第24話 「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」

 俺たちがオオトカゲを倒して、冒険者ランクを上げてから二週間。

 俺たちは日常を過ごしてた。

 朝は市場に行って、<パントマイム>と<ボイスパーカッション>でチップを貰う。

 午後は冒険者として、ゴブリンやオオトカゲを倒し、ギルドへ売り込む。

 俺たちの日銭は多くなり、この二週間で三十万という金を貯めることが出来ていた。


 特に問題もなく、順調に毎日が過ぎて行った。


 そんな時だった。


 ――日常が壊れたのは。


「あら。貴方たちですのね? 珍しい芸をする芸人と言うのは……」

 朝、いつものように市場で大道芸の準備をしていた俺たちは、急に声を掛けられた。

 振り返ると、縦の巻きロールで扇子を口元にあてている、見るからにお嬢様な外見の少女が立っていた。

「この私を待たせるなんて、無作法も良い所ですけれど……まぁ、特別に許しましょう」

 いきなり、なんか許された。

 あ、ありがとうございます。

 ……ん?

 待たせるとか言ってるけど……約束してないよな?

 少なくとも俺に覚えは無い。

 俺はノワールやナイアに視線を向けるが、二人ともフルフルと顔を振っていた。

「……あの、大変失礼なのですが、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 とりあえず、腰を低くして、用件を尋ねることにする。

 良く分からんけど、良い所のお嬢様のようだし、下手に出る方が正解だろう。

 なんかよく見たら、後ろにおつきの人っぽいのがゴロゴロいるし。

「まぁ。庶民の分際で私に口を聞くなんて……殺されたいのかしら?」

 ええっ!?

 口を聞くことすら駄目でした!?

 まさか、生理的に無理って奴か。

 ここまで言われたのは、生まれて初めてだぞ。

 ――というか、庶民なんて言ってくるってことは、貴族なのか?

「まぁ、特別に許してあげるわ……貴方たちの芸とやらが素晴らしいものだったならね」

 お、おぅ。

 ……二度も許されたのに全然納得がいかない。

 日本語でおけ? って言葉を知らないのかよ。

「……もし、非常につまらないものだったなら首を撥ねるわ。そのつもりで励みなさい」

 アッハイ。

 俺は察した。

 この人は多分、関わっちゃ駄目な人だ。

 見れば、いつもは人でごった返す広場もそのお嬢様を避けるように、大きな空白が生まれていた。

「なんじゃ? おぬ――」

 俺は喋りかけたナイアの口を慌てて封じる。

 この状況はおそらく相当にヤバいはずだ。失言一つが取り返しがつかないかもしれない。

 注意一秒。怪我一生だ。

 俺はナイアの耳元で静かに話した。ノワールにも伝える。

「ナイア。ノワール。いつも通り芸をやるぞ。あの人は多分、機嫌を損ねちゃいけない人だ」

 そう言って、ナイアの口を話す。ノワールはコクコクと頷いていた。

「なんじゃと!? ノゾム!! 妾に機嫌を伺えと言うのか!!」

 ナイアは怒っていた。

 ……だが、日が悪い。俺もここで折れるわけにはいかないのだ。

 最悪、本当に殺される可能性があるんだから。

「……ナイア。頼む。今日は新月の日だし、今は昼間だ。ナイアだって、相当に弱体化してるだろう」

「う……うむむ」

「ナイア。私からもお願いします」

 ナイアは悩んでいたが、ノワールのお願いもあったからか、やがて頷いた。

 よし。この魔王は約束を破ったりはできない性格だしな。

 とりあえずは、大丈夫だろう。

「ねぇ。私が待っているのだけれど、まだ始まらないのかしら」

「すいません。すぐに始めますんで……」

 そう言って俺はナイアとノワールに芸を始めるように目配せをする。

 だが、最後に一つだけ言っておいた。

「二人とも、すぐに逃げれるように、気持ちの準備だけはしていてくれ」

 ノワールはすぐに……ナイアは悔しそうな顔をした後で頷いた。

 そうして、俺たちは大道芸を始めた。

 基本的にはノワールの<パントマイム>だが、先月までの物と違って要所要所に<ボイスパーカッション>で効果音をつけたことで、そこそこ観客からのリアクションが良くなった大道芸だ。



 大道芸が全部終わった後で、そのお嬢様は口を開いた。

「うん。まぁまぁね。確かに見たことが無い芸だったわ。まぁ、王都の歌謡劇には及ばないけどね」

 そう言いながら、お嬢様は近くにいた執事っぽい人に顎をしゃくる。

 それを受けた執事が革袋を差し出してきた。

 受け取って、中身を確認すると。金貨で二十枚入っていた。……二十万。これが一回のチップか。

「受け取りなさい。退屈しのぎにはなったわ」

 そう言うお嬢様に、俺は言葉を出さず、頭を下げて礼を示す。

 ……さっき喋ったら、機嫌を損ねたからな。

 余計なことはしないほうが良いだろう。

「だけど、その使い魔は可愛いわね。……よし。献上を許すわ」

 そう言うと、お嬢様はツカツカとノワールに近づいてきた。

「うん。やっぱり見たこともない使い魔だわ。瞳が綺麗で可愛いし、私に相応しいわね」

 そう言いながら、ノワールに手を伸ばしてくるお嬢様。

 俺は意味不明過ぎて呆然としていたが、ノワールは本能的な恐怖を察したみたいで、飛びのき、慌てて俺の頭の上に登ってきた。

「あら。しつけがなってないわね。……しかも、庶民の頭の上だなんて、一度しっかり洗わないと駄目かしら」

 お嬢様はそう言いながら、嫌そうに俺を見た。

 ……うん。改めて気づいたけどこの人やべぇわ。

 なんていうか、もう雰囲気がやばい。

 どこぞのガキ大将のように、全てを自分の物だと思っている節がある。

「ほら、早くその子を渡しなさい。……ああ。お金ならあげるわよ」

 そう言いながら、彼女は執事に目配せをした。

 それを受けて、執事は革袋に金貨を入れていく。

「金貨で二百枚くらいで良いかしら。まぁ、おつりとかは良いから取っときなさい。……私の寛容さに感謝することね」

 そういう言葉と共に、胸を張るお嬢様。

 寛容さより横暴さを感じるのは俺の精神が異常なんだろうか。

 さっき、喋るなと言われたばかりだが、一応ここは断っておこう。

 ……ナイアが今にも爆発しそうだし。

「あの。大変申し訳ないのですが、ノワールを手放すつもりはありません」

 俺にとってすでにノワールは、いるのが当たり前な存在だ。

 それを手放すなんて、とんでもない。

「……庶民の癖に私に意見するなんて、どんな教育を受けてきたのかしら。……まぁ、いいわ。それじゃ、金貨五百枚よ。卑しい庶民には手が届かない金額でしょう」

「いえ。金額の問題ではなく、ノワールを手放すつもりはありません」

 俺はきっぱりとお断りした。

 延々と値段を吊り上げてきそうだしな。

 金額の問題ではないのだ。

「そう。……貴方。私に逆らうっていうわけね?」

 俺が断ると、ピタリと動きを止めて、下を向いたお嬢様。

 ……とても嫌な予感がする。ティンときたぜ。

「決めたわ。やっぱり、貴方は殺してあげる。その後なら使い魔も所有者がいなくなるものね。寛容な私が、偶然見つけた珍しい逸れ使い魔を保護してあげるわ」

 やっぱり、そうなったか。

 どうやら、この交渉は回復不可能なまでに決裂したらしい。

「ナイア。……頼む」

「むぅ。分かったのじゃ」

 これ以上、ここにいても良いことは一つもないと感じた俺はナイアにあるお願いをする。

 それは――

「なっ!? 無礼なっ!! 話はまだ途中よっ!? 待ちなさいっ!!!」

 ――俺を担ぎ上げての全力疾走である。

 お嬢様もまさか、幼女がいきなりそんな行動に出るとは思ってなかったらしく、虚を突かれたようだった。




「ナイア! ナイススタートだ!!」

「ええ!! さすがナイアです!! ご主人には出来ないことを平然とやってのける!!」

「そこにシビれる!!」

「憧れますっ!!」

 ナイアが俺を担ぎ、広場を抜けた辺りで、俺とノワールは担がれながらも騒いでいた。

 実際、いきなりの出来事に俺の頭は軽く混乱していた。

 そう言う時はあえて、バカをして、空気を戻す。それが俺のルーティーンだった。

 究極のルーティーン使いになると、イメージが現実になるらしいが、俺はまだその高みまではいっていない。

 まぁ、結果として俺は少し落ち着いたのだが――

「褒めてくれるのは嬉しいのじゃがのぅ。妾は今、はらわたが煮えくりかえっているのじゃ!!」

 ――ナイアには逆効果のようだった。

「なんじゃ!! いきなり現れてノワールを連れていくじゃと!! ノゾムを殺すじゃと!! 許せんのじゃ!! あの女だけは絶対に許せんのじゃ!!!!」

 ナイアは本当に怒っているようだった。

 プッツンきてるな。これは。

「ナイア……私たちの為に怒ってくれてありがとうございます」

「ああ。本当に助かったぜナイア」

 俺たちのことを俺たち以上に怒ってくれる友人がいる。

 その事実は下手なルーティーンより、俺の気持ちをリラックスさせてくれていた。

 俺たちの口からは、自然に感謝の言葉が漏れていた。

「うぬぅ。今は礼は受け取れんのじゃ!! 妾が不甲斐ないばかりに、こうして逃げを打つことになったんじゃからのぅ」

 だが、ナイアは悔しそうに言葉を出した。

 あの場から逃げたことがやっぱり悔しかったのか。

 仮に戦闘に入ったなら、相手の人数が多かったし、俺とノワールを守りながらでは、正直厳しかっただろうから、判断に間違いは無かったと思うが、やっぱり感情は許せないのだろう。

「この屈辱はゴブリンから逃げた時以上なのじゃ!! 妾からノワールとノゾムを奪おうとした奴から逃げるなどとっ!!」

 ナイアは怒っているようだが、足はしっかりと大地を踏んでいたし、前が見えていないということは無いようだ。



 あれから少し経った。

 とりあえず、ナイアのお陰でひとまず距離は取れたとみて良いだろう。

 今後のことを考えないといけないが、貴族様の相手なんて俺には分からん。

 という訳で、誰かの知恵を借りる必要がある。

「ナイア。悪いけど、ギルドに向かってくれるか?ギルドマスターに意見を聞きたい」

「分かったのじゃ」

 俺とノワールはナイアに担がれたまま冒険者ギルドに入った。

 ……みんな何も言わなかったけど、その生暖かい目を止めろ。

 幼女に担がれる男がそんなに滑稽か。

「……おお。ノゾムじゃねぇか? どうしたんだ。」

 おっさんの受付はいつものように空いてたので、俺はすぐに現状を話した。

「貴族のお嬢さんに殺されそうになって逃げて来たんですけど、どうしたら良いですか?」

「……待て。良く分からんことが分かった。とりあえず、俺の部屋に来い」

 そう言って、席を立つギルドマスター。受付の柵を外して、俺たちを中に通してくれた。

 そうして、ギルドマスターの部屋につく。

 初めて入ったけど、机と椅子が置いてあるだけのシンプルな部屋だった。

「驚いたか? まぁ、普段は使わない部屋だからな。……とりあえず、座れ。」

「はい。ありがとうございます。」

 俺とナイアは言われたまま着席する。ノワールはいつも通り、俺の頭の上だ。

「……で、何が起きた。詳しく話せ」

「ええ。実はいつも通り、市場で大道芸をしようとしてたんですが……」

 俺はことのいきさつを説明した。

 全てを聞くと、ギルドマスターは厳しい顔をして押し黙った。

 俺たちも何を話していいか分からず、黙る。

 数秒の間を置いて、ギルドマスターが口火を切った。

「ノワールを欲しがったのは、恐らくこの国の第二王女様だ」

「……へっ?」

「昨日の夜中に、この町に移動してきたのは聞いていたが、まさかノワールが目的だったとはな」

 ギルドマスターはそう言うと、眉間にしわを作り、何かを考え出した。

 俺は情報を整理して、ギルドマスターに質問を投げた。

「……あの。第二王女ってことはかなりお偉い方なんでしょうか?」

「ん? ああ。王妃様はお亡くなりなられたから、王と第一王女の次に偉いぞ」

「……そんなに。……あの、ちなみに、王女様の言葉はどれくらいの影響力があるんですか?」

「ふむ。当然、この国の国民は従わなくてはならないだろうな」

「……じゃあ、ノワールの受け渡しを拒否した俺って?」

「もちろん、国家反逆罪に相当するな。斬首もやむなしって所だろう」

「うわあぁぁぁぁあああああ!!」

 俺は頭を抱えて、項垂れた。

 え? 処刑? 何それ? 食えんの?

 俺が頭を抱えていると――

「だが、助かる方法が無い訳じゃない」

 ――ギルドマスターがそう言った。

「本当ですか!!」

「ああ。いくつか方法はある」

 おお。さすがはギルドマスター!!

 年季が違うな。頼りになるぜ。

 俺はギルドマスターの言葉を待った。

 少しの間の後、ギルドマスターは息を吸い、言葉を続けた。

「まず、一つはノワールを受け渡すことだ」

 彼は当たり前のようにそう言った。

 ……俺は自分の耳を疑った。

「王女様の望みはノワールのみ……ならそれを渡してやれば、気が済むだろう。ノワールだって死ぬわけじゃないしな。むしろ、今の生活よりノワール的には良いんじゃないか?」

 そう言うギルドマスター。確かにその考えは有りだろう。

 命あっての物種だし、ノワールだって王族の暮らしが送れるかもしれない。

 そんなギルドマスターの考えに俺は――


「それは出来ません」


 ――首を左右に振った。


 そんな考えはなんの役にも立たなかった。

 ……ノワールは俺にとって手放せない<スキル>だが、そんな理由じゃない。

 コイツはすでに俺にとって、単なるスキルという存在ではない。

 いくら積まれようと、命を狙われようとも関係ない。


「ノワールは俺の家族だ。手放すなんてありえない」


 俺はギルドマスターの目を見て言った。

 ここだけは譲れない。例え何があっても、俺はこの黒猫を手放したりはしない。

「……まぁ、この<ノワール>は呪われてますからね。装備を外すことは出来ませんよ」

「ノワール。……今、良い話してたから、もうちょっとで全米が泣くところだから」

 イイハナシダッタノニナー。

 俺たちは軽口を叩きあう。…それでこそ俺たちだから。

 ノワールは俺の頭の上で、ごろごろと鳴く。

 初めて聞いたぞ。そんな声。こんなピンチな状況なのに機嫌が良いのか?

 大した奴である。

「……そうか。まぁ、ノワールはお前の<スキル>だしな。手放せないのは知ってたさ」

「<スキル>かどうかなんて関係ない。俺はノワールを手放すつもりは……」

 ……

 …………待て?

 今、ギルドマスターはなんて言った?

 今まで、彼はノワールのことをずっと使い魔だと言っていた筈だ。

 それが……

 ――俺が一瞬、思考に意識を割いた瞬間だった。


「それじゃあ、次の選択肢だ。……そこの魔王を殺して、その成果を持って王に温情を乞えば良い」


 ――気づけば。

 いつの間にか立ち上がっていたギルドマスターが、異常な殺気と共に、剣をナイアに向けていた。

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