第23話 「春はあげぽよ」

 ランク昇格試験であるオオトカゲを三匹ギルドに持って行った俺たちは、晴れてEランクになることが出来た。

 ギルドマスターには滅茶苦茶驚かれたが、ナイアが拳一発で沈めたというとかなり疑わしいものを見るようでこちらを見てきた。

 ……うん。

 良く考えたら一ヶ月前は逃げ回ってた奴らが、脈絡もなく一気に三匹も討伐して来たらそりゃあ疑わしいよね。

 どんな相手もワンパンで倒すヒーローなんてマンガの世界だけだよな。

 今後はもっと気を付けよう。

 万が一、俺が転移者でナイアが魔王だとばれたら、命を狙われてもおかしくないんだし。

「まぁ、その辺は今後気を付けるとして、とりあえず、Eランクになったことを喜ぶか」

「そうですね。オオトカゲも良い報酬になりましたし」

「うむ。素材諸々の買取も含めて、一匹で金貨三枚じゃったからのぅ」

 俺たちはギルドを出ながら話す。

 全部で九万。……今までコツコツ稼いでたのが馬鹿らしくなるな。

「……まぁ、とりあえず寝ようぜ?」

 ちなみに俺たちは徹夜明けでギルドに行き、先ほどやっと解放されたばかりである。

 さすがに眠い。

「ええ。ご主人。……私も疲れました。なんだかとっても眠いんです」

「やめろ、ノワール。……今寝てもルーベンスの絵は見られないぞ?」

「ご主人……。私は頑張りましたよね? もう……ゴールしても良いですよね?」

「ノワールゥゥゥ!!」

 スヤァ。

 そうして、ノワールは眠りについた。

 あやとりと射撃が得意なメガネの少年と勝負できそうな速さだった。

 ……うん。

 まぁコイツは起きてても頭に乗ってるだけだしな。寝てても変わらん。

 疲れてるみたいだし、眠らせといてやろう。

「ふむ。ノゾムもノワールもお疲れかの? ならば妾も休むのに異論はないのじゃ」

 うちの魔王様は相変わらず寛容だった。

 素敵! 抱いて!!

 という訳で、俺たちは飯を食べて、宿屋で寝た。

 ……もちろん、別々の布団でな。

 具体的にはナイアとノワールはベット。

 俺は床だ。

 ロリコン! ダメ。ゼッタイ。



 午後になって、目が覚めた。

 ちなみに、ノワールもしっかり起きた。

 ゴールはまだ先らしい。少し安心した。

 ネタだとは分かっていても、あのセリフは心にくるのである。

 起きたら、腹が空くもので俺たちは部屋で飯を食いながら、だらだらと話すことにした。

「そう言えば、一度聞きたかったんだけど……」

「うむ? なんじゃノゾム。藪から棒に?」

「ナイアってヴァンパイアなんだよな?」

「そうじゃのう。妾こそこの世界で唯一のヴァンパイアじゃ」

 胸を張る魔王さん。……まぁ、幼女なので張るほどありませんけどね。

 しかし、ヴァンパイアかぁ。聞きにくくて先延ばしにしていたけど、一緒に過ごして二ヶ月。

 ……さすがにそろそろ聞かないといけないだろう。

「その……ぶっちゃけ、血とか飲みたくならないのか?」

 ヴァンパイアは人間の生き血を吸う。これは俺の世界なら常識だった。

 時を止めれる黄色い人も、やたらカリスマなあの幼女も、人間大好きな旦那も、十七解体されたお姫様も……。

 例を挙げればキリがないが、みんな血を吸っていたはずだ。

 ……考えるのも怖いが、もしこの魔王が生きるために血が欲しいというなら、早いうちに対策を立てる必要があるだろう。

「ノ、ノゾムは何を言っておるのじゃ!? 妾はまだ…はっ早いのじゃ! そういうのはまだ早いのじゃ!」

 急に顔を真っ赤にして、あわあわと慌てだす魔王さん。

 あれ? 俺、何かおかしなこと言ったか?

「そう言うのはもっとお互いを知ってからにするべきじゃ!! ……確かにノゾムのことは信頼しているが」

 ……これはやばい。

 前世の漫画やアニメの知識が、今が悪い流れだと言うことを教えてくれている。

「ご主人。これは……」

「ああ。ノワールも気づいたか。早く誤解を解いた方が良いな」

「ええ。私もそう思います」

「うむ。そうじゃ。やはりもう少し、段階を踏むべきじゃろう」

 何かぶつぶつと呟くナイアに俺は待ったをかける。

「あー。すまん。ナイア。俺の世界のヴァンパイアは、人間の血が主食だったから、確認したかったんだ」

「なん……じゃと……?」

 あ。ピタリと動きが止まるナイアさん。

 うん。俺の言葉が分かったのか、真っ赤な顔でこちらを見ている。

 一瞬の沈黙の後――


「くそぅ!! 妾はなんという失態を!! 忘れるのじゃ!! ノゾム、忘れるのじゃー!!」


 ――ナイアが俺の襟首を掴み、ぐわんぐわんと揺らしてきた。

 あ、懐かしいなこれ。初めてあった時もこんなことされたっけなぁ。

 なんて俺が考えていると、勢いに負けたのか、頭の上にしがみついていたノワールが高速で前方に飛んで行った。

 カタパルトなカメによって、浮遊リングでも壊しそうな勢いだった。

 この光景も見たことある気がする。



 少し、時間を置いた後、落ち着いたナイアが聞いてきた。

「それでなんの話じゃったかのぅ?」

 あ、まだ顔が赤い。

 これは返答によっては、血を見るな。

「……俺のログには何もないな」

 俺は無かったことにした。

 そう全てはフィクションなのだ。俺は何も見てない、聞いてない、言わない。

 だから俺は悪くない。

 閑話休題。

 その後。

 ナイアから話を聞くと、この世界のヴァンパイアにとって血を吸うということは血族を増やすということは、いわゆる結婚に当たるらしく、ナイアはまだ誰の血も吸ったことはないらしい。

 ……じゃあ、なんでそんなことが分かるかって? 生物的な本能だろう。

 睡眠欲、食欲。残る一つは……分かるな?

 種族を増やすということはそういうことだ。……うん。俺は何も知らない。

 アッチョンブリケ。俺はまだ子供なのよサ。

「しかし、ノゾムたちの世界にもヴァンパイアという存在はおるんじゃな」

「いや、なんというかだ。……俺たちの世界のヴァンパイアは架空の種族だ。実際には存在しないな」

「架空の種族とな? ……ううむ。想像が出来んのじゃ」

「えーと。誰かが考えた生き物ということですね。血を吸って、日光に弱くて、鏡に映らず、川を渡れず、蝙蝠に体を変える能力を持ってたりします」

「ほほぅ。なんとも愉快な種族じゃな。……じゃが、わずかに妾と重なる部分もある」

 ナイアは面白そうに聞いていた。

 だが、俺には少し疑問があった。

 この世界は俺が居た世界の神様とは別の神様が作った世界らしい。

 それなのに、ヴァンパイアといい、ミノタウロスといい、前の世界では概念としてはあった生き物が多く存在している。

 別人が作った世界なのに、そういうのはありえるんだろうか?

 それとも――

「じゃが、これは良い機会じゃ。ノゾムとノワールにもヴァンパイアとしての妾を知ってもらおう」

 ――俺の思考は、そういうナイアの一言で中断された。

 そのままナイアは言葉を続ける。

「この世界の種族は稀に、種族特性を持っておる。これは種族ごとの特徴のようなものでな。種族によってはその特性はスキルを超えるものになる」

 ああ。そう言えば、前に見せて貰ったナイアのステータスにもあったな。確か……

「妾の種族特性は<月に愛されしもの>じゃな。これは月の満ち欠けでステータスが変動するという特性でのぅ。満月の時は全ステータスが三倍になり、新月の時は全ステータスが1/3になるのじゃ!!」

 そうそう。<月に愛されしもの>だったか。

 ……って今ナイアなんて言った!?

「ナイア。それは本当ですか?」

「かかかっ。ノワールのそういう反応は珍しいのぅ。本当じゃ」

 なるほど。

 満月の度に、いつも以上にテンションが上がるなと思っていたけど、そりゃそうなるわ。

 だって、普段の三倍の身体能力だもんな。

 仮に俺がそうなったなら、全身を赤く塗って、アサシンでクリードな動きを真似しようとするだろう。

「特に蝙蝠になったり、日光に弱いなどと言う弱点はないのぅ。……妾にとって怖いのは新月だけじゃ」

 そのまま、俺たちの世界のヴァンパイアとの比較を放してくれるナイアだが……新月、と言ったあたりで、その表情が変わった。

 まぁ、三百年も前ではあるが、その新月の日に勇者パーティに殺されたらしいからな。

 かなり容赦がないやり方で。

「なるほど。良く分かったよ。ナイア」

「ええ。話してくれてありがとうございます」

 俺とノワールはナイアの顔を見て、話を終わらせることにする。

 ……うん。だって勇者パーティのこと考えてる時のナイア。顔が怖いんだもんな。

 邪鬼王も裸足で逃げだしそうな顔である。

 それから、ナイアの愚痴を聞きながらも俺たちはのんびりと一日を過ごした。

 この街に来てからの一ヶ月。ずっと働いていたしな。

 ……偶にはこういう一日があってもいいだろう。



同日 某時刻

冒険者ギルド内 ギルドマスター室


 狭い部屋で一人の男が水晶玉を前に何かを話していた。


「ああ。俺だ。すまんが一つ頼みたい」

「アンタが本部に連絡を取るなんて珍しいな。……どうしたんだ?」

「鑑定石を二つ送ってほしい。少し調べたい冒険者がいる」

「……鑑定石は安くはない。すぐには無理だ」

「分かっている。だが、なるべく早く頼む」

「アンタの頼みは珍しいからな。……二週間以内には届けさせる」

「恩に着る」

そう言った瞬間。水晶玉は砕け散った。だが、男に動揺した様子は無い。

「魔法石は使い捨てなのが困りものだな。……会話玉もいくつかお願いしておけば良かったか」

そう言うと男は自分の眼帯をそっと撫でながら――

「……良い奴らだとは思うが、一応調べておかんとな」


 ――憂鬱そうに呟いた。

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