく全員、ボコボコにして力の差を思い知らせた後、魔王城から叩き帰してやったわ!!」

 あー。

 そう言えば、この魔王様。かなりの甘ちゃんでしたわ。

 ここまでくると本当の紳士と言っても良いかもしれない。

「……ってことは、魔王さんは一人も殺してないんだな?」

 ギルドマスターが確認する。うん。まさかの人を殺してない魔王の発見だもんね。

 これはポケットに入るモンスターの色違いより珍しいかもしれない。

「当たり前じゃ!! 盗んだならともかく、盗もうとしたレベルの人間を殺すほど、妾は狭量ではないわっ!!」

 ……ううむ。そう言われたらそうかもしれないが、魔王がそう言うと不思議だ。

「やっぱり、そうか」

 何か考え込むギルドマスター。ううむ。俺にも地味に衝撃がある。

 ……けれど俺は、不思議と安心もしていた。

 やっぱり、ナイアはナイアだったという感じ。

「あと、お主!! さっきから呼び方が気に入らんのじゃ!! 呼びにくいならいつものように呼べぃ!!」

「ああ。……すまんな嬢ちゃん」

 嬢ちゃんで良いのか。魔王様。

 うん。人間も殺してないし、寛容ってレベルじゃないな。

 俺とギルドマスターはナイアをなだめる。

 ……よし。

 少し落ち着いてくれたみたいだ。

「……でも、ギルドマスターはどうしてナイアが人を殺してないことが分かったんですか?」

 ――と、そこでノワールが聞いてきた。

「称号だよ。人間を大量に殺していたなら、そいつには何かしらの称号が付くはずだ。でも嬢ちゃんの称号にはそれっぽいのが無かったからな」

 称号。そういうのもあるのか。

 ……まぁ、前に一度見てるんだけどね。

 ナイアの称号は<魔法を極めしもの><拳を極めしもの><大陸を統べしもの>だったか。

確かにそれっぽいのは無いな。

「後は、この二ヶ月お前らを見てたけど、あまり悪い奴には見えなかったからな。ちょっと接触するタイミングを逃してたんだ」

 成る程。

 ギルドマスターの行動が遅かった理由は分かった。

 日頃の行いが大事だっていうのはどこの世界でも同じみたいだな。

「まぁ、ノゾムが期待どおりの奴で良かったぜ」

 そう言うギルドマスター。

 肩の荷が下りたように気を抜いているおっさんだが……あの殺気は嘘じゃなかった。

 恐らくだが、試した結果。

 俺がなにか不適切な行動を取れば、彼は本当に行動に移していたんだろう。

「ギルドマスターも大変ですね」

「……悪く思うなよ。これが仕事なんでね」

 俺はそれだけ言葉を交わす。

 うん。

 まぁ、結果良ければなんとやらだ。

 この話は終わりにしよう。

「のぅのぅ。……ところで、妾が魔王と言うことはバレた訳じゃの?」

 そんな時、そう言いながら、ナイアが俺の袖も引っ張った。

「ならば妾も今宵は酒を呑んでも良いんじゃよな?」

 ああ。

 そういえば、見た目が幼女にしか見えないからずっと我慢してたんだよな。

 この五百歳。

「良いんじゃないか?」

「おう。これで俺も魔王に酌をした男になるわけだ。」

 そう言いながら、ギルドマスターはすでにナイアに酒を注いでいた。

 それにしてもこのおっさん。ノリノリである。

 まだ、昼間だぞ?

 働けギルドマスター。



 それからは雑談をしながら、ゆっくりと時間は過ぎていった。


 後には『結果』だけが残った。

 酔っぱらった幼女と少年とおっさんと、それらを介護する猫だけが……

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