第22話 「俺だけの時間だぜ」

「圧巻だな……」

「これはさすがに予想外でしたね」

「ううむ。感動もひとしおなのじゃ」

 俺たちは、今月の成果を前にして、感動に震えていた。

 目の前には総額五十万になる硬貨の山が築かれている。

「まさか、ここまで変わるとはな」

「ええ。先月の倍以上ありますからね」

「ううむ。地道に稼いだ財だと、ここまで感動が違うんじゃなぁ」

 あ、ナイアは本当に感動してるっぽい。

 まぁ、魔王って本来なら貢がれる立場だろうし、労働の対価としての報酬にはあまり慣れてないんだろう。

「まぁ、五十万だ。キリが良いから、恒例の会議に入ろうと思う」

「分かりました」

「ううむ。また会議かの」

 ノワールは平気そうだが、ナイアが少し嫌そうだな。

 あまり、長くならないようにしよう。

「大丈夫だ。ナイア。今回の会議で決めるのは一つだけ。このお金を使って、ノワールのステータスを上げるのか。それとも、新しく大道芸を覚えるかどうかだ」

「ふむふむ。なるほどのぅ」

 うん。少しはやる気を出してくれたみたいだった。

 良かった。俺とノワールではこの世界の知識が大分足りないからな。

 ナイアの意見が貰えるのは本当にありがたい。

「もともとはステータスを上げる予定だったんだが……」

「戦闘系のスキルと違って、大道芸のスキルの場合は、あまりステータスが高くなくても使えるみたいですからね」

「あくまで技術って感じなんだろうな。身体能力が必要なスキルも当然あるんだろうけど」

 今、ノワールが覚えているのは『パントマイム』だ。

 これはこの世界ではマイナー、もしくは存在しないようで、そこそこチップが稼げた。

 この五十万もノワールの『パントマイム』での稼ぎが六割を超えるのだから……ノワール。恐ろしい子!

「まぁ、『パントマイム』も見慣れてきてしまったようじゃしの。チップが少なくなってきてるのは確実なのじゃ」

「そうですね。この世界では、一度見たことがあるかどうか、がチップの価格を左右するようですし」

「そうだよな。だからこそ、新しい大道芸を覚えるべきだと思うんだ」

 俺がそう言うと、ノワールもナイアも考え出した。

 少し、間をおいて、先に沈黙を破ったのはナイアだった。

「……妾としては、ステータスを上げるべきじゃと思うの。今のノワールのステータスでは、万が一モンスターと遭遇したら、瞬殺されるからの。それは絶対嫌じゃ」

 ナイアはステータスか。

 まぁ、町の中なら比較的安全とはいえ、モンスターがいるような世界だ。

 その不安は正しいだろう。

「私としては、新しいスキルを覚えてみたいですね。『パントマイム』が完全に飽きられるより前に、お金を稼げる体制は作っておくべきだと思います」

 ノワールはスキルだな。

 確かに、最終的な収入がノワールの強化につながる訳だし、目先の利益ではなく先を見据えてということだろう。

 二人の考えは分かった。そこで、俺は――

「二人の考えは分かった。そこで、俺の考えなんだが……新しくスキルを一つ獲得して、その後の残った金でステータスを上げようと思うんだが、どうだ?」

 ――みんなが大好きな折衷案を出した。

 うん。ぶっちゃけ、良いとこ取りが出来るなら、それに越したことはないよな。

 ハンバーグにカレーを足せば、ハンバーグカレーになる。

 好きなものに好きなものを足せば無敵やん?

「良いと思います」

「ふむ。妾にも不満は無いのじゃ」

 はい。二人の考えが統一出来たので、この会議は早くも終了ですね。

 最後にノワールにスキル一覧を見せて貰いながら、スキルを獲得し、ナイアと相談しながらステータスを上げていった。

 最終的にステータスの内訳は――


 名称

 <ノワール>


 LV:1

 HP   :60/60(+20)

 MP   :20/20


 攻撃力  :5

 防御力  :20(+10)

 魔力   :5

 魔力防御 :10

 速さ   :25(+10)


 という形で収まった。

 ううむ。……五十万。

 あんなにあったように見えたけど、無くなる時はこんなに一瞬なのか。

 だが、今回の強化で、ノワールも防御力と速さは成人男性並みになったことだし、町の中で生活する以上は安全だろう。

「ご主人は相変わらずの防御と回避優先ですね」

「まぁ、生き延びるのが目的だしな」

 目指すのは、はぐれでメタルな旦那である。

 ……あ、駄目だな。あの旦那。殆どのシリーズで乱獲されるし。

 まぁ、困った時は人に頼ろう。

「戦闘では頼りにしてるぜ。魔王様」

「かかかっ!! 任せるのじゃ!! ノゾムとノワールは妾が守ってやるのじゃ」

 幼女に守られる俺。

 お前、恥ずかしくないのかって? ……それ異世界サバンナでも同じこと言えんの?

「それじゃあ、ノワール。さっそく覚えた<スキル>を使ってもらっていいか?」

 俺はある種の期待を込めて、ノワールに頼む。

 何故、数あるスキルの中から、このスキルを選んだのか。

 ノワールお前には分かるはずだ。感じろ! 俺のフィールを!!

「ご主人。今、貴方は私を『試して』いますね?」

ドドドドドドドドドッ!!

 そう言うと、ノワールはこちらを見る。

 猫としては異常なことに、二本足で立ち、上体を斜めに反らし、前足の片方は顔の前、もう片方は腰の部分に持って行きながらノワールは続けた。

「貴方は私を『試して』いる。このスキルはどこまでやれるのか?そう思っている。」

ドドドドドドドッ!!

 俺には分かる。

 ノワールは今、スキルを使っている。

 覚えたばかりの新しいスキルを!!

「ノワール……分かるのか。俺の期待が……考えが……」

 予想以上だ。

 これほどまでに、『使える』能力だとは思わなかった。

「このスキルには『制限』がある。……ですが、ご主人の期待を超えることは可能でしょう」

「ああ。ここまでのやり取りで俺の目標は『叶った』と言っても良い」

ドドドドドドドドッ!!

 俺はゆっくりノワールに近づき、握手をする。

 ……本当に。素晴らしいスキルだ。

 正直、ここまで期待通りだとは思わなかったぜ。

 <ボイスパーカッション>!!

 そう。先ほどからの効果音はノワールが自分で出していた。

 スキル習得前は可愛い鼻声でしかなかったが、今では響きのある重低音がばっちり出ていた。

 これなら、あの作品の濃厚な緊張感も表現できるだろう。

「おおぅ? 不思議な音が聞こえるのじゃ」

「ああ、ナイア。これが<ボイスパーカッション>だ。口だけで色んな音を再現する大道芸だよ」

「まぁ、覚えたのは初級なので、楽器などの複雑な音は出せませんが、同じ音を繰り返すような簡単なものなら出来そうです」

「おおー。ノワールのスキルは面白い芸ばかりじゃのぅ。これも妾の知識には無い芸なのじゃ」

 そうなのか。また、この世界ではマイナーな芸だと嬉しいんだが……。

「じゃあ、こんな感じで。会議を閉めようと思うんだけど良いか?」

「ええ。今のところ私に不満はありません」

「うむ。妾もないのじゃ。……今回は昼飯の分のお金は残してるんじゃろうな?」

「ああ。俺もSANチェックを何度もしたいわけじゃないからな」

 前回はナイアが空腹のあまり神話生物もびっくりの迫力を出してたからな。

 俺が風の谷の出身なら、謎の笛で怒りを鎮められたかもしれないが、異世界の日本出身には荷が重すぎた。

 ……まぁ、某作品でも最終的には跳ねられてたしな。逃げて正解だったと思う。

 そうして、会議を終えた俺たちは飯を食いに行った。



 やがて、時間は過ぎ。夜がくる。

 そう。彼女の時間が――


「かかかっ!! 来たぞ!! 来たぞ!!」

「ナイア。今回は急に走り出したりしないで下さいね」

「それは俺からも頼む。……ナイアから逸れたら、俺とノワールは最悪死ぬからな」

 ちなみに俺たちは今、町の外に出ている。

 今夜は満月。

 ただでさえテンションの高いナイアが、宿でじっとしていられる筈が無かった。


「うむ! 任せるのじゃ!! ノゾムっ!! ノワールっ!!」

 キリッと返事をする魔王さん。

 うーん。前回が前回だからいまいち信用出来ないんだよなぁ。

「ナイア。今回の目標はオオトカゲ一匹の討伐だ。……無茶はするなよ?」

「ノゾムはつまらんのぅ? 今の妾ならトカゲごとき何匹来ようが相手にならんぞ?」

「ナイア。作戦はいのちをだいじに、が鉄則です。一匹でランクは上がるんですから、無茶せずいきましょう」

 そう。今回は冒険者としてランクを上げることが目的である。

 基本的にランクが上がるほど、高額な依頼を受けられるので、上げられるなら上げるに越したことはないのだ。

 先月は逃げることしか出来なかったオオトカゲだが、本人曰く今なら余裕らしい。

 満月が来るたびに、全盛期に近づいている魔王様だが、砂漠のロンリーウルフでナイスガイな彼と同じ目線の俺からしたら、ステータスが違い過ぎて良く分からん。

 若干の不安はあるが、五百年生きた魔王が大丈夫だと言うなら、大丈夫なんだろう。

「ですけど、基本的にオオトカゲは土の中に潜っているんですよね?どうやって見つけるんですか?」

「ああ。そうだな。前回もいきなり出てくるまで、全く分からんかったしな」

「うむ。その点なら任せるのじゃ。今の妾なら、魔力もある程度感じられるからのぅ」

 そう言って、胸を張るナイア。

 え? そんなことも出来るのか……いいなぁ。それ。俺もやってみたい。

 ……っ!? ノワールの魔力が消えた!? とかね。

「ご主人。そこで私を出すのは止めて下さい」

「また、つまらぬ声を漏らしてしまった」

「本当ですよ。……でも、魔力感知は私もやってみたいですね」

 話が分かる猫である。

 俺たちがそうやって馬鹿話をしながら、適当に歩いていると、

「お、おったのじゃ」

 ナイアはいきなりそう言ったかと思うと、ここで止まるようにと指示を出してきた。

 そのまま、自分はずんずん進んでいく。

 俺とノワールがハラハラしながら見てると――


 どんっ!!


 ――先月と同じようにいきなり、ナイアの下から巨大な口が現れた。


だが、ナイアはそれより一瞬早く上空に逃げていて――


「かかかっ!!トカゲの分際で妾を喰らうなど、三百年程、遅いのじゃ!!」

 ドゴンッ!!


 ――もの凄い勢いで、出てきた口を殴っていた。

 トカゲは、なかばへしゃげ、ピクリともしなくなった。

「……ご主人。ご主人の記憶にもこういう感じのシーンありましたよね?」

「……ああ。ゲーセンのもぐら叩きの亜種が圧倒的な力で叩かれて壊れてるやつな」

 ここまで酷い状況じゃなかったぞ。

 ちなみにその時の犯人は、同じクラスで筋トレにはまっていた佐藤君だった。

 彼の筋トレは何故かブラをしてくるレベルに達していて、異常だったからな。

 本人はブラじゃない。サポーターだと言っていたけど。

 閑話休題。

「うむうむ。やはり、妾はこうでなくてはの! トカゲから逃げるなど屈辱じゃったからのぅ!!」

 ナイアは自分の残した成果にご満悦のようだった。

 うん。やっぱり先月も悔しかったんだね。

 そうだよね。ゴブリンではないにしても、魔王からしたら格下の存在から逃げたんだもんね。

 そうして、トカゲを討伐した俺らだが、ナイアがまだ暴れたりなかったようなので、それからも二匹程討伐した。

 翌朝、ギルドにオオトカゲ三匹の死体を持っていくと、ギルド内に激震が起こった。

 曰く――

「おいっ!! あの『お荷物』がトカゲを三匹狩ってきたぞ!!」

「嘘だろっ!! あのゴブリンから逃げ損ねて、門番の人におんぶされて帰ってきた『お荷物』がか!?」

「おいおいおいおい。あいつ何もない所で転ぶレベルなんだぞ? トカゲってまじかよ!!」


 うわっ……私の評価、低すぎ……?

 突き付けられた現実に、俺は口元を覆い隠すことしか出来なかった。

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